La Campanella −来訪者−
[Ⅴ]
5
……もうだいぶ長いこと話してるね。そろそろ、夜明けの時間かな。
えっと、日の出まで、あと一時間くらい時間があるね。もしあんたさえ良ければ、いいところに案内しようと思うんだけど。
この近くにでかい電波塔があってね。六百メートルくらいだったかな。その一番上の、展望台から見る朝焼けは格別なんだ。
ところがちょっとした問題があってね。ま、想像はつくと思うけど、電力が来てないから階段で登らなきゃならないのさ。
ここかい? いまどきぼくは、やかましい発電機で明かりを灯してるのさ。「管理局」は恒星十個分とか、銀河系百個分のエネルギーをひょいひょい使いやがるけど。レモン百個分のビタミンC、みたいなもんかね。ぼくなんか、面倒なときはロウソクだぜ。
だけど塔の上まで行けば、いい運動にはなるさ。さっき「管理局」から連絡があったよ。注文した本の発送のお知らせかと思ったら、朝になればあんたをもとの世界に送り返すっていうお知らせさ。残念ながらね。意外なほど仕事が早くて、なんでぼくが先月頼んだ本はまだよこさないんだ、って感じさ。
まあ、それはあとでクレーム入れるとして。あんたに最後に、いい思い出を作ってあげたいのさ。
こうやって世界を越えて出会ったのも、なにかの縁だしね。
……そうかい。じゃあ、行こうか。覚悟ができてるってんなら。
あれを登った日の翌日は、いつだってひでえ筋肉痛さ、まったく。
ほら、見えてきただろ? あれがくだんの電波塔さ。
こっからちょっと離れたところに、あれの半分くらいの赤い塔がもう一本建ってるんだけど、そっちは老朽化でけっこうヤバいから、ぼくはもっぱらこっちに登ってるね。
こいつがもし倒れたら、間違いなくぶっ潰されるんだろうな、とか考えてしまうよ。でかい建物を見るといつもそうさ。
こいつもあと何百年かすれば、そうなるに違いないさ。ぼくは延命処理を受けてないから、きっとその前に死ぬんだろうけど。
……はあ、きついねまったく。
ここはどうやら、はあ、観光名所でもあったらしいけど、はあ。そいつらみんなはエレベーターで登ってたと思うと、腹立たしいね。
あんたまだ平気なのかい、はあ、大丈夫? ぼくが体力なさすぎるだけか。
……どうやらまだ半分くらいらしいぜ。空も白んできたな。
はあ、どうやらちょうどいい調子だね。このままぼくがへばらなきゃ、の話だけど、はあ。
……はあ、はあ。どうやら到着したね。
毎回途中で休憩を挟むんだけど、はあ、今回は時間があんまりなかったんで、はあ、急いだからな、はあ。
だけど疲れたかいはあって、はあ、いいものが見れそうだ。こっちが東で合ってるよな。
……え? 朝日は西から昇るものだって?
あんたのところではそうなのかい? だけどこっちじゃ、お日さまは東から昇って西に沈むのさ。
ぼくがもうろうとしすぎて、間違ってなければだけど。
……ふう、もうしばらく、休ませてくれないかい。
……ほら、太陽が昇ってきただろう?
きれいなもんさ。この、群青色が薔薇色に変わる瞬間。
町の闇が――夜が、吹っ飛ばされる瞬間。
最高だね。疲れもいっしょに吹っ飛んだら、もっと最高なんだけど。
今日もどうやら、いい天気になりそうだ。あとはのんびり、本が届くのを待ってるさ。
また歌でも歌いながらね。
……あんたがもとの世界でも元気でやれるよう、願ってるよ……異世界の友人として、さ。
あれ? もう、行っちまったのかい。
ほんとう、仕事が早いな「管理局」は。こういうときだけ。
……あの人の世界にも、行こうってのかい。
攻め込んで、ぶっ壊して、管理しようってのかい。
それもきっと、クレーム入れても改善してくれないんだろうな。
やれやれ、あの人が無事でいられることを祈るか。
だとしても、二度と会えないだろうけどね。
……それにしても、今日はほんとうに朝焼けがきれいだな。いい日になりそうだ。
■
朝の町で、鐘の音が鳴った。
道ゆく誰の耳にも、その音は聞こえていない。
ひとつ、ふたつ、と鳴り響く澄んだその音。
そのとき、ひとりの少女が足を止めた。
彼女は鐘の音を聞いた気がしたけれど、辺りを見回し、それが気のせいだと思ってまた歩き出す。
どこかほんの少し遠くの世界で、六回目の鐘を鳴らした時計台は沈黙し、そして世界は朝日の下、一日を開始した。
<END>