花火大会に行ってはいけない
パニック
――[06]――
楽しいはずの、花火大会の夏の夜。
――――とんもでないことが、起きていた。
夜空には、もう花火は上がっていない。その代わりに怒号とか、火の粉が舞っていた。
「しづれっ! しづれっ!?」
暴発を起こしたらしい四発目が、どうやら運の悪いことにかなり大きな種類の花火だったらしく、僕らの周りにも大量の破片が散って、燃え上がっていた。髪の毛に火がついたのか、気が狂ったように土下座する形で頭を地面にこすりつける人、服に火がつくのを恐れてか、素っ裸になって逃げまわる人。
笑い話なんかじゃない。これが、これがただの現実なんだ。今目の前で起こっていることなんだ。
人間なんて、実はとてももろい。そんな大命題がこの公園を使って証明されている、って感じだ。ただ、恐ろしい。本当に恐ろしかった。人間なんて、みんな、少し間違えばねーちゃんの一線どころか二線も三線も先を越えていってしまうのかもしれない。
「し……ちゃん……しづちゃ……!」
僕の右で硬直しているてるてるは、声が出ていない。暗闇でよく見えなくても、音と衝撃でしづれに何が起こっていたのかは察したらしい。そのせいで、脳みそが少しエラーを起こしてしまったようだった。僕のもだいぶまいっているが。
「しづれっ!しづれぇっ!」
僕は。
僕はただ、横になって動かないしづれの肩をつかんで、名前を呼びながら、激しく揺さぶっていた。
さいわい、火が服に燃え移っていたりはしていないのだが……すぐ近くに転がっている、ゆうに五十センチは超える大きさの破片が視界に入るやいなや、僕は焦った。破片には、べっとりと血が――おそらくしづれの血だろうが――ついていて、まだタラタラと滴っていた。
なんだよこれ、本当に現実か? 認められないよ、こんな現実。
しづれの意識は戻らない。
しづれは血まみれだ。
でも、首が吹っ飛んだりはしていない。
折れても……いないはずだ。
いや、折れてない。
そう思え。
そう思うんだ僕。
生きてる。しづれは生きてる!
「会場の皆様ぁ! 落ぢ着いてください! 落ち着いでぐださいぃ!」
虚しく鳴り響くアナウンス。放送している女性の声が涙声になってるから逆効果だって、どうしてわからないのか。みんなとにかく公園から逃げようとして、一斉に出口に殺到したらパニックが起きるってことが、わからないのか。
しづれが頭からたくさん血を流してて、ここにいる誰より命の危機に瀕してるってことが、わからないのか。
なんで誰も、助けに寄ってこないんだ。女の子がこんなことになってんだぞ。
「お前ら、みんな馬鹿だ! 馬鹿野郎だ! ひとでなしの大馬鹿野郎だ!」
僕は声にならない声で怒鳴った。ビクリ、とてるてるが震えたのが分かった。
しづれは血の涙を流している。僕は怒りの涙を流している。
こんなの、おかしい。おかしい。おかしい。おかしいんだよ、ちくしょう。
どうして、結局みんな冷たいんだ。僕なんて、どうでもいいんだ。僕のことなんて、空気みたいにしか思ってないんだ。
しづれも、そうなんだ。しづれも、そう思われてるんだ。しづれも、僕も、しづれも僕もしづれも僕もしづれ
「あ、あの」
アホみたいに吠えている僕の肩を、怯えながらてるてるが叩いた。僕は相変わらず吠えている。てるてるはちょっと黙って、申し訳なさそうに僕の頭を思いきり殴った。アドレナリンが体中をかけめぐっている僕には痛くも痒くもなかったが、なんとか、てるてるに意識を向けることができた。ありがとう、てるてる。
「私、道知ってます、から」
息も絶え絶えに、てるてるは言う。乱れた髪で顔がよく見えないけれど、泣いているのだろう。辛いんだ、みんな。僕だけじゃない。
「行き、ましょう。とにかく、病院に」
「うん」
僕はしづれをなるたけ優しくおんぶして、五感をしづれと先を行くてるてるに集中させた。
僕達は、荒れ狂った群衆のパニックを背に、人気のない茂みから公園の外に出た。
しづれの微かな呼吸音が僕の耳元で聞こえてきて、今はそれだけが僕の支えになってくれた。