Neetel Inside 文芸新都
表紙

第五十三廃棄物最終処分場
そう呼ばれる職業は大抵オカシイ(書き殴り)

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 それはふとした時にやってきた。部屋の中で鞄の上に財布を置いた時、財布と鞄が同じブランドのモノグラムをしていること、その同じモノグラムがタバコケースに、衣類ケースにかけてあるスカーフに、ショッパーを入れている大きなショッパーに、腕時計にあることに気付いた時だった。
 自分でも何でそうなったのかわからないが、知らないうちにそのブランドに随分入れ込んでいたことにぞっとして吐き気がして頭に血が上った。嫌、と声にならない悲鳴は大きく吸った息と共に肺を占め、震えた手は鞄を投げつけ、ショッパーを破った。その後悲鳴が声の体をなして出始め、あああああと母音の発音のまま私はそのブランド品を破壊した。投げつけた鞄から手帳が出てきて、同じモノグラムで私は発狂したようにそれを投げた。
 幾度か投げる動作をしたせいでイヤホンが取れた。今までロックを聞いていた耳が隣の部屋から聞こえる喘ぎ声を捕らえた。止む事の無い声に私も声を上げた。
「いやぁ、いやぁぁぁぁぁああああ!!!!」
 部屋中をそのモノグラムだらけにしてしまったことにまた吐き気を感じて、今度は窓から投げつけた。ごすん、ごすんと鈍い音がしてそれらはベランダや地上に落ちていく。部屋の窓からは裏路地が見えるだけで、あまり人通りも無いから誰にも当たらないだろうが、道にそのブランド品が広がることになるだろう。
 ベランダから歩いてくる途中でイヤホンを踏み、ポケットからプレイヤーが落ちて床に転がった。
 その後一気に自分の腕を爪を立てて掻き、そのまま足を掻き、のた打ち回った。
 両手足はひりひりとした痛みと痒みを得て、爪というかスカルプに皮膚片が付着した。スカルプも少しだけ削れている。
 フローリングに倒れていると、今度は胃液がせり上がってきて、何度かゲップを出した後に嘔吐した。トイレに行こうと手足を動かそうとした瞬間だった。数時間前に飲んだ精液だと思われるクリーム色の嘔吐物は、酷い臭いを放ち、その後何度か嘔吐した。
 逆流のせいで喉元に何か張り付いた感覚があって、人差し指と中指を喉に突っ込んでもう一度嘔吐した。スカルプが喉の表面を抉り、痛かった。
 何故か股の間に液体を感じ、指を這わせると濡れていた。そんなには濡れていないが、膣口と周辺の陰毛が少し濡れていて、濡れてしまった指をフローリングに擦り付けた。
 フローリングは嘔吐物と鼻水と涙と唾液と潤滑液で汚れた。全ての体液で汚れるといい、そう思って水を飲んでいたグラスを叩きつけるとその破片で左腕を刺した。刺したつもりだったのだが、深く入り込むことはなく、表面の皮膚を傷つけ、掻き毟って桃色に染まったところから一筋赤い液体が出ただけだった。
 何という臆病者、何という軟弱だ。刺す事も出来ないのかエゴイスト。
 急に立ち上がって戸棚からウィスキーを取り出すとラッパ飲みをした。吐いたばかりの胃粘液の無い胃にウィスキーが流し込まれ、胃が発火したように熱かった。そのあとしくしくと痛み出した。まるで胃が泣いているような痛みだった。
 ウィスキーの濃厚な匂いが鼻の奥から広がって、目の奥にまで到達し、涙が出て来た。半分ほど飲み干すとまた吐き気がこみ上げて嘔吐した。
 何をしているのだろう。人間ポンプか。
 うぐ、あぐと嗚咽のような声が漏れて、身体が震えだした。パンツを脱ぐとウィスキーのボトルを膣口に当て、押し込んだ。多少の抵抗の後に瓶は体内に入り、ピストン運動のように瓶を振ると酒も体内に入った。膣が熱い。ボトルの中のウィスキーは泡立ってきて、抜くと、何故か濁っていた。汚い、とその瓶をテーブルに叩きつけ、かち割った。
 膣内からウィスキーか体液かわからないものが漏れ、そのまま潮を吹いた。いや、尿だったのかもしれない。倒れこんだ股の間から漏れ出た。
 熱いとフローリングで転がると、先ほど割ったグラスか瓶の破片が背中と左二の腕の辺りに刺さった。
「痛ぁぁぁーーーー、痛いぃぃぃぃ!!」
 そのまま転がると再度破片が食い込んで、悲鳴を上げた。痛い、痛い。
 助けてよ、誰か、誰か助けて、求めて、私を、どこかに価値を見つけて。
 そのまま立ち上がって、部屋から出ると喘ぎ声が聞こえる隣の部屋のインターホンを押した。何の応答もない。そのまま何回も押す。嬌声は止まらない。
「おい、出ろよ!出ろ!!仲間に入れろ!!」
 何度もノックをして最後には数回蹴りを入れても、その扉は開かなかった。舌打ちをして、くそがっ!と大声を上げてドアに大きく蹴りを入れる。
 もう片方の部屋のインターホンを押したが、こちらも応答が無かった。
 くそっ、死ね、出ろ、ファック、シット、思いつく限りの暴言を出して、扉を蹴り続けた。呼吸が続かなくなって、そこに倒れこむ。頭が痛い、気持ち悪い。
 嫌い、大嫌い、こんな世界、私、誰も嫌い、死んじゃえ。ぼろぼろと泣きながら、這い蹲って部屋に戻った。
 這いながら、誰かを呼ぼうとして、携帯を手に取った。アドレスの男の知人に次々と電話をかける。出ない、出た、留守電、出ない、使っていない、くっそったれ、出ない、もしもし、今暇?え、何ていうかやりたいんだけど、え?ちっ、切りやがった、出ない、出ない。
「使えねぇゴミクズ共がっ!!」
 携帯を床に投げつけた。
 そのまま嗚咽を漏らして泣く。痛いんだ、頭も喉も二の腕も胃も膣も何もかもが。
 何なの、優しくしてよ、そしたら私も優しくするよ、愛してよ、そしたら私も愛するよ、大事にして、そしたら私も死ぬほど大事にして世界中の誰もが敵でも貴方を守るよ、貴方に尽くすよ、貴方のために死ぬよ。だからその切欠を頂戴よ。お願い。私を愛するって誰か言って。何の還元もない情熱を注げないのよ、臆病で卑怯者だから。
 こうやって私が私自身を傷つけると、私の自己再生能力が私を守ってくれるの。勝手に血液は固まり、肝臓はアルコールを分解し、脳は麻薬を出して私を眠らそうとする。だから私は私が一番好き、愛してる、私に優しくて愛してくれて大事にしてくれるから。私がどんな酷い仕打ちをしても私の身体は私を労わってくれる。
「うぅぅ…………誰か……」
 開けっ放しの窓から喘ぎ声と路地裏で叫んでいる声と悲鳴とサイレンと泣き声が聞こえる。ここは地獄だ、こんなに沢山人が居るのに誰も私を愛してくれない、求めてくれない、誰も普通の人が居ない。
 世界が終末を迎えても私は一人だ。
 世界に終わりに何をしたい?セックス?じゃあ誰が貴方に付き合ってセックスしてくれるの?そんな世界の終わりって貴重な時間に。好きな物を食べる?じゃあ誰が調理するの?どこにあるの?こんな汚染された土地で。遊ぶ?何をして?誰と?一人で?どうするのそんな無計画で。大人しく過ごす?大人しく?こんな騒々しい場所でどうやって大人しくするの。 ああ楽しい。とっても楽しいことだ。たとえ今アイキャンフライなんて叫んでベランダから飛んでも皆見て見ぬふりをするだろう。臭くなってから、邪魔だってなって処理される。
 おこがましい、おこがましいのよ、自分が何か出来るって、愛されるって、必要とされるって勘違いするなんて。世界は私が居なくても誰が居なくても、誰か居れば成り立つのよ、ううん、成り立たなくてもいいのよ、人間なんて害虫以下だ。勝手に成長して進化して荒れ狂って自滅していく、ああおっかしい、面白い。
 私も神様になってこの栄枯盛衰を高みの見物したいわ。次はどの生物が出てくるのかしら。次の生物が出てきたら人間が害人間とか言われるのかしら。じゃあ絶対アジア系は害でしょ、汚らしい見た目してるもの。ああ、でもわからないか、次の支配者がどんな美意識を持っているかなんて。存外白くて汚らしいとかって西欧系が害人間って扱われるかもしれないし。害人、害人、おお、そういう意味で差別用語か。
 ずるずると身体を引きずってベッドの上に倒れる。色々な液体で汚れた身体をシーツが包んで、浸み込んでいく。瞼がゆっくりと落ちてくる。綺麗、瞼の裏は赤くて綺麗だ。
 
 電子音で目を覚ます。カーテンの先は薄明るくなっていて、部屋を風が吹き抜けていた。ノーパンで薄汚れた姿で起きた私は床のガラスを踏まないようにシャワーを浴び、二の腕と背中の手当てをすると身嗜みを整えた。
 隣の部屋からは間も変わらず喘ぎ声が聞こえてきたから、イヤホンを耳に突っ込んだ。その後裏路地のブランド品をあった分だけ回収し、床を片付けた。着ていた服やシーツの汚れた部分を手洗いしてから洗濯機を回し、ブランド品の汚れをふき取った。どうやら腕時計は割れずに済んだようだし、財布はベランダに放置されたままだった。
 新聞紙に包まれたガラスと、嘔吐物を拭いたティッシュやぞうきんをゴミ袋に入れて共用のダストボックスに捨てた。ピーと音を立てた洗濯機から洗濯物を取り出してベランダに干す。
 ヤカンでお湯を沸かして紅茶を作り、蜂蜜をスプーン一杯入れてかき混ぜた。沸騰したてのそれをゆっくりゆっくり嚥下していくと胃は震え、発汗し出した。
 おはよう、囁いて、新聞を読みながら全てを飲み終え、カップとスプーンを洗う。
 鞄を持って部屋を出た。いい天気だ、洗濯物も帰ったら乾いているだろう。もう汚染物質なんか気にせず外干しするようになった、だってすぐ乾くし太陽の匂いがするもの。
「おはようございます、先生」
「おはよう」
「あれ、先生爪が……」
「あっれー、どこか引っ掛けちゃったかな。気に入ってたのに」

       

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