Neetel Inside 文芸新都
表紙

脳髄モダニズム
「恋宙」

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 きっと、生まれ変わっても私は君の事を好きになる――。
 君と初めて出会った夏、君の温かい手に触れた時、確かに永遠(あい)を感じたんだ。
 寝ても覚めても、私はいつも君の事だけを考えていた。悲しい時も、うれしい時も、喜怒哀楽の全てを君に捧げていたから――。
 今もね、この季節になると思い出すんだ。
 忘れられない、忘れることができない、恋心。

 ○

 1月。今日みたいに寒い日の事だった。
 待ち合わせは19時――いや20時。アルバイトの終わる時間が遅くなったようで、待ち合わせの時間になってようやく「遅れる」旨を連絡してきた君。
 もちろん私は怒って「信じられない! もう帰ります」と電話を切ろうとした。一か月ぶりに会えるというのに、なんでアルバイトしてんの!?って感じじゃない?
 いや、アルバイトじゃないわ、確か君は社会人で仕事が遅くなったとか言っていたんだっけ。
 待ち合わせの京阪祇園四条駅前ではなく阪急河原町――でもないか、えーと、ああ四条大宮ね、うん四条大宮のマクドでもなくてロッテリア前で、どこ行こうとしてたんだっけ。
 ごめん1月じゃなかった、12月でした。12月の27日ね。せっかくのクリスマスなのに仕事の都合で一緒に過ごせなくて、ちょっと遅めのクリスマスを二人で過ごそうって話してたんだっけ? え? そうだよねたぶん。
 まぁいいか話の続きを。
 君の欲しがっていた靴も、靴じゃなかった、ラジコン――ではないよね、アレだ、アレ、あ、靴だったわ。靴もずいぶん前から探して、ようやく見つけて、ちゃんとプレゼント用に包装してもらったのに。
 私がずっと「欲しい」と言っていた懐中時計じゃなくて腕時計、でもなくて目覚まし時計、あ、もう懐中時計でいいや。プレゼントの事なんか、君はもう忘れちゃってると思うし。
 つい最近、君が「懐中時計なんてどこで売ってるんだよ」とぶつぶつ言いながら頭を抱えていた事も知ってるし。
「アディオス!」と電話を切ろうとした私に君は「ちょ、ちょっと待って! 10分、いや5分で行くから!」って無理な事を言いだしてさらに私は怒ったの。「会社からバイクで30分はかかるじゃない! 嘘つき! もう知らん!」って。
 その時は本気で帰ろうとした。帰ってやろうとした。絶対に帰ってやると思った。でも、やっぱり君に会いたいし――素直じゃないんだ、私って。
 仕方ない。私はそのまま四条大宮駅のブックファーストで時間を潰そうと、いや行ってないわ。本屋行ってない。山田風太郎の「うんこ殺人」を買ったのは白川の丸山書店だし。行ってないよ。あ、「うんこ殺人」買ってない。ていうか「うんこ殺人」て何よ。ふざけてるの?
 ちょっと待って、私はどこで時間を潰した? え、ちょっと待って。どこで――私は本当に時間を潰していたか? いや、違う。
 私は本当に、そこにいたのか。
 いいや、ロッテリアの中に入って時間を潰していた事にしようじゃないか。別に普通ですし。ロッテリアで時間ぐらい潰しますし。
 二階にある窓際の席に腰を下ろし、カフェラテに唇を近づけながら、ただ漫然と君に投げつける予定の問責を考えていた。
 ふと窓から目を下ろすと、駅から足早に出てきたスーツ姿の人々がバス停前に次々と列を作っている。絶え間なく市バスは往来し、次から次へと人をさらっていく光景が面白くて、しばらく眺めた。その、運ばれた先に幸せがあるのかな。
 バス停にいそいそと男の子が走ってきた。彼はしきりに時計を気にしながら、乱れた髪とマフラーを整えている。綺麗な紺色のカバンから何か小さな箱を取り出し、再びカバンの中へと入れた。
 横断歩道を挟んだ反対側のバス停に、白いコートを着た女の子が一人寂しそうに立っているのが見えた。「あの子、私が来た時からいるような……」
 男の子は彼女を見つけると、カバンから小さな箱を取り出して、後ろ手に隠したままそっと、そっと彼女の元へと歩いて行った。
「ああ、そっか。遅れたクリスマス。同じだね」みたいなね、思わせぶりな事なんて言ってないけれどさ、もう読み物なんだから言った設定でいかせてほしい。
 ちょうどその時、はらりはらりと粉雪が落ちてきて、まぁ当然だけれどこんなタイミングで落ちてこないけどさ、粉雪が降ってきたほうが演出的にね、アリだからね。
 そのおっさんが、おっさんじゃないや、おっさん出てきてない。
 その彼が横断歩道を渡ろうとしたとき、遠くから聞こえていたサイレンが彼の前を通り過ぎ、すぐ近くで停止した。
「おい、すぐそこで事故らしいぜ。バイクと車。ヤバそうじゃね?」
 後ろに座っていた学生風の集団がドリンク片手に、嬉しそうに外へ飛び出していった。
 私もすぐに、その後を追った。
 現場は既に黒山の人だかりが出来ており、赤いサイレン灯が辺りを包んでいた。
「バイクの人、あんなにスピード出してちゃ危ないに決まっているわよねぇ……」
「車の下敷きか……助からんだろうなぁ」
 私は群れの間を掻き分けて進んだ。何を考えていたのかわからない。ただ、無我夢中だった。
 冷たくなったアスファルトに君の姿が見えたような気がした。でも、すぐに救急隊の人が君を取り囲んで、私はすぐ傍にいた警察官に腕を掴まれた。
「これ以上進まないでください! 危ないですから!」
「離して! 離してください!」
 私はそのまま、群衆の中に放り込まれそうになる。そのとき、足元で小さな箱を見つけた。
 何か大きな衝撃が加えられ、それから何度も踏みつけられたのだろう。原型を既に留めておらず、無残な形へと変貌していた。
 私はそっと拾い上げる。手が戦慄いているのがわかる。
 箱の中には、綺麗な懐中時計が入っていた。雪のように白く縁どられたガラス部分は欠け、まるで結晶のように儚く体温が伝わっていく。
 時計の保証書だけがリボンに括り付けてあった。後で君が抜き取ろうとしていたのだろう。
 日付は今日の、ちょうど1時間前。会う時間のギリギリまで君はプレゼントを探してくれていたのだ。仕事なんてとっくに終わっていたくせに、嘘ついて、私を待たせてまで――やっぱり君は嘘つきだよ……。
「バカ、なんでよ、なんでこんな……こんなのいらないよバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
 私は保証書だけをそっとカバンのポケットに忍ばせ、壊れた懐中時計を胸に抱いた。しんしんと降っている設定の粉雪が際限なく私へと落ちてくる。涙は止まらなかった。

 ○

 誰にだって、忘れられない経験がある。
 途中、記憶に不明瞭な場面が見受けられたが気にしなくともよい。
 これは真実の愛の物語なのだから――。

       

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