Neetel Inside 文芸新都
表紙

放課後の寂寞
常夜急行

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 深夜零時過ぎ、温く頬を撫でる風に誘われるまま、ふらりと夜の街に出た。散歩というほど歩くことに意識は無かった。
 空に薄く張った雲から、満月には足りない月がぼやけている。カーテンから覗き込まれているようで、どうにも落ち着かない。彼の監視の目から逃げるように、月光が夜道に映す影を踏んで、てくてく歩いた。
 寂れた商店街は、夜中は奇妙な趣があった。昼間よりもずっと人と出会う可能性は低いのに、何かに出くわす気がしてならない。人ならざるものの気配は、夜はひやりと肌を伝う。ふと目をやった路地先に、なんだか暗い誘惑を感じた。戻って来れそうにないので、無視してさっさと進む。本能的に避けてしまうほどの予感なんて、なんだかとても甘美だと思う。
 商店街を抜けると、この街で一番大きな踏切がある。今はもう終電を過ぎているから、踏切は上がったままだ。しばらく見ない間に、LEDの街灯が建てられていた。眩しすぎてどうにも苦手だ。こんなもので街中を照らされてしまえば、またこの街から星が遠くなる。
 線路を渡る。普段は気にしたことはなかったが、こうしてゆっくりと線路を見たことはない。暗闇にすっと伸びて闇に消えてしまう細長い線路は、夜の果てまで続いてるように思えた。
 がたんがたんと、遠くから列車の音がする。

 終電を過ぎたはずの線路で。

 踏切は降りない。列車の光が近づく。ただ呆然とそれを眺めていた。それがこの踏切に辿り着くまで、ずっと。
 一両だけの、赤錆びた車両が眼前で止まった。爺さんが一人だけひょこりと乗っていた。電球に薄暗く照らされた車内で、彼はうたた寝から醒めたように、僕をその視界に認めたようだった。
「おや、おやおやおや」
 嬉しそうに目を見広げて、彼は尋ねる。
「乗っていきますかな?」
「……どこ行きなんです?」
「真夜中まで」
 意味が分からない。けれど、なにか確信めいた爺さんの言葉に、理由もなく応えてみたくなった。
「じゃあ、少しだけ」
「はいはい」
 きゅりきゅりと耳障りな音を立てて、金属のドアが開いた。くたびれた労働者みたいにのろまな扉が開く間、電球の灯りが地面に流れ出るのをじっと見つめていた。扉から垂らされた梯子を登って、車内に入る。振り返ると、何故だか扉は閉まっていた。今度は音もなく。
「不思議な列車だ」
「そうですかな?」
「ええ。とても」
 がたんがたんとおおざっぱな動きで、電車は走りだす。僕は爺さんと対面になる長いすに座った。ほこりが舞ったけど、特に気にはならない。
「時々、本当にごく時々、君のような子が迷い込んでしまう」
「僕のような?」
「そう。君のような」
「それってどんなです?」
「ふむ、なんと申しましょうか。世にズレている。そういう人が、こちら側の世界にふと踏み込んでしまうのです。君はよく、我々のような存在を感じるのではないですか?」
「というと、お化けとか?」
「そうです。あやかし、というとわかりますかね?」
「ええ。……へぇ、妖怪さんの列車に乗り込んでしまったわけですか」
「おほほ、その通り」
「これって帰れます?」
「むこう側に?」
「そうです。僕のもといたところに」
「そうですな、君が望むなら」
「……なるほど」
 窓から外を覘くと、いつの間にか列車は海上を走っていた。さざめく小さな波をかき分けかき分け、この列車はゆるゆると真夜中を目指して進んでいる。窓を開けて、空を見あげると、満ちぬ月が天上で不満そうに咲いていた。
 潮の音が満ちている。永遠に続くような月華の海原で、車窓から見える景色に心を奪われた。肺を満たす空気が、心臓に溶けて、胸を内側から灼く気がした。
「これこれ。あんまり外を見なさいますな。窓の外を見ると列車が進むのが遅くなる」
「そうなんですか?」
「そうですとも、そうですとも。君は向こう側の存在だから、向こうの世界のルールをこちら側に適用させてしまいます」
「遅くなるとどうなります?」
「世界の真夜中に追いつけませんよ。明日の夜にあなたが向こう側の世界に戻れなくなる」
「爺さん」
「何でしょう?」
「それもいいかもしれない」
「左様で」
「うん」
 僕は窓から首を出すのを止めて、爺さんに向き直った。
「もう良いのですか?」
「うん。次の場所を見たい」
「また止めるつもりでいらっしゃる。困ったお客さんだ」
「ごめんね」
「いえ、お付き合いしますとも。常世の方はみな不可思議でわがままだ」
「そうかな?」
「そうですとも」
「困ったな。僕がわがままなだけなのに」
「……そうでしょうか?」
 爺さんは可笑しそうにくつくつ笑った。
 僕は窓の外を眺めて、常夜を走る列車の邪魔をしてみた。
 世界が回る速度に、この列車が追いつけないように。

     


     

コメ欄>>12の方から頂きました!!! うおおおおん!! ありがとうございます!
コメントだけでも大変嬉しいのに、挿絵まで頂いてしまって……!

さらっと見ると「おおー! それっぽい雰囲気だな!」と思うだけかもしれませんが……
男の子が首を捻る感じで車窓から外を見てるんですよ!地味に月が満月じゃなかったりするんですよ!
背景の光の散りかたが星空模様なんですよ!!
随所にニクい再現がされていて、本当になんと嬉しいことか……!

本当にありがとうございました!

       

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Neetsha