Neetel Inside 文芸新都
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所謂短編集とか
恋の始まりと愛の行方

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恋の終わりと始まりと愛の行方

「私は、あなたと恋をしてみたいです」

目の前の、僕の見知らぬ女の子がそう言った。
彼女のその様子はとても弱々しくて、それなのに何故だか力強くて。
強く握っている拳は逃げ出さないために必要なもので、震える足は楽しみに震えているわけなんかじゃなくて。逃げたいのだけれど、それ以上に強い意思で彼女は逃げたくないと考えているのが手に取るように理解できて。
酷く弱いのだけれど、この一点における彼女はとても強いと、そう感じた。
たった一言と、拳を握って僕の前に立つその仕草だけで、わかってしまった。
それが僕が待ち望んでいたものと、僕の求めた理想に酷く近いものだと、そう感じてしまったから――だから僕は頷いた。
「うん、そうだ。僕も、君と恋がしてみたいな」
何故だろうか、僕が君といる未来を朧気にでも考えてみると――とても楽しそうに思えたんだ。
そうして一歩踏み出す僕を見た彼女は信じられない。
「え?」
「僕も、君と恋がしてみたいと思う。それは――」
とても、楽しそうに思えるから。そう言って、僕も笑った。
上手に笑えているのかわからないけれど、嬉しいと、楽しみだと、心からそう思って笑った。
「えぇ。きっとそれは楽しいですよ。私が、何より楽しいものにしてみせますから」
目の端に涙を浮かべた女の子も、向日葵のように笑ってくれた。
無邪気な、心の奥から引っ張ってきたような笑顔。
その笑顔一つ。
たかだか笑顔の一つで、僕は間違いなくこの瞬間に恋をした。
"君と"恋をする前に、"君に"恋をしたんだ――。


「そう、思ってたよ」
「そんな訳ないじゃないですか! 私から、あなたに告げたんですよ?」
――私のほうが、随分先にあなたに恋をしていたんです
「それも、そうだよね。約束を破っちゃったと思っててどうにも気持ちが悪かったんだ」
あれから幾つかの時が過ぎた。
別にドラマチックな出来事もなかったし、華々しく青春の1ページを飾る事もなかった。
なんとなく歩いて、なんとなく並んで、なんとなく手を繋いで、なんとなくお互い寄り添った。
そうして今、僕たちは恋人として、ここにいる。
僕からの言葉で、そうなった。


「君と恋をするのを辞めようと思う」
我ながら痛々しい台詞だった。
「愛を、育ててみたいと思うんだけど、どうだろうか」
一つも気にした風もなく、君は僕の胸に飛び込んできてくれたけれど。
「愛って、どこにあるんでしょうね?」
そういって、少しだけ首を傾げる彼女。考え事をする時のこの仕草ももう見慣れたものだ。
「さぁ、この辺りかもね?」
彼女と繋いでいる手を、強く握り締める。柔らかくて、暖かい感触。
それは、からかい、適当に言ったつもりだったけど――
「あはっ、そうかもしれませんね!」
――彼女は笑ったし、僕も笑った。
それならば、それでいいのだ。
 お互いにそう思えるのなら、きっとそれで正しい。
 僕らの愛は繋いだ僕らの手の中に。
 なんて、臭い台詞だろう。彼女に聞かせると、また恥ずかし気もなく笑って、飛び込んできてくれるだろう。
 それはとても魅力的な案だとも思うのだけれど、言葉を飲み込む。
 今では、ないと思うから。
 きっと未来のいつか、僕か、出来れば彼女に言ってもらいたい。


「――育った愛は、何処に在るのか」と。
 その時に答えられれば良い。
「僕らの愛は繋いだ僕らの手の中に」
 きっと彼女は飛び込んできてくれるから、思い切り抱きしめて、囁いてあげたい。
「育てた愛を、カタチにしてみませんか?」
 そうして、僕たちはシアワセになれるだろう。
 恋は愛へ愛はカタチへ。これが僕の恋のお話。
 一人の女の子に捕らわれて、盲目のまま愛を知る事になった、世界中の誰よりもシアワセな、僕のお話。

       

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