僕はポンコツ
last-append『last-last-another』
卒業式の日。
彼女は志望大学に落ち、浪人することを決めた。それを機に、実家に帰ることになっていた。
つまり、予定を取りつけない限り、彼と会う最後の日。
取りつける気もないので、間違いなく最後の日。
彼女は泣くまいと決めていた。
友人たちには、帰宅後遊びに行くのを断った。親にも無理を言って、先にマンションに帰ってもらった。
一番無理を言ったのは彼かもしれない。
「今日、いっしょに帰らない?」
ダメもとで言ったお願いを、彼は快く了承してくれた。
すごくワガママなことを言ってしまった。でも、なりふり構っていられなかった。
もう、最後なのだから。
「おまたせー」
……うーん。
彼女は首を傾げる。
「おまたせっ」
ううむ。
まだ納得できない様子の彼女。
開口一番をトイレの鏡で練習していた。普段通りの自分を演じること。何度確認しても、しっくり来なかった。
油断すると涙腺が決壊してしまいそうになる。そうならないようにと挨拶の確認をしているものの……
じわり。
「……うう」
『最後の日』
それを意識するだけで、視界がにじんでしまう。
マズイマズイマズイ。
我慢しないと。
彼との帰り道。もうこの道を2人で歩くことはない。
本屋も。
カラオケも。
商店街も。
もう行くことはないだろう。
「今ってどんな気分?」
「桜ノ雨」
「ほ、ほほう……予想外の答え」
歌詞を思い出す。今この瞬間、彼がとても満ち足りているのだろうと思い、彼女は嬉しくなった。
聞いた手間、自分はどうなのかと考える。
ところどころニュアンスは違うけれど、きっとあの曲だろう。
『初めての恋が終わる時』
じわり。
「こらこら、そんな悲しそうな顔、しないでよ」
このままではマズいと感じ、彼女は無理やり話しを切り出した。
「……ああ、うん」
「もう二度と会えないとかそういうのじゃないんだし、さ。
1回ぐらいこっちに来てよ! 観光案内ぐらいするからさ!」
「そうだね。それ、いいかもね」
想いを巡らせる。ぜひ一緒に哲学の道を歩きたい。清水寺方面から銀閣寺方面へ、ゆっくりゆっくりと歩きたい。八つ橋なんぞを食べつつ、おしゃべりしながら、のんびりと。楽しいだろう、きっと楽しいに違いない。
でも、そのときが来たら、何かしら理由をつけて断ってしまうに違いない。
すごく、悲しくなるだろうから。
「地元に帰るまでにさ、1回ぐらい遊ばない? 卒業記念というわけじゃないけど」
驚きの提案がやって来た。
「ほー、アサダくん、なかなか積極的になったねぇ」
「……むっ」
つい軽口を叩いてしまう。
期待してしまう。もしかしたら、まだチャンスがあるのかも、と。
でも、それは甘い考え。
「引越しの準備次第かな。ありがとう」
それとなく断った。
こんな時間がずっと続けば。
そう思っていても、それは叶わない。
そのときがきた。
いつも2人が別れていた、分かれ道。
ああ、いよいよ。彼女は終わりを感じた。
ここが勝負どころ。
平常心を。
平常心を!
「ん、じゃあここで。バイバイ」
軽く手を振り、さっさと歩き出す。
上出来。早く、早く離れよう。
もう、限界だった
いつ決壊してもおかしくなかった。
早く、早く帰ろう。
振り返らない。もう彼のことは見ない。
ああ、でも、でも。
振り返りたい。
振り返って、駆け寄って、もう、もう、思いっきり抱きつきたい。情けなくても、みっともなくても、好きだと叫びたい。
この想いが叶うまで離さない。ぜったいに、ぜったいに!
……ダメ。
甘えちゃいけない。そんなかっこ悪いこと、しちゃいけない。
彼女は、歩く。
じわり。
歩く。
じわり、じわり。
彼女は止まった。
もう歩けなかった。
涙腺はとっくに決壊し、前は少しも見えなくなっていた。
溢れた涙は止まらない。
彼女は泣いた。泣き止むまで、その場で、わんわんと泣いた。