Neetel Inside 文芸新都
表紙

第五十三廃棄物最終処分場
ミステリーオブ(海外での話)

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 駅に行くまでの間の道で銃乱射でもしてやりたい、電車の中で有毒ガスをばら撒いてやりたい、会社の自動ドアをパイプ椅子で破壊してやりたい、部署内で電気ポットのお湯をかけ回りたい、特に課長はポットで頭部殴打してやりたい、なんて思いをぐっと耐えて働いた数ヶ月の後についに夏休みが来た。
 同僚でローテをして夏休み一週間を取り合った。先輩に譲りながら自分の良い様に動かして、同期とのまさかの被りに舌打ちしながら何とか良い時期に取れた。夏休みの時期が決まったらすぐに旅行代理店に行って、アメリカ旅行を取ってもらった。向かうはワシントン、スミソニアンという博物館が列をなしている場所に行きたかった。ぼんやりと博物館に浸っていたかった。このクソ暑い中、東日本に送電も出来ないくせに節電という意味不明の経費節減に付き合う日々と少しの間だけでも別れたかった。
 友達に一人旅を告げ、恋人に休み合わなくて残念だねと心にも思っていない言葉を吐き、私は一人、部屋で笑う。準備ですら楽しかった。レンタルスーツケースにTシャツ数枚とGパン二枚と下着と化粧品と諸々を入れて出発をした。年に合わない古着のワンピースを着て、長袖のパーカーを腰に巻いて大きなスーツケースを持った姿は始発の電車内では人も疎らで特に目立たなかった。

 長い機内をほとんど寝て過ごして、少しだけ映画を見て、税関を抜けて、空港の外に出たのは日本を出て十数時間過ぎた後だった。眩しい光が空から、地上から、至るところから私に反射してきて、目を細めた。日本と異なる乾燥した暑さに思わず笑顔が出た。日本は朝に飛び立ったのに、アメリカも午後くらいで時差を感じたが、寝て過ごしたから体内時計はめちゃくちゃになっていた。
 乗り合いのタクシーに乗って空港からホテルまで移動をした。タクシー内で隣に座った日本人はよく喋る女の子で、特に退屈はしなかった。逆に少し煩わしかった。
 ぼんやりと景色を見たかったのに、その子が色んな事にはしゃいで、写真を撮っていた。私も合わせて少し撮った。使う予定がそんなに無かったデジカメは予想外にメモリーを増やした。
 ホテルに着いて女の子と別れるとチェックインをした。ほとんど英語は喋れないのだけれど、適当に乗り切った。カーネルサンダースにそっくりなフロントのおじさんは手を振って送ってくれた。エレベーターが古く、ボタンを思い切り押さないと階数が光らなかったし、閉まらなかった。
 部屋は思ったより綺麗で、緑を基調とした天蓋つきのベッドがあった。ベッドに突っ込むと身体に張り付いている服と靴を脱いだ。下着姿になって、ベッドでごろごろと転がりブリッジをして身体を伸ばした。
 その日はシャワーを浴びて、近くにあったサブウェイをテイクアウトして、スーパーで水なんかを買って、部屋で過ごした。英語がずっと流れるテレビを妄想で理解して眠った。

 次の日は部屋に備えられていたコーヒーを飲んで、フロントの横にあったチョコチップクッキーを食べてスミソニアンに向かった。眩しい晴れた日だった。日差しが強い上に、何故か真っ白な石が道路に敷き詰めてあるからサングラスで目を守った。強めの日焼け止めを顔や首、腕に塗って、鼻と頬には二度塗りをしておいたけれど、何となく日差しで皮膚が焼けていく感覚を味わった。
 緑と白の中にカラフルな服の人々が歩いていて、真っ黒な髪に真っ黒なTシャツを着ている自分が影よりも濃い存在に見えた。地下鉄を使えば近いのだけど、色々見て回りたいから歩く。
 中心の公園地を抜けて、自然史博物館に着いた。室内に入ってサングラスを外す。
 室内に入った瞬間に、身体がぞくぞくして、今すぐ駆け出したくなった。今までの白とは違う本当に黄ばんだ色に囲まれて、化石に近づく。一体一体丁寧に見て回って、ベンチに座った。
 隣から英語が聞こえた。ぼんやりとしていると、今度は肩を叩かれて英語が聞こえた。
「アイキャントスピークイングリッシュ」
 本当に片仮名で表されたように発音して、笑って首を振った。隣に座っている茶色でちりちりの髪の毛をした男性は、困った顔をして、ゆっくりと発言をした。発音するたびに口と口周りの髭が動いて、大きな目がさらに大きく見開かれた。私も自分の彼に比べれば然程大きくない目を見開いて彼の言葉を聞き取った。よくわからないが、一人かとか、ご飯を一緒に食べないかと言っているみたいだ。声をかけてくるということは、何分か、もしくは何時間か見られていたのかと思うと気持ち悪かった。私より三十センチは優に超える大きさの男にずっと大きな手振りで何かを伝えられる。
 私はずっと首を振り続けた。途中首を振るのがだるくなって、手を振るのに変えた。その外国人男性は何度も首を振る私に見切りをつけて去って行った。笑顔で去っていかれて、逆に罪悪感を感じた。あんな丁寧に喋ってくれたのに。捨て台詞でも吐いてくれた方が楽なのに。
 もう一度自然史博物館を回って、博物館内のカフェで軽食を取った。お昼の時間も過ぎていたのに、人がいっぱいで驚いた。急がなければならないのかしらと思っていたけれど、周りの人はゆったりと食べていて、笑えてきた。座って紅茶を飲んでいると、さっきの男性が見えた。彼は再び私に手を振ってきた。ふっと視線を外して紅茶に視線を落とした。気持ち悪い、ストーカーだったらどうしよう。そう思いながらずっと下を向いて紅茶を飲んだ。
 会計を済ませると、彼は待っていたとばかりに私の前に立ちふさがった。死ぬほど不機嫌な、一度課長に使って課長を固まらせた顔を見せたのに、それに物ともせずに彼は何かを喋ってiphoneらしき携帯を取り出した。そしてそれに英語を喋ると、日本語で機械が喋った。
「あなたは何の人種ですか」
「……日本人です」
「Oh!Nihon!!Japanese!!」
 彼が嬉しそうな顔をして携帯を見せて私にまた何か喋った。よくわからないけれど、翻訳機を持ってきたから大丈夫だと言っているみたいだった。私の日本語は理解出来ないくせにどう大丈夫なんだろうかと思ったけれど、黙っておいた。
「あなたは私の大好きなアニメのキャラクターに似ています」
「は?」
「とても似ています。とても光栄です。日本のアニメです」
 そこまで翻訳させると、彼はファイルのようなものを出して私に見せた。目の大きな黒髪の女の子が写っていて、どう見ても似ていないと思った。私は目が顔の半分を占めているような顔をしていないし、髪もこんなはね方をしていない。現実にこんなはね方していたら寝癖酷い人だ、そんなキャラクターだ。そしてこれは制服を着ているから高校生、か中学生。私は社会人だ。
「写真を撮らせて下さい、お願いします」
「はぁ!?」
「キャラクターが現実に出て来たようなのです、運命を感じました」
 翻訳機の無機質な音の後に、彼のぎこちない手を合わせたお辞儀が続いた。ああ、この光景見たことある、インテルの長友のパフォーマンスでやっていた気がする。ではなくて、私は見ず知らずの土地で見ず知らずの男性に写真をせがまれている。日本では有るまじき出来事だ。
 私はファイルのキャラクターと自分の顔を指差して首を振ってみたが、彼はノーと声を上げて似ている似ていると言った。これ以上押し問答をしても仕方ないと頷くと、彼は周りの目を気にせずに大声で喜んで飛び上がった。
 その場か、ちょっと移動して撮るのかと思ったら、彼は私に連絡先を渡して、明日もまたここに来て欲しいと言った。もうこれ以上足止めを食らうのが嫌だったので、わかったと言って別れた。笑顔で私に手を振る彼は人懐っこいゴールデンレトリバーのようで、あれだけ嫌悪していたのに、愛らしく見えた。貰った紙切れにはビルと書いてあった。 
 
 翌日に彼に指定された通りに行くとビル以外にも男の人が居て、興奮気味の彼らに迎えられた。何となく喜んでいる空気を感じて嬉しかった。けれど、紙袋を渡されてコスプレをさせられるはめになって、泣きそうになったが耐えた。持ってこられたコスプレの衣装である制服が大きくて、ウエストをベルトで締めた。
 キュートだか、カワイイだか、そのキャラの名前だかよくわからない言葉を沢山言われて写真を撮られた。一体何が起きたのかわからないような盛り上がりがそこにはあった。私のその日のスミソニアン見学はその男を引き連れてわけのわからない制服を着せられて終わった。制服なんて十年ぶりくらいに着た。
 無駄にアイドルの気分を味わった後、ビルに年を聞かれた。
「アイムトゥエンティーエイトイヤーズオールド」
 彼らは目をむき出しにして、ミステリーオブザオリエントーと叫んだ。
 その後に聞いた彼らの年齢は皆一回り以上年下で、今度は私が目をむき出しにした。

       

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