締め切りが明日に迫るレポートを書いていた。八千字。結構な量だ。ローテーブルにノーパソを置いてその周り、床にも資料を広げて見ながら作る。まだ三千字しか出来ていない。今日は徹夜だ、と思う。
エアコンの音だけが響く部屋に着信音が鳴り響いた。深夜一時だ。誰だと、画面を見ると彼からだった。うざい、と着信を切る。再度鳴り響いた。今度は出てみた。
「もしもしっ!」
「もっしもーーし!俺だけどーーー!!起きてたーー?寝てたーー?ちょっとだけ話さない?てか会わない?一人寝寂しいよーーー、ねー、俺ん家来てよーーー」
「行かないよ。私明日レポート提出あんの。酔ってるんでしょ?そうでしょ?うざっ」
「酷くねーーー?ちょーーーひでぇーーーー。優しくないなーーー、じゃあ家行っちゃうよーーー?」
「はぁ!?止めてよ!!」
「じゃあー来てよーーー!!ねー、寂しくないわけー?俺泣いちゃうよーー?」
「泣けよ勝手に」
「マジ冷てぇ!デレ無いじゃん!ツンツンツンじゃん!!彼氏には優しくしなよー!」
繋がった電話から酒の匂いがしそうな酔っ払いからの電話だ。今来られて資料をぐっちゃぐちゃにされるのも困るし、この状態を片付けなければならないのも面倒くさい。
ノーパソを操作して上書き保存をすると、電源を落とした。
電話相手はまだ喚いているが、はいはいと適当な返事をしながらエアコンの電源を切り、バッグを用意した。
「わかったよ、行くから。今からだから少しかかるよ」
「やったーーーやっぱ優しいなぁーーーガチで可愛いし好きだしーーー待ってるーーー!あ、来る時さ!コンビニで何か飲み物買ってきてよ!」
「何がいいの?」
「おまかせー、じゃーねーー待ってるーーー!!」
五月蝿い音声は消えた。つくづく自分勝手だ。
わかってはいる、酒のせいで気が大きくなってしまったのだとは。それでも身勝手な行動に、すぐ呼び出せば来ると思われてるところに、腹は立つ。
部屋着から簡単なニットワンピとタイツに着替えて、コートとマフラーを付けて飛び出す。外は心臓が握りつぶされるような寒さだった。晴れてはいるけれど、しんと寒い。
彼の家まで歩いて十五分。途中のコンビニに寄るから最短でも二十分くらい。
早足で歩くと少し息が上がって寒さが和らぐ。ポケットに入れた手がぎゅっと何かを握る。横を何台か車が通り、等間隔にある街灯だけが私を照らした。
顔に冷気があたってとても冷たい。マフラーを少し上げて鼻まで覆った。雪は降っていないみたいだけれど、この寒さだったら振り出すかもしれない。
コンビニに着くと暖かさに包まれながら、紙パックの一リットルのお茶とウコン、肉まんを二つ買った。肉まんを左手、お茶とウコンを右手に持つと、手が外気に直接当たって冷たかったので急いで家に向かう。
階段を駆け上がって、インターホンを押すと、彼が勢いよく開けてくれた。顔が少し赤くて、少しよろけながら動いている。
「お帰りーーーあ、おいでませーーーー入ってーーー」
「お邪魔します」
玄関の戸が閉まると彼はすぐに部屋に戻っていった。スエットを着た後ろ姿は真っ黒だった。私がブーツを脱いで部屋に入ると、もうすでにコタツの中に居た。エアコンを強にしているのか、おそろしい勢いで温風が出ている。
肉まんとお茶とウコンを渡すと、ありがとうと受け取って、肉まんに齧り付いた。
その横で私はコートを脱いでハンガーにかけた。
私がコタツに入ると、彼は肉まんを半分以上食べ終えていて、紙パックのお茶に口を付けて飲んでいた。コップに移せばいいのに、と彼を見る。
やっと手に取った肉まんは少し冷めていたけれど、美味しかった。
「やべ、紙食っちゃった」
「吐き出しなよ」
「えーべーね、これ紙だよね」
彼が舌を突き出して紙を見せる。そうだね、とだけ言って肉まんを食べた。
彼は取ってくれればいいのにーーーとまた語尾を延ばして駄々をこねた。結局自分で吐き出して、紙くずをゴミ箱に捨てた。
肉まんは半分も食べるとお腹が大分膨れた。深夜に結構重いものだった。
コタツの上に肉まんを置くと同時に、彼が私を押し倒した。隣同士に座っていたのだから、すぐ手を伸ばせば触れられたのだ。一瞬の事で、ラリアットでもかけられたのかと思った。
コタツの中でもぞもぞと動いて彼の身体が私の上に来る。キスをするために両頬に触れた彼が、ぎゃっと声をあげた。
「冷たっ!顔めっちゃ冷たいじゃん!可哀想にーーー寒かったろうにーーー暖めてあげよう!」
「来いつったのあんたじゃん」
「ふふふふーーー」
彼の手が私の首に、胸に、腹に触れる。交わした唾液はお互いに肉の味がした。
コタツの中でタイツと下着を取られそうになったので、制止する。以前コタツでやってコタツ布団を洗濯するはめになったのだ。過ちは繰り返したくない。
ベッドに移動する間に裸にさせられて、そのまま後ろから押し込まれた。
おざなりに触られただけで、すぐ挿入されると痛くて涙が出てくる。布団に口を付けて喘ぎとも嗚咽とも呼べない声を出した。
背中に乗りかかられると、彼がスエットを着たままだということに気付いた。汗がスエットに吸収される。
「……っ、服……」
後ろに手を伸ばしてスエットを引っ張ると、引っ張り返された。
「寒いんだもん」
ああ、そうかよ。あまり濡れていなかったのに、何度も往復されると粘着質な音を立てて、体液は分泌されてきた。
彼は規則的に往復すると最後に引き抜いてお尻に出した。
布団に抱き付いて脱力していると、後ろでティッシュの抜く音がして、拭き取られた。
身体を起こすと、彼がティッシュを捨てて、スエットのズボンを上げていた。そのままベッドに連れられて、布団を被せられる。
「え?私寝ないってば!」
「疲れたから一緒に寝よー、おやすみー」
「寝ないって!てかウコン飲んでよ、絶対明日響くよ!」
「大丈夫だってー俺酒強いからー、ガチで眠ぃ。寝かせてー俺今短距離走したからー」
「どうせ明日になって二日酔いとか喚くんでしょ?飲んでって!」
「……うっさいなー」
五月蝿くないよ、五月蝿くない。ここで飲んどけば多少は和らぐのに何で自分の欲求優先するの。どうせ喚くくせに、頭痛いとか、しんどいとか。
「知らないからね、明日どうなっても!良いよね、そうやってすぐ眠いだとか言えて」
「はぁ?」
「だから、そうやって眠いとか寂しいとか泣きたいとか相手のこと考えずにすぐ言えて良いじゃん、そういうの出来るの羨ましいよ!良いよね!!」
「意味わっかんねぇ。俺眠いんだけど。てかそういうの言いたきゃ言えばいいじゃん。やせ我慢してる方がうぜぇわ。良いな、悲劇のヒロイン気取りで」
「どこが!?」
「はいはい、俺が悪かったです。ウコン飲みます、おやすみなさい」
そう言って彼は布団に潜り込んだ。
どうせ一人で寝たいくせに。五月蝿いこと言わないで出て行って欲しいくせに。一人寝が寂しいなんて嘘なくせに。セックスしたいだけなくせに。寒くてコンビニでお茶買うの面倒だっただけなくせに。
優しくないのはどっちだ。
床に散らばった服を着直して部屋を出た。さっき歩いてきた時よりも更に寒くなっているような気がした。
バカみたい。涙が流れてきたけれど、鼻水も出てきたけれど、すすりながら夜道を歩いた。嘘吐き。好きなんて思ってないくせに。私の事どうでもいいと思っているくせに。
そっか、嘘は、あんまり、ついていないのか。彼の言葉を反芻して納得する。感情が隆起して、胸だけが熱く身体は冷え切っていく。
雪が降ってきた。心まで白く染められたならって、酷く儚い言葉だ。
レミオロメン解散するらしいね、え?休止でしょ?、一緒じゃんどっちも、くっそ下手な粉雪何回もカラオケで聞いたわ、あー俺粉雪ならアジカンの方が好きー知ってる?、知らない、今度アルバム貸すよ。
無駄なやり取りを思い出した。バカは私みたいだ。