Neetel Inside 文芸新都
表紙

Dr.Ramone
5 五十三番と三番

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 都市では大規模な騒乱が起こっていた。
 傭兵たちの一部が幻影獣に取り付かれたことからそれは始まったようだった。
 狐や犬の幻影獣につかれた傭兵たちは、町を破壊し始めた。そこに、もともとそうしたかったからか、そのときそうしたくなったのか、他の傭兵たちも加わり、魔女組合の生き残りたちと市民も加入し、大規模な破壊組織がゆるやかに結成されていった。
 彼らに目的はないようだった。強いて言えば、ただ秩序を乱すのが目的のようだ。
 それを止めようとする警察や軍隊はあまりいなかったので、彼らは都市のあちこちに広がっていって、破壊活動を始めた。
 いつしかそちらが多数派になっていき、まともな傭兵たちや市民はとっくに都市を出たようだった。
 ラモンはまだそうしなかった。
 
 ある日、部屋にノックもなしに、黒いドレスの、華奢で、長身の女が入ってきた。魔女が闖入してくるのは二度目だったので、ラモンは嫌な予感がして、とっとと出て行ってもらおうとした。
 そいつは黒目がちな、大きな眼をラモンに向けると一礼した。ラモンは言った。
「出てってくれ」
「ドクター・ラモンですか」
「いいや」
「ドクター・ラモンに会わないとわたしは帰れないのですけど」
「じゃあここに永住するか?」
 相手は困ったような顔になった。
「会ったことにしろ」
「できません」
「なぜだ」
「そういう『条件付け』がされているからです」
「会わないとどうなるんだ」
「ドアから出て行くこともままなりませんわ」
「じゃあ窓から出て行けばいい」
 魔女はそうした。
 下を見ると、彼女の脚が妙な具合に曲がっていた。
 ラモンは、ドアに複数の錠をつけることにした。

 都市の中心部に、市長の塔がある。
 円筒形で、雲を付くほど高いが、内部にそれほど必要なものが入っているわけではない。
 最上階に、二人が集まっている。
 一人は、黒い服の女・執行者三番。そして、ラモンの部屋から帰還した執行者五十三番である。
「五十三番」三番が言った。「脚はどうした? 何の理由で、ダメージを受けた状態だ? 何らかの、ミステイク、だと思うが」
「階段から落ちましたのよ」と五十三番。
「そうか。医者が、いると、良かったのにな。ところが、医者なんて、どこにもいないし、治しにくる患者も、いないときているから、よくできているとは思わないか? 外科医はともかく、外科医、いや、下界は、この塔の下のシティーという意味だが、下界はどうだった?」
「誰もわたしのことを覚えていないという様子でしたわ」
「そのとおりだ」三番は無感情に言う。「下界のピープルはイージーなライフを、楽しく送っているから、飛行船とともに墜落した、魔女が、生きていても、どうも思わない。頭にホムンクルスが入っていようが、いまいが、彼らは、人形だ。死人が生きているより、重大な出来事が、待っているとは思っている。あなたも、そう考えるだろう?」
「あなたのように死神的な仕事があれば、そう考えるのかもしれないわね」
 これに対し三番は少し怒りを覚えたようで、顔には出さずともこう言う。
「私は、人々をぶっ殺す死神ではなく、統治する、女帝的、立場。私は市長の代理でしか、ない、のです。誰かが統治しなくては、ならないのです。人形の、操り手、女帝です。操れない人形は、責任を持って、壊すしかないでしょう」
「なるほど」
「あなたこそ、『ガブリエル』ではなく、正式に『五十三番』になった以上、都市をもっと混沌に導く努力を、しなさい。秩序ある混沌を、導いてくれないと、まさに給料ドロボウ、だってこと。五十三番候補だったアリアンナ・アップルビーを廃棄した以上、あなたが魔術的に動いてくれないと、あなたも首切断が、待っている、運命だと、いうことですよ」
「それは嫌ね」
「私も、キルする手間が、七面倒だから。七転八倒するくらい、七面倒な作業です。それより、そろそろ、市長がやって来ますよ」
 その後しばらくして、都市の無為な殺人や、愚者の奔放な生活のシーンをすり抜けて、わたしは市長室の椅子に到達した。
「市長。アリアンナ・アップルビーを、キル、しました」と三番。
 わたしは言う。
「あなたはもっと普通のしゃべり方はできないの? 読点が多くてウンザリするわ。あと『キルする』って何? 『殺す』でいいんじゃないの? その辺、どうなの?」
「すみません」
 もっともこれは、わたしがそういう風に彼女を作ったから当然なのだけど。
「それからええと、五十三番? あなた、窓から飛び降りるなんて、ずいぶんなヤンチャをしたものね。なんなら、そこの窓から飛び降りてもらってもいいけれど。間違いなく死ぬだろうけど、新しいのを作ればいいのよ? あなたは、市民を堕落させるためにいろいろやってくれたみたいだけど、アンナのほうがあなたよりよっぽど、仕事熱心だったのよ」
「あ……えっと、は、はい」
 とにかく、すでに「マーキー・ムーン」を使ったこれまでのシーン集約の結果からは、わたしの計画のターゲットがドクター・ラモンであることは明白であり、わたしは再び「神の視点」へ戻る決意をしていた。
「とにかく、がんばってよね、ガブリエル、ギルモア。もっともあなたがたでなくても、いいのだけれど。ヴードゥー・ラウンジ駅の近くにレストランがあるの。そこのフィッシュ・アンドチップスは絶品で、働いているマーサって女の子は、真面目でいい子なのよ。彼女をあなたたちの代わりに、執行者にしてもいいのよ。ねえ、あなたたち。真面目にやってもやらなくても、どちらでもいいわ。わたしは、破壊も生産も秩序も混沌も、全部どうでもいいのよ。だから何世紀も前からこうして、全市民はわたしのことを愛してるのよ。あなたたちもそうでしょう」
 二人は頷かなかった。

       

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