Neetel Inside ニートノベル
表紙

作家先生と助手
そのよん 『先生、美人秘書です』

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ピンポーン

「はいは~い」
あたしはダッシュで玄関へむかう。
だって先生が執筆中。
チャイムの音で、ジャマするわけにはいかないもんね。
「あらぁ、おジョちゃん、元気だった?」
「あ、鴨志田さん。こんにちは」
ドアを開けるとそこに立っていたのは、先生の秘書である鴨志田さんだった
歳は、たぶんだけど、先生よりちょっと上。
背はあんまり高くないけど、すらっとした、ちょっと派手目の美人さんだ。
だけど不思議と存在感はないのよね。
正直あたしは、もう何回か会っているのに、未だに顔をはっきり覚えられていない。
「サオサは? また昼寝?」
鴨志田さんはあたしを『おジョちゃん』、先生を『サオサ』と呼ぶ。
ちなみに『おジョちゃん』というのは、『お嬢ちゃん』をカタコトなカンジで言ってるワケじゃない。
『助手ちゃん』に対するあだ名である。
鴨志田さんのネーミングセンスは、本当にヒドイ。
だってね、飼ってる犬(ダックスフント)の名前が『ダッフンちゃん』だよ?
『ダッフン』て。
「さーおーさ。おきてるー?」
「あ、あれ?」
はっと気がつくと、鴨志田さんはすでに寝室のドアをノックしているところだった。
……まったく気配を感じなかったぞ。
それとも、あたしがぼーっとしすぎ?
「さーおーさ」
「あ、鴨志田さん、先生は、今日はそこじゃありません」
「え? じゃあ出かけてるとか? ひえー、めずらしい」
「いえ、そうじゃなく……」
もっとめずらしいコトなんだよね。
「先生は、今、執筆中です。今日の夜には、書きあがる予定だそうです」
「え? 嘘」
そうそう、そりゃそんなリアクションになりますよね。
ていうか、鴨志田さんも驚くってことは、本当にめったに書かないんだなぁ。
「ほんとうです。かっぱさんの依頼なんですよ」
「かっぱぁ? あぁ、そっか、こないだの取材ね」
「はい」
あたしはちょっと胸を張る。
ふふん、あたしが取ってきた仕事だもんね。
ほぼ、そうだもんね。
「そっかぁ、サオサが書いてるのかぁ。じゃあ、製本のおじさんに電話しなきゃ」
セイホンノオジサン?
あたしの知らない人だ、それ。
そっか、先生が仕事となると、知らない人が登場するのね。
先生も、思ったより孤独じゃないのかも。
よかったよかった。
「ちょっと電話してくるから待ってて」
「あ、はい」
そう言って鴨志田さんは……あれ? もういない。
「はい、はい、たぶん今夜には。はい、よろしくお願いします。はい、それでは」
玄関からそんな声が聞こえる。
いつの間に移動したんだろう。
スゴイを通り越して、ちょっとコワイぞ。
「ごめんねー、お待たせ」
「いえ」
あたしは首を横に振る。
だってぜんぜん待ってないもん。
「さてと、じゃあ書きあがるまで、ここで待たせてもらおうかな」
いつの間にか、鴨志田さんはソファに座っている。
……てれぽーてーしょん?
「お茶、淹れますね」
とりあえずあたしはキッチンへと向かう。
たしか、鴨志田さんは緑茶がスキだったな。
こういった気配りができるっていうのも、助手にとっては大事なスキルよね。

「あ、ありがとー。おジョちゃん、あたしが緑茶スキって覚えててくれたんだ」
「もちろんです」
あたしは優雅にお辞儀をする。
決まった!
今日の仕事振り100点!
「さてと、ここからが長いわね」
鴨志田さんは脚を組みなおして言う。
「そうなんですか?」
あたしは、鴨志田さんの隣に腰掛けながら聞いた。
湯飲みをのせたお盆をテーブルにそっと置く。
「そうよー、サオサ、書いてるときは寝ないし食べないし。トイレも行かないから」
「トイレもですか?」
「そう。しかも書いてるところはぜったい人に見せないの。そのくせ書き終わったら、すぐに製本にまわせっていうのよ? だから書き始めたら、こうやって部屋の前で待ってるしかないの」
「そうなんですかぁ」
こくこくうなづきながら、あたしは『ちゃんと製本とかするんだぁ。プロなんだなぁ』とかよけいなことを考えてた。
だってさ、はじめてなんだもん。
先生が仕事してるとこみるの。
「はぁ、それじゃ、事務仕事は後回しにして、テレビでも見ようかしら」
「あ、それなら鴨志田さん、ちょっと質問いいですか?」
リモコンを探す鴨志田さんの動きが、ぴたっと止まる。
お、一時停止。
「質問? いいわよ」
鴨志田さんはまた脚を組みなおして言った。
うーん、大人のしぐさ。
見習わねば。
「えっと、鴨志田さんと先生って、もう長いんですか?」
あたしはけっこう基本的な質問をした。
鴨志田さんはいつもテキパキと仕事をこなして、さっさと帰ってしまう。
だから、こんな風に面と向かって話すのは、初対面のとき以来だ。
そのときはあたしへの質問ばっかりだったしネ。
「サオサとあたし? そうだなー、もう10年以上になるわね」
「10年ですか?」
思ったより長い!
うわー、ちょっと色々ソウゾウしちゃうなぁ。
「うん。あの頃はあたしも若かったなー」
『じゃあ今は若くないんですか』と言おうとしたけど、やめた。
言って良い冗談と、悪い冗談があるわよね。
うん。
「あ、じゃあじゃあ、二人の馴れ初めを教えてください」
「馴れ初め?」
おっと、つい……
「馴れ初めっていうかね、出会いは、まだサオサが大学生の頃だったわ」
大学生……先生って大学行ってたんだぁ。
へー。
「サオサはね、その頃から一部では有名な奴だったの」
「ふんふん」
あたしは相づちを打つ。
鴨志田さんは、一応あたしの『相づち待ち』みたいな間で話すけど、あたしなんて気にしないで話して欲しい。
続きが気になる気になる。
「有名って言っても、アングラでは、だけどね。 とにかく『変だけどスゴイ奴がいる』って噂だった」
「それでそれで?」
「その頃、あたしはまだ社会人になってそんなに経ってない頃でさ、けっこう色々悩んでたワケ」
10年以上前で『社会人になってそんなに経ってない』か……
は! いかんいかん、話に集中せねば。
「それで、その時の一番大きな悩みがね……」
そこで鴨志田さん、大きなため息をついた。
もったいぶるなぁ、もう。
「一番大きな悩みが?」
あたしは思わず続きを促してしまった。
「見た目が派手で目立つって事だったのよ」
……は?
「は?」
いけない、うっかり口に出ちゃった。
「いや、別にね、自慢とか自意識過剰とか、そういうんじゃないのよ」
鴨志田さんは笑って、手をパタパタと振った。
「何かね、何処にいても誰かに見られてるし、他の女子社員からは陰口叩かれるし……」
うーん、それが勘違いじゃなくって本当の事なら、確かにイヤだろうなぁ。
「まあ、小さい頃からではあったんだけどね。とにかく、あたしは地味になりたかった。もう、目立っちゃうのはイヤだったの」
「はぁ」
なんだか気のない返事になっちゃった。
だって、何て答えたらいいのか、わかんないんだもん……
「一応自分なりに努力はしたのよ? 地味な服を着たり、メイクを控えたり、髪形を変えたり……でも、ぜんぜんダメ。むしろ逆効果だった。それでね、何でも悩みを解決してくれるって噂の、サオサに会いに行ったの」
あ、そういう噂だったんだ。
まだ作家として有名ってワケではなかったのね。
「それで、書いてもらったんですか?」
あたしは思わず結論を急いだ。
「ええ。だから今のあたしがいるし、こうしてサオサの秘書をしているのよ」
「ど、どんなお話だったんですっ?」
そうっ! これが聞きたいのよあたしは!
「う~ん……」
ううん、もう、もったいぶらないでくださいよぅ。
「ぜったい内緒よ?」
「もちろんです!」
あたしは首も千切れんばかりにうなづいた。
「えっとね、こんなお話よ……」
鴨志田さんはそう言って目をつぶった。

……

『背の高い花』
 あるところに、一面の美しいお花畑がありました。
 その花たちは虹色に咲き誇り、昼はまるで水面のように、夜はまるで銀河のように輝いていました。
 その中に、他と比べてずっと背の高い花が一輪。
 彼女は周りの花から、いつも嫌味ばかり言われていました。

「あなたはいいわね、目立つから、蜜をたくさん吸ってもらえる」
「あなたはいいわね、蜜をたくさん吸ってもらえるから、花粉もいっぱい運んでもらえる」
「あなたはいいわね、きっとあたしたちの気持ちなんてわからないわよね」

 彼女は、本当はみんなと仲良くしたかったので、なるべく目立たないように、風が吹いても揺れないように、陽に照らされても輝かないように気を付けました。
 けれど虫たちはいつだって、真っ先に彼女のところへ飛んでくるのです。
 
 ある日、彼女は一頭の蝶にたずねました。
「蝶々さん。どうしてあなたたちは、いつも真っ先にあたしを目指して飛んでくるの?」
「それは君が揺れなくて、蜜が吸いやすいからさ」
「輝かないようにしているのに、どうして迷わずに見つけられるの?」
「それは君の暗がりが、僕らには魅力的だからさ」

……

「あれ? おしまいですか?」
そこまで話すと鴨志田さんは黙ってしまった。
何よぅ、超中途半端じゃないですかぁ。
「やっぱりやめた」
鴨志田さんは閉じていたまぶたを開けて、あたしをにっこり見つめた。
笑ってごまかさないでくださいぃ。
「えー、気になりますよぅ」
あたしは、普段の3割り増しくらいの可愛さでおねだりした。
どうだっ!
「うーん、でも、あたしが話してもさ、ぜんぜん良さが伝わらないと思うの」
「じゃあ読ませてください」
「あれ? おジョちゃん知らない? サオサの本は書かれた相手にしか読めないのよ」
あ、そうだった……
「一言一句、覚えていたんだけどね。最近はダメ。もうずいぶん長く読んでないし」
「そうなんですか?」
「ええ。だって、もう今のあたしには、必要がないもの」
そう言って鴨志田さんは、遠い目をして窓の外を見つめた。
そういうものかしら?
だってさ、人生を変えるくらい、ズバーンと(?)くるお話だったんでしょ?
たまには読み返したりしないのかしら?
「じゃあせめてお話のオチだけでも……」
あたしは食い下がった。
「オチ? オチなら、今のあたしを見ればわかるんじゃない?」
「どういうことです?」
あたしは首をひねった。
「背の高いのもね、才能なの」
……うう、すっきりしない。
こんなことなら聞かなきゃ良かったかも。
先生のすごさがぜんぜん伝わってこないよぅ。
「聞いたこと、後悔してる?」
ぎくっ!
鴨志田さん、スルドイ!
「そこがね、サオサの可哀想なところなのよ」
「どういうことです?」
「サオサのすごさはね、実際に自分の為に書かれた物語を見ないと、わからないの。こうやってあらすじを人に聞かせることはできるけど、それじゃぜんぜんダメ。彼の、あの手書きの囀る様な文字と、改行さえ劇的に見えるあの文脈」
「はぁ……」
ちょっとだけ、言いたいことがわかったかも。
「でもその全ては、書かれた相手にしか見えない。こんなに素敵な、こんなに素晴らしい能力なのに、サオサが長いこと認められなかったのは、そのせい」
そっか……先生も苦労したんだ。
「認められてきてからも、大変だったのよ? あたしが秘書をするようになった頃、何処で聞いたのかたくさんの人が押しかけてきて、みんな書いてくれ書いてくれって。その頃の彼、頼まれると断れなかったから、1週間近く不眠不休でさ」
「すごい」
今からはぜんぜん想像できない。
「そしたらその噂を聞きつけて、さらに人が集まっちゃって。近所から新興宗教か何かと勘違いされちゃってね、家を追い出されちゃったり」
そんな事があったんだ。
それなら今の先生にもうなづける。
「昔はホントそんなことばっかりだった。だから今は、すっごく平和。おジョちゃんもいるしね」
あら、鴨志田さんたら、照れるじゃない。
「おジョちゃんも、今度サオサに書いてもらえばいいわ。あたしが頼んであげるから」
「ホントですか!?」
あたしが頼んでもダメだけど、鴨志田さんが頼めばもしかしたら書いてくれるかも!
これは期待大だわ。
「あーあ、イヤね、歳をとると昔話ばっかりで」
「そんなことないですよぅ」
と、言ってはみたが『そんなこと』とはどんなことか、あたしにもわからない。
「あ、お茶のおかわり淹れますね」
「ありがと-、おジョちゃん。あなたホントにいい子ね」
あたしは足取り軽くキッチンへと向かう。
早く、先生に会いたかった。
会ったら、一番に『おつかれさま』って言おう。
あたしはやかんにむかって、『おつかれさま』の練習をした。

       

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Neetsha