僕のカノジョは超能力者
番外『――――』
みなさん、おひさしぶり? です。
えっと……すみません、変なこと訊いてもいいでしょうか。
どうやら記憶を失ってしまったようです。僕のこと、教えてくれませんか?
番外『――――』
誤解を与えかねないので、ちゃんと説明します。
僕は記憶を失っているようです。ですが完全な記憶喪失というわけではないようで、ところどころは覚えているようです。その証拠に、自分のことははっきりとわかっています。
……だいぶ遅くなってしまいましたが、僕のことをお話しします。どうか聞いてください。
僕は取り立てて長所や短所のない、ごくごく普通でつまらない人間です。ずっとずっと、平凡を極めて生きてきました。
ですがある一点、人とは違う、特別で、異常な能力を持っていました。
みなさん、ちょっと考えてみてください。変だと思いませんか? 僕……というよりは、単なる作品の単なる登場人物が読者であるみなさんを認識し、話しかけている、このことを。
僕は知っているんです。みなさんのこと以上に、自分を取り巻く世界のことを。僕は『僕のカノジョは超能力者』という作品の1キャラクターにすぎず、けれどいなくてはならない存在……わかりやすく言うと『主人公』という立場なんでしょうか。いえ……きっと『ストーリーテラー』なのでしょう。曖昧な記憶ですが、ずっと僕が物語を進めていたような気がします。
僕はずっとそのことを誰にも打ち明けることができませんでした。僕の……ああ、よく思い出せませんが、そう、超能力者……超能力者の恋人にも、黙っていました。僕はその子よりも異常なのだから……嫌われたく、なかったから……
少しずつ記憶のモヤモヤが晴れてきました。そうでした、僕はあのとき、この作品を完結させようとしたんだ。静かに、ひっそりと幕を閉じようとした。でも、あの子が介入してきた。
一目でわかりました。あの子は、僕と同じ存在。ほんのわずかに歯車が狂って、僕の立ち位置に立てなかった存在。最終話というタイミングを狙って、『ストーリーテラー』という僕の立ち位置を奪って、僕を消し去ろうとした。
僕は消失する寸前のところで逃げ出しました。その結果かろうじて存在は取り留めたものの、どこだかわからないこんなところに飛ばされてしまい、そして多くの記憶を失いました。
もっと早くに僕のことをみなさんにお話ししておくべきでした。そうすれば事態はこんなことにならなかったのかもしれません。
ああ、『僕のカノジョは超能力者』はどうなってしまったんでしょうか。みなさんは僕がいない間も観ていたのではないですか? あの子が『ストーリーテラー』となった『僕のカノジョは超能力者』を。
僕はかろうじて意識があるだけで、身体はまったく動きません。文字通り“地”に溶けてしまったように、こうしてみなさんに語りかけるしかできません。
みなさん、どうか教えてください。僕はいったい誰なんですか? 何という名前なんですか? そして、僕が忘れている大事なこと、大切な人を教えてくれませんか……?
いつの間にか、僕の前に知らない女の子がいました。
何と言いますか……非常に、こう、目のやり場に困ると言いますか……えと、胸が、ね。
「先輩。やっと見つけました」
キミは、誰?
「忘れてしまったんですか? 私です、星奈です。斎藤星奈」
斎藤、星奈?
なぜでしょうか、頭に引っかかる。知っているような気がする。でも今ひとつピンと来ない。
斎藤星奈。星奈、ほしな……あと少しのような気がするのに……
ええと、その、星奈さん? キミは、僕のことを知っているの?
「はい。すごく知っていますよ」
それは良かった……もし良かったら、教えてくれないかな僕のこと。どうやら記憶をなくしているらしいんだ。
ところどころは覚えている。でも、大切な、大事な何かが思い出せない。
星奈さん、僕のこと教えて……
「ほんとに忘れちゃったんですね……」
星奈さんはとても悲しそうな顔をしていました。星奈さん、ごめんなさい……もう忘れないから……
「先輩。先輩は、私の恋人なんですよ」
……僕が、キミの?
「はい。忘れちゃってるかもしれませんが、ずっとずっと、愛し合っていたんですよ?」
僕が、この子と……?
何だか恥ずかしい……こんな可愛い子とお付き合いしていたなんて。
「まだ……思い出せませんか?」
ごめん……でも、少しずつ思い出せると思う。だから、もっとキミのこと、教えてほしい。
「……私のことなんて、どうでもいいんですよ」
消えてしまいそうなほど、小さな声。僕にははっきりと聞こえました。
どうでもいい。どうしてそんなことを言うんだろう。
……どうしたの?
「いえ、何でもありません。ねえ先輩。何か悩んでいるみたいですが、もういいじゃないですか。こんな静かで暗くて寂しい世界ですが、私と二人っきりで過ごしましょうよ」
僕と星奈さん、二人きりで?
「はい。もう悲しいこともない、つらいこともない。私なら、先輩のことだけを信じて、身体を捧げます。……どうでしょうか?」
なんて甘美なお誘いでしょうか。妖しくそして魅力的だ。その体つきは、どんな男性でも虜にしてしまうのでしょう。
僕には断わる理由なんてありません。もうここで終わらせてしまいましょう。ちょっと遅くなってしまいましたが、僕がこの手で、ここで完結とさせていただきます。
みなさん、今までありがとうございました。それでは、
『月子さんのことを思い出せばきっと全部思い出すよ』
さようならと言って幕を閉じようとしたとき、僕は突然の激しい頭痛に止まってしまいました。
みなさんの中の誰かの言葉。それが僕の心臓を鷲掴みにしたかのようでした。
痛い、痛い痛いいたい。
違う、なにか違う。まだ、僕は思い出さないといけないことがある。
大事な、大事な何かが!
「思い出して」
ホシナさんは泣いていました。ぽろぽろと、静かに泣いていました。
「先輩、がんばって。私じゃ、ダメなんです……どうか自分で思い出して……あの人を、助けてください……」
ごめん、ホシナ。泣かせてしまって、つまらないウソをつかせてしまって。
『神道陽太くんで大切な人は貧乳カワイイ伊藤月子ちゃんです』
そうだ、僕は忘れているんだ。大事な、大事な恋人、月子のことを。
「……思い出しましたか?」
「うん。ありがとう、ホッシーナ」
やれやれ、と言わんばかりにため息をつくホッシーナ。
「ちょっと焦りましたよ。私の言うことを信じかけていたんですから。
……あれで騙されるようなら、私は神道先輩のこと、ここで見捨てていましたからね?」
「あはは……そうだね。ちょっと危なかったよ」
「でも、私は信じてましたから」
僕はようやく取り戻した身体を動かしました。
うん、異常なし。
さてみなさん。僕は行ってきます。
「で、結局のところ、先輩は何者なんですか?」
「うーん……やっぱり、主役?」
あの子と、向き合ってきますね。