Neetel Inside 文芸新都
表紙

第五十三廃棄物最終処分場
smoke in her eyes(雰囲気話)

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「クソ暑いクソ暑いクソ暑い。こんな中で外で煙草吸う神経が信じられないわ」
「俺も」
 園田は煙草を口から離して一息で長台詞を言うと、保冷剤をタオルで巻いた物を首に付けた。彼女は何故か首元や胸元ばかり冷やしている、と斉藤は思った。大学の喫煙室は室内に一箇所でそれ以外は屋外に灰皿が置いてあるだけだ。園田と斉藤は互いに一つのアルミ製の円柱灰皿に灰を落とす。
 大きなサイズの白シャツにエスニックな柄のロングスカートを着た園田は壁に寄りかかるのも暑いらしく、片足に体重を預けて立っている。右手に煙草、左手にタオルを持ってしかめっ面で煙を見ている。数年前に流行ったようなストーンズのTシャツに、右膝の部分だけが擦り切れているジーンズを履いた斉藤は、しゃがみ込んでその横に居る。彼は流れる汗を物ともせずに煙草を吸う。
 二人は同じ航空滑走機サークルのメンバーで、同サークルの数少ない喫煙者であること、サディストであること、同じバンドが好きであること、片親であること、といった共通点で繋がりあっている。互いに彼氏彼女が存在する場合、男女間に友情は存在する、と斉藤は思った。好きな物や性格が同じ過ぎて逆に付き合えないねと自分から宣言した園田は、自分の発言は的を得ていたと再確認している。園田が十喋る間に斉藤は一くらいしか喋らない。それでも、互いに不満は特に無かった。
「お前の旦那、肩に絆創膏していたけど、お盛んで」
「ちょーセクハラ!!自分だって彼女あんな胸開いてる服着てるから跡見えてたよ、先輩すっげぇ顔して顔反らしたからね!!よくあんな服許可するよね、キモイ」
「知らねぇ。んな服だっけ」
 園田は芝居掛かったような溜息をついて、伏せ目がちに首を振った。そして、一本目の煙草は大分短くなっていたので、灰皿の中に投げつけた。斉藤がまだ動く気がないことを確認すると二本目に火を点ける。園田の火を点ける姿は唇を突き出していてひょっとこのようだ。それを本人も気付いていて、普段であれば左手で唇を隠すのだが、斉藤しか居ないこの場所では憚らない。
 斉藤も園田が火を点けることをぼんやりと観察した後に自分の煙草を灰皿に捨てて、もう一本を取り出した。生え際から流れ落ちる汗が目のすぐ横を通って顎から地面に落ちた。その様子を見た園田が斉藤に保冷剤入りタオルを渡し、斉藤はタオルで顔と首を拭くと園田に返した。園田は再度首にそれを巻く。
「てかさ、暑くて汗で煙草湿気りそう。はー、ガチでだりぃ。あれ、ちょっと待って、私思い出したんだけどさ、一昨日もこんな会話したよね。彼女の胸元にキスマークついてるよって。残りすぎじゃねぇ?あ、違うか、同じ場所に付けんの好きなの?」
「お前がキモイ」
「キモくねーよ。これでも結構皆姫扱いだよ」
「機械科って逆ハーレムだろーがよ、どんな女でも姫扱いだよ」
「あーうぜぇーうぜぇ。てか、私の質問に答えろよー」
 斉藤は笑いながら煙を吐き出した。園田はそれが返事であると理解して、小さく舌打ちをすると、煙草に口をつけた。同時に首元に巻いていたタオルの動かして半分に折り曲げ、胸元に入れた。園田の男を意識しない行動に斉藤は咄嗟に目を閉じた。
「何かさー、こう暑いとやる気も起きないよねー。汗まみれで頑張るって高校で終わったつーかさ、社会出たらまた始まるのかもしんないけどさ。ああ、でも今年の夏はまた汗かくのか。私冷房苦手で、この暑さじゃ流石に窓開けて扇風機回すんだけど限界だよねー。汗まみれなるし、窓閉めてまでやろうかって気が起きないのよ」
「閉めなきゃいいじゃん」
「閉めなきゃ声丸聞こえなるじゃん、そこまで恥知らずじゃねーつーの。ああ、私はあんまり声出さないけど彼が」
「何で俺お前の旦那の夜の話聞かなきゃなんねーの、キモイんだけど。女で下ネタ言う奴って終わってるよな」
「終わってねーよ、覚えとけよ女の同性の間での下ネタえげつねぇからな。男の前で言わねーだけだよ、私みたいにな。希少な存在ですよ、私は」
 話している間に園田の二本目が終わって、斉藤の煙草を待って二人はサークルの部室に戻った。

 
 次の次のサークルの集まり、つまり四日後に斉藤が喫煙所の前の廊下を通ると窓から園田が見えた。彼女連れだった斉藤は彼女と一緒に一度サークルに顔を出すと園田の事を聞いた。噂好きの彼の先輩は少し気まずそうに、でも少し楽しそうに、園田のところ別れたらしい、と耳打ちをした。
 斉藤が喫煙所に向かうと、園田の姿は消えていた。でも扉を開け、外に出ると園田は居た。壁に寄りかかって、小さな子供のように身体を丸めていた。あんなに暑い暑いと言っていた彼女は首にタオルを巻いてはいたものの、曲げた太ももとふくらはぎの間から汗が吹き出ていた。園田には珍しく露出の多い格好だった。
「お疲れ」
「お疲れ」
「聞いたんでしょ?」
「おう。今日休みゃいいのに」
「それじゃ、あいつにフラれて打ちひしがれたみたいじゃない」
 十分に打ちひしがれたような様子のくせに、と斉藤はその横の壁に立ったまま寄りかかって煙草に火を点けた。園田の手元の煙草は指先近くまで灰が溜まっていた。斉藤は園田の手首を軽く蹴った。煙草は園田の手から零れ落ちた。
「痛っ。酷くない?その仕打ち?」
「火傷しそうなってたから救済策じゃん」
 軽く笑って斉藤は壁をずるずると下がると園田と同じ目線の高さになった。近くで見る園田の顔は少しやつれていて、目は腫れぼったかった。それ以上に新たに煙草に火を点ける様子の無い園田の横で斉藤は言葉を待った。
 いつもは饒舌な彼女だから、斉藤からの話題提供は僅かで足りた。しかし、今回は園田からいつものような話題提供は無かった。ただ、無言も然程気まずくないことに二人は気付いた。
「……意外にね、依存してたみたい。飼い犬に手を噛まれるってこれね」
「飼い犬だと思ってたのかよ」
「違げぇよ。……飼い犬と、同じくらい、家族のように、心の支えだったんだよ。恋人は音信不通になったら別れだって理解するけど、飼い犬だと探すでしょうよ」
 園田にいつもとは違う威圧感で言われて、斉藤は黙って頷いた。煙が二人の間を隔てる。斉藤は煙草から口を離し、園田から視線を外して空に向けて煙をはいた。空は青く、煙は白くてもすぐに空に消えて青くなった。
「ねぇ、今日部屋行ってもいい?」
「……やだ。S同士だから相性合わないに決まってんだろ」
「ふふっ、Sが弱りきって求めてくるシュチエーションって興奮しない?」
「はは、するけどな」
 お互いに弱く笑うと、斉藤は園田に向けて煙を吹きかけた。園田はそれを避けずに受け、特に反抗もせずに顔を膝に埋めた。
「これ以上誘って来られたら俺、お前軽蔑するわ」
 園田から、膝と腕とに遮られた、低音の、私も、という声が返って来て、斉藤は一本目の煙草を灰皿に投げて二本目に火を点けた。二人の下の地面にはいくつもの水滴の落ちた跡が残った。けれど、それらは蒸発し、すぐに消えた。

       

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