「……りだ……タカシ」
「声が小さくて聞こえねーよ、ショウゴ!」
ああ、このやり取り、なんて懐かしいんだろう。
ほんの一ヶ月。たった一ヶ月合わないでいただけなのに、すごく懐かしい気がする。
「お久しぶりです、タカシ氏!」
「……お、おう」
オレはメールで支持されたとおりに、さーびすと言う喫茶店に入った。
何度か店の前は通ったことがあるので、場所は知っていた。でも、店内に入るのはこれが初めてのことだった。
「なんだかオレ達、浮いてないか?」
店内は、紳士淑女が通いそうな落ち着いた雰囲気で、高校生のオレ達が長居するには少しばかり肩身が狭い気がした。
「……だ。ここなら……が来ない……」
ショウゴは約一ヶ月前と変わらず声が小さかった。
「あ、うん。そうだね」
さっきみたいに大声でツッコミを入れたい所だが、店員にシーッとやられてしまったので、今回ばかりは我慢するしかないみたいだった。
「それで、タカシ氏。本題なんですが……」と言いながらカワサキくんがメガネをクイッと上げた。
なんか雰囲気出てるね! いつもは残念な感じのカワサキくんだけど、なんかいいよ!
「ああ、あのスカート上げ、スボン下げ禁止令のことでしょ?」
そのとおりです! とカワサキくんが声を張った瞬間、奥に居た店員がシーッとやってきたが、カワサキくんはそれに気づいていないようだった。
「で……るんだ?」
もう少し物事をハッキリ言ってくれ。じゃないと、オレもカワサキくんも、なにを言っているのか理解出来ないんだよ、ショウゴ!
「……どうするって?」
「いや、そのパンチラ同好会としては、そのスカート上げ禁止なんてやられたら、死活問題なわけで……」
家の高校のスカートの標準的な長さは確か膝下くらいだったはず。
うむ、確かに死活問題だな。だけど、オレは……。
「そう言われても、オレはパンチラ卒業した身だしなぁ……」
オレがそういった瞬間、場の空気が死んだ。
空気が淀んだなんてレベルじゃ片付けられない、まさに空気が死んだ状態になった。
「な、なにいってるんですか、タカシ氏?」
「なに言ってるも、なにもなぁ……。夏休み前の一件で、正直懲りたし」
夏休み前のあの時とは違う。
高校一年の春にパンチラ同好会を設立したあの時とも違う。
人間、誰でも痛いのは嫌いだとオレは思う。勿論、そういう痛いのが好きな人もいるけど。
「……ん気でいってる……?」
「ああ、本気だよ、ショウゴ」
店の雰囲気のせいもあるのか、いつも以上にクールなオレを演出できている気がする。コーヒーも今のオレにはとてつもなく似合っている気がする。
コーヒーカップの中に注がれた黒く光液体の中に、オレの顔が見える。あれ、オレってこんなに疲れていた顔してたっけ? いや、それもそうだ。人間誰でも疲れるじゃないか……。
「……タカシ氏」コーヒーカップを置き、カワサキくんが続けた。「それは本心なんですか?」
本心。だと信じたい。
正直、これ以上、パンチラに関わったらいい人生が送れないと、思っている。
パンツが見たかったら彼女でも作って、彼女に見せてもらうのが一番だろう。そうだよ、彼女だよ。もしかしたら、こんなオレにも彼女が出来るかもしれないじゃないか。今、少しばかりいい雰囲気になってる子がいるんだよ。そうだよ、そうそう。
「タカシ……お前どうしちゃったんだよ……」
えっ、とショウゴの方を見ると、ショウゴは泣いていた。
カワサキくんも、ショウゴのあまりの滑舌の良さに目を点にして驚いていた。
「お前……言ったよな。パンチラはオレたちの希望だって……オレ、そのお前の一言でパンチラ同好会……やろうって決意した……んだぜ?」
そういえば、ショウゴは感情が高ぶると滑舌が良くなるんだったけ。前も怒った時には謎に滑舌が良かったし。
「……俺はさ、パンチラが大好きなんだよ。変だって分かってる。でもな……今回の一件、このスカート上げ禁止令は……悔しくて……悔しくて」
オレがパンツを覗いている写真が出回った。全てはそこから始まった。オレはその責任を取らず、その写真を撮った相手に復讐をとることにした。そして、その結果、裏で手を引いていた写真部は潰れた。
写真部を潰した影に、我らパンチラ同好会あり。と言っても、正直な所、あの写真部掃討作戦を練って実行したのは他ならぬショウゴだ。
それなりに責任を感じているのだろう。
オレは責任から逃げ、そして、パンチラから逃げることで、なんとか自分を保とうとした。では、ショウゴはどうだ?
ショウゴはオレのために、色々作戦を練って、そしてその作戦を完遂させた。
しかし、その結果がこのスカート上げ禁止令なら、ショウゴのしたことは意味がなかったのか?
「……その、ごめん」
オレは泣いているショウゴにそういうしかなかった。違う、違う、もっと言うべきことがあるだろ、オレ!
「違うな……そうだ、そうだ。諦めるのはまだ早いぞ、ショウゴ」
「……えっ?」
「スカートが長くなったからって、目標がスカートの中ってことには変わりないわけだろ?」
えっ? と驚くショウゴとカワサキくん。
まだだ、まだ終わっていない。そうだ、終わっていないんだ!
◇
翌日、学校に行くと、案の定、スカートが短い女生徒、ズボンが腰まで下がっている男子生徒が、普通に大勢いた。
みんな生徒会の戯言。そんな感じに思っているのだろう。正直、オレもそう思っていたが、その考えは甘かった。
朝のホームルーム。担任がいつも通り、教室に入ってくるやいなや、「みなさん立ち上がってください」とオレたち生徒に指示した。
一応、制服の点検みたいなのは毎月おこなわれていたが、今までのはあくまで簡易的で、儀式的要素が強い物だったと、思う。でも、今回は違った。
「今から、スカートの長さとズボンのベルトの位置を調べさせてもらいます……」
担任が悔しそうにそういった。
クラスメイトの中には、おもしろがってスカートを折らずにスカートの長さでいる女生徒もいたが、大半の女生徒はスカートを短くしていた。
担任はなにか名簿のようなものに印をつけながら、クラスの中を一周し、教壇に立ち「座ってください」と静かに言った。
「これから毎日、このような制服チェックをします。朝に限らず、授業中、突然やる場合もあります」
生徒からのブーイングを無視し、担任は続けた。
「生徒の皆さんには言えませんが、原点点数によって停学や退学などと言った厳しい処罰を下す時があります……。皆さんの節度ある行動に期待しています……」
担任の雰囲気からして、冗談と言う感じでは無かった。
オレは生まれてこの方、腰パンとは無縁の生活をしてきたので、そういうことで原点をされることは無いとは思うが、うーん……。
担任が出ていった後の教室の雰囲気は最悪そのものだった。
なんせ、こんな自体を作った当事者である一人がクラスに居るんだからな! オレだって、ギャクの立場だったら視線だけでそいつを殺せる自身があるよ!
いやでもね! このまだ自体を把握しきれていない生徒、否、女生徒のおかげで、今回ばかりは助かりそうなのが、なんとも言えないご褒美ですね!
そう、そのとおりだ。
オレたちは久々に「パンチラ同好会」の活動することにした。
どうやら、ショウゴとカワサキくんは、オレが欠番している間にも、何度か夏休み中とかに同好会の活動をしていたらしいが。
燃え上がる感情をよそに、休み時間にこのクラスに居続けたら、なにかがヤバイぞ……。とオレの本能がオレに伝えていたので、気配を殺しながらトイレヘと駆け込んだ。