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天国への定員

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「五日市……てめえ……!!」
 血管が浮かび上がる六田の額。歯を軋ませ、今にも殺しそうな勢いで五日市を睨みつける。
「それではこれより第四節を開始します」
 まず面会時間が始まったが、教室を出ようとする生徒はほとんどいない。それもそのはず、六田と五日市、小本らの抗争が教室で続いているのだ。皆教室に残り、その経緯を見届けようとしている。
「第三節にてドロップアウトに成功した蜷川様のカードは“野久保直樹”でした。今後の参考にして下さい」
 しかし……確かにこのままでは獲得賞金額の五割を失いかねない六田だが、まだそうなると決まったわけではない。つまり――。
「……小本。てめえがここで死ねば良いんだ」
 小本の前に、長身の六田が立ちはだかる。ごくりと喉をならし、冷や汗を流す小本。
 六田が何もしなければ、小本がこの節でドロップアウトする事は確定事項である。それをさせない……つまり、ドロップアウト希望者が三人以上出れば良い。
「てめえら。……ドロップアウトしろ」
 不細工達の顔をはっきりと直視しながら、ドスのきいた低い声で六田はそう言った。
 完全に凍りつく教室の空気。その静寂の中で六田だけが、ゆっくりと教室を眺め回した。
「悪あがきはよしなぁ」
 静寂を破って、五日市が大きく声を張り上げる。
「ハッキリ言うけどさ、クラスの連中はお前の事が嫌いなのさ。ゲーム中、お前の態度を見て嫌悪感を抱かなかった奴なんているのかねえ~」
 その通りだった。六田を助けるような事はしたくないと考えている者が大半。六田の頼みなど誰も聞かない。
 その状況を理解し、更に苛立ちを爆発させる六田。
「てめえらぁあ!! ゲームが終わったら覚悟しろ!! 必ずぶっ殺し――」
『六田様! 残念ですが脅迫行為は禁止です。それ以上の発言はペナルティとなります』
 教室に響き渡るアナウンス。ペナルティ、すなわち極刑……。六田は言葉を飲み込んだ。
「東山ァ!!!」
 生徒の名前を叫ぶ六田。
「?? なによ」
 東山 桃子。相澤が挙げた五人の美女の一人であり、家は小金持ちで育ちも良い。
 いきなり自分の名前を叫んだ六田を、東山は軽蔑する目で眺めた。
「てめえ、金は十分持ってるんだろ。こんなゲームで命を賭ける理由なんてねえだろ!? ……ドロップアウトしてくれよ」
 六田は東山を怒らせないように口調を静めて懇願した。
「別に?? もちろん、お金なんかのために命賭けるつもりはないけどさ。どうせまだまだ死なないでしょ? 危なくなるまでは私もゲームに付き合うよ」
 東山は何でもないような表情で六田の申し出を突っぱねた。金には執着しないが、こんな序盤で死ぬわけが無いことも理解している。自分が美人であることを、東山は客観的に分かっているのだ。
「東山……てめえ……!!」
「美花ちゃんの言う通り。普段の行いの悪さが出たんだよ」
 東山もまた、六田に対して良い感情は抱いていない。もちろん、六田のこれまでを考えれば当然なのだが。こうして周囲から完全に孤立した六田。すると……むしろ、六田の表情は鎮まった。眉間に寄っていた皺は消え、氷のような表情で黙り込む。その姿が、周囲の者にはまた別の恐怖感を与えた。
「青山。土屋」
 二人の男子生徒の名前を呼ぶ六田。二人は怯えながらも呼びかけに応えた。
「賞金獲得額の一割ずつやる。お前ら、ドロップアウトしろ。ちゃんと誓約書も書く」
「!!」
「今ここでドロップアウトするだけで一割ずつだ。もう死ぬ危険も無くなるし、悪い条件では無いだろ」
 むしろ、この条件は二人にとっては絶好だった。共に顔は悪くない青山と土屋だが、二人とも芸能人のカードはあまり強くなかった。危険なゲームから完全に抜け出し、確実に高額賞金を見込めるであろう六田の獲得額の一割。
「ちょ……待ってよ!! そんな条件なら私達だって――」
 途端に六田に駆け寄る生徒達。この条件が理想的なのは青山と土屋だけではない。不細工組の生徒達が、一斉に六田の元に集まる。
「黙れ!!!」
 しかしそれらを一蹴する六田。
「てめえらは俺を怒らせた。てめえらブス共は全員ゲームで死ね!!!」
 怒りの形相で睨みつける六田。その怒気は凄まじく、誰も何も言えなくなってしまう。
 しかし……とは言え、定員が二人のドロップアウトで小本の対抗が二人だけというのは少なすぎる。もう不細工共には一切得させたくないと思っている六田は、青山や土屋のような“中間組”からあと数名を選出する必要がある。
「あくまで、一割払うのは実際にドロップアウトした二人だけだがな。お前らもドロップアウト希望しろ」
 中間組から選ばれた男女数名。これで、小本がドロップアウトできる確率は非常に低くなったと言える。そして――カードの弱い小本は、この節でドロップアウトできなければ高確率で死ぬ。
「分かったかぁ~? 小本ぉ、五日市ぃ。俺に逆らう奴は全員返討ちだぁ~」
 目の焦点が合わなくなるほど怒りに狂った六田の表情。それを見て更に委縮する生徒達。
(わ~、なんだこいつ超こえー。危なくなる前にさっさとドロップアウトしなきゃ……)
 そして、人知れず早期ドロップアウトの決意を固める東山。
「ふーん。ま、良いんじゃないの?」
 変わらぬ余裕の表情で口を開く五日市。
「たしかに、これで小本がこの節ドロップアウトするのは厳しくなったけどさ。要するに、小本がこの節で死ななきゃ良いんでしょ。大丈夫、案外あっさり生き残るって」
「!」
「そうなったら……六田、お前は次の節も二人の生徒にドロップアウトさせて、その二人に一割ずつ渡すのか? フッフ……おいおい、おめえの賞金が無くなるぞぉ~!」
 威嚇を織り交ぜながら話を進める。五日市。
「……そうなったら、またその時考える」
 六田は動じない。
「大丈夫。こんな不細工が生き残れるわけねえんだよ」
 長身から小本を見下しながら、はっきりとそう断言する六田。そして、ドロップアウトの時間を迎える。
「ドロップアウト希望者は挙手をお願いします!!」
 一斉に手を挙げる、六田と契約を交わす生徒達。
「えー、今回は非常に人数が多いですね。決め方は自由ですが、どのようにしてお決めになりますか??」
 希望者達の話し合いの末、進行役が不正を取り締まる上でのクジ引きで決めることになった。そしてやはり、その結果小本はドロップアウトできなくなる。
「それでは、第四節の失格者ですが……」
 これまで以上に息を呑む生徒達。
 教室の外から紙を受け取って、大きな笑みを浮かべる進行役。
「非常に……、残念に思われる方も多いかもしれません。第四節の失格者は……」

「小本昇平様です!!!」

「!!!」
 その瞬間、教室中に響き渡る悲鳴にも似た喘ぎ声。
「……チッ」
 五日市は小さな舌打ちだけ残すと、さっさと小本の傍を離れた。
(え……嘘。本当に……おれ?)
 絶望の中で揺れる小本。見上げると、そこには六田の顔がある。
「死ね。クズ」
(…………)
 小本昇平は別室に連れて行かれ、そして、死んだ。
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