Neetel Inside 文芸新都
表紙

Dr.Ramone
7 晴天の霹靂/Blowin' In The Wind

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 数世紀前、わたしは荒野の中にやって来た。そこで初めて、神の視線を感じた。
 そのうちたくさんの迷える愚者がやって来た。
 彼らは考えを持たず、行動に脈絡はなかったけれど、優れた登場人物だった。
 そうして都市ができた。
 蒸気機関で街を暖め、人形の市民を補完しながら、わたしはそれを維持した。
 上空には神の目がある。それは観測すべき物語を創り続けた。
 わたしは劣化してゆく肉体を乗り換え続け、無為な時を過ごした。
 その時代の主人公の体の中で。

 ラモンは絵を完成させると、一眠りした。真っ黒の夜の闇が、朝になってもその中に残ったままのような、そんな絵だった。
 都市は静かだった。
 恐らくは三番が活躍したからだろう。彼女が片端から人形人間の中の小さな市民たちを発狂させていったのだ。
 彼女たち執行者に与えるのは数十万単位の給料のほか、なにもない。しかし、それで満足だろう。
 わたしは度重なる神の視点の使用と「主人公」への同化により、自我の劣化が進みつつあったので、ラモンと同じく、眠ることにした。わたしの視界は擦り切れ始めている……

 ラモンは崩れかけた街を後にした。考えてみれば、なぜ今までこの都市を出なかったのだろう。いつでもそうすることはできたはずだ。祖先が住み続けた街だからか? 恐らく、他所へ行くのが面倒だったからだろう。
 遠くで煙が上がっている。誰かがまた、建物に火でもつけたのか?
 助手席でディジーが唸っている。ラモンは独り言のようにつぶやく。
「今まで意識しなかったけど、旅立つとなるとこの街も良い場所のように思えないか?」
「あががが、ががあ」
「まあどうでもいいことか。オレはあんまり、そういう気にならないが」
「あ……あががが」
「行くか。どっちに行けば出られるか分からないが、まっすぐ行けば良いだろう」
 ラモンは崩壊しかかった街を走り出した。

 都市を出ることはたやすかった。思ったより、外郭の近くにいたらしい。
 城壁を抜けると、青い空が広がっていた。蒸気で曇っていた都市の中では見ることができなかった、純粋な青空だった。
 道の先には、一人の幼い少女が立っている。
 異様な少女だった。その顔は、まるで空間ごと黒く塗りつぶされたように、見ることができなかった。恐らくその黒色の向こうには、輝く大きな目があり、小鳥が鳴くように愛らしく喋る口もあるだろう。しかしそれらを見ることはできない。
「ヒッチハイクか?」ラモンは車を止めて、言った。
「あなたを待っていたわ、ドクター・ラモン」歪んだ少女の声で、相手は答えた。
「どこまで行くかオレも分からないんだ。それでも乗るのか?」
「あなたを都市から離すわけにはいかないのよ」
「おたくの個人的要望で、オレは脱出プランを変更するわけにいかない」

 少女=わたしはラモンに聞く。「あの都市にはいくつ月があるかしら?」
「四つあったが今じゃ一つだ」
「いいえ、五つあって、今は二つよ。もっと高いところに浮かぶ月が見えていないのよ、あなたたちは」
「しかし、日常生活に支障はなかったがな」
「『マーキー・ムーン』は都市を観測し続けるわ。ひとつの物語としてね。わたしは永久に、その神の視線に留まり続けるのよ。無為な世界を維持し続けるの。あなたの中でね」
「もう出発していいか? おたくは一体誰なんだ」
「わたしは『サニー・サンダース』。あの都市の市長よ」
「おたくのようなお嬢さんは出馬できないだろう。見送りならここで結構だよ」
 わたしは、数世紀前にこの都市の中で神の視線を浴びていた少女の体から抜け出し、ラモンの体に侵入しようとした。そうして、この怠惰な絵描きとして、都市の中で生活しようとした……わたしの物語は永劫に続く……あががが、うあ、ああああ

 ラモンは少女がばたりとその場に倒れたのを見て出発しようとしたが、とつぜんディジーがこれまでにないほどの叫び声を上げたので、うんざりした。
 顔のない少女が起き上がって微笑む。
「彼女は失敗したみたいね。とんだ災難だけど。呪われたわたしがより強く、彼女の無防備な精神を引き寄せたみたいね」
 助手席の汚れたヌイグルミを地面に置いて、少女は代わりに車に乗った。
「わたしよ、ディジーよ、ラモン先生。サニーはわたしの代わりにヌイグルミの中で、永劫に狂い続けるでしょう。そしてわたしは、この体を手にすることができたわ。これからもよろしくね。もう、体に雨がしみこんでくることもないわ」
「そうか」
 分かっているのかいないのか、ラモンは頷くと、車を走らせた。

 空に浮かぶ造られた衛星は、ラモンの姿を追うが、車が地平線の向こうまで行くと、そこから先は追わずに、地面に横たわるウサギのヌイグルミを見た。
 汚れたヌイグルミの中に入ってしまい、解けることのない呪いで地獄の責め苦を味わうサニー・サンダースは、気を失うことも、狂うことも、死ぬこともできないので、歌うことにした。
 その歌を聞くのは、風以外いない。

   The End

 

       

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