僕はポンコツ
last-1『ハッピーエンドとは?』
いつもの日常が帰ってきた。
それは彼にも、彼女にも。
「おはよーはよー」
「……え?」
友人の疑問顔な反応に、彼はハっと息を飲んだ。そして全身、特に背筋から汗が噴き出した(ように感じられた)。
ぼんやりと言った挨拶が彼女と同じことを言っていた(元ネタがアレだけに恥ずかしさが半端なかった)。
「なんだそれ? チーズの中の人か?」
「あ、いや、それ違うし……なんでもない」
「変なヤツだな」
若干テンションを落としつつ、自席へ。彼は無意識の恐ろしさを実感していた。そして、人が人に及ぼす影響がすさまじく巨大であることを身を持って知った。
「おはよーはよー」
本家が言ってきた。ニヤリと笑っている。聞かれていたみたいだった(なんと抜け目ない)。
「……おはよーはよー」
今日は折れておくことにした。
『(・ω・`)』
顔文字だけの手紙が増えた。
彼はいつも返事に困っていた。というのも、立川はからかい半分で送っているので当たり前と言えば当たり前。
なので。
『(・ω・`)
(´・ω・)』
同じように返すことにしていた。根本的解決にはなっていないが、あえてそこには気にしなかった。
するとたいてい、向こうが先に折れる。
『今日は帰り、コンビニと本屋寄りたいねんけど、いい?』
ようやく普通の手紙がやってくる。
『ええよ』
と書いて消した。危なかった。一個人が与える影響力は計り知れない。
唯一、彼と彼女の間で変わったことがあった。
「それでなー。そのレイラ女王様、すんごいマゾで他の人たちも普通じゃないねん」
「へ、へえ。それ本当に少女マンガ?」
「え、そやで?『普通じゃない!』ていう少女マンガやで?」
彼女は本来の口調であろう、関西弁になっていた。前まではときどき出る程度だったが、今ではずっとそれで通している。
そして彼は知らないが、彼女のこの口調は彼と2人のときだけで、その他は標準語で話していた。
「立川さん、少女マンガも読むんだね。なんか青年マンガというイメージしかなかった」
「それはお兄ちゃんの影響やし……少女マンガも読むよぉ。『天才百合ビアン』とか」
「……ゆり?」
「な、なんでもない! なんでもないし!」
慌てる彼女。彼はしっかりとタイトルを覚えたので、調べてやろうと思った(帰宅後、検索して新たな趣向に目覚めることを、このときの彼はまだ知らない)。
帰宅後、彼は居間でぼんやりと妄想していた。
そろそろ暑くなってくる時期。夏はまだ遠いけれど、服装は少しずつ薄くなっていく。この日の立川はいつもより1枚薄かった。スクールシャツ(長袖)姿だった。
本当にどうでもいいことかもしれないけれど、彼はこの時期が好きだった。微妙な気温の中、薄着になる女子。半袖ではなくあえて露出の少ない長袖がポイントで、光の加減で肌が透けて見えるところがまだ良い、らしい。どうやらこのときばかりは脚から上半身に視線が動くようだ。
加えて小雨でも降ってくれればシャツと肌が貼りついたり、身体のラインがわかったりしてなお良し。
「変形踵切り上げっ」
彼の妹の踵が左肩に直撃した(座っていたからこの位置。もし立っていたら、かなり危険な部位に入っていたかもしれない)。
「お兄ちゃん、ただいま」
「……なんのつもりだ?」
「だって、やらしいこと考えてそうな顔だったし」
どうやら女性は皆、男の顔で心を読む技術を持っているらしい(それはそうと、事故とはいえ身内のパンチラを見てもあまりいい気分にはなれなかった)。
さて、もう何も問題がなさそうな彼の日常。
けれど、彼は1つ、たった1つ懸念事項があった。
避けては通れない。逃げるわけにはいかない。期限はないけれど、できれば迅速かつ早急に対処しないといけない問題。
それは。
彼はまだ、立川の告白の返事をしていない。