Neetel Inside ニートノベル
表紙

僕のカノジョは超能力者
―――「――――――――』

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 ……お前らはとっくに気づいているんだろうな。ああ、ボクも気づいているよ。
 アイツが、いる。アイツの存在がピリピリと肌に感じられる。

 アイツがここに戻ってきやがった。



 ボクはずっと不安だった。アイツの存在を感じたあの日から、ボクはずっと月子といっしょにいた。
 講義や通学はもちろん、ボクは月子の家で暮らすようになった。寝るときは手を握って隣にいてもらう。ボクは月子の温もりを感じながらも、少しも眠ることができなかった。
 隣に月子がいる。吐息が耳元をくすぐる。それらに対するドキドキではなく、アイツへの恐怖で身体が震えて、一睡もできなかった。

 お前らはゲームってするかい? 育成ゲームってやつ。シュミレーションゲームでもいいかな。
 ああいうのってさ、キャラクターを雇うなり捕まえるなりして育てるよね? それでさ、たっくさんいるキャラクターの中から選んで、遊ぶよね?
 お前らは、選ばれなかったキャラクターってどんな気分か考えたことある? 間引かれて表に立てなくなったキャラクターのことを。
 ……別に、気持ちがわからないお前らのことを責めてるわけじゃない。ボクだっていろんなゲームで多くのキャラクターを間引いてきた。もちろんそのとき気持ちなんて考えたことはない。

 ボクは今、そんなキャラクターたちの気持ちがすごくわかる。だってボクって、選ばれなかったキャラクターが、無理やりエースポジションのキャラクターと入れ替わったようなもんだから。
 どれだけ強がっても、今ボクが立っているところはボクのいるべきところではない。それぐらい認めてるよ。

「月子……」

 ボクは月子の手を強く握った。大学内の、ちょっとした広場。多くの学生がうざってぇほどこっちを見ているけど、そんなの気にしない。

「どうしたの?」
「月子はさ、ボクのこと、好き?」
「好きだよ? なんで急にそんなこと聞くの?」

 ボクは月子の気持ちをどこまで改ざんしたんだろう。
 最近、月子の本心が見えない。『命令』すれば一発なんだけど、今はそんなことに大事な『命令』と使うわけにはいかない。

 どうすればいいんだろうね。

 ……アイツを完全に消し去れば、ボクは幸せになれるのかな。

「……月子、目を閉じて」
「え……えっと、ここで、するの?」
「いいから、目を閉じて」
「う、うん」

 目を閉じた月子のまつげがふるふると震える。キスをする前の、よく見る表情だ。
 かわいい。やっぱりボクは、月子といっしょにいたい。

「月子、周囲とヤツらをそれとなくどこかにやって」
「……うん」
「ボクの合図があるまで、目を開けることはもちろん、音を聞いてもいけない。いいね?」
「ハイ」

 あれだけ学生のいた広場は閑散とした。月子はしっかりとボクの言うことを守っているようだ。



 ボクと月子。そしてボクら以外には、たった一人だけ、残っている。

 いる。

 アイツが。



「こんにちは。神道さん」
「……会いたくなかったよ、神道くん」



 ボクらの前にいるのは、神道。お前らがよく知っている、本物の神道だ。
 こうして対峙するのは初めてだ……手が、震えている。怖い。ボクは強く握りこぶしを作って、アイツを睨みつけた。

「どうしたんだい? 邪魔なボクを消そうってのかい?」
「……やめてよ。僕はそんな争いなんてしたくないんだ。ちょっとお話しがしたいだけだよ」
「信じられるかそんなもん」

 ボクはこいつがその気になる前にこいつを消去しなければならない。前のときのような臭いものには蓋、一時しのぎ的な方法ではなく、物理的に殺すぐらいの勢いが必要だ。
 切り札は『命令』。しかしこいつもそれができると考えるの自然。そもそもボクらに『命令』が通用するかどうかだけど……そこは怪しい。
 登場人物に作用する『ストーリーテラー』の特権、『命令』。語り手とは登場人物なのか。難しい問題だ。

「缶コーヒー買ってきたけど、いる?」
「いらない」

 ここで月子を使うのは難しいところだ。『命令』は先出しか後出しか、どちらが優先されるのかがわからない。確かめようがなかったからね。
 いざとなったら処女捧げてでも懐柔しよう。それでダメなら刺してしまおう。この日のために、ボクはずっとポケットに十得ナイフを忍ばせているんだ。

「神道さんは、いつから自分のことに気づいていたの?」
「……たぶんお前と同じぐらいの時期。同一の存在なんだ、それぐらい察せよ」
「手厳しいなぁ……」

 苦笑いを浮かべるこいつを見ても、ボクはまったく笑えそうになかった。
 ……どうしてこいつはここまで余裕があるんだろう。曲がりなりにも、不意打ちをした人間がいるんだぞ?
 本物の余裕ってヤツか? イラつくな……!

「もう雑談はやめよう。何かあるんだろ? さっさと話せよ」
「女の子がそういう口調をするのは良くないよ?」
「話せって言ってるだろ!」

 こいつも、お前らも、どいつもこいつもボクのことを女って……

 本物は一呼吸置き、ボクを見た。

「神道さん。僕はキミがこの世界でしたこと、月子に行ったことを知っている。それは、とても許せないことだと、思う。」
「ん、それでー? 制裁するってのかい?」
「そうは言ってないよ。……僕はあれこれ考えた。どうしてこんなことになったんだろうって。不思議とね、僕はキミのことを責める気はないんだ。きっとそれは、同じ存在だからかな」
「同じ? ボクとお前が? 本物と偽物なのにか?」
「ほんのわずかに歯車のかみ合わせが変わっていれば、僕らの立場は逆だったのかもしれない。そう考えると、僕は神道さんのことを憎みきれないよ」
「……で? 何が言いたいんだ?」
「でも、考えてほしい。どうせなら、みんなが幸せになるような、幸せになれるかもしれないようなお話しがいいと思うんだ。……僕に考えがある。きっと悪いようにはならない、はず」
「ボクに何のメリットがあるんだ? これでもボクは、今現在とても幸せなんだが?」
「それは『命令』を使った結果でしょ? 他の人を不幸にして幸せになるってどうなんだろう。僕の考えてることなら、頑張り次第で、ちゃんと幸せになれる」
「……それはつまり、ボクと月子がちゃんと恋人同士になれるってのか?」
「そういうこと。でも、僕も頑張るから、簡単にはいかないよ?」

 ……わけがわからん。
 最悪自分が月子と別れることになってもいいってことか?
 人がいいのか、バカなのか。

 ああ、バカだな。きっとバカなんだ。

「月子、おいで」

 ボクは月子を呼んだ。そしてボクの隣に立たせる。

「お前の提案には乗れない。ボクの幸せは、お前を消すことで始まるんだ」

 ボクは今から月子に『命令』をする。そうすれば、こいつは『命令』を使って月子を止めるしかない。
 これでお互い『命令』を使い切ったことになる。
 そしてボクは、こいつを刺し殺す。騒ぎになってもどうせ月子に記憶を操作してもらえればいいだけだ。

 これで、ボクは幸せだ。
 ボクと月子は、ずっと幸せなんだ



「『伊藤月子』、今すぐ死ね」



 …………



 ボクは何が起こったのか、わからなかった。
 視界がぐちゃぐちゃになり、気づけば雨雲がいっぱいの空が視界に入っていた。

 痛い。身体中が痛い。
 頭が熱いな……身体を起こして……右腕が動かない。ああ、折れてる。変な方向に曲がってやがる。
 左手で後頭部に触れた。ぬるぬるする。ああ……血がいっぱい出てる。
 ……口の中は砂鉄を詰め込んだかのように、鉄の味がしている。切れてる。唾液なんだか血液なんだか、よくわからない液体でいっぱいだった。

 でも、そんなことはどうでもいい。

「月子……?」

 ねえ、月子……

 どうして、そんな怖い顔をしているの?

「お前だけは、許さない!」

 身体がミシミシと鳴っている。
 不可視の力が、身体を、壊そうとしている……!
 いたい、痛い、痛いよ月子! やめて、やめてよぉ……!

「月子、やめてあげて」
「でも、こいつが……私は……!」
「気持ちはわかるけど、許してあげて。ほら、怪我、治してあげて」

 不可視の力がなくなった。するとすぐに身体中の痛みがなくなった。
 優しい力が身体をまとっている。月子が治してくれたんだろう。



 ……なぜ?
 ボクはたしかに『命令』をした。

 なぜ?
 なんで!?



「神道さん。回帰本能って知ってる?」

 ……何を、言ってるんだ……?

「サケが生まれた河川に戻る本能、かな。そんなようなものが働いていたんだ。神道さんは気づいていなかったんだね。
 僕がここに戻ってから、『ストーリーテラー』という立場が、僕に戻ってきていたんだ。神道さんは、とっくに『命令』なんて使えなかったんだ。
 誰がどう望もうとも……きっと、これがあるべき姿なんだろうね」

 なんだよそれ。
 ボクがあれだけ、地道に改ざんして、ようやく馴染みかけた立ち位置なんだぞ……? どれだけ苦労したか、わかっているのか?

「ふざけんな……!」

 それが、お前が戻ってきた瞬間、元に戻ったというわけか!?
 ひょっこりと足を踏み入れた瞬間に、すべてが元通りってわけなのか!?

「ふざけんなよ……」

 ボクはなんだったんだよ……
 ボクは……
 わたしは……

 ねえ……

 ねえ、みんなぁ……

 わたしじゃ、ダメなの? わたしは、ふさわしくないの……?

 わたし、ほんとうに、月子のこと、好きなんだよぉ……
 誰よりも、月子のこと、愛しているんだよぉ……

 月子ぉ……わたしのこと、見てよぉ……

 こわい顔、しないでよぉ……



「神道さん」



「僕の居場所、返して」



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 …………

 みなさん、改めまして、おひさしぶりです。
 僕です、神道陽太です。

「……正直、焦りましたよ」

 どこからか、ホッシーナが現れました。

「いざとなったら飛び出そうとしましたが、杞憂でしたね……それはそうと、ようやくあなたのことがわかった気がします」
「ホッシーナ……それ、どういうこと……?」
「えっと……ごめんホッシーナ、簡単に説明してあげて」

 ホッシーナが説明している間、僕は神道さんを見守りました。
 神道さんは、完全に、気力を失っていました。ぶつぶつと、どこか明後日の方向を見て呟いています。

 ……見ていられない。

「陽くん……ごめん」
「気にしてないよ。だから、笑って」
「うん……」

 月子のことは心配だったけれど……まずは優先することがある。

「神道先輩、こいつどうするんですか? なんだったら別の世界に運んでもいいですけど?」
「ダメだよ、そんなこと」

 月子。
 ホッシーナ。
 そして、神道さん。

「みんなに、聞いてほしいことがあるんだ」



 僕はずっと考えていました。
 どうすれば、みんなが幸せになる可能性が生まれるか、を。

 もし、ここで作品を投げたとしたら? それはみなさんが許すはずがありません。

 では改めて完結させたら? それはいけない。あのときならまだよかった。僕は神道さんのことを知らなかったから。でも神道さんの存在を知ってしまった。ここで完結させたら、神道さんは不幸なまま、終わってしまう。

 なら皆の記憶を消して続けることにしたら? それは僕が嫌だ。結局知らぬふりをしたに過ぎない。それにみなさんもやきもきしたままになる。

 投げない、完結させない。だからといって続けられない。そんな八方塞がりな状態。
 でも僕はただ一つ、活路を見出した。



「僕、すべてをリセットしようと思うんだ」



 これが神道さんにも言っていた考え。一度、この作品をリセットしてしまう。どこまで戻るかはわからないけれど、みんな、スタート地点をいっしょにしてしまうんだ。
 このとき、僕や神道さんの『ストーリーテラー』という役割をなくしてしまう。これは1キャラクターが持っていたらいけない力なんだ。

「お前……正気かよ……」
「うん。今度こそ、正々堂々勝負しようよ」

 記憶までは残らない。だから、今度は自分の力だけで戦うんだ。
 もちろん僕は負ける気はない。だって、月子のこと、大好きなんだから。

「月子……こんなことになったけど、いいかな……?」
「……まだよくわかんないけど、私、陽くんのこと信じる。だから、好きにして」

 月子は笑ってくれた。僕や神道さんが大好きな、月子の笑顔。

 さて、あとは……

「好きにすればどうですか? と言いたいところなんですけどね……」

 ホッシーナは少々複雑だ。

「神道先輩。薄々気づかれているとは思いますが、私は、この世界の住人ではないんです」
「うん……気づいてた」
「だから、その、リセットしたあとの世界では、私がどうなってしまうのか、わからないんです」

 さながら役を与えられていない役者。裏方になってしまうか、あるいは観客になってしまうのか。
 これは僕にもわからない。

「でも、もう決めたことなんですよね?」
「うん……ごめん」
「謝らないでください。私は、この世界に残ります。私、この世界の伊藤先輩が好きなんです」

 頬を赤くする月子。そんな感情ではないと思うんだけど……

 さて、三人の意志は汲み取れた。

 あとは……



 みなさん、こんなことになってしまって、ごめんなさい。僕がしっかりしていればこんなことにならなかった……ごめんなさい。
 どうか、最後まで僕のワガママにお付き合いください。

 よし。

 これで、覚悟は決まった。



 僕が下す、最後の『命令』だ。

     




『巻き戻せ』



     

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

     

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Neetsha