『墓掘人』
レギンが戦死した。場所はコルニクアの平原、あいつは十七連隊にいた。左翼の要で、俺は右翼にいたから、あいつが死んだと知ったのは戦勝した後のことだった。嫌われ者だったあいつの常で、あいつの死を語る十七連隊の生き残りはレギンが死んだことを喜んでいる節があった。きっと本人に尋ねても、なぜレギンを嫌っているのか、わかりゃあしないだろうから俺は何も言わなかった。俺にわかったのは、生き残ったそいつの飛び抜けて悪い腕前が、男臭い嫉妬を絞り出すくらいしか能がなかっただろうってことだけだ。
レギンは強かった。俺から見ても、優秀な兵士だった。命令違反や戦意喪失は確かに多かったが、大中小、どんな部隊に配属されても戦果を挙げて来たし、やつの意見が採用されて部隊が無事に帰還できたことも何度かあったろう。俺も何度かあいつと一緒に組まされたが、確かに変わり者で、そして言いたいことがなんなのかさっぱり分からないことがあった。そのくせ誰より戦場のことが見えていた。お前は兵士になるために生まれてきたのかもな、と俺が言うと、レギンは嫌そうに顔をしかめて、言った。
「戦争は好きじゃない――」
これは俺の失言だ。当たり前の話、イカレてでもいなければ戦争が好きなんて言うやつはいない。戦争が好きだなんていうのは、実際に刀槍を持って前線に立ったことがないやつだけだ。レギンも俺も、祖国のために徴兵されたしがない兵士だ。好きで戦争に行くやつがどこにいる。俺もあいつも、呼ばれただけだ――だが違うのは、俺には帰る村があるが、レギンにはなかった。あいつはみなしごだった。それでも馴染みの村ぐらいは誰にでもあるものだが、それもあいつにはなかった。恋人もいない、家族もいない、面倒を見てくれた人もいない。乞食まがいの暮らしの果てにあいつは兵士になった。元乞食のあいつがこれほどまでに優秀な兵士になるなんて、誰も予想は出来なかっただろう。村一番の怠け者が戦場では勇敢な戦士になる、なんていうのはよく聞く話だが、あいつもそういう手合いだった。そんなあいつが、いつだったか酒の席で俺にぽろっと言ったことがある。
「帰る場所が欲しい……」
俺は何も言えなかった。なぜってその時にはもう、レギンの出自を聞いていたから。
俺たち兵士は故郷に帰るために戦争にいく。故郷に帰れば、そこで待っていてくれる家族や、恋人や、仲間がいる。だから、彼らのために、もう一度会うために、俺たちは闘う。だがレギンは違う。あいつには帰る場所がなかった。金のために生きられるほど器用でもなかった。だからあいつが死んだ今になって、俺はようやく、あいつがなぜあれほどまでに闘い続けていたのか分かる気がする。
あいつは故郷を探しに戦争に来たんだと思う。
馬鹿な話だ、どこへいこうが戦場になれば血と泥で汚染された荒地しか残らない。それなのにあいつは、ここではないどこか、いつかたどり着く場所、そこに自分の故郷になってくれる場所があると信じて戦争に来た。敵を死ぬほど打ち破って駆け抜ければ、ゴールテープが張られていて、あいつを歓迎してくれるところがあると。戦争とは、そのための旅なのだと。馬鹿な話、だが、そうとでも信じていなければあれほどの強さは発揮できなかっただろう。神様はイカレてる、あんなに強い男に、絶対に叶わない夢を見せて死ぬまで闘わせたのだから。戦争が終わった今だから言うが、俺は神様なんて大嫌いだ。レギンは確かに嫌なやつだったが、死ななきゃならないほど悪いやつじゃなかった。第一、あいつを否定するなら、あいつのおかげで命を拾った俺らはどうなる。それごと否定するのか。馬鹿な話だ。
最後の戦争だったから、平原に散らばっている仲間の死骸をいくつか祖国へ持って帰ろうという話になった。レギンの死骸も、蜜蝋の棺に入れて保管されそうになっていた。だが明らかにレギンの後始末をやっていた連中は気が乗らなさそうだった。「どうせ誰も待つやつなんていないのに、なんでこいつのカンオケなんて引きずっていかなきゃならないんだ?」……と顔にありありと出ていた。だから、俺は言った。
「レギンのやつは、ここに埋めていってやらないか」
連中はニヤっと笑った。俺が、連中のためにていのいい口実を作ってやったと思ったのだろう。俺はなんでもよかった。レギンの死骸さえ引き受けられれば。……俺はレギンの入った棺を引いて、丘を上った。すぐに日が落ちた。
夜通しかけて、俺はレギンの墓を掘った。墓堀作業は重労働だ、あいつが入る穴を掘り切った時には朝焼けが始まっていた。俺はカンオケにフタをして、それを墓穴に沈めた。スコップで土をかけ、埋めて、どさっとその場に座り込んだ。
「感謝しろよ、お前のためだけに掘った穴だ……」
レギンの墓は答えない。俺はあいつの剣を盛り土の上に刺した。戦士の供養はこれに限る。だが、あいつはきっと喜ばないだろう。
「見ろよ、いい景色だ――」
実はこの場所は、前から目をつけていた。断崖絶壁になっていて、弓状の入り江とその先の太陽が綺麗に並んでいて美しいのだ。故郷の恋人なんかは俺のことを芸術の妙の分からぬ男、などと言うが、ここの選択にだけは自信がある。ここは綺麗だ。
「お前も気に入るだろ」
レギンの墓は答えない。俺は「はっはっは……」と笑ってしまった。何がおかしかったのか今でも分からない、それでも確かにそのとき俺は、レギンがくだらない冗談でも言ってきたようなそんな気分になっていた。
「ここをお前の新しい故郷にすればいい。一番幸福な人間は、ふるさとに棺を埋めるもんだ。――お前はここに埋められるために闘ったんだ。ここが、お前の故郷だよ――レギン」
レギンの墓は答えない。
今でも俺は、あの場所にレギンの墓があると信じている。