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無精卵の人生

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 記憶を売却すれば心が軽くなる。俺は店の看板に寄せられたそのキャッチフレーズに惹かれた。そうだ、そのとおりだ。いろいろ覚えているから人生は大変なのだ。俺は店の軽いガラス扉を押し開けて、カバンから取り出した記憶を店主の前に並べていった。過去、過去、過去。ガラス玉の過去。店主はそれを虫眼鏡でふむふむと眺めてから、がらくたですね、と呟いた。特にバカにされたような気もしなかったので、俺もはいそうですと答えた。俺の過去はがらくたなんです。だからいらないんです。すらすらと言葉が出た。店主は慣れ親しんだ鉛筆で、もう何千ダースも使い潰しただろう台帳に記入して、俺の過去に値札をつけた。二束三文だが虚無よりマシだ。俺は札入れに薄っぺらな紙幣を数枚しまいこんだ。上着の裏ポケットに戻すとほんのり温かいような気がした。あなたの未来に幸あらんことを。脱帽して肩をすくめる店主に俺も含みありげな笑いを返し、俺は表の通りに戻った。来た道がどこから続いていたのか、その先に何があるのか、わからないからこそ俺は歩く気になったのだ。でなければ、一生地べたでしゃがむしかない。アスファルトに耳を当て、輻射熱に焼かれながら。目玉焼きの気分だ。生きながら焼かれるのだ。膨らんで弾けて泣き叫んでも目玉焼きは助からない。俺はしゃがみ込みたくない。火刑の紅蓮は忘却の水で癒やすに限る。俺はへらへら笑いながら道を行く。俺は白痴だ。しあわせだ。





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