Neetel Inside 文芸新都
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サイコさん

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 気がつけば自室のベッドの上、シーツにくるまれた布団の中にいた。
 くそっ、またやられた。ねえちゃんの念動力はすごすぎる。とてもおれでは太刀打ち出来ない。さすが特A級のESPは格が違った。
「無駄だおとうと。おまえではわたしに勝てない。フハハハハ」
 そういう高笑いが聞こえてきそうだった。
 がちゃ、部屋のドアが開いた。
「ごほごほ、おいおとうとよ、寝坊だぞ。急がないと、学校に遅刻するぞ」
 ねえちゃんだ。
「おはよう。ねえちゃん……昨晩のことだけど、おれのからだになにかした?」
「なにをばかな。昨晩は発作が出てずっと布団にふせっていたよ。おまえも知っているだろう。ごほごほ、さあはやく起きて支度をしなさい。ねえさんはお医者に行かなければならないんだ、きょうは学校を休むよ」
 うぬ、またおれに隠れて超能力の修行をする気なのに違いない。だからおれはひとまず登校するふりをして、適当なところで引き返してみた。斜向かいの清村さん家の生垣から我が家の様子をうかがう。
「やつめ」
 おれはねえちゃんのことがきらいだ。
 おれより早く生まれておきながら、おれよりスペックが高いことが気に食わない。頭も顔もおれよりいいばかりか、超能力に関してもおれのはるか上を行く。
「ゆるせないな」
 ゆるせないゆるせないとつぶやいているとやがて、玄関からねえちゃんがその姿をあらわした。
「いってきまーす」
 生垣の下から這い出てこっそりとあとをつける。
 ねえちゃんは100メートル進んでは後ろを振り返ったり、交差点をまっすぐ行ったと思ったらもどってきて右に曲がったりといった怪しい動きを繰り返した。
 正直言ってあやしすぎる。なにか後ろめたいことでもなくては、あんなこそこそとした動きを見せないはずだ。
 ねえちゃんは駅から電車に乗った。どこに行くのかよく分からなかったので、一番高いキップを買うはめになってしまった。とんだ出費だ、くそ。
 電車に揺られて20分、3つめの駅でねえちゃんは降りた。人ごみにまぎれて改札を抜ける。このあたりはむかし来たことがあるので、尾行のための土地勘には困らない。
 しかし、おかしい。ねえちゃんかかりつけの医者はここらへんではなかったはずだ。学校だって違う。
 おかしいおかしいとつぶやいていると、案の定ねえちゃんはなにやら、妙に四角く白い建物の中に入っていった。一見すると病院のようだが、看板に屋号をかかげていない。窓に鉄格子のかかった部屋まである。
「あやしい」
 あやしいあやしいと周りを嗅ぎまわっていると、ばったりねえちゃんとでくわした。
「なにやっているの、おまえ」
 おちついて腕時計を確認する。いつのまにか、けっこう時間が経過していた。このままでは学校をサボったのがバレてしまう。注意をそらさなくては……
「ねえちゃん、話がある。どこだここは。なにしにきた。ぜんそくの病院はここじゃないだろ」
 ねえちゃんは、こっちのセリフだ大馬鹿野郎が、といいたそうなのではないかと、おれは唐突にひらめいた。ひょっとするとついにこのおれもテレパシーの才能に目覚めたのかもしれない。
「ここは精神病院だよ。おまえも何度か来たはずでしょうに。そう、おまえの治療のためにだ。おまえはキチガイだからね。きょうはおまえのお薬をもらいに来たんだよ」
「うそだね! 適当なことばっかいいやがって。ここは高名な超能力者の家で、ねえちゃんは能力にみがきをかけにきたんだろう!」
 ねえちゃんは顔をみにくくしかめた。ごほんごほん、と咳き込んだ。たんがからまって、壊れた掃除機みたいな呼吸音をしている。
 地面に突っ伏した。ぜーぜー、ごひゅごひゅと、舌をだしてあえいでいる。ねえちゃんは押すとシュッとなる道具でのどにステロイドをふりかけた。
「ひゅー……さあ、おまえは、いいかげん、学校に、お行き……。特殊学級のみんなが、心配、するよ」
 塀にもたれかかって、ねえちゃんはどうにかこうにか立ち上がった。
「家まで送るよ。見てられない」
 ねえちゃんはおれに向かって微笑まなかった。
 おれはキチガイなんかじゃない。



 二日目


 
 ねえちゃんはきのうの発作など嘘だったかのように普通に学校に行った。
 ウソだったのだ。発作など。やつは自分に都合の悪い話題に及ぶと、ぜんそくの発作などと偽って逃げてしまう。
 頭の中を整理しよう。
 あの場面で発作のまねなどしたのは、おれの指摘通り、あそこが高名な超能力者の家だからに他ならない。
 そこで修行を積んでいたわりには、ねえちゃんが外に出てくるのが早かった。
 それはおれの完璧な尾行に気が付いていたからではないのか?
 なぜばれたのか……
 ピンと来た。読めたぞ。
「ははん。やつめ、こしゃくな」
 千里眼だ。離れたところから、おれの行動を見通すことのできる能力を、いつのまにやら身につけていたようだ。
 だがそれならそれで話は早い。
「やい、見てるか! そっちがその気ならおれもようしゃはしない。ねえちゃんの部屋から恥ずかしいものをみつけてやるからな!」
 リビングで行われたひとり言のようにも見えるこの会話のようすを、かあさんは痛ましいものでも見るかのようにじっと見ていた。
 
 ねえちゃんの部屋に入る。ぜんそくの発作が起きたら大変だというので、カギがついていないのが幸いした。嘘も方便というやつだ。
「さあ、どこに見られたくないものがあるのかな」
 はたから見ると俺がプライバシー無視の最低な男に思えるかもしれないが、悪趣味なのぞきを始めたのはむこうの方だし、いまも千里眼で見ているであろうにテレパシーでやめろと言ってこないのだからかまわない。
 ドレッサーの引き出しから、ちゃちなカギのかかったかわいらしいパステルブルーの本を見つけた。日記帳だろう。
 カギはどこだと他の引き出しを漁る。
 しかししらみつぶしに探しても見つからない。学校に持って行っているのかもしれない。
 上から二段目の引き出しにビデオカメラとぎっちりの粉薬が入っていた。
 なんだろうこれは。
 カメラはまあ分かる。万能の能力を持ったねえちゃんといえど、記憶力は人並みなのだから、こういうものも必要だろう。
 だけど粉薬?
 ぜんそくはウソなのだから、なにもこんなところに、しかも数カ月分はあろうかという量を、隠しておくことはない。
 なにがなにやらわからないまま、おれはとりあえずビデオカメラに収められている映像を確認する。
 映っていたのは、
「おれの」
 寝顔だ。
「そして」
 背後から声がした。暗転。



 二日目(姉)



 「いってきまーす」
 と家を出たのはいいが、昼に飲む薬を忘れてきたことに気がつき、あわてて舞い戻った。改札をくぐる前でよかった。
 ひさしぶりに体調がものすごく良かったから気が抜けちゃったんだろう。
「ただいまー」
 またすぐ出るんだからただいまってのもおかしいかなと思いつつ靴を脱いでいると、リビングからママが顔をのぞかせた。
「あっ、大丈夫だよ。薬忘れちゃってさ、体はまだなんともないんだけど」
 そう説明したが、ママの不安げな顔はわたしが予定外に早く帰ってきたせいではないらしかった。
 わたしの顔と階段を交互にうかがうママ。わたしはすぐに理解できた。
「あいつ……また、なんかやった?」
 あいつとはおとうとの事だ。おつむが少々かわいそうなことになっている子なので、わたしもママとパパも心配が絶えない。
 二階に上がる。わたしの部屋の扉がひらいている。
 足音を立てないように、フローリングの廊下に靴下をすべらせる。おとうとはデスクチェアに腰掛け、わたしの接近にまるで気づかず、なにやらあやしげな作業に没頭していた。
 部屋の入口に立ち、中をのようすをうかがう。
 ドレッサーが開いている。中に入れておいたテオドールが床にぶちまけられている。ビデオカメラがない。弟はずっとぶつぶつつぶやいている。
「このデータもそうだ……どうして俺の寝顔を三ヶ月間も録画したんだ。だけど、なんにせよこの動画は切り札になるぞ。あの薬はきっと眠り薬に違いない、俺を眠らせるのに使ったんだろうなこの動画がなによりの証拠だ」
「そしてここはわたしの部屋だっ」
 わたしはネクタイをするりと外しておとうとの目をふさいだ。
 つもりが、あやまってのどの気道をちからいっぱい締め上げてしまった。目玉をひっくり返して転がる弟は気持ち悪いものだ。
 わたしの部屋の中でおしっことかもらされたらかなわないので、おとうとの部屋まで引きずった。体力がないせいでずいぶん難儀した。気を失っているうちにおとうとの手首をネクタイで縛り、部屋の外から錠を下ろした。
 その日の学校では、なぜネクタイをしていないのかと先生や友達から突っ込まれまくってしまった。


 
 三日目



 よだれの海の中で目を覚ました。
「床で寝たせいか……?」
 のどが痛い。自分がなぜ床で寝ているのか思い出せなかった。とにかく顔を洗ってうがいでもしようと思い、立ち上がろうとしたのだがうまくいかない。それもそのはず、両手が後ろ手に縛られているからだ。
 コンコン。部屋の扉がノックされた。どうぞ、とおれは言う。
「起きたようね。気分はいかが」
「最悪だよねえちゃん。朝っぱらから胸糞悪くなるツラをおがんだせいかな」
 すべて思い出した。
「いやはや、そんな悪態だの尾行だのしているうちはまだ可愛げもあったもんだけどね。人の留守中に部屋に入り込むなんてのは、ついにそこまで堕ちたかって感じだよ」
 実の弟のことを落としておいてよくもそんなセリフが吐けやがるもんだ。ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「やい、このアバズレ。はやくほどきやがれ!」
「おねえさんに向かってそういう口のききかたは良くない」
「うるさい! だいたいなんだあの盗撮ムービーは。あれでオナニーでもしてたってのか、ゲスめ」
 ねえさんはどこからか、くだんのビデオカメラを取り出して再生ボタンをおした。ディスプレイをこちらに向け、おれによく見えるようにした。
「それはこれのことかな。たしかにこれは盗撮したものだけど、お医者さんにたのまれたことでもあるんだ」
「どういうことだよ」
 どうして医者が。ぜんそくの医者なら耳鼻科だか呼吸器科だかの先生だろうけど、そんな人がどうしておれの寝顔を欲するんだ。
「精神科の先生からね。おとといはおまえのことをキチガイだと言ったけれど、それはすこし正しくない。おまえは眠っている最中だけキチガイになるんだよ」
「意味が分からない」
「おまえの脳みその中には、おまえの知らないもうひとつの人格が眠っているんだ。主人格であるおまえの肉体が眠りについたときのみ起き上がって活動する人格がね。おかしいと思わなかった? 内側からしっかりとカギをかけているにもかかわらず、朝起きるといつもおまえの部屋の中は荒れ放題だったでしょう。ママがいつも泣きながら片していたね」
「それはねえちゃんが念動力でそうしていたんだろう」
 わかりきったことだ。
 だが、ねえちゃんはかぶりを振った。
「わたしに、そんなちからはないよ。ま、すぐにわかるさ、これを見れば」
 ねえちゃんはそれきり口を閉ざしてしまった。ビデオカメラをおれの視界に入るところに置いて、ベッドに腰掛け足をぶらぶらさせている。
 三分かそこら経過しただろうか、画面の中で安らかな寝息をたてていたおれの様子が急変した。
『ぐ、うううううう、んぐむううう……』
 頭から毛布をかぶり、うなっているような泣いているような不愉快なくぐもった声を出している。
 寝返りを打ちうつぶせになり、ひじから先をベッドにたたきつけた。つまさきから徐々に下半身を持ち上げ、尻を頂点としたピラミッドのような体勢をとる。
『う、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ』
 唐突な絶叫。思わず画面から顔をそらす。
 立ち上がった『おれ』は手始めに、本棚の中に渾身の右ストレートをぶち込んだ……
「まだ見る?」
「もう見ない」
 見たくない。
 だが、なにかおかしい。いくらおれのもうひとつの人格とやらが狂っていたといっても、どうして自分の部屋を荒らす? どうしてシーツにくるまって眠る?
 ピンときた。
「わかったぞ」
「は?」
「念写だな! 念写でもっておれを陥れようって魂胆だがそうはいくか! カメラをよこせ」
「やれやれ、前言撤回。おとうとよ、おまえはとうとう起きているときでも狂いだしたんだね。わたしは念写も千里眼も使えないのに」
 そういってねえちゃんはおれの頭に指先を



 200日目(姉)



 念動力によっておとうとの前頭葉を切断してから半年あまり経つが、経過は順調なようで、彼はわたしの命令にとても従順な反応を示してくれる。
「ごほごほ。おとうとよ、そろそろ学校に行ったらどうだ」
「はい、学校に行きます」
 うむ、こうでなくては。こんなに快適ならパパやママにそうしたときに、いっしょにやっておくべきだった。
 頭のおかしい人間に対してもこの方法が有効だとわかった以上、この町でわたしの手術を受けていないのは……
「おとうとよちょっと待ってちょうだい。きょうはわたしもいっしょに行くから」
「はい、いっしょに行きましょう」
 そうすればわたしはどこであろうと気兼ねなくせきをすることができる。まったくぜんそくがにくいよ。



       

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