Neetel Inside 文芸新都
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Android‐アンドロイド‐
8話【ずれ始めたのは】

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8話【ずれ始めたのは】
 大学構内の時計台の下には美男美女。日陰からのっそりと出てきた研究生が鬱蒼とした医学部棟の才女を連れ出したのである。
「最近積極的ね。谷川くん」
「用事があるだけだよ」
「例の彼女のことならお断りさせていただくわ。楽しくないもの」
「君の大事な弟くんがアンドロイドの争いに巻き込まれたよ」
 表情は変えないものの沈黙する奈那子。
「怪我はないよ。失神はしてもらったけど。敵側のアンドロイドも人間を積極的に巻き込むつもりはないみたいだ」
「どうすれば智樹を守れるの?」
「君の知識とコネを貸して欲しい。それはすごく危険なことかもしれないけど」
「人気のないところで話しましょう」
「食堂に行こう。今の時間帯は閑古鳥が鳴いている頃だよ」




 翌日の学校は何事もなかったように穏やかな空気のまま憂鬱に過ぎていく。楽雄はけだるい空気を胸に大きく吸い込み雲の流れいく様子を屋上から眺めていた。
 ――全員死ねばいいのに。
 昨日の光景が思い起こされる度に、自身の不甲斐なさに恥ずかしくなる。
 計算づくしの演技の中で振舞ってきた楽雄にとって思い通りのシナリオにならなかったことは許せなかった。
 謎の女を挑発し、激昂させ、ナイフで智樹を殺させる。これが理想であった。
 楽雄は携帯を取り出しチェインの放送ページを開く。放送画面にはただ黒色。音声だけが流れている。
 耳を澄ませる。そうすると彼不在の教室からの雑音が流れてきていた。
  ――ああ、つまらねぇ。
 透き通る青色に澱んだため息を吐きだした。

 ○

 凛子はただの人間として昼休みの教室で窓越しにぼんやりと空に視線を投げかけている。ちらほらと昨日の事件の話が耳に飛び込んでくる。曖昧な推測ばかりの議論は教室の片隅で行われている程度で意外にも全体としては無関心であった。どのような心理であるのか今の凛子には知るすべはない。
「智樹くんは何処に行ったのかな?」
 ふと凛子の背後から投げられた女の子の声。
「さあ」
「昨日何処に行ってたの昼から?」
 いつの間にか教室は静寂に包まれていた。
「早退したの」
「珍しいね。昨日に限って早退なんて」
 振り返ると控えめな雰囲気の小柄な女の子と視線が交差した。
「で 、智樹くんは何処に行ったの?」
 データーがなくても分かる敵意と軽蔑。
 凛子は思い出した。自身の声と背丈が怜奈のものと似ているのだ。
「私が彼を脅し誘拐するメリットがない」
「智樹くんの事好きなんでしょ」
 遮る様に推測を告げる。
「好きでも嫌いでもない。普通」
「じゃあ」
「何?」
「怜奈ちゃんが行方不明になったて聞いた日、ずっと智樹くんのこと見てたのは何で?」
「気のせいよ。きっと」
「嘘。あなたはきっと智樹くんに近づく怜奈ちゃんが邪魔で彼女を殺したんじゃない? で智樹くんを独り占めできるって心のどこかで喜んでたんでしょ?」
「あなた、彼のこと好きなの? 必死だもの」
 ふと言葉を失う小柄な彼女。
 そして彼女の背後に回 された腕が前に出てきたと思うとカッターナイフが凛子の手に収まっていた。反射でも腕力でも大きく一般的女子高生のものを上回る凛子の当然の結果であった。
 ざわめく教室の中で浮き彫りになった二人。
 凛子はボロボロになったカッターナイフを握りしめて鞄を手に取り教室を後にする。
 陽光に切り取られた廊下を歩いていく。凛子の思考回路の中に複雑な感情が流れ込んでくる。
 人間らしく振舞ってきた彼女にとって、機械としての自分を垣間見せたことが後悔として思い起こされる。
「よお凛子」
 廊下の曲がり角からひょっこりと人懐っこい笑みが現れた。
「何?」
「お前昨日早退したのか?」
「情報が早いのね。まるで盗聴してたみたい」
「盗聴? いや昨日お前いなくなっただろ。だから心配してやってるのさ」
「気分が悪かったから」
「なるほどなー。大葉を誘拐したのお前じゃないだろうな? そうなら友人の俺が黙ってないぜ。たとえ神様仏様が許したとしてもな」
「あなたも同じことを言うのね」
「あー察し。今教室から飛び出してきたのか」
「そう」
「まあ気にすんな。俺はからかう為に言っただけで本心じゃないし、もし教室に居づらいなら屋上に行けばいいさ。てかお前も精神攻撃に動じるということが驚きだわ。そんなやつだったか? とりま気にすんなよ」
「ありがとう」
「じゃあな」
 偽りの優しさは春の日差しに溶けていく。 
 悪意をそっと隠して楽雄は教室に向かう。
 凛子は変わらない足取りで学校を後にした。

 ○

「あなたのせいで不味くなっただけあって本当に人がいないのね」
「冗談を言うだけの元気が残っていて良かったよ」
「で? 私に何をさせたいの? あなたの為なら死ぬわよたぶん。最悪退学になってもいい」
「どこかの魔法学校の優等生みたいなことを言うんだね。命の方が優先だよ」
「あなたの為ならなんでもするのは本当」
「じゃあ僕を殺してくれと言ったら?」
「……あなたを最優先する。だけどそれは出来ない。まるでクレタ島の嘘つきの話みたいになりそう」
「はは、確かに矛盾だね。それはそれで面白い命題だが僕が言いたいのはそこじゃない」
 ほうじ茶をすすりながら笑みを浮かべる谷川。
「ちょっと似たことができれば良いんじゃないかななんて話だよ」
「詳しく聞いてあげる。あなたのためだもの」
「ところで昼ごはんは食べた?」
「いいえ、食べてない」
「定食おごるよ。金で買収しようっていう魂胆じゃないから安心していいよ」
「谷川くんがそう言うならお言葉に甘えて。ありがとう」
「はは、やっぱり凛子ちゃんのありがとうと違うよ。君の言葉はなぜか響かない」
「私は彼女にはなれない。けど彼女は私になれない。違うのは当たり前じゃないかしら」
「言葉の綾だね。きっと君は凛子ちゃんを越えられないってことを言いたかっただけだよ」
 少々の沈黙は静寂になった。さわさわと風に揺れる青葉だけが空気を震わせている。
 不意に奈々子の視線が奥に向かう。
「あっ谷川くん。定食売り切れになってる」
「うどんにしよう」
「えー、残念。天ぷらもつけてね」

 ○

 傾いた夕日が構内をあかね色に染め上げ、ひんやりとした風が肌着の下を吹き抜ける。長く伸びた講堂の影が谷川の研究室をすっぽりと覆い、pcのモニターが煌々と二人の男女を照らしている。
 奈那子は凛とした声で問いかける。
「ふと思ったんだけど、あなたは何が為に彼女を愛してたんだっけ?」
「唐突だね。君がこの案に協力してくれるかが重要なんだけど」
「後遺症を残さない自信ならあるわよ。だけど結構無茶な事をしてる自覚はあるの」
「へえ」
「保身に保身を重ねそうなあなたが無茶をする理由ってあるのかしらと思って」
「凛子ちゃんの為だからね」
「でもスーパー万能少女が今や普通の子になったんでしょ?」
「関係ないよ」
「え? もしかしてあなたロリコンなの?」
 微塵のジョークの気配もない。
「仮にそうだとしたら?」
「それでもあなたを愛せる」
「僕はロリコンじゃない。けどこれは理屈じゃなく、分析するのもナンセンスな感情なんだよ」
「その矛先が私に向かなかったのは何の理不尽なのかしら」
「僕の脳を解剖して分析してみる?」
「遠慮しておく。頭蓋骨開くだけで実は大変なのよ。知ってる? ドリルで穴を開けてから電気ノコギリで四角く切り取ってヤスリで磨くの。でそこから硬膜をハサミで切り取って剥がすのよ」
「君といると疲れるってことがわかったよ」
「ごめんなさい。まあでも、頭蓋骨開かないでいい方法ってあるんじゃない?」
「ははは、気づいてたんだ」
「そのパソコン」
 奈那子は設計図らしきものが映されたモニターを指し示す。
「ヘルメットのような装置かしら」
「そうだね。電磁波を脳内の三次元空間で重ね合わせて場を作り出すんだ。視覚野に直接電気を流すんだよ。そうして複数の処理を格段に向上させる。そして逆に脳内で発生した電磁波をフーリエ変換で分解して、外部に命令できる形のデーターにするんだよ」
「気づいてる? あなたの方がもっと疲れるわよ」
「仕返しだよ」
「で、壮大なドッキリってわけ?」
「ううん。違うよ。ちゃんとした理由がある」
「智樹の件は?」
「あれは本当」
「で、怒らないから理由を言ってもらえる?」
「じゃあ、今から質問に答えてね」
 カチッとプラスチックの乾いた音がした。

「君はいつからアンドロイドだったの?」

 がんじがらめにされた奈那子は直立したまま動けなくなった。
「なにこれ?」
 驚愕で見開かれた目。震える声。それらから谷川は嘘の気配を感じることができない。
「自覚がないのかい?」
「意味がわからない。私がアンドロイド? 谷川くん何をしたの?」
「冷静さを欠いているね。一気に質問をされても困る」
「ふざけないでお願いだから」
「僕は定期的に街全体をスキャンしてアンドロイドをキャッチしてるんだ。で、その時は君というアンドロイドは映らなかった。で、今日君に会いに行ったとき偶然にも護身用のトランシーバーが微弱な信号をキャッチした。誤作動かなと思っていたけど一定の強度の信号を感知している。だから外部からの電磁波を遮断する研究室に今いるんだけど、やっぱり君しか原因が考えられなかったんだよ」
「わたしをどうするつもり?」
「どうにもしないよ。ただオリジナルの奈那子が気になるんだ。一体彼女はどこに消えたのだろうかって」
「死んでるかもしれないわね」
「仮にその意見が正しいとしたら、この街、いや世界はどれほどの人間が人造人間とすり替わってしまっているのだろうね」
「あなたは?」
「残念ながら何度調べても人間だった」
 カチッ。再びボタンが押された。
 崩れ落ちる奈那子に手を差し伸べ引き起こす谷川。
「人間であろうが、アンドロイドであろうが人格が君のままである以上それは些細な問題だよきっと」
「簡単に言うのね。あなたと私は違うのよ」
「君が人間に戻りたいなら、戻せる方法を探しておく」
「そう、助かるわ」
 ふらつく足で闇に溶けた廊下に出る奈那子。
 谷川は珍しく真顔でその後ろ姿を見送った。
 
 

       

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