Neetel Inside ニートノベル
表紙

幸運。
4話「暗闇、暗闇、暗闇」

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 †吉野



 吉野の行動により電灯は割れ、そこには暗闇が広がっていた。
 部屋にポツリと光っていたのは時をしらす電光掲示板。
「X?」
 それと壁だった。
 夜光塗料が塗られていたのだろうかそこは、明るい蛍光グリーンで光っている。
「ここか」
 つぶやくと吉野は転ばないよう慎重に机から下り、壁を壊したとき同様ポケットにねじ込んだままにしていた受話器で壁を破壊にかかる。何度か力いっぱい殴ったものの、材質が違うのか先ほどの土壁とは違い、カツカツとむなしい音がなるばかりだ。試しに拳でコンコンとノックをするが音もほかの壁と変わらない。
「くそっおちょくりやがって」
 一瞬、また踊らされているのではないかと憎々しげにつぶやきながらもその手は緩めない。切れた指がじくじくと痛む右手で受話器を握り、必死に壁を殴り続ける。
 が、やはりいつまで経っても何も変わらない。真っ暗な部屋では壁に傷がついたのかすら見ることが出来ず、やはり何も見えないのは不便だなと吉野は痛感する。
 ちらりとみた電光掲示板はすでに三十分を経過しているというのに物事はまったく進展を見せない。
「ちっ」
 痺れを切らした吉野は暗闇の中、受話器を放棄し手探りで机をつかむと痛む左腕を無理やり動かし両手で持ち上げ、そのまま力いっぱい壁に叩きつける。
「おらあああ」
 勢いよく力んだはいいものの、所詮机は木製。二、三度殴りつけたところでめきめきと音を立てて大破してしまう。
 何とかなっただろうか。そう思いながら壁に触れてみれば、少し壁がへこんでいるようにも感じられる。同じ場所に叩きつけられなかったのでところどころといった感じでへこんでおり、やはりこの奥には何かあるのだろうと吉野は希望を持つ。
 へし折れた机の脚を手に、指で確認したへこんだ部分を何度も何度も殴りつける。やっとピシリと何かが割れる音が聞こえたかと思うと、吉野の心は高鳴りそのまま一気に叩く速度が増す。ガンガンと音が鳴るたびにパラパラと砂のようなものかこぼれ、どんどんと壁を砕いていく。
「や、やったか」
 ふと叩いていた壁から涼しい風を感じ、吉野は指の痛みも忘れて笑顔を浮かべる。
 慎重に指を這わせ、風が入り込む穴を見つけるとその奥を覗き込む。
 覗き込んだその先も暗闇で、何も見ることが出来なかったのだが、ここしかないと吉野はどんどん壁を殴りつけその穴を広げていった。壁の材質はレンガかブロックのようで、長方形でいきなりぼろりと取れることがあり、それがたびたび地面を打つ音が聞こえてくる。それが希望の音だといわんばかりに吉野は壁を叩く。
 ガンガンと殴り続けやっと片手が通り抜け出来るくらいまで穴が広がると、吉野は右手を穴に突っ込みブロックをひっぱって崩す。ガラガラと何度も崩すこと数十分、人間一人が通れるくらいまでその穴が広がる。すると吉野は機器とした表情でその穴にもぐりこむ。
 穴の先に出ると、真っ暗。わずかに空間が広がっているということが分かるくらいだ。
 恐る恐るといった感じで前方に何か無いかと片手を前に突き出し、ゆっくりとあたりを散策する。と、手がざらりとした壁に触れる。吉野はそれを始点にするように慎重に前に進む。
「ん?」
 吉野の手が何かに触れた。危険物でも扱うように慎重な手つきでそれを探る。
「これは……?」
 幸運なことに吉野は指先に触れたその形に覚えがあった。
「スイッチか?」
 一瞬どうした物かと躊躇するものの、思い切ってスイッチをカチリと入れる。
 ジーっと羽虫の羽音のような音を立てて天井に明かりがともる。
 吉野の手元、片方だけが出っ張ったそれは、吉野の言ったとおり一般家庭でよく見かけるタンブラスイッチだった。
「うっ」
 いきなり光りが目に入ったものだから吉野は咄嗟に顔を避け、片手で顔をガードする。
 ガコン。やけに機械的な音とともに何かが起こった。突然の音に吉野はちくちくと痛む目を無理やりに薄く開け、すばやく部屋の中を確認する。見れば、鉄の扉が二つ。片方は吉野が来た道だ。と、いうのも左腕から出た血が点々と道しるべのようになっており、どこから来たのかなんてのはすぐに予想がついたのだ。
 しかし、いきなり退路をふさがれ吉野は困惑する。なにせ、一つ前の部屋には時間を示していた電工掲示板。壊れたテレビや黒電話などまだまだつかえそうなものがたくさん残っていたのだ。
 せめて椅子の足だけでも持ってくればよかったと自分を呪ったが、とりあえずは仕方がないかとため息を一つついき、もう一度部屋を見回す。
 小さな部屋。先ほどの真っ白な部屋とは違い壁は雑な塗りのコンクリートで出来ていた。低めの天井にはむき出しになった蛍光灯と空気穴らしきものがぽつぽつと数個あるだけで特に何も無い。
 肝心な扉はというと鉄製らしく、吉野の手持ちでは破壊できそうにない。そして、一番吉野が注目したのは入ってきた方とは反対側の扉近くにあった小さなテンキーだ。壁にはやけに綺麗なPOP体でPUSHと矢印つきで書いてある。つまりは押すのだろうかとその文字に従うようにして吉野はそのテンキーの前までやってくる。じっとそれを眺めると、テンキーの近くでは小さな液晶が*を四つ並べてチコチコと緑色に点灯している。
「パスワードか」
 つぶやいてから部屋を見回す。部屋にあるのはやはり電灯と目の前のテンキーくらいだ。パスワードのヒントなどどこにも無い。
「さっきの要領か?」
 辺りを見回しそういうと蛍光灯を見つめ、自分のベルトを外しぶんぶんと軽く振り回す。
「よっと」
 幸い、天井が低かったこともあり、たやすく蛍光灯を割る事に成功する。再び暗闇に包まれる部屋。点灯する液晶が目を引くが、吉野はそんなことを気にしない。ただ、想像通り各四辺の壁にうっすらと夜光塗料で書かれた数字をみてにやりと笑う。
 あまりにも弱々しい光に、電灯を当てる時間が短かったかと後悔するが、後悔しても仕方がないかとすばやく四桁の数字を覚える。四桁の異なる数字の組み合わせはおよそ二十四通り。一つ一つ入力してもいいのだが、間違えたときに何があるか分からないので、吉野の手はそこ間で考えてぴたりと止まってしまう。
 何かヒントはないかと辺りをきょろきょろ見回すが、光を当てる時間が短かった光はすでに弱まっている。あわててあたりを確認するがやはり何も無い。
 どうした物かと暗闇の中で考えてみるも、解決策は何も思い浮かばない。なにせ、何もヒントが無いのだ。蛍光灯を潰してしまったためあたりを調べるには手探りしかないし、もし何かあったとしてもそれが見えない。幸運にも、点灯する液晶によって辛うじてだがテンキーの数字が見えるのだが、所詮程度だ。
 そういえばあれからどれくらい経った。
 ふと吉野はそんなことを考える。時間を示すものがなくなった今、吉野に時を確かめる術はない。いったいどれくらいの時間が経ち、そしてあとどれくらい残されているのか。それを考えると吉野は真綿で首が絞められているようだと顔をしかめる。
「くっ」



 数分後、ごくりと生唾を飲み込む。色々考えた末、吉野は行動に出ることにした。すでに壁で光っていた夜光塗料の文字は消え、部屋は液晶が発する緑色の光しかない。
「よ、よし……」
 決心を決めると吉野は恐る恐るといった感じでテンキーで数字を打ち込む。順番は適当だった。それ故、間違えた時の事を考えると何が起こるのだろうかと不安で指は震えた。
「これで」
 最後にエンターキーを押し反応を待つ。
 数秒して、ビーっと赤く液晶が音を立てて光る。NGの文字が映し出されたそれは、吉野に絶望と恐怖を与える。
「くそっ」
 その場にしゃがみこみ、何が起こるのかと頭を抱えて身構える。



「なにも、ない?」
 だが、数秒待っても何も起こらない。それよりか先ほどまで赤く光っていた液晶が再び緑に戻っていた。
「よ、よし」
 何もないと分かると吉野は急いで試していない数字の組み合わせを打ち込んでいく。その度に液晶は音を立てて赤く光るが、やはり何も起こらない。



「これで、最後」
 二十四通り目の組み合わせを打ち込み、エンターキーを押す。
 すると、数秒待っても液晶は今までのように赤く光る。だが、今までと違うのが、ブザーが鳴らなかった。そしてなによりNGの文字が表示されない。
「アウト?」
 表示された文字を嘘だろと読み上げる。なにせ、NGの代わりに表示されていたのは、OUTの三文字だったのだ。真っ赤にチコッチコッと先ほどまでより激しく液晶が点滅したかと思えば、唐突に液晶がカウントダウンを始める。
「い、いったいなんだってんだよ」
 今度こそ終わったかと壁に背を預け、何が起こるのだろうと頭を抱える。
 カウントダウンは丁度六十秒。つまりは一分だ。特に音を出すわけでもなくただ淡々と数字を刻む液晶に絶望感を感じながら、吉野は叫び始める。
「須木ぃ! 見てるんだろ! 頼む! 助けてくれよぉ!」
 何処かにカメラがあるのだろうと吉野は必死に懇願する。
「頼む! おねがいします! 死にたくねぇよぉ!」
 涙ながらに声を上げる吉野だが、液晶の数字は相変わらず時を刻んでいる。
「頼む……頼むよぉ……」
 がくりとひざをつき、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆う。動かした左手がズキリと痛んだが、今の吉野にそんなことは些細なものだ。土下座するようにして悪かった。悪かった。と何度も謝まり続けるが、やがて液晶は無常にも残り時間終了を知らせる。
「ぜ、ぜろ」
 ビーっと番号を間違えたとき同様音が鳴ったかと思うと、シューっと何かを吹きつけるような音が聞こえてくる。しかも、それは途切れることなく鳴り続け、その音につい吉野は顔を上げてあたりを見回す。
「ガス?!」
 鼻を突く独特の香りに吉野は咄嗟に制服で口元を押さえる。
 だめで元々と鉄の扉を力いっぱい蹴ってみるが、足がしびれるだけで何の変化も無い。だが吉野はコレしかないとばかりに扉を蹴り続ける。
「ごほっごほっ」
 激しい運動をしたからか、吉野の呼吸は荒くなっていた。結果として、送り込まれてくるガスを多く吸い込むはめになり、軽い呼吸困難に陥りかける。
「はぁ、はぁ」
 死にたくない。朦朧としていく意識の中で吉野はそんな事を考え、扉を蹴る。
「ごほっかはっ」
 だが、それも限界。ガスを吸いすぎた体はしびれ、どんどんと動かなくなっていく。どさりと地面に倒れるが、それでも吉野はずりずりと這って扉に向かう。カツンコツンと小さくむなしく拳で扉を叩く音が部屋に響く。
「はぁ、はぁ」
 うまく力の入らない左手を握り締めると、やはり痛んだ。
 こんなものといわんばかりに右手で左腕を握り締める。だが、ふとここで吉野の指先に触れるものがあった。
 傷である。自ら刻み込んだその傷はまだ一度も使っていない誰かの携帯番号だ。
 これも無駄になったとかすむ目で上を見上げると、液晶が光っていた。それも、四つの*を表示したままだ。あまりの状況変化にすっかり駅所のことを忘れていた吉野だが、物は試しだとよろよろとテンキーまで這い、右手を精一杯伸ばして適当な四桁の数字を打ち込む。
 ビーっと音を立ててNGが表示される。
 まだ番号入力が生きている。それを理解するとただ執念でテンキーにかじりついた。先ほどのOUTが表示された数字を入れようとするも意識が朦朧としている吉野にそれを思い出すことは出来ず、結果として、意味も無い不毛な打ち込みが三度続き、三度NGの文字が光った。
 NGの文字を見た後、崩れるようにして手が滑り落ちる。その拍子にガタガタっと無意味な数字をいくらか打ち込み、エンターが押される。
 もうだめだ。吉野の中で何かが折れた。先ほどまで死に物狂いで伸ばしていた手も今では力なく地面に横たわる。手を地面に打ちつけたせいか、右手の傷口がずきりと痛んだ。が、幸か不幸かそれによって吉野の意識は保たれ、折れていた心が少し元気になった。
 四度目のNGがなる。音に反応してふと液晶を見ると未だに*が四つ点灯していた。
 今、四桁以上を入力しなかったか。吉野はふと気がついた。朦朧としていた意識の中でそれに気がついたことはもはや僥倖としかいえないが、それで物事が好転するわけではない。自らの肩を抱き、死の恐怖に震える。嗚咽が漏れる。痛みが走る。
 そう。痛みが走ったのだ。どんなに意識が朦朧とし、体の感覚が鈍くなろうとも左腕に刻み付けた数字に指が触れればチクリとした痛みが。
 指でそれをなぞると、じくりと痛んだ。だが、痛みを感じている事だけがいま吉野が生きているのを実感させる手段だった。
「いっ」
 間違えてずぶりと傷口に指を刺しこんでしまい、吉野は声を上げる。予想以上に痛みを覚えた吉野は少しだが意識を取り戻す。以前よりはまとまるようになった頭でぼんやりと液晶を眺める。
 飛びそうな意識をえぐりすぎたのかじくじくと痛む左腕をさらにえぐることで保つ。
「よんけた、いじょう」
 先ほどの出来事をふと思い出し、口に出してみる。
「でんわ、ばんご」
 そこで、吉野は腕に刻んだ数字も四桁以上であるのに気がついた。正常な思考下ではそんなことにまず気がつかなかっただろう。なにせ、腕に刻んだのは電話番号なのだ。電話番工は電話以外に使用しないし、暗証番号ではない。
 だが、朦朧とする意識下では数字である事、四桁以上である事以外に意識が向けられなかったのだ。
「すうじ」
 叫びたくなるほどの痛みを耐えて腕をえぐり、はっきりと一桁ずつ確認しながらテンキーに数字を打ち込む。勿論、腕をえぐればえぐるほど痛みで意識がはっきりとし、痛みもより鮮明になっていくのだが、吉野はグッと唇をかんで耐える。
 血まみれになったテンキーに十二桁すべてを打ち込み終わったとき、吉野の唇は切れて血まみれになっていたが、そんなことはお構いなしにとぬるりとすべるエンターキーを押す。
 そしてそのままじっと数秒待つ。
 すると液晶が緑に光り、OKの文字を表示する。
「ひ、ひらいた」
ガラガラと機械的な歯車の音を鳴らしながら吉野の目前の扉が開いた。同時に、肺に進入してきた新鮮な空気に、吉野は一瞬にして意識を刈り取られた。



       

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