早く早く、負け犬の裏庭で
夏に
夏、
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蝉の死骸に輪廻を思う君のぬるい通俗さがひどくやさしくて好き
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夏の夕日の向こう側からやってくる優しい歌の気配に
期待を焦がして憧れる。
何もかもが優しいどこにもない世界の匂いがするから
世界の全部が溶けだしてひとかたまりになって
匂いも音も影も全部境目をなくしてしまえばいいのに
そうしたら私は生まれたてのカマキリみたいに
みどりくてちいさくてやわらかい
影さえ虚ろで淡いような生き物になるから
できるだけ避けて歩いて。
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「夏の夜、窓を開けてお風呂に入っていたら
向かいの家の窓辺で親子が涼みながら
小さな声で童謡の一節を繰り返していた。
高い子どもの声と母親の声が少しずれて響いて、
夜の中に沈んでいる真っ白な別世界とのあわいに溶けていった。
風鈴の音が時々それに重なるのを
私はぬるいお湯の中でずっと聴いていた。」
そんな意味の漢詩を作ってみたくなったけど
もちろん私には漢詩も書けない。
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死ぬなら熟れきった夏の夕方がいい。
(でも多分春には春がいいような気がしているだろうし、
秋になれば秋と言い、冬には冬を望む気もする。)
長い夕暮れに空が
赤紫をもっと優しくした色に
青紫をもっと親しげにした色に
近づいていく時間がいい。
影が存在したまま意味を失っていく境目の時間。
夏には命がすぐに育ち
あっという間に死んでいく。
生き物の吐く息と落とす影の濃い夏がいい。
気づいたら魂は身体から易々と離れて曖昧な色の空を斜めに駆け上っていて、
夢は開け放たれたまま匂いを振りまきつつ光の粒に溶け込んでいくの。
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蝉の死骸を見て悲しくなったことがないいつも簡単に死ぬんだなと思う
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夏の田んぼのあぜ道から見る空は平気で溶け落ちそうで
影は優しいけど小さい頃に深く傷ついたことがあるせいで曖昧な笑い方しかできなくなった道連れみたいに見える
虫だの草だの生き物の気配がこんなにも濃く湿気に混じってるのに
何かが確実に私と影を置いて去っていく
失うことのぬるい優しさに
肌の表面の細胞が薄く剥がれていく
足裏の草が潰れる感触で
私はどこにもいけないのだと知ってしまう
迷子みたいだ。
夜が来るのに。
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夏は色が濃いのか褪せているのかいつまでも決められない。