Neetel Inside ニートノベル
表紙

作家先生と助手
そのご 『先生、お疲れ様です』

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「ふぁ~あ」
おっと、しつれい。
「あら、おジョちゃん、おねむ?」
「あ、いへ、らいじょぶれす」
って、舌がまわってないし。
「サオサ、今夜にはできるって言ってたのよね?」
「はい……」
あたしはちらりと時計を見る。
長い針は、いちばん下。
短い針は、もうちょっとでてっぺん。
ちなみに窓の外はまっくらだ。
いつものあたしならもう寝てる時間。
「きっと、そろそろれすよ」
あたしは、あくびをかみ殺しながらこたえた。
ん……ねむ。
「そうね……サオサが自分で決めた締め切りを破った事無いし。ま、久しぶりに書くから、ちょっとてまどってるのかもね」
鴨志田さんはソファの上で大きく伸びをした。
あ~あ~、そんなに脚広げて。
スーツのスカート、短いんだから……見えちゃいますよ?
「……できたぞ」
「っ!サオサ!」
「せんせぇ!」
いつの間にか、先生はあたし達の横に立っていた。
その気配のなさは忍者並み、幽霊以上ってとこね。
「お、お疲れ様!」
さっと脚を閉じて立ち上がった鴨志田さんが、抜け殻のような先生から原稿を受け取る。
ああっ、それっ! それ読みたい!
「それじゃあ、すぐに製本してまいります!」
おおっと!鴨志田さん、いつの間に玄関へ!
相変わらず鴨志田さんのステルス能力はすごい。
その気配のなさは忍者以上……えっと……べてらん忍者以下ってとこね。
鴨志田さんは先生の原稿を手に、音もなく出て行ってしまった。
ああ……あたしの原稿が……
「おい」
「あ、はい」
急に声を掛けられてあたしは振り向く。
ソファに座ったままのあたしの横に、先生は立ち尽くしていた。
「どうしました? だいじょうぶですか? あ、あの、お疲れ様です」
あたしは慌てて立ち上がる。
いけないいけない、こんな時こそ助手の本領を発揮しないと!
「……ハンバーグ」
「はい?」
先生が消えるような声で言った。
はん、ばーぐ?
「いや、違う……ハンバーグカレーだ」
「……食べたいんですか?」
おそるおそる聞き返す。
いつも以上にぼさぼさな先生は、本当に幽霊みたいだ。
うつむいてる顔を、あたしは見上げる。
ん~、心配。
本当に頑張ったんだね、お疲れ様!
「食べるに決まってるだろう? それともお前はハンバーグカレーで頭でも洗うのか?」
うわお!
心配して損した!
はやくも損した!
かわいくないなぁ……ま、大丈夫って証拠かしら。
「はいはい、じゃあすぐ作りますね。だからセンセ、先におふろ入っちゃってください」
「うん……」
先生はとぼとぼと、バスルームへと歩き出した。
『うん』だって。
かわいいじゃない。
「おい」
「何ですか?」
先生が戻ってきて、あたしに声をかける。
「じゃがいもは、入れるなよ」
「……わかってますから、早くお風呂に入ってください」
「ぜったい入れるなよ」
も~、うるさいなぁ。
何でこんなに好き嫌いが多いのかしら?
まったく……

そのあと、お風呂から出た先生は、あたしの作ったハンバーグカレーを黙々と食べると、すぐに寝てしまった。
よっぽど疲れてたのね。
あたしは洗い物を済ませてから、いつもよりずっと遅くベッドに入った。
(かっぱくん、先生の本、気に入ってくれるかな)
かっぱ君の顔がふっと浮かんけど、あたしはあっという間に眠りに落ちた。

翌朝。
あたしが眠い目をこすりながら自分の部屋を出ると、リビングにはすでに鴨志田さんと先生の姿があった。
「おジョちゃん、おはよ」
「んゃ! おはようごじゃんましゅ」
あたしはあわてて頭を下げた。
舌がまわらない。
あたし寝坊しちゃったかな?
時計を見ると、短い針と短い針は、やや下のほうで左右対称に開いている。
「お二人とも、早いですね」
あたしは素直な感想をいう。
鴨志田さんはともかく、先生がこんな時間に起きてるなんて奇跡だ。
「鴨志田が起こしたからだ。僕はまだ眠い」
うわ、すっごい不機嫌。
あたしは先生の横にそっと腰かけた。
「あ、これ」
あたしはテーブルの上を指差す。
「そ、製本してきたの。世界に一冊だけの、一人のためだけの童話よ」
それはタイトルも何も書かれていない、薄緑色のきれいな本だった。
厚みはぜんぜんない。
たぶん20ページもないんじゃないかな?
「これ、読んでみてもいいですか?」
「読めるならな」
先生がそっけなく言う。
あ、そうか、書かれた相手しか読めないんだっけ。
ざんねん。
「ピューさんには連絡しておきましたから。たぶん、そろそろ、いらっしゃるはずです」
ぴゅうさん?
かっぱくんの事かな?
「早すぎる。夕方でも良かっただろう」
「楽しみにしてらっしゃるんですから、そういう事言わないの」
「……ん」
先生、鴨志田さんには素直だなぁ……って、
「センセ、おきてください」
寝てるし。
「ん」
あーあ『ん』しか言わなくなっちゃったし。
ところで……
「鴨志田さん、よくかっぱ君の連絡先わかりましたね」
「まぁね~」
おっ、ドヤ顔。
「っていうか、ごめんなさい。連絡先聞いておかなくて。助手、失格ですね」
あたしは頭を下げた。
う~、悔しいな。
「いいっていいって。そんなの、すぐわかるからさ」
すごいなぁ、鴨志田さん。
「しかし、ずいぶん由緒正しい名前だよな」
突然、先生が口を開いた。
いつの間に起きたのかしら。
「ユイショタダシイナマエ?」
あたしは聞き返した。
『ピュー』なんて可愛い名前、『ユイショタダシイ』なんて重い感じしないケド。
「知らないなら良い」
むー。

ピンポーン

「あ」
「いらっしゃーい」
あたしが気付くより早く、鴨志田さんがすでに玄関に出ていた。
もー、あ・た・し・の・し・ご・とっ!
「お邪魔します」
かっぱくん、もといピューくんが頭を下げながら部屋へと入ってきた。
うんうん、今日もきれいな緑色!
「あの……作品が、できた、そうで」
ピューくんは、申し訳なさそうにソファに座りながら言った。
「これだ」
先生は無造作にテーブルの上の本を指差した。
「ありがとう、御座います」
ピューくんは眼『も』潤ませながらそれを手に取った。
良かったね!
「ああ、じゃあ帰れ。僕は寝る」
なっ!
「先生、それはちょっと失礼なんじゃ……」
あたしは思わず声に出して言った。
「いえ、良いんですよ。先生、朝早くから済みませんでした」
そう言ってピューくんは頭を下げた。
もう、ピューくんが謝ることないのに。
「それで……あの、お支払いは……?」
「鴨志田に言え」
先生は冷たく言う。
ピューくんは『カモシダ』があたしの事か、鴨志田さんのことかわからずきょろきょろしている。
「そうね、明日また、この時間にここに来てください。あ、サオサは寝ていいからね」
鴨志田さんが言い、先生がうなずく。
ふむふむ、そういうシステムなんだ。
「さ、ほら、早速帰ってお読みなさいな」
そう言って鴨志田さんは、戸惑うピューくんを立たせる。
えっ?
今ここで読むんじゃないんだ。
「あ、済みません。それじゃ……」
立ち上がるピューくん。
抱えるように、先生の書いた本を抱えている。
「それでは」
ああっ!
鴨志田さんレベルの速さで、ピューくんは玄関へと移動していた。
ああ、本、もっとよく見たかった……

バタンと閉まるドアの音を聞いてから、あたしは先生に抱きついた。
「セ・ン・セ」
「何だ、気持ち悪い」
くっ……
今はガマンガマン。
「本の内容、教えてくださいよう」
「イヤだ」
瞬殺かよ。
いやいや、
「そこを何とか!!」
「……少しだけだぞ」
おおっ!
すごい!
先生、超優しい!
もーっ、『ちゅう』したげようかしら、『ちゅう』。
いや、しないけど……
「少しだけだからな。僕は眠いんだ」
「はいっ」
あたしはよけいなことは言わないように、お口にぎゅっとチャックした。
「少しだけだからな」

……

『きゅうりぎらいのかっぱ』
あるところに、きゅうりがきらいなかっぱがいました。
そのことでいじめられていたかっぱは、仲間はずれになるのがイヤで、いつもつらそうな顔をして、きゅうりを食べていました。

ある日、とうとうたえられなくなったかっぱは、いじめっ子のかっぱにききました。
「どうして僕をいじめるの?」
 すると、いじめっこは言いました。
「おまえが、いやいやきゅうりを食べる顔が、おもしろいからさ」

 それから、きゅうりがきらいなかっぱは、ムリをしてきゅうりをたべることをやめました。
 いじめはいつのまにかなくなり、いじめられっ子だったかっぱは、いつまでも穏やかに、ひとりでひっそりとくらしました。

……

「おしまいです、か?」
「そうだ。僕は寝る」
そう言って、先生は寝室へと行ってしまった。
あたしはその背中を無言で見送った。
「ご機嫌だったね、サオサ」
「そうですか?」
鴨志田さんはそう言ったが、あたしにはわからなかった。
「あの」
あたしは鴨志田さんの横へと移動した。
「なぁに?」
「いじめられっ子のかっぱは、幸せになったんでしょうか?」
あたしは素直に思ったことを言った。
「ん-、そうね」
鴨志田さんは可愛く(あたしを100としたら60くらいね)首をかしげた。
「明日、本人に聞いてみましょう」
「はぁ」
あたしは時計を見た。
まだ9時にもなっていない。
(明日か……遠いなぁ)
「じゃ、また明日ね」
あたしのため息が口から出終わる前に、鴨志田さんは玄関へと移動していた。
はぁ。
今日吸った息は、全部ため息になっちゃうんじゃないかしら?
と、あたしは次のため息の準備をした。

       

表紙

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