Neetel Inside 文芸新都
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Android‐アンドロイド‐
7話【研究者の反撃】

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7話【研究者の反撃】 
 町外れの廃工場は鬱蒼とした自然で覆われ、木漏れ日がくすんだガラス窓を通して差し込んできている。
 怜奈はまだやわらかさの残る手をそっと握り締め、機械の影に身をひそめていた。
「怜奈ちゃん?」
 驚きと戸惑いが声色に込もっていた。
「……あはは、やっぱりバレちゃいますか」
「確信はなかったけど」
「智樹くんなら気づいてくれると思ってました」
 照れるうぶな青年はうつむき、視線を地面に向けて黙り込む。
 それはまるで心地よい罪悪感に包まれて平日昼間に学校を二人で抜け出してきたみたいで怜奈はこの素晴らしい時間がいつまでも続けばと思った。
「そういや、どこにいたの?」
 必然的に口に出る質問。
「今、とーっても悪い組織に追われてるんです。だからきっともう少ししたら追っ手がやって来ます」
「じゃあ二人で警察に行こう?」
「それは……このピンチを乗り切ったとき一緒に行ってくれますか?」
「わかった。約束するよ」
「ありがとうございます」

 ○

 室内を満たした閃光弾の照明が智樹の意識を奪った。怜奈はとっさに眼球のレンズを膜で覆い視力はすぐに回復したがそれでもまだ霞む視界の中でゆらりと揺れる華奢な人影を見つけた。
「あなたの狙いは何?」
 音もなく近づくアンドロイドはゆったりと問いかける。
「智樹くんを守ることです」
「誰から守るの?」
「そんなことは……秘密です!」
 力んだ声と共に放たれる電磁砲は見えない壁によって弾かれ空中で光を収束させる。
 絶望的な力の壁の前で智樹をかばう様に怜奈は位置取り対面する。
「人は何のために生まれ誰がために生きるのでしょうか?」
「質問の意図がわからない」
「人は神に生み出され、神のために生きる。そう思いません?」
「時間稼ぎ?」
「人は絶対的な不可思議を力と呼び神と崇めます」
 凛子は音もなく腕を戦闘モードに切り替える。
「ならば私は私を生み出した者を崇めるべきなのかしら?」
「ええ、同感です。自身を生み出した者を崇めるのが理なのでは?」
「で?」
「見せてあげます。神の力を」
 凛子は思考回路が追いつかなかった。レーダー、赤外線などのあらゆる検索をすり抜けて視界の中に数十体の人影を認めたからだ。それは全て夏川怜奈の姿をしていた。
 一体が音もなく凛子に向かい飛びかかる。その動きは大したものではない。ゆらりと交わした凛子は腕を払い頭部を弾き飛ばした。絶命するアンドロイドはピクリとも動かなくなった。
「ステルス機能?」
 間髪いれずに飛びかかる数十の影。その度に首が捻られ、もがれ、奇妙なオブジェクトが増えていく。
オリジナルの怜奈はその様を遠くから傍観していた。あまりにも冷静。その静観に凛子が違和感を覚え始めた頃、複製されたアンドロイドの最後の一体を捻り壊したのを堺に自身が思うように動かなくなってきていることに気がついた。
「……」
 あらゆる機能が制限された彼女はふと怜奈を見つめる。
「本当にごめんなさい。でも仕方ないんです」
 怜奈はゆったりと腕をあげる。
「死んでください」
 腕に集められた電力が先端から電磁砲として発射された。

 ○

「まさかこんなことがあるとはね」
 放たれた光の軌跡は谷川の前で収束していた。谷川の手にはトランシーバーのような装置が握られていた。
「これでも僕は僕で自分の身を守るためにあらゆる研究をして、対策をしてきたんだ」
 怜奈は冷静に睨みつけながら、腕をなお構える。
「無駄だよ。君は僕に勝てない絶対に」
 再び放たれたエネルギー弾はやはり谷川の前で収束していった。
 谷川は装置のボタンを押す。すると、怜奈は糸にがんじがらめにされたように一時停止、そのまま崩れ落ちた。

 ○

 研究室のソファーの上で目を覚ました凛子は太陽光に目を狭めながら体を起こした。
 視界の片隅でコーヒーをすすりながらキーボードを片手で打ち込む白衣の男が見えた。
「やあ、君の寝顔をもっと見ていたいと思っていたのに残念だ。もう一度昼過ぎまで二度寝してくれても構わないんだよ。それって最高にいい提案だと思わない?」
「彼女は?」
「怜奈ちゃんのことだとするなら僕が今解析中。倉庫には君が大量に壊した最高のサンプルが眠っているところだよ」
「そう」
「ちなみにトランシーバーのような機械は護身用で大した性能はない。正直一体だから良かったものの複数だったら確実に死んでいたよ」
 谷川は余裕の笑みで話しかける。
「死ねばよかったのに」
「僕は死んでもいいが君は死なせたくなかった」
「私が唯の故障品でも?」
「どうやらそのようだね。君は一万ボルトのエネルギー弾も弾けないし、レーダーも赤外線も使えずに、反射も馬力も人並みだよ。といっても人類最強レベルではあるんだけどね」
「残念ね」
「だけどそれを修理するという大きな目標が僕にはできた。だから君はこれまでもこれからもずっと必要なんだよ」
「ところで誰が本当の敵?」
「ミスターXと名付けよう。君を生み出し、そして恐らく君を壊した奴を」
「分かった」
「大葉くんは倉庫に置いてきた。それが一番自然だからね。彼がアンドロイドなら記憶の書き換えもできるんだけど僕は人の神ではないから」
「聞いていたのね彼女の話を」
「途中から倉庫の外に隠れていたんだよ。彼女程度のセンサーなら誤魔化せる」
「彼女の話どう思った?」
「宗教的だったね。教主様にきっと根も葉もないことを吹聴されて大葉くんを連れ出したんじゃないかな。仮想敵に怯えて、手のひらの上で転がされていたとかね」
「何の為に?」
「それは僕にもわからないが。意図があるならすぐにわかるさ。きっと何か仕掛けてくる」
「そう」
 凛子はソファーから腰をあげ、谷川を一瞥してから「帰る」と短く告げ足早にドアへと向かう。
「これ」
 谷川はトランシーバーのような例の装置を凛子に渡す。
「恐らく君を壊しにくる第二波の襲撃に備えて。サンプルから集めた情報で改良しておいたよ」
「ありがとう」
「これぐらいしか僕にはできないから」
 小柄な背中の彼女を満面の笑みで見送る谷川。
 そんな四月終わりの午前中である。

 

       

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