美味しい話には裏がある。
私は、こんな当たり前のことに気が付かなかった。こんなに自給の高いアルバイトが
普通の職場な訳がなかったんだ。
本当に、どうしてこんな当たり前のことに気が付かなかったのだろうか?
自給の高さに惹かれて入ったアルバイト。
募集広告を見る限りでは、ごく普通の喫茶店。そう、募集広告の時点では普通のお店
だって思っていたんだ。
それなのに――それなのに!
「何なのよ。このお店は……」
「ん? どうしたの美穂ちゃん。何か不満でもあるの?」
首を傾げ不思議そうな顔で聞いてくる店長。
不満? もしかしてあなたは不満がないとでも思っているんですか?
「あるに決まってますよ! 何なんですかこれ! どうして喫茶店なのに、こんな変な
格好をしないといけないんですか!?」
「…………似合ってるから?」
「似合ってるとか全然嬉しくありませんって! どこの世界に小学生の格好をさせられて
喜ぶ大人がいるんですか!? つーか、小学生の格好と喫茶店って全然関係ないですよね!?」
ランドセルと喫茶店。ほんとに関連性がないですよ……
「はぁ……美穂ちゃん。あなたは全然分かってないわね」
「な、何をですか……?」
私は至極真っ当な意見しか言ってないと思うんですけど。
「あのね、美穂ちゃんは従業員で私は美穂ちゃんを雇っている店長です」
「は、はぁ……」
「つまり美穂ちゃんは店長でもあり、雇い主でもある私の言うことを聞かないといけない
わけなんです!」
ババーンと効果音でもつきそうな決め顔で言い切る店長。
お前は雇われている身だから、雇い主の言うことを聞け? いやいや、それはあまりにも
横暴すぎませんか?
「それにね。周りをよく見て」
「何があるんですか……」
店長の言うまま周りを見渡す。
『はぁ、はぁ……合法ロリでござるな……』
『ランドセル少女可愛いよ。可愛いよランドセル』
『うっ!? ふぅ……』
なんということだろうか。見渡す限り変態しかいないじゃないか。気持ち悪い視線
を送りながら訳の分からないことを呟いている人達。
この人達は一体、何なの!?
「ね? 彼等は美穂ちゃんの可愛さに心を奪われているのよ。これって素敵なこと
じゃないかしら?」
「全然素敵じゃないですし、物凄く気持ち悪いですよ」
舐めまわすような視線の数々。これで素敵とか思えるわけがないですよ。
「そうかしら? 彼等は紳士の中の紳士なのよ? まぁ、ちょっとだけ変態だけど、
ビックリするぐらいの紳士なのよ」
何度も『紳士』を強調しているけど、どう見ても紳士には見えないよね。
ただの気持ち悪い変態。それが一番ピッタリだと思うの。
「――って、あんな変態はどうでもよくて! 店長! いい加減、着替えていいですか!?」
「次の衣装に?」
「違いますよ! 普通の服にですよ!」
こんな変な格好のまま仕事なんてしたくないですよ。
「ダ・メ♪」
「え――?」
「さっきも言ったけど、美穂ちゃんは雇い主である私に逆らってはいけないのよ。それに
美穂ちゃんは気が付いてないかもしれないけど、面接の時に書いてもらった契約書がある
でしょ? あの契約書にちゃんとこのことを書いてたのよ『色々なコスプレをします』とね。
だからその契約書にサインをした以上は、従ってもらわないとね♪」
笑顔のまま恐ろしいことを言い放った店長。契約書に書いていた……だと!? そんな
バカなことあるわけが――
「はい美穂ちゃん。契約書」
店長が差し出してくれた契約書を隅々まで見る。
「…………ぁ」
確かに書いてある。でもこれってちょっと字が小さくて見えにくいんですけど。
「ね? ちゃんと書いてたでしょ。だから美穂ちゃんに拒否権はないのです」
「そ、そんなぁ……」
「まぁ、その分自給が高いからいいでしょ?」
「うぐ……っ」
そう言われるとちょっと言葉に詰まってしまう。確かに自給は高い。でも、変な格好
をしないといけない……
「う~~~~っ」
頭が痛くなってきた。
「まぁまぁ、深く考えなくてもいいんじゃない? とりあえず働いてみてダメだったら、
辞めればいいじゃない」
「……そう、ですね」
ダメな考え方のような気がするけど、今はそれでいいかな。
まぁ、とりあえずこの高い自給に釣られて働いてみますか。