Neetel Inside ニートノベル
表紙

クレーンゲームドリーマーズ
善明、金髪美人と近づく。

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「ガラケーよりiPhoneの方が絶対安いから! 弱小国内メーカーなんて××だから!」
 俺は母親に対して連日iPhoneがいかにいいもので、尚且つ安い物かと、時に過激に、時に切々と涙ながらに布教し続けて、遂に林檎教へ引き込むことに成功していたので、クラスの他の連中と比べてかなりマシな音楽ライフを甘受出来ていた。
 レンタルしてはiTunesに叩き込む作業。もちろん、月6,000円の小遣いではさすがにしんどいので、親父の買い物に付いて行ってそういや俺そろそろ寅さんとか釣りバカ見たいな。TUTAYA行かない? とその気にさせて、吉永小百合や植木等のDVDの隙間にRADやBUMPやandymoriやモーモーやかまってちゃんといったバンドのアルバムを挟み込むことで何とか乗り切っていたりした。
 iPhone弄りにも飽き出した頃、ちょうどテスト週間終了のタイミングではっちゃけたかったし、久しぶりに近場のゲーセンに顔を出してみた。各コーナーを適当に冷やかしながらクレーンゲームコーナーに辿り着いたとたんに目の前が眩んだ。
 光の加減か、金髪が眩く光っていた。気を失うんじゃないかと確信してしまうくらいに、金髪から放たれたか細い光は俺の視神経をかい潜り、脳味噌の奥の方まで達しようとしているんじゃないかと思った。
 実際には気を失うこともなく、脳味噌が貫かれることもなく、俺は懐かしささえ感じてしまう、哀れ在庫処分専用になっているクレーンゲーム筐体の前に立っていた。コーナー奥に金髪美女の存在を感じながら。
 1プレイ200円。バイトもしてない高校生には辛い料金設定。だけどトータルではこれが一番取りやすい。形に残るものがいい。これがここでは最高だ。
 久し振りなのにいい感じ。今日はアイツを頼らなくても取れると思った。標的も取りやすいところにあるし、何より今日は冴えてる。彼女の弱い部分が手に取るように分かるし、急所に向けて正確にアームを動かせる気もする。そして予感は現実になった。店からすれば1,000円は飲ませてくれないと元が取れないだろうフィギュアを、たった200円で手に出来た。気持いい。ガコン、と穴から落ちてきた音が脊髄を突き抜けてきそうだった。
 何となく、今日はこれだけでいい気がした。テストの出来も良かったし、フィギュアも一発で獲れた。今日という一日にこれ以上望むことは酷だ。帰ってフィギュア飾ってメシ食ってなんか聴きながら寝ようと思い、俺はクレーンゲーム筐体に背を向けた。
「あんた上手いね!」
 鋭い声だった。でもあの時より少し柔らかくてどこか愛らしい。そりゃーそうだ。前回は「殺すぞ!」。今回は「あんた上手いね!」だよ!
「そ、そう? 嬉しいな……」
 信じられないくらい素直に言葉が出ていた。こんなことで人から褒められるなんて夢にも思わなかったから。ましてや、殺すぞと凄まれた人から。
 金髪美人はかつて目の前の男子高校生に対して殺人予告したことなどどこかへ置き忘れてしまっているかのように、どうやったらそんなに上手くなるんだ? コツを教えてと訪ねてくる。もしかしたら本当に忘れているのかもしれない。むしろその方が好都合だと思う。俺があの言葉を忘れられないのはきっと――。
「オレらの方がうめーよ」
 頭の軽そうな声。いかにも育ちの悪そうな3人組が俺の目の前にいた。全員パンツのポケットに手を突っ込んで、お前ら仲良さそうだな、と微妙にほっこりする。
 金髪美女の表情がガラリと変わったのが一瞬だけど見えた。すぐに声の方を向いてしまったからだ。その表情はちょうど初対面の頃と同じ様な感じだった。
 連中のナンパ目的は明らかだった。何というか類型的。何というか軽薄。そして俺は彼女を止めなければいけないと思った。ここは戦うべきじゃない、引くべきだ。
「お前ら――なんの用だ」
 初対面の俺に本気で殺意を向けた人だ。今だってその片鱗を見せている。急に周りの温度が4℃くらい下がった気がする。だけど背中にはじんわり汗をかいている。口を挟みたいが、それも簡単には出来ない空気だ。
「景品取りたいんなら俺ら頼ったほうがいいっつってんの。君の欲しいもんなんてなんでも取ってやっからよ!!」
 君とかお前気持ワリィし大体キャラに合わねぇよ、と俺は言いたい。しかし空気はさらに冷えていく。それは空調の効き過ぎだけではないはず。彼女の周囲に吹き出しさえ浮かんで消える。何となく見える。妄想込みで。
『バカにするな』
『殺す、殺す』
『この町で生きていけないようになるまで辱めてやる』
『父親に頼んでお前らを生コンに沈めてやる』
 彼女は大きく息を吸った。そして爆ぜた。
「そこまで言うならやってみろ!」
「は?」
 彼女はさっきまで自分がプレイしていた筐体を指さした。
「さあやってみろ! 私が毎月のお小遣いのほとんどを投資しても一個も取れないんだぞ! 取れるものなら取ってみろ!!」
 涙目だった。
 俺はそれでやっと、目の前の女の子がどうやら自分と同じくらいの年らしいと気付いた。気付いたときには周囲の気温もすっかり元に戻っていた。育ちの悪そうな3人組も意外とまともな教育を受けていたのか知らないけれど、彼女の言うとおりにゲームに挑戦し、見事に玉砕していた。もしかしたら友達になれるかもしれない。
 金をどんどん溶かしていく3人組を満足気に眺めている彼女に対して、今ならごく自然に話しかけることが出来る気がした。
「作戦会議をしよう」

       

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