Neetel Inside ニートノベル
表紙

蒼き星の挿話
正しい心の育て方(中編)

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 モルドが去り、私とラドールの二人になった。
 考えるべきことは山ほどあるが、まずは現状の把握が必要だろう。でなければ、これからの方針も決められない。
「ラドール、お前の顔を知っている人間はどのくらい居る?」
「基本的に屋敷に仕えていた人間だけだよ。名前くらいは知られていたかもしれないけど、貴族たちへのお披露目はされてない」
 なら、差し当たって気をつけるべきは炎狼の屋敷に仕えていた人間に出会わないようにすることだろう。後は念のために名前を変えておけば、よほどのことが無い限り正体がばれることはないはずだ。
「そうか、なら念のため名前を変えるぞ」
「名前?」
「流石にそのまま、ラドールと名乗るわけにはいかないからな」
 そもそも、ラドールという名前は珍しい。というより他に聞いたことも無い。このままラドールと名乗っていたら、わざわざ自分は炎狼の息子です、と声高々と宣伝している様なものだ。
「名前か、ふむ。ラドールか…ラド…ラール…ドラ」
「なんか変なのばっかりだ」
 そう言うなら、自分で候補の一つも出して欲しいのだが、ラドールは私が決めるのを待っている。
「ラドール・F…か、ラドフ…ラデフ…ラドルフ」
「お、ラドルフってなんかいい響きだな」
 いまいち名前における響きの良さというものが私には理解できないが、本人が気に入ったのならそれで問題ないだろう。
「なら、今日からお前の名前はラドルフだ」
「ああ、ありがとう。…えーと、そう言えばあんたの名前は?」
「私はアレス、アレス・フリードだ」
 私の名前を聞くと、ラドール改めラドルフはしっかりと私の正面に向き合って頭を下げた。
「よろしくお願いします、アレスさん」

 必要最低限の現状把握と簡単な挨拶を済ませると、私たち二人はクレスト西部を目指すことにした。
 理由としては、ラドルフが自分の身を守れるくらいの経験を積むまで戦場は危険だと判断したからだ。首都のある中央の方が治安はいいが、騎士や貴族が多く、もしラドルフの正体を知っている者がいる場合厄介なことになる。実際南部から避難した人間のほとんどが、新しい仕事を求め人口の多い首都に移り住もうとする者が多いことも原因の一つだ。
 南部に留まることは論外。国も貴重な戦力の源である、禍紅石を宿したラドルフを躍起になって探しているはずだ。ここからはなるべく離れた方がいいだろう。
「アレスさんはなんで傭兵になったんだ?」
 クレスト西部へ向かう途中、暇を持て余したのかラドルフが私に他愛もない話題を振ってきた。
「急にどうした?」
「いや、だって騎士になった方が出世だってできるのに、なんでわざわざ傭兵なのかなーと」
 本当の理由を話せるわけも無いので、私は少し考えてから当たり障りのない答えを返す。
「騎士になるということも、いいことばかりではないからだ」
「例えば?」
「騎士というのは国に仕える者だ。それは時として、理不尽な命令が下ることもある」
 それは時に捨て駒として、国の傀儡として自分の意思とは関係なく役目を果たさなければならない。
「言わば国の忠実な僕、操り人形にならなければならないということだ。傭兵に比べれば安全とはいえど、それを良しとしない人間は少なくない、ということだ」
「操り、人形…」
 その言葉に何か思う所があったのか、妙に押し黙るラドルフ。
「なぁ、アレスさん。傭兵になったら、もう誰かに命令されることも無いのかなぁ?」
 ラドルフは半ば泣きごとのように言葉を漏らすと、俯いてしまった。
 ラドルフが傭兵という職業に何を期待しているかは知らないが、傭兵なんて社会的には下の存在だ。むしろ自分から誰かの命令を実行することによって金銭を得る職業なのだから。
「そうでもない。命令を、依頼を実行することで金銭を得るのが傭兵だからな」
「そっか…」
「ただ、騎士とは違い、自分で従う相手を選ぶことができる。まあ、その時の状況にもよるが」
「自分で、決める…」
「ああ、そうだ」
 そう呟くと、何かを考えるように押し黙るラドルフだったが、急に顔を上げると力強い声で話しかけてきた。
「俺も、傭兵になれるかなぁ」
「なれるだろうな。生き残れる、強い傭兵になれるかどうかは別だが」
「なるさ、なってみせる。だって、俺がそう決めたんだから!!」
「…好きにするといい」
 何かを振り払うように、ラドルフは傭兵になることを決意する。
 しかし、所詮は子供の考えだ。傭兵は確かに騎士と違い選択の自由がある。だがそれは自分の命運を自身で選ばなくてはならないということだ。
 仕事を受けた後で、たとえどんな気に食わないことがあろうと成し遂げなくてはならない。そして、その仕事を選んだ責任は全て仕事を選択した自分に圧し掛かる。
 自分自身で選択することの責任の重さ、それが今のラドルフには分かっていないのだろう。
 まずは場数を踏ませ、”選択することの難しさ”を理解させなければならない。
 そんなことを考えながら私たち二人はクレスト西部へと向かっていった。

       

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