Neetel Inside 文芸新都
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Android‐アンドロイド‐
3話【とある研究室にて】

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3話【とある研究室にて】
 有機溶剤のにおいが漂う部屋の中に、表情を済ました女が座っていた。彼女は束咲高校の制服をまとっており、場違いな印象を与える。ショートカットの黒髪、度の入っていないメガネ、大人しそうな雰囲気であるが、ついさっき彼女は物理法則を無視したような動きで、超合金の塊を吹っ飛ばした本人でもあるのだ。
「しかし、君は手加減というものを知らないみたいだ」
 軽く笑いながら呟くのは、背の高い細みの青年である。美しい顔立ちにはメガネがかかっており、いい加減に伸ばしたであろう髪は不思議と似合っていた。
 彼の前には頭部の無い女体が寝転がっている。その異常な光景にそんな軽口を叩ける彼もまた異常であることはすぐに分かることである。
「まあ、僕は機械を愛しているから触らせてもらえるだけ幸せだし、君のことが大好きだからさ喜ばしいことではあるのだけれどもさ、やっぱりもう少し器用に破壊してくれないかな?」
「めんどう」
「本当に君はツンとしてるよね。冷たいなー。僕の体温で暖めてあげようか?」
「私に体温が無い事を馬鹿にしてるのかしら? いい度胸ね」
「いやいやいや。そんな事無いよ凛子ちゃん。むしろメリットだよー。ほら夏場に抱きついたりしたら涼しいだろうし。僕が風邪を引いた時は、僕の顔の上に騎乗してくれても良いんだよ。ああ興奮するね。僕は君の全てが好きだからさ」
「まじで、悪寒がするわ」
「気のせいだと思うけど」
「死ねば良い」
 ハハッっと青年は笑い、凛子は閉口する。
「で? この子をどうするんだい?」
「わからない」
「そうか。僕に答えを求めてるんだね? とっても嬉しい。僕、もう少しでトランスしちゃいそうだよ。なるほど、なるほど。僕は頼られてるんだね。うわー気持ち良い。最高、イッちゃいそうだ。あはは、あはははっ、ははははははっ、はは」
「寒い」
「ごめん。真面目に行こう」
 彼は咳払いを一つ入れた。
「まあ、機械だからね。彼女に予備の頭部をくっつけて再起動させる事も不可能じゃない。じっさいこのアンドロイドの記憶は胸部のチップに保存されてたからさ、人格を保ったまま元に戻す事も可能だ。けれどもそうすれば、また君を殺しにくるだろうさ。だから記憶をいじって不都合な部分は消してしまう。まあ、僕はさ、君のように超が10個つくような高性能アンドロイドは作れないけど、人よりは知識もあるし技術もあるしコネもあるんだからね」
「あなたでも私より強いアンドロイドは作れないのね」
「いや、攻撃力を重視するなら街を吹っ飛ばすアンドロイドも造れるし、計算速度重視ならスーパーコンピューターより早くシュミレーションできるアンドロイドを造れるかもしれない。けれど、与えられた命令以外ができないんだよね。その点君はオールマイティ。だからすごい。まるで本当の女の子みたいな錯角をするよ。本当にまるで人間だね」
「そう、私を壊せるアンドロイドはできないのね」
「まあ、目の前に寝ている彼女や、君自身のようなさ、気味の悪いぐらい完璧なアンドロイドを作った本人ぐらいじゃないかな。君を壊せるのって」

「「……………………………………」」

「まあ、僕がさせないよ。この谷川勇助の名に誓ってね。さっきも言ったけど僕は自分の世界を守るために知識も技術も人脈も身につけてきたつもりだから」
「そう、ありがとう」
 彼女の一言。短い言葉だが、感謝の気持ちはとっても伝わってくる。普段寡黙で、感情表現の薄い彼女だからこそ、言葉には言霊が宿っているように感じるのだ。
「ははっ、今の僕って格好良かったよね? 決まったよね?」
「前言撤回」
 彼が女性と関わりがない理由が、性格であると示唆しているのであった。
「まあ、可能な限り早く修理したいとは思うけど、限界はあるよ。まずこのアンドロイドの仕組みがほとんど理解できてないからね。どこからエネルギーが生まれてるかとか、思考基盤の位置とかぐらいなら分かるんだけどさ、動かすプロセスが意味不明だからね。僕にできる事なんて、首のコードに頭をつけるぐらいだよ」
「とにかく早くして」
「君のお願いならば死ぬ気でやるとも。まあ、それでも二、三日は必要だね」
「そう、ありがと」
 思わずニヤける谷川。その裏のない感情表現をみていたら本当に凛子が好きなんだなと一目瞭然である。
 相変わらず無感動な彼女。どこまでも冷たい機械に思われるかもしれないが、彼女は感情表現が乏しいだけで人間的な思考はもちあわせている。気づかれにくいだけ。ミクロン的な表情の変化。この変化に気づけるのは、今のところ谷川ぐらいであろう。
「まあ、君は家に帰るのかい? まあ帰りたくないなら泊まっていっても良いよ。いやぜひそうしよう。お願いだ。君とお話がしたいな。そうだ最近の二足歩行ロボットの『アシモ君』だっけ『オシモ君』だったかな。それについて話をしよう。いかに君が優れているか。いかに『アシム君』が劣っているかとか面白いんじゃないかな」
「帰る」
「………………………………」

 不気味な研究室にて。
 アンドロイドと人間の奇妙な光景があったのである。



 憂鬱な表情を浮かべる男が研究室にいるのだが、彼はキーボードに向かい作業をしていた。リズムの良い乾いた音だけが、無機質な研究室に響いている。勇助が指を躍らせるにともなって、白い文字がパソコンの画面上を流れていくのである。
 勇助は善は急げとばかりに、すでに胸部からチップを抜き出し、記憶操作の作業に取り掛かっていた。
 画面上に現れるのは幾何学的な文字列。第三者からみれば意味不明なのであろうが、超名門大学の帝都大学工学部にいすわる変人として名をはせる彼には難なく理解できるのである。
 そんな、彼だけの空間に一人の女が侵入してきた。
 白衣をまといし、神に二物も三物もあたえられたような才女。そんな印象を受ける女である。背が高く、顔が小さく、鼻筋が通っている。どこまでも知的な雰囲気を醸す人間が研究室に乗り込んできたのだ。
「なんだい? こんな夜中に」
「そんなあなたこそ、人の事を指摘できる立場じゃないでしょ。こんな夜中に研究室に篭ってるのってあなたぐらいよ。怪訝な顔されるのは癪だわ」
 淡々と意見を述べる彼女。しばらくの沈黙が続いたあと言葉を紡ぎだす。
「だけど、まあ良いわ。話は一つよ。この前の告白の答えを聞いてない」
「何の話? まったく覚えてないんだけど」
「一週間前に私はここに来てはっきりと告白したわよね。『あなたが好きですって』って。その答えを聞いてない」
「ああ、あれか。よく言うよ。僕が音楽聞いているときに乗り込んできて来たかと思ったら『私の彼氏になりなさい』ってさ。なんだか……涼宮なんとかをほうふつとさせたんだけど。っていうかあれ本気だったんだ」
「私はいつでも本気なのよ。で、どうするの?」
 勇助はしばらく沈思して返答する。
「ああ、わるいけど興味ないね」
「なんで?」
「人間だから」
 勇助は、普遍の真理を答えるかのように言った。その言葉に嘘はない。
「ああそう。あいかわらずね。あなたは機械だけを愛した変人って事」
 その奇天烈な回答をうけた彼女はあくまでも無表情に意見を述べた。
「うん。機械は無限の可能性があるからね。カスタマイズできるし素晴らしいよ」
 そこで言葉を止め、コーヒーをすすってから続ける。
「それに対して人間――いや有機生命体は限界が見えてしまっている。たった百度の空間で生命は全滅してしまう。弱すぎないかい? 僕は優れたものが好きなんだ」
「でもダーウィンの進化論って知ってるでしょ? 有機生命体は進化し、環境に適応してきたのよ。生命体には神秘が内包されているじゃない」
「時間がかかりすぎる。人工的な擬似生命ならば何億年の神秘を数年で得る事ができるんだ。だから僕は機械が好きだ。アンドロイドとか最高だね」
「あなたは自分自身を否定するの?」
「そうかもね。自分を好きになった事はないかも」
 
 -よくわからない。ほんとうおもしろいわね。
 
 白衣の彼女は表情は崩さないものの、様々なことを考える。
 目の前にいる変人は、世間一般的に評価しても美男子である。それに加えて頭脳明晰。ナルシストになる要素ならたくさんあるではないか。それなのに何故? なぜなら機械を愛しすぎたから?
「ほんとうにめんどくさい男なのね」
「今頃気づいたの? 遅すぎるよ」
 アハハ、と車好きの少年のように純粋無垢な笑みをうかべながら言う勇助。そこにはいやらしさがなく、安心感をあたえるような笑顔である。
 そんな笑顔を見て白衣の彼女は思う。
 ―こちらに振り向かせたい。私を必要としてほしいと。
「ああそうだ。私の名前知ってる?」
「いやー知らないかも」
「私の名前は大葉奈那子。普段医学部の研究室にいるから用があれば会いに来て。って言っても、まあ来ないでしょうけど」
「奈那子さんね。うんわかった。覚えておくよ」
 勇助は、そう言うと画面に視線を戻し、作業に戻った。言葉では関心を示しているように感じるが、態度からは無関心であるとすぐわかる。
 ふと勇助は、自分の背中に重みを感じた。暖かく柔らかい何かが体に密着しているとすぐに察する。―奈那子が何の前触れもなく勇助の背中に抱きついたのである。
「残念ながら、僕は本当に人間に興味がないから、そんな色仕掛け効かないよ」
「私はただ自分の欲望に従っただけよ」
 奈那子はさらに強く抱きしめる。
「止めてくれないかな。さっきから髪の毛が目に掛かる。それに背中が重い。作業妨害にしかなってないんだけど」
「少しぐらい、良いじゃない」
「僕は凛子ちゃんの為にやらなければいけない事があるから邪魔しないでほしい」
「ああ、またあの子が来たの。どうやらあなたに興味ないみたいだったけど」
「それでかまわない」
「あなたって、まるで彼女にとっての便利屋ね。早く青色のネコ型ロボットでも作れば良いじゃない」
「わかったわかった。とにかく君の胸が重い」
 そこで奈那子は固くまわしていた腕をほどき、やっと離れた。彼女の顔は依然と無表情であるが、充実感に満たされていた。
 その余韻を邪魔するかのように最近流行の音楽が鳴り響いた。着信音である。奈那子の携帯から鳴り響いてきた。
「偶然だね。僕もその着信音だ。蝶羽ララの最新曲でしょ?」
「そうよ。あっという間にスターに上り詰めた歌姫。あなたも好きなのね」
「まあね」
 単調な会話が終わり沈黙がおとずれる。聞こえるのはキーボードを叩く音だけ。勇助は既に奈那子の存在を忘れ始めており、作業に意識が持っていかれ始めている。
 奈那子はその現状を気に留めず、携帯を開いた。

【from:弟
 sub:質問があるんだけど

 夜遅くにごめん。でも気になることがあるから質問さしてね。今日、チェインっていうサイトで友達とチャットしてたら、『お前は三十五歳まで女と関わるな』って書かれたんだけどどういう意味? 分からないっていったら『純粋なお前が好きだぜ』って書かれたんだけどどういう意味か教えて。お姉ちゃん賢いからさ聞いてみた。
 じゃあ、いつでもいから教えてね。あと変な人に付き纏われたら相談してね。ではまた(^0^)/】

 そんなかわいらしい弟からのメールをすばやく確認した後
「弟からメールがあったから帰るわね」

 …………沈黙。
 
「…………ん? ああ、じゃあ」
 
 しばらくしてから、素っ気なく返事をする谷川。
 奈那子は静かに扉をあけ、暗闇に姿を消したのである。
 残されたのは首のない女体と、端正な顔立ちの男だけであった。
 
 ちなみに奈菜子が一時間後に返した文章は
 
【from:姉
 sub:答え
 
 私はだいじょうぶよ。付き纏われてないわ安心して。
 友達はあなたのことが好きなのよ。好きすぎて独り占めしたいのよ。だから女と関わるなって言ったんじゃない】

 という適当極まりないものであった。

       

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