Neetel Inside 文芸新都
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Android‐アンドロイド‐
5話【光陰交わる昼下がり】

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5話【光陰交わる昼下がり】
 帝都大学の学生たちにとって勇助と奈那子の印象は対極的であり、雲泥の差と言っても問題はない。例えるならば光と陰。奈那子の気高い雰囲気はカリスマ性を呼び、当然のように憧れの的になっている。一方、年中無休体制で研究室にこもり世界の滅亡を企んでいるとまで噂される勇助に対する好感度は皆無であるのだ。勇助に好意を持つものは余程の面食いであり、周りの親切心溢れるアドバイスなど聞かない人間ぐらいである。
 だが、彼にとってはどこ吹く風。興味がない。

 ○

 勇助は緊張して重くなった首を左右に捻り、室内に乾いた音を響かせた。そしてパソコンの電源をすばやく落とし、コードを引き抜く。そのまま、白衣をひるがえし外に出た。
 彼は久しぶりの太陽光に眼を細めながら、キャンパスを闊歩しはじめた。ただ歩いているだけであるのに確固たる存在感を醸すのは絵から飛び出してきたように美しい顔立ちであるからだろう。
 彼を目撃した人間は様々な反応を示しだす。一目惚れしたように眼を輝かせ、ヒマワリのような笑顔を浮かべるのは何も知らぬ新入生が大部分である。檻の外から未確認生命体を観察するような好奇な眼差しを向けるものは、夢と希望に破れた古参者。
 そんな彼に興味本位で近づき、話の種にでもしようと思っている男たちは勇助と容姿を比較される。そして、新参者の女子が勇助のイケメンっぷりに色めき立ち、それを上級生がたしなめる。そんなドラマのワンシーンのような構図が演出されていた。

 勇助は奇妙な視線を受け流しながら三日ぶりに外の空気を楽しむ。そして、微笑むのだ。第三者から見ればナルシストと感じるかもしれない。だが、彼は自分を好きになったことはない。

 注目度抜群の散歩が終わり、たどり着いた場所は医学部研究所である。医学部の研究室は最新の設備がととのえられており、その他の研究所とは明らかに違う雰囲気を放っていた。
 彼は自動ドアに感心しながら施設に入った。大半の研究所はアルミ製の扉であるのだから、驚くべき待遇の差である。
 薬品の匂い。病院にきたような感覚で彼は奥にむかって歩いていく。
医学部の人間は勇助に格別驚きもせず冷静に会釈をする。そうすると勇助もにこやかに会釈を返すのである。

 彼が5人と挨拶を終えたところで、やっと第一研究室にたどり着いた。軽く三回ノック。研究所から聞き覚えのある声が返ってくる。
「はい。入ってもいいですよ」
 彼はゆるやかに扉を開けた。
 三人の男と三人の女がいた。六人の男女がテーブルを囲んで座っているのを彼は確認する。テーブルには電子顕微鏡や遠心分離機など高価な機械ばかりである。
「来ないと思ってたから驚きで一杯なんだけど」
 奈那子は軽く笑みを浮かべながら言う。
「悪かったかい?」
「いえ、全然。むしろ私に興味があるならバンバンザイよ」
「いや、別にそういう理由で来たわけじゃなんだけどなー」
 苦笑いを浮かべながら言う勇助。申し訳ないという感情が読み取れる。
「じゃあ何なのかしらね。わざわざ医学部の研究室に来る理由って」
「いやただ質問があってね」
「何かしら?」
 首席で大学に入学してきた彼の質問は当然の如く医学部の面々の好奇心を刺激する。雁首揃えて発言を待つのである。
 そんな中で勇助は依然と苦笑いを浮かべながら言葉を紬だす。
「友人に進められて、さっき人生で初めてカップラーメンを食しようとして蓋を開けたんだけど……」

「…………はい?」
 
「カヤクってなんだい? 爆発するの?」

「「……………………」」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい質問に医学部に面々戸惑い、空気が固まったことは間違いのないことである。眼鏡を掛けた真面目そうな男がわざとらしく書類をめくり、紙の擦れる音で空気が再び動き出した。

 ○

 美男美女が並んでキャンパスを歩く光景。それは、ごく自然な状況なのであろうが、谷川勇助と大葉奈那子のカップルでは不自然となる。第三者からすれば異常。交わることのないと思われていた光と陰が交じっているのであるから男と女の純粋な関係ではないと思うものが大半であるのだ。
 『利害関係が一致しているからこそあの二人が肩を並べ歩いているのだ』。そう解釈する人間が半分。
 『不釣り合いな恋ってあるんだー。まあでも美男美女だからね』。そう解釈するのが半分である。
「あなたって有名人なのね」
 奈那子が周りの視線に気がつき、如才なく笑顔を浮かべながらいう。
「君も有名だとは思うけどさ。だけど君は良いさ。根も葉もある噂ばかり立つからさ。だけど僕の場合、火のないところに煙が立っちゃうんだよね。僕の噂知らないでしょ」
「お察しのとおり知らないわ」
「僕のパソコンに核爆弾の設計図が入ってる。まあこれは許せる。だけど『食堂の飯がマズクなったのは勇助のせいだ』とか『あいつは忍者の末裔だ』とかは流石に笑ったね。なめてるのかと」
「年中、研究室にこもってるあなたが異様に詳しいわね。なぜ?」
「アンドロイドには無限の可能性が秘められている、とでも言っておこうか」
「ああ、あの娘ね」
「そう。凜子ちゃんの機能は透視から重力操作まで様々だからさ。いうならば彼女は無限の可能性を秘めたグッドでマジカルでグレートなアンドロイドなんだよ」
「彼女の話になるとテンション上がりすぎよ。そこまで特別扱いすると逆に嫌われるわよ」
「彼女ってちょっと暗いところがあるからさ、中和されて良いコンビだと思ってる」
「私も結構暗いんだけど、中和してくれないのかしら?」
「君は演技上手な女優だからね。君の本性が見えない。だってさ『はい。入ってもいいですよ』って聞こえてきたとき声優志望の女の子がいるのかなって思ったぐらいの綺麗な声だったからね」
「それが世渡り上手の生き方よ。声っていうのは重大なステータスなの」
「なるほど。だけどさ凜子ちゃんは常に寡黙だからさ。裏表がないんだよね。彼女の人格を形成しているのは何なのだろうね? 本当に彼女は人間みたいに感じるよ」
「本当に彼女が好きなのね」
「うん、好きだよ」
 そんな話をしている二人は、いつの間にかに桜並木の道に差し掛かった。ゆるやかに舞う桜の花びらはひらひらと空中で踊りながら春を演出している。その美しい風景に二人は自然に溶け込んでいるのである。
「で、カップラーメンの話は嘘なんでしょ?」
「あっ気づいてたんだ」
「当然」
「仮に僕がさ『大事な話があるから来てくれないか?』って君を呼び出したら、研究仲間たちに詮索されると思うんだよね。だから馬鹿馬鹿しい理由を作ったんだよ」
「ああ、なるほど。あなたって希代の変人として有名だからみんな納得するかもしれないわね」
 ハハハ、と笑う勇助。つられるように奈那子は笑みをこぼした。 
「どうせ、あなたのことだから例の彼女に関係した話でしょ?」
「うん、正解。君って噂によると賢いみたいだから相談してみたいと思ってね」
「医学関係しかあなたより詳しくないと思うのだけれども、頼ってくれるなら全力で応えるわ」
「ありがとう」
 勇助が純粋な気持ちで素っ気なく感謝を述べると同時に、さびれた研究室の扉の前にたどり着いた。勇助はレディーファーストよろしく彼女を招きいれた。二人は静かな足取りで部屋の奥に歩を進める。
「この首がないアンドロイドに関して君の見解を教えてくれないかな?」
 勇助の指が指す先には、首のない女体が寝転んでいた。
「あっこれもアンドロイドだったんだ」
 彼女は驚いた表情を浮かべながら、好奇心にしたがって女体に指を這わせる。色白の脚を撫でる指は艶めかしく、スカートの中に向かっていく。
「そういう官能小説的な展開は止めてくれないかな? まあ、その淫らな行動に意味があるなら構わないけれどもさ」
「じゃあ止めておくわ。意味なんて無いもん」
 奈那子は寄り掛かっていた体をアンドロイドから離し、手を引っ込めた。勇助は依然と変わらぬ笑みでコーヒーをすする。
「でも、私の意見を聞いて何がしたいの?」
「僕には夢があるんだ」
「はい?」
「僕は子供の時から機械が好きだった。車にパソコン。ありえないぐらいに魅力的に感じていたね。で、高校の時に世界で最も優れた機械が造りたいと思った。そして僕は帝都大学に入ったんだよ。日本で一番賢い人間が集まるからね。そんな時、凜子ちゃんという存在を知ってしまったんだよね」
「…………」
「その結果、僕は彼女を壊せるアンドロイドを造りたいと思った。だけど彼女を知れば知るほど自分の未熟さを理解できたんだ。だからもっと知識と技術とコネを身に付けて、宇宙一のアンドロイドを造りたいんだよね」
「でも、彼女のことが好きなんでしょ。破壊しちゃって良いのかしら?」
「壊したくない気持ち半分。壊したい気持ち半分ってところかな。僕は凛子ちゃんが大好きだ。けれど、好きになればなるほど彼女を壊せるアンドロイドが造りたいと思うんだよね」
「つまり、あなたは彼女より優れた何かを求めているって事かしら?」
「そう。だから君が凛子ちゃんと本気で勝負して勝てるようなことがあれば、僕は君に夢中になると思うんだ。だけど、天変地異が起こっても無理だと思うよ。宝くじで1等当てようが、世界を征服できたとしても無理じゃないかなと思うんだ」
「まあ努力はしてみるけど、最初に言っておく。あなたを振り向かせるためになら絶対に私は正攻法では戦わない」
「それでも彼女が負ける未来なんて見えないよ。それぐらい圧倒的だから」
 お互いが信念をもって意見を述べる。お互いが柔和な笑みを浮かべているものの二人の眼は本気であり、その発言に揺るぎはない。自分を疑う事を知らない。奈那子は自分を信じ、勇助は凛子を信じるのだ。その主張はお互いに届いている。
 ふと勇助が笑い声を上げる。
「こんなところで喧嘩しても意味がないでしょ? とにかく聡明なる君の有り難き意見が聞きたいわけだ。ただそれだけだよ」
「その通りね。じゃあしばらく時間を頂戴」
「どうぞご自由に。だけど僕の監視付だけどね」
「監視されているほうが有り難いわ。気付かぬうちに壊してたら嫌だし」
 そう述べると早速アンドロイドの皮膚に指を這わせる奈那子。それを見守る勇助。
「しかし、本当に僕の事が好きなのかな、君は?」
「・・・・・・」
「君は恋に恋してるだけだと思うんだけどさ。君は何かを追い求めたいだけじゃないのかな?」
「・・・・・・ん? 何か言った?」
「あっ。聞こえてなかったんだ」
「集中しだすと聞こえなくなる癖があるのよ」
「なんでもないよー。がんばれー」
「なんか嫌味っぽい」

 無機質な研究室には首のない女体を弄(いじ)くりまわす美女と、それを長める美男がいるのである。



「で、君は何か理解できたのかい?」
 学生たちが空腹を満たすためにキャンパスを往来し始める頃。勇助は柔和な笑みを浮かべながら尋ねた。
「ほとんど分からないけど、肩甲骨の部分に一番複雑そうな機関があるわね」
「ああ、それは恐らく最も重要な機関だね。そこからエネルギーが発生しているんだと思ってる。それにはあんまり触らないほうが賢明だよ。爆発して宇宙を吹き飛ばすくらいのエネルギーを内包している可能性があるからね」
「まだ推測の域なのね」
「言い訳をするようだけど、僕がこの未知なるアンドロイドを知ってから一年だからね」
「へえ。偉い偉い」
「で他に何か報告する事は? 内容によっては昼ごはんを奢ってあげても良い。僕のせいで不味くなったらしい食堂の定食でも食べにいこうか」
「そうね。今から述べる事が一番重要な事実なんだけれども、この制服って束咲高校の生徒のものじゃない。だとしたら少々不安なんだけれども」
「いや、その通りなんだけど?」
 勇助は頭上に疑問符をうかべながら、奈那子の発言の意図を読もうとしている。奈那子は制服の裾をつまみあげる。スカートがめくれて色白の脚があらわになるが、勇助は気にした様子もなく疑問を口にする。
「なにか問題なのかい?」
「いや、私の弟が束咲高校に今年入学したばかりなんだけれども……」
「ああ、つまり弟を愛する君は心配で仕方がないんだね。しかし残念なお知らせだけれども、凛子ちゃんも、目の前で寝ている夏川怜奈さんも束咲高校に入学した子だよ。恐らく、君の弟さんとアンドロイドは入学式の時点でご対面してるだろうね」

「「…………………………」」

「つまり同級生じゃないかな」
 沈黙を嫌うかのように勇助が言葉をつむぎだした。衝撃の事実を受けた奈那子はその言葉をゆっくり受け止め、「ふーん、あらそう」とだけ短くつぶやいた。

       

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