Neetel Inside 文芸新都
表紙

Dr.Ramone
2 テロリストのアンナ

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 魔女組合と放送局の癒着が問題になっている。
 自警団であり、魔術的災厄からの防衛機構である魔女組合があまり機能していないせいで、都市のあちこちでさまざまな問題が発生しているのだが、それについてテレビは取り上げず、むしろ過去のひどくどうでもいい功績を大げさにクローズアップし、繰り返し賞賛しているために人々は組合に対し、なんだよくやってるじゃないか、と思ってしまう。
 組合の頭首に新しく、ガブリエルという魔女が就任してからこういった状況が始まった。彼女は貴族の家系で、放送局や都市当局にさまざまなコネを持っていた。そうして自分の立場が安定すると、だめ押しとばかりに人々を怠惰にする魔術を拡散し始めた。
 市民の何割かは頭にホムンクルスの詰まった人形人間である。そこに向けて組合の本拠地である飛行船から電波が流された。
 人形人間は頭の中のホムンクルスたちの多数決で動いているので行動に出るまでは遅いが、いざ意見が一致したとなれば、非常に強固な意志で動けるというメリットがある。その彼らがいまや路上に座り込んで酒を飲んでいる。歌なんか歌ってるやつもいる。ただずっと壁を見ているやつもいる。人々は、なんだ、けしからん、とはならず、あいつらがああしてるなら自分も……ということで色々サボり始めた。そうして、酒屋が儲かった。

 一方ラモンは以前から怠惰な生活を送っていたのであまり関係なかった。
 公園で、ヘルにリンゴを持たせ、頭の上辺りに掲げさせてそれを描いている。
「先生、ぼくがリンゴを持つ意味ってのはどこにあるんですか」
「その位置に浮かぶリンゴを描きたいんだよ。だけど俺はリンゴを浮かべさせることはできないから、手で持つしかないだろう。絵を描くには紙を持ち筆を持たなくてはいけないから、リンゴを自分で持つのは不可能だ。だから、誰かに頼むしかない。ディジーに持たせれば話は早いがこいつはそんなことできない。指もないしな。さて近所で暇な知り合いは誰か、となれば、公園でひねもす呆然として過ごすあんたしかいないだろう」
「そいつは論理的だ」
 日が暮れてきて、月が昇り始めた。ヘルは腕が痛いと言い始めたがラモンは黙殺した。
「おっと、月がいい具合だ。そうだな、リンゴじゃなく月の絵を描くというのはどうだろうか。どう思う?」ラモンはヘルに聞いた。
「そうした場合、ぼくのここまでの労力が無駄になるんじゃないかい」
「無駄にはならないよ。後日、リンゴの絵は完成させるから。だけどこの月の色合いは今夜を逃すともうだめだからな」
「後日またぼくはこうやって、リンゴを一日中持たされるだけの無為な時間を過ごさなくてはいけないってわけかい、先生」
「無為ってわけじゃないし、あと少しで完成だから大丈夫だ。今度は一日中持つ必要はない」
「じゃあ今日、全部完成させるってわけにはいかないのかい。それで、その後月の絵を描くってわけには」
「まあそうしてもいいけど、あんたはどっちがいい?」
「いやだからぼくは、今日完成させるほうに圧倒的賛成だよ。ほんとうに。腕がこわばってしかたないんだぜ、先生。助けると思って」
「じゃあいいさ、ここで完成で……リンゴの絵は終わりってことで。未完成もひとつの完成だ」
 都市には四つの月がある。本来の白い月と、魔女たちが打ち上げた三つの蒼い月が。
 ラモンが新しい紙に、瓶から無造作に青白い絵の具を垂らす。ヘルが腕をさすりながら言う。
「先生、ダイナミックなやり方だね。その絵の具は?」
「こいつはホムンクルスから抽出した絵の具だ」
「なんだって。つまり先生は」
「おいおい、まさか俺が隣人とかそこらを歩いている人の頭を、拳銃で吹き飛ばすかハンマーで叩き割るかして、中からホムンクルスをほじくりだしてるとでも思ったのか」
「そこまで具体的なことを言おうとはしてないけど」
「これは警察から横流しされてきたのを買ったんだよ」
「それでも十分やばそうだ」
「最近原因不明の死体が多いからな。ホムンクルスは魔女が薬に使うから割と売れるらしい。俺はそんな薬、服用したくはないけどな」
 人工月の下を黒い飛行船が飛んでいる。魔女組合の飛行船だ。
「先生、あの飛行船も絵に入れるのかい」
「描いてる間に行っちまうだろう」
 ディジーが呻き声を発した。ラモンは普段の声と具合が違うな、と思った。とてつもない苦痛に堪えているというよりは、むず痒い感覚を覚え怯んでいるような。
 ディジーに対し、どうした、とラモンが聞く寸前、とてつもなく巨大な錆びた歯車が軋むような、嫌な音が聞こえた。
 そして、飛行船の上に浮かんでいた月が、突然落下し、飛行船を押しつぶして、都市に墜落した。
 ラモンは呆然としていた。今描いていた月が現実の景色から消失してしまったためだった。
「先生、お月さんが落っこちたぞ、どうなってるんだい」
「それどころではない。現実の月が消えることがあっても、俺の描いた絵から月を消すことはもうできないのだ。つまり一から描き直さなくてはならないが、さっき描いた絵を完全に再現することはできない!」
「まさに悪夢」ディジーは普段より甲高い声で言った。

 翌日、朝のテレビをジャックした、一人の少女は、自分がこの事件の犯人だと告げた。
 赤い髪で、機械仕掛けの眼鏡をかけた彼女は、「アリアンナ・アップルビー」と名乗り、要求と彼女なりの大義を喋った。ラモンは起きたばかりで真面目に聞いていなかったので、あまり把握できなかったが、
 ●自分は、完全に脳内のホムンクルスを扇動し、瞬間的・熱狂的行動が可能な、革命的人形人間である。
 ●都市を腐敗させている魔女組合と、その頭首ガブリエルに制裁を加える意味で、飛行船が真下に来た際、月を崩落させた。
 ●自分の要求は現金百万単位ならびに、自分が作った音楽をレコード化し、メジャーデビューさせることである。
 ●要求が聞き入れられない場合、今日中に月をすべて崩落させる。
 というような内容だった。
 その後、彼女が作ったと思われる音楽が流れてきたが、隣人が壁を叩く音にディジーの金切り声を乗せたようなしろものだったので、ラモンは早々にテレビを窓からぶん投げ、下を走っていた車のボンネットをへこませた。また、警察も都市当局もマスコミも動かなかったので、その日のうちに月があと二個落下し、多大な被害をもたらした。

       

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