Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
人との接し方(迷走編)

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 私はクレスト国内の盗賊退治、山賊退治を数か月に亘り行った。戦場で多くの人間の目にさらされている状況とは違い、小規模の集団を全滅させる場合は、人間の能力の限界を全く考えなくてよい為、思いの他容易に事は進んだ。
 ただ、山賊、盗賊退治をしている中で私はあることに気が付く。私が排除してきた盗賊、山賊の中には大規模なものから小規模なもの、あるいは単独で行動している者がいた。
 大規模な盗賊、山賊の集団は本業として略奪、窃盗行為を行っている者がほとんどだが、それ以外は大抵農民などの貧しい者達が行っている副業だ。
 私はそういった区別を全くせず、見境なしに排除してきたが、生産階級である農民を減らすことは、後々国力にも大きな影響を及ぼすことになってしまう。かといって、排除しなければその地域の治安は乱れ、その乱れが反乱の芽を育てる可能性もある。どうにも私一人では判断しにくいことだった。

 私は程良く山賊、盗賊退治を行い、定期的に宿屋兼飯屋スマイリーへ通う。モルドはほぼ毎日通っているのか、私がスマイリーで食事を取っていると必ず会えた。
「よう、アレス」
「ああ」
 いつも通りの挨拶を交わすと、モルドは私と同じテーブルについて注文を取る。
「で、仕事の方はどうよ?」
「まずまずだ。少なくとも、こんな情勢下で傭兵の仕事は無くならないな」
「全くだ」
 そう言いながらモルドは苦笑いを浮かべた。スマイリーの客の入りもなかなかのようで、ラナは忙しく動き回っている。
「こっちは何度か強盗の相手をさせられたよ。ほんと、もっと楽で安全でゆったりした仕事はないもんかね」
「なら、金持ちの女でもひっかければどうだ?」
 私のその言葉に顔を引き攣らせたモルドは、テーブルに突っ伏して大きくため息を吐く。
「お前は…、ほんと悪意がねぇからタチが悪りぃ…。俺がそんな女にもてる様な面に見えるってのか?」
 正直、私には女性にモテる顔つきの基準など分からない。私が返答に悩んでいると、モルドが私を睨みつける。
 その視線に耐えられなくなった私は、仕方なく本当のことをそのまま口にした。
「まあ、お前が女性にモテているのは見たことが無いな」
「だったら最初っから言うんじゃねーよ!嫌味か、このヤロウ!!」
「はいはい、暴れるなら店の外でやってよね」
 いきり立つモルドを遮って、ラナがテーブルに料理を置き始める。そのおかげでモルドは渋々怒りを納め、椅子に座りなおした。
 ちょうどそんな時、店に客が入ってきたことに私は気付く。子供だ。しかもこの店に子供が一人で訪れていることに不自然さを感じた私は、警戒を強めた。
「チッ、しゃーねぇ。今日のところはお前の奢りってことで勘弁してやらぁ」
 モルドがそんなことを言っている間にも、その子供はゆっくりと私の方へと近づいて来る。小柄な体のせいか、周りの人間にはあまり気付かれていないようだ。
「またそんなこと言って…。この前も難癖付けてアレスさんに奢らせてたじゃない。たかり、かっこ悪いわよ?」
「ちげーよ!これは…、そう、あれだ。ワシの自尊心を傷付けたことに対する正当な対価って奴だよ」
 子供が懐から何かを取り出す。
 そして、一気に私との距離を詰めてきた。
「言い訳も見苦し――」
「親父の仇ィいいいいいい!!」
 叫びながらナイフを構えて突進する子供。しかし、子供の動向をチェックしていた私に奇襲が成功するはずもない。
 私は椅子から腰を浮かせ、身を捩って子供がナイフを持っている手を掴むと、そのままナイフの向きを変え子供の喉に付きたてた。
 飛び散る鮮血。訪れる静寂。
 しかし、その静寂も子供が床に倒れ、息絶えた頃には悲鳴へと変わった。
「うわ!」
「なになに?…って、え!!」
 流石のモルドも突然起こった出来事を認識できていないようで呆然としている。
 そして、私とモルドがほぼ同時にラナの方へ意識を向けると、ラナは自分にかかった血を見て意識を失い、ゆっくりと倒れようとしていた。
「――ッ、ラナ!!」
 さっきまで呆然としていたモルドが即座に我に返り、ラナの体を支える。モルドはそのまま床にラナを寝かせて怪我が無いことを確認すると、大きく息を吐いた。
 騒ぎを聞きつけたラナの母が来ると、そのままラナのことを任せ、モルドが私を睨んだ。
「おい、ちょっとこっち来い」
「しかし、死体の片付けが――」
「いいから来い!!」
 モルドの凄まじい剣幕に私は呆気にとられたまま、モルドについて行った。

     

 私がモルドについて行くと、スマイリーの裏手である畑に連れてこられた。正直、何故モルドを怒らせてしまったのか私には理解できていない。
 不意に立ち止まるモルド。
 モルドはそのまま私の胸元を掴むと、捲し立てるように言った。
「なんで、なんで殺した!!」
「――な!」
「まだ10歳くらいのガキじゃねぇか!なんで…!!」
 モルドが歯を食いしばる。
 何がそんなにモルドを怒らせるのか。刃を、殺意を向けてきた相手を殺すことに何の問題がある?
 あの子供、恐らく私が排除してきた盗賊、山賊の子供なのだろう。仮に、あのまま取り押さえ、生かしたとしても結局は同じことの繰り返しになる。成長し、力をつけ、再び私に向かって刃を向けてくるのは明白だ。故に危険の芽は今のうちに摘んでおくべきだろう。
 モルドも傭兵を生業としているなら、それを理解していないはずが無い。
 故に私は答えなかった。
 沈黙を続ける私の意図を理解したのか、モルドがゆっくり私の胸倉を掴んでいた手の力を緩める。
「すまん、お前は別に間違っちゃいない…。傭兵として、命を奪う者として当然のことだろう…」
 さっきとは打って変わって、モルドの声に力が無くなった。
「なあ、お前はなんで傭兵なんてやってんだ?」
 私が傭兵として戦う理由、勿論ある。だが、それをモルドに、他者に知られるわけにはいかない。
「別に言いたくなきゃそれでいい。だが、少なくともワシは強くなるためだ」
 モルドの声に力が、意思が篭り始める。そして、その瞳は真っ直ぐ私を射抜いた。
「強くなって、あいつを、ラナを守るためだ」
 モルドはそのままゆっくり私に近づき、両手を私の方に置く。
「だから、あいつの前で命を奪わないでくれ!あいつの日常を、平穏を壊さないでくれ!」
 私は驚きを隠せなかった。
 これが人を想うということなのか?
 あの、いつも陽気で明るいモルドにここまでさせる想いが――。
「……頼む」
 モルドは震えながら懇願した。
 自分が本当に大切に想うもののためならば、人は変わることが、強くなることができる。そんなことを実感しながらも、私はどうしようもなく考えてしまう。
 私はわたしの願いを叶えるために行動している。だが、私自身にとって何よりも大切なものとは何なのだろうか、と。
 私が大切に想い、自身を変えるほどの何かとは、なんなのだろうか、と――。

       

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Neetsha