Neetel Inside 文芸新都
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花火大会に行ってはいけない
花火大会

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――[05]――

 注意して歩かないと、人の足とか手とか顔とかを遠慮無く踏んでしまいそうで怖い怖い。人口密度がとんでもなく高いとこういうことになるのか。僕はちょっと感心しながら、まだまだしずれの手をひいていく。大学の友達ってどんな人なんだろう。ちょっと妄想する。チャキチャキのイケイケ女子大生なのだろうか。それとも、実は男だったり――考えるの、やめよう。

 まぁ、しづれのことだから、きっと話をしやすい人に違いない。でもそれって、普通の友達だよな。

「あ、いたいた」
 しづれが僕の横を抜けて、半身躍り出て、手を降った。でも、どこにいるのだろう。しづれにはわかっても、僕にはわからない。
「ありがとね、てるてる」
 てるてるってなんだ。坊主か貴様、と僕が思う前に、どこかでするどい眼光が光った。なんだ、なんだよ。誰だ僕をそんな目付きで見るのは。
 僕はしづれの枝のように細い手首をたぐって、なんとか人が二人入れそうな隙間にすべりこんだ。
「……てるてるです」
 いきなり、真面目くさった声がすぐ右から聞こえた。すぐ右、つまり右耳に息がかかるくらいの距離だ。
「はひぃっ?」
 僕は情けない声を出して、尻餅を軽くついた。どうせもう腰をおろすところだったから、ちょうどいいけど少しカッコ悪い。
「あはは、しゅーちゃんカッコ悪い」
「わかってることを口に出さんでもよろしい」
 軽くしづれの頭をはたいたところで、僕の隣にてるてるらしい人が腰を下ろした。待っていたかのように、しづれが紹介を始めた。
「同じクラスの巻之目照子(まきのめてるこ)ちゃん。だからてるてるなんだよ」
「てるてるです。こんごとも、よろしく」
 紹介された、黒縁が太いメガネをかけたてるてるはゆるやかに頭を下げた。
 漆黒の浴衣が、さわさわと揺れる。
「メガネっ娘なんだよ~」
 可愛いよね~、としづれが笑う。
 なるほど、確かにメガネが似合う顔をしている。この人は自分のことをよく研究していて、その研究成果を元にほどよい人生を送っていそうだな、と思った。
 どことなく、ねーちゃんに似た雰囲気を僕は感じ取った。でも、それって失礼だ。ねーちゃんはボッサボサの整えようともしない荒れた髪の毛だけど、この人はまっすぐで、備長炭のような綺麗な黒髪だ。枝毛も無く、よく整ってる、健康的で弾力性のある――何見てんだろ、僕。
「……虫でもついていますか?」
 メガネをくいっと上げて、てるてるが髪の毛をまじまじと見ていた僕を見つめ返してくる。
 そういえば、さっき感じたあの視線。てるてるのものだったのだろうか。いや、たぶんそうなのだろうけど、なんだか嫌な感じがした。嫌な感じというよりは、どちらかというと「敵意」を持った視線のような……そんな気がする。でも、別に僕は慣れてるし。ねーちゃんとかその他もろもろで。だから、僕はそういう視線には耐性がある。うん、気にしない。そういうことにした。
「ついてませんよ。綺麗です」
 特に考えもせず、僕はそう言った。
 途端、てるてるの顔が赤くなった。
「えっ……」
「てるてる照れてる~」
 隣で笑うしずれに、「そんな、ギャグ、言わないで……」と更に照れるてるてる。なんだこいつら。ちょっと扱いに困る。でも、仲がいいことはもうよく分かった。きっとこの二人は大学とか、飲み屋、とかいろんなところで上手くやっていけてるんだろうな。
 僕とは違うな、と思った。ちょっとだけ違うなって、そのくらいだけど。
 てるてるは逃げるように視線を手元の腕時計に移した。
 あ、この人手がすごく白い。コピー用紙のように白い腕に巻きついた、真っ黒な腕時計の針は七時近くを指していた。
「そ、そろそろ始まりますよ」
「七時からなんですか?」
「はい」
 僕は空を見上げた。一発目の花火が、どかーんと打ち上がる。
 数秒遅れて、どかーんと空に光が散った。極彩色の夜空の芸術。日本の伝統芸能、それが花火。最高だ。
「すんご……い音だね」
「そりゃ、近いからな」
 耳をふさいで、片目だけあけて空を見ているしづれに、僕は言った。
「もったいないぞ。せっかくてるてるが取ってくれたいい席なんだし、もっと楽しもうよ」
「う、うん」
 恐る恐る、しづれは空を見上げた。二発目が、赤い花を咲かせていた。
 花火が打ち上がるたびに、「おおー」とか「たまやー」とかいう歓声があちこちから上がった。
「……綺麗ですね。怖いくらい、綺麗」
 ぽつん、とてるてるがつぶやいて、三発目が開く。
「怖い?」
 首を動かさずに僕が聞き返して、四発目が、打ち上がった。

 ――――そして。

「えっ?」

 早すぎる爆発。つんざく轟音。湧き上がる、悲鳴。

 四発目が、暴発したということを僕が知ったのは、しづれに花火の大きな破片が直撃してからだった。

 鈍い音が聞こえて、すぐ隣りのしづれがぱたん、と横になった。



「……しづれ?」



 その時初めて、僕はねーちゃんの言っていたことを理解した。

       

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