Neetel Inside 文芸新都
表紙

La Campanella −来訪者−
[Ⅰ]

   1


 真夜中の町で、鐘の音が鳴った。
 しかし、それを聞いたものはいなかった。
 みずからが立っている世界に阻まれて、その音は人々の耳にはとどかなかったから。
 どこか少し遠くの世界で、時計台は一回だけ鐘を鳴らしたきり、沈黙した。
 世界はまだ、夜の中で眠っている。


   ■


 あれ、あんた、どっから来たんだい。
 ここにはだれもいないと思っていたんだけどね。
 だからさっきなんか、けっこう大きな声で歌を歌ってたんだけど、聞かれちまったかな。だとしたら少し恥ずかしいな。
 聞かなかった? ほんとうかい。
 まあいいや。たまに、あんたみたいなのが迷い込んでくるんだよね。
 特に小さい子供が多いらしいんだ。あんたくらいの歳の人は、割合珍しいんだ。
 なんでかって? そりゃ、うまれたばかりのころは、世界が各個人に対応してないからね。
 あんたも覚えがないかい。小さいころの、妙な体験さ。
 一度行ったはずの場所に決して行けない。いたはずの人を自分以外覚えていない。
 単なる記憶の問題だという場合も多い。だけど、世界があんたに馴染んでないから起きたケースも、少なくはないだろうさ。
 煙草吸うかい? こんなのはそこらで、いくらでも手に入る。一人で全部吸ったら、ため息まで真っ黒になっちまうだろうさ。
 吸わない? そいつはいいや。こいつが禁止になって長いからね。ここじゃ誰もとがめやしないけど。
 ん? あんたのいた場所じゃそうではなかった?
 いつから来たんだい。
 ははあ、あんたもその「セイレキ」ってやつが存在するとこから来たのか。
 ぼくはそれが、よく分からないんだよね。どうして一個人を何千年もの間、時間の基準にするのかがね。会ったことはないけど、相当すばらしい人物だったんだろうさ。
 ええと、セイレキ二〇一〇年? それってどの辺り? もう月には行ってたのかい?
 五十年前にはもう行ってた? ってことは……けっこう早いな。あんな岩の塊になんでまた、そんな急いで行ったんだい?
 ……へえ、国家間の競争か。そいつはまた、ご苦労なこった。もっと金を使うべきところは他にあると、ぼくは思うんだけどね。
 世界人口は? ……七十億。たいしたもんだな、あんたがいた場所は。それじゃ人が住むところなんて、もうなくなってるんじゃないかい。
 まあ、ぼくが前にいた場所に比べればまだましかもね。そこはさ、人が多すぎて、でかい塔をいくつも作って、その階層ひとつひとつが都市になってるっていう、うんざりするような場所でね。何十年も住めばふつう愛着が湧くんだろうけど、ぼく、根っからの根無し草だからさ、ご覧のように。
 ああ、もしかして臭うかい? 長いこと入浴してないんでね。下手したら、十世紀くらいかな。……いや、先週入ったはずから、四日くらいかな。それにしてもたいしたもんさ。
 ん? もっとぼくの話を聞きたいのかい。
 そうだな。「管理局」があんたを連れ戻すまで、もう少し時間があるだろう。あいつらは仕事が遅いから、下手したら一週間ほどここで過ごしてもらわなきゃならないかもしれないな。
 まあぼくと二人きりってのもついてないけど、そこらに遊び場はいっぱいある。ぼくの話にあきたのなら、そこに行けばいいさ。それまで、ぼくの世界の話でもしようか。
 くだらない話もたくさんあるけど、まあいいだろ? あんたも退屈だろうからさ。
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