Neetel Inside 文芸新都
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花火大会に行ってはいけない
怖い話

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――[01]――

 まず……
 僕の家に泊まりに来ていた友人Aが自慢そうに話した、くだらない話をひとつ紹介しよう。

 舞台はあるオフィスビルの、古びたエレベーターだったそうだ。夏のある日、夜遅くまで働いていた女性社員がいた。彼女はとっても頑張り屋さんで色白で、ちょっとSっ気がある二十代だというのは僕の妄想だが、とにかく女の人だというのは間違いない。
 で、その人はいわゆる夜勤を済ませてほっと一息缶コーヒーを「かこん」と開けて「ぐびぐび」飲んだ。
「うんまー」
 そう一言、ため息とともに吐き出して、なんで夜中に飲むコーヒーはこんなにおいしいのだろう。不思議だなー。怖いなー。とか一人でつぶやいていた。
 (そんなことを真夜中にたった一人でつぶやいている方がよっぽど怖いと思うのは僕だけだろうか)
 そして、最後の一滴までいたわるように飲み干してから、彼女は残念そうに缶コーヒーを捨てずにデスクの上に放置した。多分めんどくさかったのだろう。ちょっと萌えポイントでもある。そのまま、すっと音もなく立ち上がると焦げ茶色のおいしそうな色のかばんを手にとってスタスタと歩いて廊下に出た。
 そして――――エレベーターの前にやってきた。
 最初にちょっと触れたとおり、エレベーターはとっても古い。最近内装を一新したオフィスビルの中で、なぜかここだけは手を付けられていなかったというのもあったのだろう。でも、そもそもなぜ手を付けられなかったのか、とまでは彼女も考えなかった。だって、そんなことを考えるよりは家に帰って予約したドラマの内容を妄想する方が彼女にとって楽しいからだ。僕もそれが普通だと思う。そういうわけで、彼女はボタンを押してやってきたエレベーターに乗り込んで、一階を押した。今このエレベーターは十三階にとまっている。考えようによっては不吉だ。もちろん、どうでもいいことだけどね。
 そして、エレベーターは降り始めた。ここから先は、視点が監視カメラに映る。白黒映像にはこんな一幕が残されていた。


 エレベータが動き出してすぐ、突然女性社員は頭を抱えた。
 なにか、とってもつらそうな動きをしている。
 頭痛に苦しんでいるのだろうか。
 でも、それにしては頭を鉄パイプとかイスでぶん殴られたような痛がり方だ。
 
 そのうち、彼女は床にへたりこんでしまった。
 そうとう辛かったのだろう。上体そのまま床に預けた形になって、へばりついている。
 どうも、これだけで十分怖いのだが、さらに衝撃的な映像が続く。

 四階にさしかかったところで、突然エレベーターが止まった。
 扉が開く。女性社員はあまりにも辛かったのか、特に気にせずとにかくエレベーターから降りようとした。
 トイレに行って顔でも洗おう――そんなことを考えていたのかもしれない。
 けれど、彼女の体が丁度半分エレベーターの箱から出た時、動きがとまった。

 しばらく、もがく。

 もがいて。

 もがきながら、不自然に体がエレベーターの中に戻っていく。
 体が全部、箱の中に戻った所で扉が閉まる。
 そして、映像はそこで終わった。
 
 結局、女性社員は行方不明のままで、エレベーターは使用停止。今でもそのエレベーターは世界のどこかにあるらしい。
 話し終えた友人Aは「どうよ、怖かったでしょう」と言った。僕はしばらくうつむいて、怖いかどうかを考えていた。あんまり長くうつむいていたからだろう、友人は「どしたの? 大丈夫?」と勝手に慌て始めた。面白いやつである。怖い話をした人間が怖くなってどうする。僕は突然がばっと顔を上げた。白目をむきながら。

「どぎゃああああああああああ!」
 
 友人Aは僕と同じように白目をむきながら、ゴロゴロと僕の部屋のはじまで転がってゆくと、鈍い音を立てて静止した。
 頭かどこかを打ってなければいいけどな……と心配する僕が一人取り残されて、この話は終わりだ。



 そして今。特になんともなく、無事数分後に息を吹き返した臆病で怖い物好きの女の子、友人Aもとい、麻丘しづれから
「花火大会に行こうよ!」
 とメールが送られてきたのである。

 さて、どうしたものか。

       

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