Neetel Inside 文芸新都
表紙

自らの性癖を暴露するアンソロジー
こういう子は現実にいない/七瀬楓

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 頭のネジがいくつか吹っ飛んでいるんだと思う。
 しかし、そんな彼女が好きなのも、また事実な訳で。
「……ねえ純くん。今日はなんで怒られてるかわかるかな」
 黒髪を靡かせ、古風な黒セーラーに身を包み、僕の前に仁王立ちしている彼女は貞本愛。僕は阿部純。彼女の前に正座させられ、なぜか僕の部屋で怒られている。僕にはさっぱりわからないが、彼女はご立腹らしい。なにかしたっけ。してないはずだ。してません。
「えー……っと」
 どうして怒っているのか。その理由がわからないことには、僕の命はないかもしれない。前に怒られた時は、バットでおもいっきり頭をぶん殴られたっけ。全治二ヶ月。理由は確か、彼女に他の女性の話をしたから。だったはずだ。彼女が怒るとき、大体は女性がらみのことだ。こう説明すると、僕がまるで女性にだらしないみたいに聞こえるが。そんなことはない。彼女一筋である。しかし人の子であるから、やはり異性の友人もできる。そんな友人とちょっと話しただけでバットを振りかざされてしまっては、さすがに身がもたないだろう。
「わからない? 私がなんで怒ってるか」
「し、心配かけた、かなー……」
 大体彼女が怒る理由はこれである。僕の事を心配してくれている。だから怒る。
「うん。それはそうなんだけどね」
 彼女はしゃがみ込んで、僕の頭に顎を乗せる。そして息を思い切り吸い込んで、一言。
「この匂いが気に食わない……。私、こんな香水使ったことない」
「……香水? 僕も香水なんて――」
 と言ったところで、僕は昼休みに交わした会話を思い出した。女の子の友達から香水の話を聞いて、彼女がしている香水について聞いた覚えがある。その時、悪ふざけで吹きかけられたっけ。
「あ、違うんだよ。これは、友達にふざけてかけられて――」
「……友達って、男の子?」
「そ、そうそう!」
 瞬間、脇腹に鋭い痛みが走る。どうやら彼女が、僕の脇腹を思い切り掴んだらしい。
「嘘は嫌い。これは女性用の香水だもの」
 痛みに耐えながら、なんとか「ごめん……」と発音する。
「嘘は吐かないで。私にはあなたしかいないんだから。嘘を吐くとね、信用が減っていくのよ? 嘘を吐くってギャンブルみたいな物じゃない? 信用ってチップをかけて、バレるかバレないかを賭ける。バレたらもちろん失うわ。ギャンブルと違うのは、ほとんど全部ごっそり持って行かれること。信用を得るって、お金を稼ぐよりも大変よ? 一度無くしているとさらにね。私はあなたを信用できないなんてことになりたくないの。あなたしかいないんだもの。当然よね? 貴方は? 私だけ? それならいいの。でも私は貴方を信じられなくなったら自己嫌悪で死にたくなるの。何回も言うけどあなたしかいないんだもの。これからも末永く、できうる限り、ずっと一緒にいたいと願っているわ。すべての瞬間を共にしたいとね。今は叶わないけれど、いつか結婚して一緒に住めば、それこそともに居られるわ。貴方の為ならなんでもするから、貴方も私が信じられなくなることは謹んでほしいの。そうじゃないと、私は貴方から一切の自由を奪わなきゃならなくなる。できればしたくないのよそんなこと。あなたが苦しむ顔は嫌いよ。ああでも、ちょっとだけ好きかもしれないわ。積極的に見たいわけじゃないけれど。寝顔みたいなものかしらね。ふと気づいたら魅入ってしまうようなもの。機会があれば、見てしまうってだけ。でももし、貴方が私の信頼を裏切るのであらば、私はおしおきを躊躇しないわ。その時の表情も好きだし、悪いことしたら躾られるのは犬でも知ってることよ? むしろ犬の方が知ってるんじゃないかしら? あなたは躾なんていらないわよね?」
 そこまでまくし立てられ、僕はうんうんと頷くしかできなかった。背中がゾクゾクと粟立つ。
「ごめん。大丈夫。もう心配かけたりしないから――」
 彼女を抱きしめ、背中をとんとん叩く。その時、間抜けな着メロが二人の邪魔をする。僕のポケットに入ったケータイが歌っているのだ。今は大事な時だし、取らなくていいだろうと決めていると、彼女は僕のポケットから器用にケータイを取り出すと、画面を確認して、出る。
「はいもしもし。純くんのケータイです。――純くんなら取り込み中よ。ああ、うん、わかった。伝えておくわね」
 そう言ってケータイを耳から離し、彼女はそのケータイを、後方に思いっきり投げた。バキンと歪な音を立て破壊される無機物。命などないはずなのに、なぜか一瞬大きく輝く命が見えた様な気がした。
「だ、誰から――」
 その問いの答えが返ってくる前に、僕の頬が熱を帯びた。どうやら、彼女にグーで殴られたらしい。女性とはいえ、グーで思い切り殴られると普通に痛い。
「あなたのお友達よ。『女の子からの』」
 ああ。今度は入院何ヶ月だろう。
 部屋から出て行く彼女を見送る。怒って帰ったのかと思ったが、予想外というか、想定内というか、彼女はすぐ帰ってきた。手には、鈍く銀に輝く包丁。
 今度は死ぬかもな、と思いつつ、僕は期待に胸を膨らませた。
 どんな風に殺されていくのだろう。振りかざす包丁、そのこもった力には疑いようのない愛がある。彼女は僕の為に殺人をしようとしているのだ。人生そのものを僕に懸けようとしている。それを考えたら、誰も彼女を責められないじゃないか。
 僕はネジが飛んだ彼女が好きだ。
 僕の血で美しく染まった彼女が、誰よりも美しくなることを願う。

       

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