昔、男あり。
山に入り、獣、山菜などを細々と取り、食らい、またそれらを古馴染みの商人に買い叩かれるなどして生計を立てていた。時には行き倒れか自ら死にに来たのか知らないが、もう動かなくなった人間が山中に転がっていることもあった。その肉は食べずに着ている物だけ剥ぎ取り、売った。
男には学なく、友なく、早くに亡くした親の記憶も曖昧だったため、暮らしとは、生きるとはそういうものだと思い、過ごしていた。
ある日男は竹林の中に、節の光る竹を見つけた。男はためらいもせずに鉈で竹を切った。中からは小さな鳥が出てきた。弱々しくもその鳥は生きており、サラササラサと鳴いた。男には知るよしもなかったが、鳥はメジロで、様々な生物学的植物学的偶然の産物で竹の中に閉じ込められていたのだった。しかし竹が光る理由は特になかった。後の世で科学で様々なことが解明される前には稀にあることだった。男には神の概念は頭にはなかったが、少し知識のある人ならば神のいたずらだとか呼ぶ、そういった類いのことだった。
男は鳥を殺さず持ち帰った。痩せた小鳥は食べられる所が少なく、処理ばかり面倒であることを知っていた。もしあの発光が鳥からのものであれば、夜道を照らせるのではないかと思ったのだ。しかし鳥はその後自ら光るようなことは一度もなかった。
男の気紛れで鳥は生きた。小さな虫を与えていれば鳥は食べた。鳥は親を知らず、飛び方を学べなかったので、飛んで逃げることもせず、ちょこちょこと男の回りで生きた。
「お前が女であったらな」
と男は時折呟いた。人里に、男ではない人間がいるのを男は知っていた。商人からも話を聞いていた。そのようなものが自分と関わることが来るとは思ってはいなかったが、鳥と暮らすようになり、傍らに何かが居るときの喜びを知り、これが女というものであれば、話も出来、旨い獣を食べながら笑い合うことも出来るのではないかと思ったのだ。鳥はただサラササラサと鳴いて男の回りを跳ねていた。
鳥は数年して死んだ。鳥の寿命は人間より短く、飛べもしない鳥の割に長く生きた方だった。鳥の死ぬ晩、男は夢を見た。長い髪の女の夢だった。顔は髪に隠れてほとんど見えなかった。
「生まれ変わったらまたあなたの元に来て、毎晩話を聞かせます。笹のようにサラサラと。タケノコのように次々と」
夢ゆえに男はすぐにそのことを忘れた。男は死んだ鳥を竹林に埋めた。帰りには野兎を狩って食った。
それから何十年か、男は一人で過ごした。ある日竹林に入ると、男は光る竹を見つけた。歳を取り翁になっていた男には鉈を振るのも一苦労だった。竹の中に居たのは鳥ではなく女の赤子だった。連れ帰り、育てた。赤子は意味のある言葉を覚える前、サラササラサと声を立てた。虫は食べなかった。
(了)