ラモンは新しい買い物をした。
SLF〈ステッィフ・リトル・フィンガー〉というその銃は、空間を発火させ、酸素が無くともものを焼けるというすぐれものだった。
これまでなにもせずに過ごしてきたラモンだったが、さすがに近所でも暴動が発生しているので、武装せずにはいられなかった。
普段ならパンが突き出ている紙袋から、油紙に包まれたその銃が顔を出している。
「先生。先生も武装するんだね」
珍しく具合がいいディジーが言った。
「馬鹿どもに殺されるのを恐れるのはいい。しかしそのために、実際アクションを起こさずにいられないとは、忌まわしい日常だ」
「町から出ることは考えない?」
「それもいいだろう。どこかの車を盗んで、荒野に走り出してもいい。オマエには留守番をさせてもいいんだがな」
「あががが」
説明書によると銃は、原理的には魔女たちの魔術と同じものだという。つまりこの前部屋を吹き飛ばした魔女(ラモンは知らないが、デボラという名だ)と同じ技であるらしい。
魔女たちは、世界の力を借りて武装する。ラモンの祖先たちもそうしていた。ラモンは、こんなことをしなくとも、都市の乱痴気騒ぎをする馬鹿たちが、勝手に燃え尽きればいいのに、と思った。
夜になってラモンは絵も描かず、この銃を自分の頭に向けて撃てば、脳みそが真っ白な灰になっていい具合だ、と思った。なんならディジーと心中してもいい。もっとも彼女は強力に呪いで固定されてるから、ヌイグルミの体を燃やしたところで、解放されはしないだろう。
やるときは窓を開けておけばいい。そうすれば白い灰は吹き飛ばされて、風になれる。悪くはないが、まだやる価値はない。
夜中、下でドタバタと音がした。
あのイカレた男が騒いでいるのかと、ラモンはディジーとSLFをかついで向かった。
黒いドレスの女が、カビまみれの食い物の中で、男の死体を見下ろしていた。
「脚はもういいのか」ラモンは聞いた。
「治りました」
「あんたがそいつを殺したのか」
「そうです」
「やかましかったからか」
「いいえ」
「そうか」
ラモンは銃を床に投げ出した。重たくてしかたなかったから。
「あんたは誰だ」
「わたくしは、五十三番」
「何の番号だ。どこかの会員制クラブか?」
「数字は順番付け以外の意味も持ちますわ。これが私の名刺」
五十三番は新品のトランプの箱を取り出し、大半を床に捨てた。
「数札が四十枚」
残りを床に捨てる。
「絵札が十二枚。これで五十二枚。残りは?」
ラモンは何も言わないで部屋を出ようとした。
「わたくしは都市を混沌に導くのが仕事です」
「もう導かれてるよ」
「まだこれからです」
「オレは疲れたんだ」
ラモンは床の銃を拾った。
「休みたいね。これから部屋に戻って、ベッドにぶっ倒れる。そのあともずっとそうするんだ。あんたはどうするんだ?」
「そうしたいですが、できませんね」
「窓からしか出られない人生だからか」
五十三番は突然、窓に向かって走り出して、全身でガラスを砕くと、夜の闇に消えた。
ラモンは部屋に帰るのも面倒だったので、この部屋で寝ようかと思ったが、臭いがひどいのでやめた。
地下鉄の車内でラモンは、数日前の新聞を読んでいる。
辺りは何かが腐った臭いがする。野良猫が網棚で寝ている。酒瓶を抱えた酔っ払いが、床で目を見開いている。
「先生、ここはどこですかい」酔っ払いがラモンに聞いた。
「地下鉄」とラモン。
「次はエレクトリック・レディランド」とアナウンス。
「なんでい、先生は不親切だな」酔っ払いは降りなかったのでラモンが降りた。
駅の中ではヘルメットと覆面をした一団が、鉄パイプやら角材で武装していた。なにかをやるつもりらしい。
ところが一人の発狂した魔女がそいつらに杖を向けて、先頭のやつををどろどろした肉塊に変えてしまうと全員、券売機で切符を買って、ホームへ降りていった。
エレクトリック・レディランドは暗かった。
「ディジー、車を調達しよう。あのボロいアパートからおさらばだ」
「あ、先生、ほんとうに都市を出るの」
「さっきの駅で阿呆どもを見たとき、気持ちが決まったよ。きっかけなんてそんなものだろ? きっと天気が良いから死ぬやつも、いるんじゃないか」
はるか彼方で爆発音がした。
数秒後にオレンジ色の炎が舞い上がった。
街中に死体と消毒液の臭いが広がっている。
それに混じって、人工的に作られたと思われる、イチゴの香りもした。
ラモンは暗い街の中を、ため息すらつかず歩く。
わたしは上空からそれを見ている。
都市の外側の視点から。
「マーキー・ムーン」はラモンと、彼が抱えた狂えるヌイグルミを見ている。もちろん、ほかのものも。
無気力な人々は無意味に狂うか、なにもせずに死んでいくかどちらかだった。
もちろんわたしはどちらでもいいし、彼らもそうだろう。
ラモンは道の脇に止めてあったボロ車の鍵が、ドアに付けっぱなしなのを認めると、そのボンネットに先ほど拾った新聞紙を広げて、道端のドロを手に取り、塗りたくった。
わたしは朝が来るころ、彼が絵を描いているのだと気づいた。