Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
正しい心の育て方(前編)

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 私とモルドは子供を人目につかないように街道から移動した。近くにある森の木陰に子供を寝かせると、モルドが難しそうな顔をして口を開く。
「なあ、ここら辺で貴族って言ったら、やっぱあのヴォルフの…」
「可能性はあるな」
 炎狼ヴォルフは反乱軍によって討ちとられたと聞いてはいるが、その一族全てがどうなったかまでは聞いていない。そして、こんな子供がクレスト皇国軍に従軍していたとは考えにくい。ならやはりこの子供は――。
「…う、あ」
 子供がゆっくりと目を開ける。薄ぼんやりした目で私たち二人を見ているようだが、まだ状況が判断できていないのかその動きは緩慢だ。
「おい、大丈夫か?とりあえず水飲んどけ」
 モルドが荷物の中から水筒を取り出し、子供に差し出した。
「…は、い」
 子供は小さく頷くと、言われるがままに水をゆっくりと飲み始める。
「なんか思ったより大丈夫そうだな」
「ああ」
 モルドは子供の様子に少し安堵すると、大きく息を吐く。
 私達は子供が水を飲み終え、落ち着くのを待つと質問を始めた。
「…で、お前の名前は?」
「……ラドール、ラドール・F・リーデンです」
「案の定、か…」
 さっきとは違う意味で大きく息を吐くモルド。
 ミドルネームは国に大きな貢献をし、貴族として認められたコトダマ使いの一族に与えられるものだ。F、すなわちFlame、炎のコトダマ使いの一族を意味する。
 無論この国でFのミドルネームを与えられた一族は一つしかない。
「まあ、仕方ないか。ラドール殿、私達がクレスト軍の所までお連れしますのでご安心ください」
 相手が間違いなく貴族だと分かったからか、モルドが敬語でラドールに話しかけた。
 しかし、ラドールはその言葉にはっとすると、傍に置いてあった短剣を握り締めて、私たち二人から距離を取る。
「俺は…もう、あいつの所へは戻らない。戻ってたまるか!!」
 ラドールの予想外の反応に、私たち二人は唖然とする。だが、刃を向けられることで傭兵としてのスイッチが入ったのか、モルドが鋭い目でラドールを睨みつけた。
「いまいち事情はわかんねぇが、あいつってのが炎狼ヴォルフのことならお前の取り越し苦労だ」
「どういう、ことだ?」
「炎狼ヴォルフは死んだって話だ。クレストの騎士がそう言ってたから多分間違いはないだろうよ」
「なっ――」
 その話を聞いてラドールの体から力が抜ける。それほどまでに炎狼が死んだという事実が意外だったのか、ラドールの目の焦点は何を見るで無く、ただ彷徨っている。
「なーんか、いろいろややこしい事情があるみたいだなぁ。よかったら話してみろよ。どーせ俺らは、お前をどうこうしようとは思わん」
 そのモルドの言葉に反応して、ゆっくりと話し始めるラドール。しかし、その目は未だ虚ろなままだ。
 その話の中で、コトダマ使いの力は禍紅石によるものであること、そして炎狼の禍紅石を受け継いだラドールは上手く力を使えない落ちこぼれであること、そしてそのことに激怒した炎狼に数回命を狙われたこと、反乱時の混乱に乗じて命からがら逃げ出してきたことをラドールは説明した。
 ラドールの話を聞いて、モルドは怪訝な顔をしながら私に顔を寄せ、小さな声で話す。
「なあ、どう思うよ?」
「どう、とは?」
「…いや、なんつーか、信用できるかどうかって話だ。この話が本当ならかなりヤバい話だぞ?そんな話をガキとはいえホイホイ話されて信じれるか?」
 モルドの言いたいことは分かる。
 コトダマ使いの力の秘密である禍紅石、そして、コトダマ使いの内部事情。実際、それらは会って間もない私達にするようなレベルの話ではない。
 だが、内部事情はともかく、禍紅石に関しては間違いなく真実だ。
 どういうつもりで話したのかは知らないが、少なくとも私には、ラドールは嘘は言っていないように思えた。
「まあ、どちらにせよ、このままこいつをクレストに引き渡すって流れじゃなくなっちまったなぁ」
「そう、だな」
 そう、ラドールが本当にコトダマ使いの息子である限り、国は情報が漏れるのを防ぐため、関わった人間を処分しようとするだろう。無論ラドールから情報を聞きだした有無に関わらず、だ。
 本来なら、ここでラドールを始末してしまうのが、私達にとっては最も安全な選択だろうが、モルドにそれはできないだろうし、私がそうしようとしても、モルドはそれを止めようとするだろう。
 このままラドールを放っておけば、いずれクレスト軍に捕まる。そうなれば私達のことを話されれば終わりだ。まだ名乗っていなくとも、私の持っているバスタードソードブレイカ―の様な大きな武器を使う人間は少ない。特定は容易だろう。

 ……仕方が無い。試したいこともあるし、ある意味ちょうどいいのかもしれない。
 私はそう考えると、唸っているモルドに話しかけた。
「なら、この子供は私が預かろう」
 私の言葉を聞き、唖然とするモルド。
「……は?何言ってんのお前?」
「このままにしておくわけにはいかないだろう」
 モルドも私が考えていたように、ラドールをそのままにしておくことの危険性を理解しているようで、神妙な顔をした。
「でも、お前ガキ育てたことあんのか?」
「ない、が仕方ないだろう。お前が連れて帰ればラナに危害が及ぶ可能性がある」
「――!」
「ほとぼりが冷めるまでは、私一人で何とかしよう。スマイリーに顔を出すのはまた今度だ」
 そう言うと私はラドールの傍でしゃがみ、その頭に手を置いた。
「…すまん」
 モルドはそう言うと、ゆっくりと街道の方へ歩き出す。


 私はラドールを育てることとなった。
 ラドールを育てることで、自身の人間らしからぬ部分をより多く見出すためだ。
 ただ、人間を、子供を育てるということがどういうことか、この時の私は何も分かっていなかったのだが…。

       

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