飲み会
普通、喜ぶ。だが藤見は不機嫌だった。少し口に含んだだけで、どんな肉も不味そうに喰う。酒も少しも減っていない。ちょっとビールを舐めただけ。せっかく久々に集まったというのに、そんな藤見を見て楽しい思いができるはずもない。だからみんなにもっと喰えとかちゃんと飲んでるかとか小突かれて、最初は曖昧に笑っていた藤見がついにキレた。俺は知っていたはずだった、藤見はこういうやつで、誰がどうこう言おうがその思い通りにはならない男だと。なにより本人がどうすることもできないことを、他人がずけずけ言うというのは確かにやつの身になってみれば辛い思いをするはずだった。俺はそれがわかっていながらこの三時間、一度も藤見に助け舟を出さなかった。べつに理由はなかったが、この事態を招いたのは俺だと言っていい。
蹴り上げられたテーブルが派手な音を立てて倒れ、驚きよりも衝撃よりも、萎えたような空気が場に広がって、藤見の熱く押し込められた吐息だけがよく響いた。俺は手に持っていて地面にぶちまけられた肉だの酒だのと運命を共にしなかったお冷を飲んだ。
「なにが楽しいんだ」と藤見が言った。「え、おい、何が楽しいんだ?」
楽しいもなにも、飲み食い以外に文明社会で自分の人生が世間に盗まれていることへの精算なんてつけられないわけだが、そんなことはわかっていながら藤見は場にいる全員を睨みつけている。俺は知ってる。こいつが何を食っても味なんてロクに感じていないことを。俺は知ってる。こいつがどんな酒でも心から酔うことはできないことを。
何か言いかけてはやめたり詰まったり、毒であることだけはわかる独り言をいくつか吐き散らしてから、藤見は最後にやけに明瞭な声音でこう言った。
「俺はな、たとえどんなに美味いもんでも、『美味いと思え』なんて言われたら不味くなるんだ、喰えたもんじゃなくなるんだ、不味いんだ、全然美味くなんて――」
くそっ、と倒れたテーブルの脚を固めた拳で殴り(痛かったはずだ)、藤見はおもむろに立ち上がると財布から一万円札を抜き取ってそばにいた仲間の顔面に叩きつけると、いまにも誰か絞め殺しかねない殺気を振りまきながら出ていった。だがその足取りは今日の飲み会に参加するために座敷に上がった時よりよほどしっかりしていた。何をするべきか、自分がどういう人間か、わかっているやつの足取りだった。俺はそんな藤見の後ろ姿をお冷の向こうから眺めていた。なにもこれが最初じゃない。
場は完全に白けきっていて、初めてキチガイを見たらしい女の子たちなんかは泣き始めていたが、仕方ない、もともと人生なんて泣きたくなるようなことばかりだし、ちょっとでも泣いて泣き尽くせないほどの不幸を贖い始めた方が老後のためにもなる。俺は慌てて駆けつけてきた店員に謝りながら、テーブルを元に戻して、誰に言うともなく呟いた。
「ま、あいつは人生楽しむために産まれてきたんじゃないからナ」
そういうやつもいる。