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死だけが救い

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 死神はかんたんに人の生死を決定する。だからといって何も考えずに殺しまくっているわけではない。彼らは彼らなりにいろいろ考えて人間をぶち殺しているのであって、そこになんの作為もないと言うのは流石に失礼というものだろう。だからまた、彼らは電信柱や廃ビルの屋上などにたむろして、双眼鏡片手に討論する。誰を生かして誰を殺すか。
「ラフィ、おまえどうしてもあの男を殺すのか?」
「ああ」と双眼鏡を構えた死神が答える。コッペパンを頬張りながら、廃ビルの屋上から街を歩く一人の男を追っている。
「殺そうと思う」
「やめてやったらどうだ」ともう一人の死神が言う。手すりにもたれかかって、盗んだ缶コーヒーを飲んでいる。
「あんなに哀れな男もないぜ、あの歳で奥さんと子供に先立たれ、孤独死確定。これからの人生、お先真っ暗もいいところだ。ほっといたって死ぬ。何も俺達が直々にぶち殺してやる必要もあるまい。なあ?」
「カジュル、おまえにとっちゃあの男は生かしておいた方が幸せなのか?」
「そんな必要ない、と言ったまでさ。そりゃあ死んだ方がラクかもしれないな。だが、どうせ同じなら生かしておいたって構うまい。手を出すだけ無駄だ」
「俺はそうは思わない」コッペパンの中にまじっていたコーンを噛み切れずに吐き出しながらラフィが言う。
「あの男にとっては、人生なんてもうない。家族を失った時に、あいつの一生は終わったんだ。肉体が生きているから頑張れなんていうのは理想論にすぎない。そんな強要は誰にもできない。人が死ぬ、それはいろんな瞬間にある。肉体的な死も確かにそうだ。否定はしない。死なんてそれだけなのかもしれない」
「少なくとも、俺達の業種にとってはな」とカジュルが茶化す。「精神を殺すのは職務外の違法だし、それが可能なのかどうかもわかりゃしない」
「ああ。だが、俺はいろんな人間を見てきて、死んだように生きてる人間を何人も見てきた。そして、あいつもその類いの人間だ。事故で家族を失った。そりゃ気の毒だ。ご愁傷様。べつに全部俺達の仕業ってわけじゃない。天命ってのもあるだろう。だがな、俺は思うんだ。死んだ人間は生きてる人間を引っ張る。生きようとする意思に水を差すんだよ」
「嫉妬からか? あの足取りを見ると、とてもそんな活力が残っているようには見えないな。毎日うつろな顔で仕事して、いまにも線路に飛び込みそうだ。幸せな人間を妬む余裕があるのかね」
「あろうがなかろうが呼ぶんだよ。もはやああなっては周囲に毒液を撒き散らす害獣だ。全身から匂い立つ死が、ほかの命を汚し始める。俺はそれが我慢ならない」
「ずいぶんカルトな想いだな。死か。おまえの言う死、おまえが見てる死はどうも俺達のそれとはかなり違うらしいな、ラフィ」
「そうだろうな。俺も自分で不思議だよ。狂ってきたのかもしれない。医者にいくべきかな」
「いや、その必要はない」カジュルは肩をすくめた。「俺達は死なない。病にはならない。だから狂ったって構わない。――続けてくれ、どうぞ先を。なんだかおもしろくなってきた」
 ラフィはチラッと相棒を見てから、
「魂が死んでいるのに、肉体だけ生かしておくのは拷問だ。それこそがあいつをずっと苦しめている。家族を失った時、あいつの魂は死んだんだ。そして何かを失えば何かを得る。あいつは天寿を全うするまで死ねないだろう。これから何十年も。天とはそういう仕組で成り立っている。あまりにも大きなものを失った相手には、それ相応の対価を与える」
「それが望んでいないものであってもか」
「正しいとか、間違っているとか、こころよいとか、おぞましいとか、そういうざっくりした分類だけで識別していくからこういう悲しみが生まれる。死は死、生は生。悪は悪、善は善。それじゃ、あいつは救われない。ああやって永遠とさまよい続ける。いくあてのない街、欲しいもののない店、歩きたくもない道、見覚えのない他人。五十年付き添った家族を失ったあいつに残ったのはそれだけだ。ほかにない。――そんなの残酷だと思わないか」
「ああ、可哀想だな。気の毒だ。しかし、やり直せるかもしれないぜ。人間には可能性がある。俺達はそう教わってきたし、そのために人間の手助けをしている。可能性――変われるかもしれない。新しい人生、違った伴侶、見たこともない幸福。それがあいつには待っているかもしれない。天が与えてくれたのは長生きだけじゃない、正当な歓びを返してくれるかも。なんといっても未来は不確定だからな」
「ああ、未来は不確定だ」ラフィは頷いた。「信じるには値しないほど」
「おまえにかかれば、どんなものも肥溜めだな。いいさ、好きにしな。殺したきゃ殺せ。それが俺達の仕事なんだし。死は救い――おまえは一番、死神に向いてるのかもな、ラフィ。あんまり成績はよくないが」
 カジュルが皮肉った時にはもう、ラフィの白い手に握られた拳銃から発射された弾丸が初老の男の頭部を撃ち抜いていた。男はその場に倒れ、眠るように絶命していた。ラフィはそれを見ながら思った。おめでとう。あんたの苦しみは、今終わった。価値ある苦痛があるとするなら、とラフィは拳銃のシリンダーを空けて、空薬莢をくそまじめに取り出しながら考えた。それは、なるべく早く終わる死だけだ。増殖しないうちに。わかってもらおうとする悲しみほど、この世を毒腑にするものは他にない。青ざめた顔で歩き回るだけの人生など、存在するに値しない。
 だから、





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