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蛇と激昂

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『面会時間終了五分前となりました。生徒の皆さんは教室にお集り下さい』
 荒谷と相澤がランキングを制作している途中で、面会時間終了のアナウンスが鳴り響いた。予想通りランキングの作成にはかなりの時間を要し、一節分だけでは時間が足りなかった。
「くそっ、とりあえず教室に戻ろう。ドロップアウトの生徒を決める時間や失格者の発表中にも考えておくから」
「わ、私も! 少しでも考えをまとめておくよ」
 紙を折りたたんでポケットに仕舞い込むと、シャープペンシルを元あった場所へと放り投げた。
「…………。本当に遠慮しないで話すが、とりあえず……本条・高坂・吉向・東山、……あと五日市。荒谷は、この五人には顔では負けてる」
 それを聞いた荒谷の顔が、一瞬曇る。
「他の奴らが普段話してる事とか考えて……俺自身でも考えてみたけど、これは多分間違いない」
「……。そ、そっか」
 本条 亜由美(ほんじょう あゆみ)・高坂 千里(こうさか ちさと)・吉向 しのぶ(きっこう-)・東山 桃子(ひがしやま ももこ)。五日市と合わせて、たしかにクラスでもトップクラスの容姿を持つ生徒達。この点について、相澤の見立ては非常に的確だった。この五人以外になら荒谷が顔で勝てる可能性は十分あるということも合わせて。
「荒谷は?」
「え?」
「荒谷も……分かるだろ。俺よりは明らかにイケメンだっていう奴」
 荒谷は明らかに表情を曇らせた。出来ることなら、こんな話はしたくないと考えている。しかし、包み隠さずに話さなければならない。それが相手の為だから。
「……大川くん、栄和くん、後藤くん、麻柄くん、六田くん、とか……、かな……」
 大川 光一(おおかわ こういち)・栄和 真太郎(さかわ しんたろう)・後藤 仁(ごとう じん)・麻柄 杏一(まがら きょういち)。相澤が挙げた五名、更に六田を加えた十名。それは紛れも無く、このクラスを正確にランク付けした際の上位十名だった。
 その五名を正確に挙げた荒谷の判断はもちろん正解だった。それでも、余計な事など考えずにランク付けを進めると心に決めていたはずの相澤は、自分以上のイケメンとして六田の名前が挙がった時、少しだけ胸の内に黒いものを落とした。
「そっか。ありがとう」
 相澤は全て飲み込んで、荒谷の目を見ながら礼を告げた。
「教室に戻ろう。次の時間、またランク付けの続きだ」
「……うん」
 二人は駆け足で教室を出た。肩を並べて走る二人の間には、少しだけ距離が出来ていた。

 ――しかし、そんな感情をこのゲームに持ち込むこと自体が間違いなのだと相澤はこの節で思い知る。二人がランク付けを進めている間、ゲームは大きく動いていた。
「それではドロップアウトを希望する生徒は挙手をお願いします」
 進行役の声に手を挙げた生徒……その数、わずか一名。
「!! 一人だと!?」
 ドロップアウト希望者は僅か一名。このゲームでは、不細工が多く残っている序盤にドロップアウト者が続出する場合が多い。第三節時点で希望者が一名というのは、過去の事例を見ても珍しい。
「それでは遠藤様はドロップアウト成功。ここまでの賞金獲得額は10円です。おめでとうございます」
 安堵の表情を浮かべながら教室を出る遠藤。その姿を見ながら、相澤は恐怖心を抱いていた。
(バカな……俺の考えは間違っていた!? もっとドロップアウト希望者が続出すると思ってたが……それとも、誰かが何かを……)
 黒目だけを動かして教室内を見回した。すると……やはり、不敵な笑みを浮かべている六田。
「六田……お前、何かしたか?」
 六田はニヤニヤと見下した笑みを浮かべたまま何も答えない。すぐに観念した相澤は、視界から六田を外した。

 ○

 六田は、第二節の面会時間から既に行動を起こしていた。このゲームで自分が最終勝者になることを目指した場合、確かに強敵にドロップアウトを促すのが常套手段ではある。しかし逆に、不細工組が次々とドロップアウトしていくのは美味しい展開ではない。ドロップアウト者が多く出る程ゲームは早く終了し、賞金額が上がらないからである。
 そこで六田は、如何にドロップアウトさせないかを考えた。教室では何も考えず虚勢を張っているフリをしながら、しっかりと水面下で動いていたのだ。
 =第二節面会時間=
「五日市のカードを探れ??」
 六田は、小本という男子と面会を設けていた。三浦ほどではないものの、明らかに不細工組の一人である。
「い、嫌だよそんなの。第一、俺はもうドロップアウトするんだ」
「あーあー大丈夫、別に無理しろなんて言わねーよ。ただ、もしチャンスがあればそれとなく聞いてみてくれ。このゲーム、カードを人に見せるのは禁止だが聞いたり探るのは禁止されてない」
 確かに、石井はそうは言ってない。
「ま、まあね……。でも、だからって何で俺がそんな事……」
「……五割やるよ」
「!?」
「もしお前が五日市のカードを探ることができたら、俺の獲得賞金の五割やるよ」
「ご……五割!?」
 ドロップアウトしようがしまいがどうせ高額賞金は見込めない立場にいる小本にとって、これ程美味しい条件は無い。
「もちろん、お前が持ってきた情報が正しいかどうか知る方法は無いからな。アイツがドロップアウトした時やゲーム後に、ちゃんと確認がとれてから金を払う。お前がこの条件に乗ってくれるなら誓約書も書く」
 ごくりと喉を鳴らす小本。あくまでも危なくなればすぐにドロップアウトしてしまうという前提で、チャンスがあれば高額賞金を狙える。ただゲームから降りるだけの予定だった小本にとって、こんな上手い話は無い。
「俺があのクソ女と仲が悪いのは知ってるだろ? それに、何だかんだ言ってもアイツはゲーム上のライバルでもある。だからどうしてもあいつのカードを知りたいんだ。頼むよ」
 ずれた眼鏡を直す小本。
「……分かった。やろう」

 ○

 こうして六田は第二節で小本。第三節の面会時間を利用して堀田とそれぞれ契約を交わした。偶然にも第二節で五日市と六田の言い争いが起こった為、堀田との交渉はよりスムーズに進んだ。
 この作戦の威力は見事に発揮され、案の定小本と堀田はドロップアウトを希望しようとしない。そう……、六田の言っていることなど全て詭弁。五日市が小本や堀田に自身のカードを明かすことなど絶対に無いと考えているし、だからこその“五割”という超割高設定。小本や堀田など、不細工組にも高額賞金獲得の夢を与え、ドロップアウトさせない。単純だが、この作戦は絶大な威力を発揮した。そして――。
「第三節。失格者は堀田泰明様です」
 まさに、六田の毒牙にかかった男が一人。六田との契約により欲を出した堀田はドロップアウトの機会を逃し、ゲームから失格した。
(……全て思い通り。てめーら不細工はドロップアウトなんかしねーで死んでりゃ良いんだよ!)

 ――だが、六田は分かっていなかった。
 相澤にゲームの深刻性を説いた六田であったが……彼もまた、このゲームの真の恐ろしさを理解してはいなかった。
 顔立ちに絶対の自信を持ち余裕綽々で話を進める六田は、本当の意味でゲームと向き合えてなどいなかったのだ。己に噛みつく者の存在など……、微塵も考えていなかった。
「六田くん!!」
 第三節終了後、小本はすぐに六田の腕を掴んだ。
「どうした? あまり皆のいるところであの話はするな」
「いやいや……分かったんだよ! 五日市のカード!」
「!!!!?」
 小本の言っていることをすぐには飲み込めない六田。小本や堀田が本当に五日市のカードを暴くなど、少しも考えていなかったのだから。
「五日市のカードは“持田香織”だ!」
(バカな……こいつ、何言ってやがる。本当に五日市のカードを暴けるわけが……)
 静かに後ろを振り返る六田。……五日市が、蛇のような毒気に満ちた笑みを浮かべている。
(……この女……)
 実は、六田と同じ発想に五日市も辿り着いていた。不細工組にチャンスを与え、ドロップアウトを減らす。だから小本が五日市のカードを暴きにいった時、五日市はすぐに誰かが何かをしていると気が付いた。
 そして面会時間を設け、五日市は小本から全ての経緯を聞いた。六田から指示されたこと、五割という超高額設定。そして、六田がわざわざ誓約書まで書いているということ。
 つまり……五日市は「六田にダメージを与えるため」。六田に獲得賞金の五割を本当に支払わせる為、自身のカードを小本に明かした。……単に六田が気に喰わないという、最も人間的な理由から。
「チッ、チッ、チッ」
 六田と目が合った五日市は口の前で人差し指を立て、三度舌を鳴らしてみせた。
「あ……の、ク、ソ、アマ…………!!!!」
4

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