Neetel Inside 文芸新都
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インディアン・サマーズ
5 理恵さん(Ramblin' Rose)

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 どういう経緯か忘れたが、椎名くん、ヨーコさんと酒を飲むことがあった。
 椎名くんはコンビニの深夜バイトをしているのだが、この前深夜に来た男が酒と缶詰と弁当を買ったので袋に入れると、いきなり睨みつけてきてなにやら大声で叫んだ。どうやら聞いていると、その缶詰を袋に入れたことに対し激昂しているようだった。よく見るとそれは猫の餌だった。なるほど人間様と動物が食うものを一緒にするな、ということか、と椎名君が袋を別にして会計を済ますと、男がまた何事か叫んでいる。どうやら割り箸についてのコメントのようだ。弁当に割り箸はつけたはずだが、と思っていると、二膳つけろという。猫の分ですか、と言おうとしたがやめた。二回に分けて食うのか、誰かと分けて食べるのか? もしくはおかずと白米を別の箸で食べようってことだろうか? その辺の事情は分からないが、椎名くんはなぜこの男が、天地を揺るがす大音声でそれを主張しなくてはいけないのか分からなかった。なめられないためか? 
 などという話をしていると、通路をアキホさんが数人の男女と歩いていくのが見えた。彼女に声をかけると、どうやら大学の後輩と飲みに来たのだが、自分は春日井とちがって親のスネを齧っていることに罪悪感があるので、「今なにしてるのですか?」と聞かれたら嫌だ、と言った。じゃあなぜ酒宴に参加したりするのだ、と思った。椎名くんは「平然としていればいいんじゃないですか?」と言う。ヨーコさんは、そんなの家事手伝いって言えばいいじゃん、「メイド」のことと勘違いするやつがいるかもよ、などと答える。オレは、この前なんかの雑誌でウィルコ・ジョンソンが「オレには卓越した技術はないが『スタイル』がある」って言ってて、そういうのいいと思ったことを伝え、これが自分のスタイルと主張すればいいんじゃないですか、といった適当なアドバイスをした。
 アキホさんは、善処してみるよ、と言って歩いて行った。ヨーコさんが、すき家にはたまに食券制の店舗もあるから注意すべし、という話をし始めたころ、誰かの絶叫と数人の悲鳴、そしてコップの割れる音が聞こえてきた。
 どうやらウィルコ・ジョンソンの話をする前にコトが起こってしまったらしい。店内が大騒ぎになる中、椎名くんは「さっきの話のお客さんも、あのくらい叫んでましたよ」と言った。

 インディアンサマーズにおいてメインで作曲している椎名くんは、曲作りのときまずラジカセ二台を用意し、ギターを弾きながらメロディラインを口笛で吹き、片方に録音する。そしてそのテープを再生しながらベースを弾いて、その音を二台目で録る。いわゆるピンポン録音ってやつだ。さらに同じやり方でベース、そしてなくてもいい机を叩くパーカッションを最後に入れてデモを完成させる。音質が非常に悪く、そのせいでしばしばメンバー間の認識に乖離が生じていた。
 オレもこのやり方を踏襲することにした。千羽を家に呼んで練習もせずに、作った曲をベースで弾きながら口笛を吹く。その背景で千羽にタンバリンを叩かせる。ラジカセが一つしかなくピンポン録音ができなかったからだ。
 このラジカセがひどい代物で、説明書には「録音の際音量は自動で調節します」と書いてあるのにどうしても音が割れてしまう。せっかく買ったやつなのでオレは、オーバードライブと思うことにした。
 できたテープを椎名くんに渡して歌詞をつけてもらう。彼が何を歌っているかオレも千羽も知らない。いつも鼻声の上、舌の滑りが悪く、よく聞き取れない。オレはそれを外国語と思うことにしていた。

 あるとき仲間内のバンド同士で、いまいましいムーブメントが持ち上がった。すなわちバンド同士で曲をパクりあうという身の毛もよだつ出来事が。そもそもオレたちが作ってる曲ってのは、椎名くんがやってるように他のバンドの音楽を組み合わせて作ったものであるのに、それをさらにパクると恐ろしいひずみが出てきて、後半と前半で別物という「ハッピネス・イズ・ウォームガン」をいびつにしたような代物が出来上がるのだった。そしてそれをまた模倣する。オレは気持ちが悪くなってきたが、やめろとは言えない。だからオレもやることにした。
 代表的な例を挙げると、まず椎名くんが作った、ボーイズというバンドの「シック・オン・ユー」とピストルズ「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」を足してカッコ悪くして二で割った「アリスはパンクロッカー」という曲を、ヨーコさんがパクり「向日葵」という曲をこしらえ、それを阿片街道が爆音で鳴らしてテンポを遅くして歌詞を変え、跡形もなくドロドロにした「祟り神」という曲を作成した。他にもミチコさんがパッヘルベルのカノンに歌詞をつけ、「このコード進行はわたしが発見したもの」と言い出した「前線上のマリア」を、曲名は忘れたがエイスケさんがパクってそれをさらにマチさんがパクったりしていた。問題は誰もこれを糾弾しないということだ。

 最初の頃よく対バンしていた「ランブリンローズ」というバンドをしばらく見ていなかったのだが、そのベーシストだった理恵さんがライブするというので、ヨーコさんと見に行った。理恵さんはいつも黒くてひらひらした暑そうな服を着ている、長い黒髪の、スレンダーな女性である。いつも物憂げというか、哀しそうな顔をしている上、ものすごい人見知りで、オレや他のバンドのメンバーが話しかけると、いや話しかけずとも同じ楽屋にいるだけで、おどおどしていた。ステージ上でもミスするたびにとてもショックな顔をしていたのを覚えている。ランブリンローズは、シンプルなロックンロールを高速で演奏するバンドだったが、自然消滅したらしい。
 理恵さんはいつもの黒い服にアンニュイな表情のまま、ガットギターにスチール弦を張ったやつを持ってステージに上がった。SEはキング・クリムゾンの「RED」だった。
 なにをやるのだろう、と思ったら、ランブリンローズ時代の曲を始めた。ところがどうも弾きなれないらしく、ミスを連発してそのたびに曲がストップする。一曲目が終わりそうなところで一番前でビールを飲んでいた春日井さんが「下手ねえ」と言って帰っていった。それを聞いて思いっきりショックを受けた表情になる理恵さん。なんとか六曲ほどやったのだが、どんどん疲労していって最後の方ではミスも増え、声が出なくなっていった。オレも春日井さんと同じ感想を持ったが、客席にやって来た理恵さんに「良かったですよ」と言った。ところが「そんなこと言ってどうせ途中で退場したいと思ったんでしょ、春日井みたいに」と言われたので、帰った。帰りにヨーコさんが牛丼屋で卵と豚丼をテイクアウトしようとしたら、夏場は卵は持ち帰りできないと言われた。近くのスーパーで六個入りパックを買ったヨーコさんは「あたしは一個だけあればいいから」とオレに残りの卵を渡した。オレは要らなかったが受け取って、家で全部スクランブルエッグにして食べた。

       

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