「双子ってさ、見分けつかないっていうよね。私たちは見分けつきやすいようにってことで、わざと服装の趣味なんかをずらしてるんだけど。まあとにかく、世間には瓜二つな双子がいるんだよ。その双子――姉の方がね、妹に提案したの。「一日だけ、私と入れ替わって、彼氏とデートして」って。妹はちょっと渋ったんだんだけど、妹が実はお姉さんの彼氏に横恋慕を抱いていたの。そりゃーもうすごいもんでね、彼女のストーカー行為が原因で彼氏がナーバスになって、それを支えてあげたのが縁で姉と付き合っちゃったってくらいに。そんなわけで、妹は入れ替わって彼氏とデートしてたんだけど、だんだんとイライラしてくるわけよ。『バレないのは助かるけど、なんでわからないの? 顔が同じなら誰でもいいの?』って具合にね。それで妹は、彼氏をカッとなって殺しちゃったんだよ。その知らせが姉に入ったとき、姉はにやりと笑って、こう言ったんだよ。
『計画通り』ってね。
あとからわかったんだけど、その彼氏っていうのがね、もうすんごいウザい男だったらしく。うっとうしくなった姉は、妹の偏愛を利用して殺害したってわけ」
「こわっ! 女怖ッ!!」
いつも通り、エリナの怪談によって起こされる俺。怪談っていうか、なんかもうどこぞのサスペンスみたいになってるんだけど。二回目にしてもう路線変更かよ。このまま笑える話とかにしてくれないかな。これはこれで寝起きが悪い。
「おっはよーお兄ちゃん。土曜日だからって遅くまで寝てたら駄目だよー」
「普通に起こせ。痛みは一瞬で消える分、シイナよりタチ悪いからな。お前のそれは、下手すれば一生心に残る傷になるからな?」
「お兄ちゃんって実は打たれ弱いんだよね。目つき悪いクセに」
「目つきは関係ねえだろ!」
初恋の女の子に『セイジくんって、バタフライナイフ持ち歩いてそうな目してるよね』って言われてから、地味にコンプレックスなんだよ。持ってねえよバタフライナイフなんて。生で見たことすらないわ。
「私ら双子はお母さん似でよかったよ。女の子で目つき悪いってのもなかなかあれだからね」
「お前は起こしに来たのか、俺に自発的な永眠を促しに来たのかどっちなんだ」
「起こしに来たんだけど、一応。下にお友達来てるよ」
「友達? ……誰だ?」
「知りたかったら早く降りてきなよ。朝ごはん食べてるから」
手を振って出て行くエリナを見送り、俺はいつもの私服に着替えて部屋を出た。朝の凛とした空気を肺いっぱいに吸い込んで階段を降り、リビングに入った。
「ウィーッス! お前の母ちゃん飯上手いなー!」
と、飯を口いっぱいに頬張るアキラ。
「……おっじゃまー」
と、納豆をかき混ぜるミズキが、なぜか我が家の食卓についていた。
「なにしてんのお前らぁぁぁッ!? 何人ん家でさも当たり前の様に飯食ってんだよぉぉぉぉ!」
「いや、さっきお前を呼びに来たらセイジのお母さんが食べていきなさいって。もうめっちゃくちゃ美味いな。なにこれ。家庭料理でこんな美味いの食ったことないよ」
まったくこっちを見ずに、和食ご膳を一心不乱に口に運んでいる。
おい。人と話す時は目を見て箸を止めろ。ムカつくから。
「……ねえ、シイナちゃん。ちょっとしょうゆ取って」
「はいよー姐さん」
シイナからしょうゆを受け取り、それを納豆に垂らしてからシイナにしょうゆを返した。シイナはなんで、ミズキを姐さんって呼んでるんだよ。どこのヤクザの女だおい。というか、食事時くらいフードを脱げ。
「あらぁ。やっと起きたのセイジ?」
キッチンから出てきたのは、俺の母さんこと『アヤメ』緩やかな茶の巻き毛を肩下まで伸ばし、丸い瞳に左目には泣きぼくろ。ピンクのタートルネックにジーンズ。そして黄色いエプロン。
「ちょっ、母さん。なんで二人に朝飯出してんの?」
「なんでって……セイジを迎えに来てくれて、起きてこないからその間に食べてもらおうと思ったから?」
「……あーそう。一応聞くけど、俺の分は?」
「――あ」
露骨にしまった、と言わんばかりに目と口を開いた。俺はすぐにアキラの玉子焼きを掴んで、口に放り込んだ。
「なにしてんだお前!?」
「うるっせえ。お前らが俺の分奪ったんだろ!」
「早く起きてこねえのがいけねえんだろうが!!」
「んだコラァ!! 朝ご飯食べる? って訊かれたら遠慮すんのがマナーだろうが!」
そんな睨み合いから、残ったおかずの奪い合いに移行すると、一足先に食べ終わったミズキが手を合わせ、母さんに頭を下げた。
「ごちそうさま、おば様。――あんたらはなにバカやってんのよ。早く行くわよ」
見れば、俺達が取り合った朝食はすでになく。しかたなしに、俺達は母さんにごちそうさまを言った。
■
「――んで。お前らは今日なんの用事なんだよ」
我が家を出て、先を歩く訳知り顔の二人に言うと、アキラが「お前、サンデーマッチで優勝した日、すぐ帰ったろ」と返してきた。
「あぁ、先に帰った」
「あの後、カリンさんに声かけられて。あんたをカリンさんの工房に連れてくよう、頼まれた」
ため息混じりに呟く面倒くさそうなミズキに、「ケータイに電話なりメールしろよ」と言ってみた。
「つーか、お前らまで来ることねえだろ」
「いいじゃん、面白そうじゃん?」とアキラ。
「それに、頼まれた責任もあるしね」とミズキ。
お前らがそんな律儀なやつとは、知らなかったね。
自宅から十分ほどの公園に停まる黄色いボックストラックへ入ると、カリンさんがデスクに向かって、なにかの機械をいじっていた。
「あ、来たねセイジくん」
着用していたメガネを取り、笑うカリンさん。俺は軽く会釈して、彼女の前に立った。アキラとミズキの二人は、その俺の後ろに、二人が並ぶ。
「とりあえず、サンデーマッチ優勝おめでとう」
「あぁ、ありがとうございます」
「つーわけで、これプレゼント」
一枚のチップを俺に向かって投げてきた。そのチップを受け取ると、そこには『ガンマ・レイ』と書かれていた。
「――な、なんすかこれ!」
「新しいロボ。私が作った、ARプロジェクト第二のレイって所ね。性能としては、アルファ・レイからスピードを無くして、攻撃力を重視したような感じね」
「すげー!」
アルファ・レイには愛着あるけど、ちょっと攻撃力が物足りない感じしてたんだよなぁ。
「んじゃ、さっそく……」
データチップをキューブに差し込んだ。『ロボデータ、ガンマ・レイを登録しました』というアナウンスが流れて、ロボキューブを変形させた。
細身だったアルファ・レイよりも手足が機械らしくなり、口元を白いマスクで覆われている。ガンマ・レイ、なかなかカッコいいじゃないか。
「本当は、こんなに早くガンマ・レイを渡すつもりはなかったのよ? セイジくんの成長スピードには驚きっぱなし」
「いやいや、そんなことは」
「……私も、セイジの成長には、正直驚いてる。初めてバトル見た時より、格段に上手くなってるし」
「なんだよミズキ、お前まで」
「……一応私に勝ったんだから、それくらいに言っとかないとね」
「あぁ、なるほどね……」
お前の俺に対する評価って、勝利の上に成り立ってるのね。
「――んじゃ、ちょっとこれから、セイジくん連れてきたい所があるんだけど。このまま乗っててくれる?」
と、俺達の了承を得ないまま、カリンさんは工房から出ていった。ご丁寧に鍵までつけて。なんだろう、俺、すごい不安なんだけど。
「おいセイジ。鍵かけられたんだけど! なに、俺たちどこ連れてかれんの?」
俺の肩を揺するアキラだが、んなの俺だって知らないよ。そもそも、今までカリンさんの考えが見え透いたことなんてないのだ。あの人は突拍子のないこといきなり言い出すからな。そんなこと言ってると、車がゆっくりと滑りだした。ぐらりと小さく揺れて、俺たちの身体も引っ張られる。
「鍵かけられて出れない上、走りだしたんだから。もうしょうがないでしょ」
さすがミズキさんはクールに言うね。腕組んで、足まで組んで。しかし俺達も、相手がカリンさんでなければ、それくらいのテンションなのだ。やつにはわかるまい。サッカーボール扱いされた、あのトラウマ。俺にはアキラの気持ちもわかるのだ。むしろアキラの気持ちしかわからん。あなただけなの、とか囁いてもいい。
「――ま、そういうわけだ。アキラ、もう諦めよう」
「帰りたい」
ぼそっと呟くのはやめろ。こっちまで不安になんだろうが。
「あーなんだろうなー! またサッカーボールかなぁー!!」
「やめろッ!! トラウマが花開くだろうが!」
ヤケクソ感丸出しの叫びには、俺も全力で返さなければならない。蘇ってきたトラウマを掻き消すためだ。
「うるっさいなー男共……」
足をパタパタとイラつかせ、工房に一つだけ備えつけられた窓へと視線を移すミズキ。窓の外には、近くの繁華街が矢の様に流れていく。どうも、山奥とかに向かっているのではなさそうだ。
「………………」なんか話すことねえかな、と目を泳がせる俺。
「………………」おそらくミズキのプレッシャーに負け、押しつぶされる様に下を向くアキラ。
「………………」無口なので喋らなくて平気なのか、ずーっと窓を眺めるミズキ。
一応言うけど、俺は人が二人以上居る空間で無言とか、耐えられない。ので、一応俺はいくつかのパターンを決め、会話をメイキングしてみることに。
「あー、あのさ。お前ら、なんでカスタムロボ始めたんだ?」
こいつら全員カスタムロボやってるんだし。これは俺が上手く回せばいけるだろ。
「俺はもちろん、グレートロボカップ・チャンピオンのユウキに憧れてだな」
まず口を開いたのはアキラだった。なぜか自分の偉業でも語るかの様に誇らしげだ。
「へー。三年連続優勝、伝説の男マモルじゃないんだ。珍しい」
窓から視線を外さないまま、ミズキは以外にも会話に参加してきた。こいつ、以外と足並み揃える奴なんだな。
「その三年連続覇者を破ったのがユウキさんだろ? かっこいいぜマジで。俺、いつか絶対ユウキさんとバトルすんだ」
「難しい夢ね……。今ユウキさんは、滅多に公式大会も出ないくらいだし」
「俺がユウキさんと同じ舞台に立てばいいのさ!」
「ま、頑張って」
「おう!」
……あれぇ。上手く回すどころか、何話してるのかよくわからないんですけど。なにこれ。俺居なくても成立すんじゃんこれ? いや、諦めちゃいけねえ。俺がMCやらないでどうする。
「んじゃあ、ミズキは? アキラみたいに、憧れの人でもいるのか?」
俺の鮮やかなパスにも、相変わらずミズキはこっちを見もしやがらない。あーあーそんな態度取ってるんだったら、もうあれ言っちゃおうかなー! 俺に負けたクセに、とか小声で言っちゃおうかなー!!
でもそれめちゃくちゃ感じ悪いじゃん。できるだけやりたくないじゃん。
「……憧れの人なんていないわ」
耳に届くか届かないかの、微妙な声。エンジンや車の音にかき消されそうだったが、なんとか拾うことができた。
「私がカスタムロボやってるのは、必要になったから。憧れとか、そういうのはないわ」
「カスタムロボが必要になるって、どういうことだ?」
「……私が必要になったんじゃなくて、やらされたって感じだから」
「誰にだよ」
「誰でもいいでしょ。――そんなことより、ついにこのトラック、高速乗ったけど」
「ええっ!!」俺とアキラの声が重なって、ついでに窓を見る動きまでシンクロ。確かに窓の外には、広い道路や併走する車なんかが見える。あ、ベンツだ(現実逃避)。
「おいおい。随分遠くまで連れてかれてるよ俺ら……」
頭を抱えるアキラだが、お前はまだどん底を知らない。さっきカリンさんは、『セイジくんを連れて行きたい場所がある』って言っていた。つまり、今回の被害者は確実に俺なのだ。
「……はぁー。今更降りられないから、うだうだ言ってもしかたないんだけどさぁ」
「そうよ。いい加減、諦めなさい……」
この中で唯一カリンさんのことを知らないミズキは軽く言っているが、お前もサッカーボールになればいい。そうすりゃカリンさんの怖さがわかるという物だ。
それから十分ほどした後、トラックがゆっくりと止まった。窓の外はどうやら駐車場らしく、車が何台も横一列にならんでいる。ドアが閉まる音が外から聞こえ、小走りの足音の後、俺達を閉じ込めていた堅い扉が開いた。
「お待たせー。さっ、降りた降りた」
カリンさんに促され、俺達はトラックから降りた。目の前には大きなビルがあり、度肝を抜かれた。何十階建てか検討もつかない。
「ここ、ラムダ・コーポレーションじゃねえか……!!」
金魚のように口をパクパクさせるアキラ。釣られて俺は、口を大きく開いてビルを眺めていた。
「今日はね、セイジくんに会いたいって人がここにいるから、連れてきたのよ」
「俺に?」
誰だ会いたい人って。……まぁ、行けばわかるだろ。というか、カリンさん入れんのかな。ラムダ社を辞めた人間じゃん。
そんな心配などよそに、カリンさんは受け付けを軽々と抜け(しかも受付嬢が「カリンさんお疲れ様です」とか声かけてた)、エレベーターに乗って、最上階のボタンを押す。
「おいセイジ」俺の耳に口元を寄せ、小声で呟き始めた。
「なんだよ気持ち悪い」
「カリンさんって何者なんだよ。ラムダ社に顔パスって。ここ重要機密ばかりの大企業だろ」
「……昔、ラムダ社の開発部門にいたんだと」
「マジかよ……」
もはや驚きすぎたのか、声を出すこともしないアキラ。そこに、なぜかミズキまで、俺に肩を寄せ、耳元に唇を寄せてきた。ミズキの素顔を知ってるので、なんかドキドキする。けども、なぜお前ら俺にすり寄ってくる。
「なんでラムダ社やめたわけ」
「趣味に生きたくなったそうだけど……」
「若いクセに何言ってんだか」
チン、と間抜けな音が鳴り、俺達はエレベーターから降り、綺麗に掃除された廊下を歩く。
ま、確かに。二十代前半だよな、あの人。会社辞めんのは四十代くらいでいいはずだよな。会社に不満があったというなら、まあしかたないが。しかし不満があったらこんな風に会社まで来ないよな。
カリンさん、会社辞めたのは他に理由あるのかな。とか思っていたら、一番奥にある大きな部屋の前に着いていた。
カリンさんはその扉をノックする。
「どうぞ」
中から淑やかな声。それに従って、中に入ると、赤絨毯の広い部屋。だいたい二十畳ほどだろうか。その一番奥にあるデスクには、誰か座っていた。
「はじめまして。私、ラムダ社の社長をさせていただいてます、円条寺カトレアですわ」
カトレアさんは、赤いリボンで髪を結び、俗に言う縦巻きドリルの髪型だ。黒いスーツにタイトスカートでビシッと決めている。大企業の社長らしく、厳かな佇まいだ。
「やっほーカトレア。セイジくん、連れてきたわよ」
と、カリンさんは俺を引っ張るように、カトレアさんの前へ連れ出す。大企業の社長ということで、ガチガチになっていると、カトレアさんはデスクから立ち、俺に握手を求めてきた。
「ど、どうも。セイジです」
「知ってますわ。サンデーマッチ、拝見させていただきました」
「うぇ!? カトレアさん見てたんですか!?」
「ええ。カリンさんに呼ばれていたんですのよ。アルファ・レイを託した少年を見たくないか、と」
思わずカリンさんを見た。ウィンクされた。
「初心者にしては、スジがよかったですわね。――ですけど、それでは困りますのよ? 我が社のアルファ・レイを使っているのですから、私までとは行かなくてもカリンさんくらいにはなってもらわないと」
「……カトレアさん、カリンさんより強いんですか?」
「あたしのが強いわよ、なに言ってんの」
「おい、セイジセイジ」いつの間にか後ろに立っていたアキラ。「いいか、カトレアさんはな。グレートロボカップ常連で、『ホロセウムの妖精』って異名を持ってるほどの凄腕だ」
「そちらの方は私の事を知っていらっしゃるようですわね。そうですわ、『元気印のコマンダー娘』とは格が違いますのよ。オーッホッホッホッホ!!」
おお、お嬢様笑いだ。初めて見た。
「うるっさいわねー。決着つけたっていいのよこっちは」
「ま、私が勝つでしょうけど。――それより、セイジさん? 私と戦ってはくれません?」
と、窓際に置かれたホロセウムデッキを指さし、にっこりと笑いかけてくるカトレアさん。もしかして、俺とバトルするために呼んだんだろうか。
「『ホロセウムの妖精』ベルの力、お見せしますわ」
彼女がスーツのポケットからキューブを取り出し、それを変形させる。掌の上に現れたのは、頭の上にピンクのリボンを乗せた、小さな女の子型ロボだった。
「なんか……カリンさんのフレアに比べて、小さなロボですね」
「ああ、それは、このベルが『リトルスプリンター』という型だからですわ。動きが素早い分、防御力が低いのが玉にキズですが……それを使いこなしてこそのリトルスプリンター使いですわ」
後ろ髪をスイングさせながら、ホロセウムへ向かうカトレアさんを置い、デッキを挟んで向かい合う。デッキの横にカリンさん達も立つ。
「ああ、そうだセイジさん? バトル中、このヘルメットを被ってもらえません?」
そう言って手渡されたのは、なんかやたらコードが伸び、髪の毛みたいになってる半帽のヘルメットだった。どうもホロセウムデッキにコードがつながっているようだが、なんなんだろう。疑問には思うが、まあ被らないことにはしょうがない。
俺が被ったのを確認すると、カトレアさんはベルをキューブに戻し、ホロセウムに向かって投げる。
「ホロセウムの妖精ベルの力、とくとご覧あれ!」
「かけ――!」あ、そうだ。今アルファ・レイじゃねえんだ。掛け声も変えなくては。たしかガンマ・レイは攻撃力重視だったよな。だったら……。
「撃ち抜け! ガンマ・レイ!!」