プロット企画会場
仲直り
設定「両方とも病弱。姉が肉体的に、弟が精神的に病んでいる」
起 「姉弟の日常生活について」
起「家で姉弟が会話する」
承「姉の何気ない一言に弟が怒る」
転「姉の発作」
結「弟が(姉は自分がいなければ駄目になる)と考える」
承 「姉が学校に行く」
起「弟、姉が自分を監視しているのではと強迫観念を抱く」
承「家探し」
転「姉の部屋からカメラと薬を見つける」
結「これはいったい?」
転 「弟と姉が対決」
起「姉が帰宅してくる。家中の雰囲気がおかしい」
承
転
結
結 「弟を監禁する姉」
起
承
転
結「でもみんなしあわせ」
いつも自分がやっているように16分割で話を作ってみました。
舞台は洋館とかが素敵ですね。
僕は、このひなびた洋館が大嫌いだった。
曽祖父が一代でつくったものらしいが、そんなことしったこっちゃない。仏壇でしか顔をあわせたことがない人間になど、僕は恩をかんじることはできなかった。
しかし父と母は、そんな洋館を売ろうとも壊そうともせず、現状維持を貫いてきた。まったく迷惑な話だ。2人がいうには「こんな洋館に住めるなんて、すごい贅沢じゃないか。なんでそれを拒むんだ」ということらしい。まあ、この家に生まれてからずっといる父と嫁いできた母は、モノクロームの笑みを浮かべる曽祖父の生前をしっているから、そんなこと言えるんだろうけどね。
ただ、僕がおもうに両親もこの洋館が嫌いなのだろう。なぜなら、昨年から父は仕事の都合でイギリスへ転勤し、母もちゃっかりついていったからだ。きっといまごろ、素敵なイギリスライフを楽しんでいるに違いない。
ではこの洋館に一人暮らしかというと、そういうわけではない。
口がよくうごく割に、体はあまり動かせない姉と2人暮らしなのだ。
◆
姉との2人暮らし、なんていうときっとうらやましがる人もいるだろう。しかし、あくまでそれは物語のなかの姉と弟の姿。理想というよりはただの妄想にすぎないのだ。
僕の姉はいったいどういう人かというと、それはもうすごいわがままだ。はたから見れば深窓のお嬢様にみえるだろうけど、いざ口を開いてみるとでてくるのは欲ばっかりだ。何が深窓だ、深いのは欲だけだ。
そんな姉と暮らせば、どんな健康体だって一週間でばてるだろう。まあ僕は、普通の人間とは違うのだからその心配はいらないのだ。
だがしかし、僕はその秀でた肉体と精神を持ってるばかりに、この洋館に縛りつけられているのだ。これはきっと、曽祖父の呪いだ。ちゃんと1日に1回は手をあわせてやってるのに、曽祖父は僕の才能に嫉妬しているのだ。こういうのをひ孫不孝というのだろうか。
僕は課題を終わらせると、かならず父の本棚を漁る。束縛を解く方法が記されている本をさがすために。
残念ながら、1日に本棚を漁る時間は限られている。なぜなら、1日の課題を終えると、姉がちょうど学校からかえってくる頃になるからだ。
◆
「ただいま。ねえ、はやく晩ごはんつくってちょうだい。生徒会で疲れたわ」
午後6時。忌々しい声が玄関から聞こえてくる。僕も、一回くらいは無視する。しかしながら、そうすると姉が雛鳥のごとく「晩ごはん、晩ごはん」と騒ぐので、早々と降参するのだった。
「ああ、おかえり」
「きょうはなに? 魚、肉、それとも……」
うるさいな、今朝コロッケっていったのに。
もちろん、そんな気持ちは腹のなかで消化させて
「きょうはコロッケだよ。あとは揚げるだけにしといたから」
とむりやり微笑を浮かべていう。
だが、姉は空腹なので機嫌がわるい。当然メニューに不満をいってくるのだ。
「いやよ、なんでそんな庶民が食べるようなものをメインに持ってくるのよ。貧乏くさいじゃない」
誠に面倒だ。姉はスノッブなのだ。たしかに、この家は上の下あたりにはいるだろう。ただ、これくらいで威張ってちゃ、孫正義やビルゲイツはどういう振舞いをすればいいのだろうか。想像つかない。
ため息は口の中でとどめておいて、昂る感情を必死に抑えながら
「ごめんね、でも中の肉はいいのをつかったから」
と姉をなだめる。なんだよ、きっと肉の味なんてわからないだろうに。安売りを狙って買う僕の苦労もしってほしい。
「まあいいわ。自分の部屋にいるから、できたら呼んで」
「はいはい」
適当に返事をして、僕はキッチンへもどった。早くつくらないと、もれなく聞きたくない文句をいやというほどいってくるのだ。本当に勘弁してほしい。
◆
実をいうと、姉は体がそんなに強くない。だからこそ、深窓のお嬢様なのかもしれないが。
小学校のころ、姉はよく学校を休んだり早退した。保健室登校をしていたこともある。いじめられはしなかったが、友達は明らかに少なかった。
僕はそんな姉を、心配しながらも妬んでいた。本来なら末っ子の僕に注がれるべきものを、すべて姉が奪っていくのだ。僕がもらうはずだったぬいぐるみも、菓子も、金も、そして両親の愛も。
爪をかんですむもんじゃなかった。僕は画用紙に姉の似顔絵を描いて、びりびりに破り捨てては母にみつかり叱られた。
きっと父も母もわかっていたはずだ。僕が飢えているということに。
ならば、なぜくれなかったのだろうか。
僕はひとり、コロッケを揚げながら回想に浸っていた。
衣が狐色になったころ、油の海でおよいでいるコロッケをひきあげる。われながらいいできだ。
そのほかにもサラダ、昨日つくっておいたコンソメスープ、そして米を皿によそったり盛りつけたりした。ちなみに、姉は「米はライスと言え」とうるさい。なんだライスって。ルー大柴かファミレスかってんだ。
皿をテーブルにもっていき、準備が整うと僕は階段をいそいそと上がっていく。いつのまにか7時になっていた。姉はきっと、イライラしていることだろう。愉快……いや、自分の身を案じて、無駄にながい廊下を全力ではしる。息を切らしながらノック。
「姉さん、できたよ。早く食べよう」
いいとこの坊ちゃんを心掛けて、やさしく語りかけるようにいう。ああ、気持ちわるい。性に合わん。
しかし、言葉遣いを気をつけろとうるさい当の本人は
「はあ? いま無理。生徒会の連絡してるから」
とずいぶんくだけた口調で拒否したのだ。
せっかく僕が急いでつくってやったのに。なんだ、その言い方は。早くつくれっていったのは姉なんだぞ。
「でも冷めちゃうし……」
「ああもう、うるさいわね。大事な要件なのよ」
何が大事な要件だ。どうせ芸能人の痴話話か、しょうもないネタで盛り上がっているのだ。
「べつにいいだろ。そっちが早く早くっていうから急いでつくったんだぞ。はやく出てこいよ」
しまった。つい口調が荒くなってしまった。
しかしそう思ったころには手遅れだ。あれほど出たがりたくなかった姉は、自分からドアを勢いよく開けてでてきた。
「なに、その口の聞きかた。下衆みたいよ、やめなさい!」
もともと目つきが少々きつい姉は、ここぞとばかりに目を吊り上げた。
「ごめんごめん。悪かった。僕もちょっとイライラしてた」
「言い訳なんて聞きたくないわ。いいわよ、あんたのつくったまずい飯なんてたべたくないわ」
そういわれた瞬間、僕のなかでプチンと何かが切れる音がした。堪忍袋の緒か神経か。それがなにかはわからないが。
「おい、さすがに姉さんでも言っていいこととわるいことがあるだろ? おい!」
僕は語気を強めて姉に問いただし、答えを聞くまえに姉に襲いかかった。
「ちょっと、やめなさいよ……ねえ、やめて!」
そんな声聞くわけない。僕は必死に姉の着ている服をやぶこうとしたり、拳をつくって姉を殴ったりした。
「わかったわ、ごめん、私がわるかったから、ね。だから許して」
細いものの、はっきりとした姉の声をきいて僕は我にかえった。
へなへなと座りこんでいる姉は、服がいつのまにか脱げていた。きっと僕がやぶこうとした際に、手をかけて脱げてしまったのだろう。
痣は至るところにできていた。顔、手、そして体。僕も力が強くなったんだな――人っていうのは、どうしてこういう非日常的な場面にでくわすと、どうでもいいことを考えてしまう生きものなんだろうか。
「あ、そ、その。なんというか、ごめん」
「……薬」
「え、薬?」
「薬、とって……」
なんというバッドタイミング。久々に姉の発作がおきてしまった。きっと、いまのショックだろう。
僕は姉の部屋にはいる。何年ぶりだろうか、いや、そんなことはどうでもいい。
薬の場所は昔からおなじだった。名前はながいのでどんなにみても憶えられない。
水は洗面台でくむ。おもいっきり蛇口をひねったので、コップにはねかえって水が飛びはねた。服には大きな湿地ができてしまった。
「ほら、水と薬。自分で飲める?」
「できるわよ……それくらい」
小さく口を開け、姉は薬を流しこむ。
「……ありがと」
姉はそれだけ言って、部屋にもどっていった。
晩ごはんは、僕だけ食べて姉の分は捨てた。
◆
姉の発作が具体的のどういうものなのかは、僕にはよくわからない。経験からいうと、発作は急におとずれる。姉は顔を青ざめて、その瞬間崩れこんでしまう。薬を飲めばおさまるのだが、小さいころはよくこの発作がおきたから、そのたび家族は慌てたもんだ。
2人暮らしになってから、初めての発作だった。昔は母がなんとかしてやったのだが、いまは僕しか姉を助けることはできない。
皿洗いをしていた僕は、突如として「姉を守らなければいけない」という思いに駆られた。姉は口がわるくて性格もひどいが、僕の姉だということに変わりはない。
「そうだ、守ってやらなくちゃ……守ってやらなくちゃいけないんだ」
僕はスポンジを握りしめた。垂れる洗剤の泡は、さらさらと排水溝へきえていく。
◆
姉はいつのまにか風呂にはいっていたようだった。その証拠に、洗濯かごに姉の服やらなんやらが入っている。
無駄にひろい浴室は、僕が小学校にあがるときにリフォームしたものだ。それまでの浴室は、重要文化財に指定されそうな雰囲気と、カビがよろこんで住みそうな環境を持ちあわせていた。
「今日は無駄に慌ただしかった……姉がかえってから」
口喧嘩は日常茶飯事だが、ここまでひどくなるのはいままでほとんどなかった。
さっきの姉の肌が目に焼き付いて、消すことができない。
木綿のようなしろい肌、緩やかな弧線。
久しぶりにみた。
最後に姉と風呂にはいったのは、姉が小六になるころだった。それからは中学受験で風呂にはいるのが遅くなり、そのまま現在に至るというわけだ。
なるべく鮮明に、姉の裸を思いだす。
ほっそりとした腰回り。淡いピンク――華奢な体つきだった。
いまではもう、すっかり成長した。僕がいうことでもないけど。
シャンプーをして風呂からでた。明日は土曜だけど、はやめに寝よう。
◆
早寝したのだが、起きると8時になっていた。おもったよりずいぶんと寝てしまったようだ。
パジャマから着替え、姉の部屋のドアをノックする。昨日あんなことがあったからきまずいが、起こさなければ怒られる。
「もう8時だよ、土曜だけど寝過ぎはよくないよ」
まだ完全に起きていない頭と体を動かして、姉の目覚まし時計となる。僕は召使いじゃないんだぜ。
しかし、きょうは様子がおかしかった。何度ノックして声をかけても、まったく起きない。
まさか、夜中に発作が――
僕はどうしようもない不安を覚え、許可を取らずに部屋にはいった。
するとどうだろう、姉はいなかったのだ。
なぜだ、なぜ姉は消えた?
部屋をみると、学校の制服がない。
姉は学校へ行った? いや、部活に入ってないのだから、わざわざ学校に行く必要はない。
僕は不安のほかに、恐怖や怒りといった感情も心の中に芽生えさせていた。
なぜ姉はでかける前に何も言わなかったのだろうか。昨日のことを差し引いても、「いってくる」ぐらいは言えばいいのに。
いや、待てよ……僕はひとつの推測をかんがえた。
もしや、姉に曽祖父の霊が乗り移ったのではないか。一族の呪いを姉の身をかりて、僕に喰らわせてやろうと思ったのではないか。
とんでもない曽祖父だ。いくら僕に才能があるからといって、そこまでして呪う必要はないだろう。ずいぶん嫉妬深くておとなげない先祖だ。
◆
しかし、僕には自分の身をないがしろにしても、守るべきものがあった――それは姉だ。
このままでは姉が危ない。憑依されたままふらふらと外へ出たら、どんなことになるかわからない。もしかしたら車に轢かれるかもしれない。電車に飛び込むかもしれない。
つまり今、姉は曽祖父の人質となっているのだ。制服を着てでていったのも、服のしまっている場所を知らない曽祖父が、壁にかけてあった制服を選んだのだろう。
僕は姉にあんなことをしたのを悔んだ。きっと曽祖父は、姉の傷ついている心につけこんで、僕をおとしいれてやろうともくろんだのだ。とんだじいさんだ。自分の曾孫に嫉妬するとは。
◆
ひとまず僕は、洋館をくまなく探し、曽祖父を倒す武器をみつけることにした。
姉はきっと、まだこの近くにいるにちがいない。この家をでて、まだ時間はそう経ってはいないはずだ。まだ間に合う。
たしか、地下の倉庫に日本刀があったはずだ。先祖代々大切に保管してきた代物である。これで霊を成敗……いや、だめだ。これで切りつけて成敗されるのは姉だ。そもそも、こんなのもって出歩いたら、銃刀法違反で警察の御用になってしまう。
ならば何がよいのだろうか。霊を退散させるには……
◆
僕は朝日がさす廊下のまんなかで、あれこれ思案した。
姉はきっと、僕を自分の弟だとは認識してくれないだろう。
つまりは一発で曽祖父の霊を退散させなければいけないのだ。気付かれたらもうそこで試合終了というわけだ。
それに、姉はあまり激しい運動ができない。憑依した曽祖父が勝手に動きまわったら、発作がおきるかもしれない。最悪の事態だ。それだけは避けなければ。
僕はさまざまな事態を想定して、とりあえず姉の薬と、水を水筒にいれて持っていくことにした。
さて、薬はどこにあっただろうか……たしか勉強机の右だったはず……きのうそこから取ってきたのだし、別に部屋中を探す必要はない。
僕は少しためらったが、やはりこれも非常事態なのだから許されるだろうとおもい、引出しをあけた。
薬はたしかにそこにあった。
しかしながら、僕はほかにもとんでもないものを発見してしまった。
「カメラ? それにこの薬……発作の薬じゃない」
◆
発作の薬は常備しているし、きっとこのカメラも生徒会のものだろう。
しかし、どう考えてもこの薬の存在意義がわからない。いったい、なんの薬なのだろうか。
僕はさらに引出しの中をさがす。すると、ひとつの手帳が見つかった。
日記? いや、姉はそういうものを書く人ではない。
好奇心を抑えきれなくなった僕は、手帳をひらいてみた。
すると、僕の予想に反してそれは日記だった。
「……いいよな、見ても」
いつも文句のつぶてをぶつけられているのだ。これくらい構わないだろう。
◆
やけにシールやらマッキーでデコレーションされた日記帳。いかにも女子らしい。
5月1日……なんだ、書きはじめたのずいぶん最近だな。
僕は日記の1ページ目をめくる。
「どれどれ、えーと……ついに日記を始めることにした。そんな記念すべき日なのに、弟のつくるごはんは今日も微妙だ。まずくはないけど油っこい。たまには野菜中心にしてほしい」
僕が見ないからって、ひどいこと書いてやがる。いいたいなら口にだせばいいものを。
「5月2日。ゴールデンウィークの合間、ひさびさに学校にいった。生徒会が終わってかえると、弟はまたお父さんの書斎にこもっていたようだ。なにをそんなに探してるんだろうか」
「5月3日。日記も3回目。帰ってくるはずだったお父さんとお母さんは、地震のせいで帰ってこれなくなった。よって弟とふたりきり。私は部屋にひきこもり。今日は気分があまりよくない」
「5月4日。軽い微熱がでた。いつもは妙に反抗的な弟も、きょうは献身的。365日こうであってほしい」
なんだこれ、僕のことばっかりじゃないか。気持ち悪い。
姉の部屋にページをめくる音が響く。僕はふたたび日記を読み始めた。
「5月5日……はなくて、5月6日。今日は街のほうへでかけた。カメラを買うためだ。あと薬も……って」
ちょっと待てよ……これ、姉が買ったのか。
まだ5月6日の日記は続く。
◆
「なんでカメラと薬かって? それは」
……それは、なんだよ。知りたいがここで「5月6日」は途絶えている。
まあ、7日からはみる必要はない。みたところで、なんら意味がないということはもう分かった。
ともかく、カメラとこの薬が、姉の買ったものだということを知れただけ収穫があった。
僕は部屋をでる。ともかく、いまは日記の内容ではなく姉の身が第一だ。
スニーカーを適当にはいて、重い扉を開ける。
◆
残念ながら、姉はけっきょく学校にもどこにもいなかった。外人墓地や気象台のほうまで足をのばしたのに、くたびれ損となってしまった。
そういや姉の部屋、まったく片付けてなかったな。かえったら元通りにしておこう。
僕は口笛を吹きながら、坂をゆっくり降りていく。晴れた土曜日。潮風が気持ちいい。
「ただいまぁ」
つい気分がよくなった僕は、間抜けな声をだす。
「おかえりなさい」
そしてかえってくる姉の声。
え、なんでいるの。
僕は冷や汗が汗腺から生まれ飛び出してくるのを感じた。一気にふきだす。
「ねえ、部屋、どういうこと」
僕が答えようとしたときには、もう先手を打たれていた。
◆
なんだよ、いきなり迫りやがって。ペーパーナイフは脅しどころか、生死に関わるぞ。
姉はそうとう怒りをためこんでいるらしく、それをナイフにこめている。ああ、おそろしや。
「なんで部屋にはいったぁ!?」
ナイフをふりながら叫ぶ姉。避けるのに必死な僕。
「私が帰ってきたらさあ、部屋がもう、ぐちゃぐちゃなわけ。かたづけるのも一苦労だったわよ」
なるほど。そうだよな。心の中で激しく同意する。
「アンタ、自分の姉さんの部屋漁るなんて最悪な趣味よ。なに、下着にでも興味があったの? あいにく私は勝負下着なんてものは持ってないわよ」
これには激しく同意しかねる。
姉はようやく右腕の動きをとめた。ナイフの残像が消える。
「そもそも、キモいんだよ。曽祖父の霊がとか、自分には特別な才能があるとか。アンタこの前の期末、平均以上が1科目しかなかったじゃない」
「お、おい。なんで知ってるんだよ」
ちゃんと引出しにはカギをかけておいたはずなのに。
「ぶつぶつ言ってたわよ。自分からいうなんてアホね」
僕はさすがに言わせてばかりにはしておけなかった。拳を振りあげる。
しかし、あっけなくペーパーナイフに阻まれてしまった。さすがにけがはしたくない。
「昨日とはちがってナイフを持ってるのよ」
僕は地団駄を踏んだ。南無三。どうにもならない。降伏だ。
「悪い子にはおしおきが必要ね」
「どうするつもりだよ」
僕が怪訝な顔でたずねると、姉は勝ち誇った顔で地下を指す。
「倉庫、あったよね」
……おい、ウソだろ。
◆
かくして只今、僕は地下に閉じ込められているのである。
まさか姉がこんな手に出るとは。いやはや、油断していた。
薄暗いなか、僕は壁にもたれかかる。
やはり姉は、曽祖父に憑りつかれていたのだ。昔から怪しんでいたが、やはり祖先は僕を監視していたのだった。
あのカメラは僕の動きを撮るため。薬は自白剤。日記の内容が僕ばかりなのは、あれが普通の日記ではなく、観察日記だったからだろう。
「姉はもうあのままなのか……」
優しくて、ちょっときついけど困ったときには助けてくれる。中学のころまではそうだったのに。
高校になって、変わってしまった。
僕はひんやりとしたコンクリートの地面を拳で殴る。
痛みは静かに体に響いていく。
◆
どれくらいたったのだろうか。もう正午になったかもしれない。
おもわず目をつむる。この現実は僕にとってビターなテイストだ。
噛んで唾でぬれてしまった指を、服に押しつける。
「いつになったら出れるんだろう」
正直、不安になっていた。
そのとき、ドアをノックする声が聞こえた。
「……ねえ」
姉の声がきこえた。
「話があるの。ちゃんと聞いてくれる?」
僕はドアを小さくたたいた。肯定の返事。
◆
「なんで部屋を荒らしたの」
「すくなくとも下着泥棒じゃない」
「真面目に答えて」
ぴしゃりと言われ、僕は視線をドアからコンクリートに移す。姉が目の前にいるわけじゃないのに、逸らしてしまう。
「……心配だったんだ。姉さんが」
姉は無言。僕は話を続ける。信じてもらえないかもしれないけど。
「憑依されたとおもったんだよ。ひいじいちゃんに。ふらふらと外に出てさ。心配しないわけ――」
「本気でいってるの、それ」
怒っているのか、悲しんでいるのか。声色からは想像できない。
「ああ、そうだよ」
僕ははっきりと答えた。遠まわしにいったところで、結局わかることなのだ。
「なんでそう思うの」
「だって姉さん、昨年から冷たくなったじゃん。ことあるごとに文句言ってさ。理由が分かんないのに、突然そうなったんだよ」
「……あなたが、おおきくなって戸惑ったのよ」
予想外の言葉が返ってきた。あきれたと思ったのに。姉はまじめな姿勢を貫くそうだ。僕もしずかに姉の言葉を聞く。
「母さんも父さんもいなくなって、何でもやってくれるあなたが急に私のもとから離れていく気がして。寂しくなったというか、構ってほしかったのよ」
それはもう、高校に入ってからの、気が強くて度を超えたわがままな姉ではなかった。
たしかに欲張りだけど、芯は弱い昔の姉だ。
「……姉ちゃん、ごめん」
「謝らなくてもいいのよ。全部私のわがまま」
いや、僕のわがままだ。姉が冷たくなった原因を、訳が分からないでまかせですませて、本当のことから避けてた。
ドアを開ける音がする。
「きょうは、いっしょに昼ごはん作ろうか」
「……うん」
姉は静かに僕を抱きしめる。優しいけど、力強く。
昼ごはんはカレーにしよう。いつかいっしょに作った、甘いカレーを。
終
どうも、リス園です。
少々プロットに合ってなかったり、話が雑だったり、文が下手だったりしますが、書いてみました。
最近書いてない連載も、少しずつ進めていきたいです。
ではでは。