Neetel Inside 文芸新都
表紙

道化師達と長い夜
嫌悪

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 私が嫌いなものは、高いところと女の笑い声でした。
 女性自体は(もちろん)嫌いではありませんでしたが、女の、あの気味の悪い笑い声を聞くと、私は強い不快感を覚えたのです。
 理由はわかりません。
 高いところが苦手なのと同様、それは生まれつきのものだったのです。
 だから私は極力、女性と接することのないように過ごしてきました。
 学校は私にとっては拷問部屋でした。
 何度吐き気をもよおしたかわかりません。
 高校は男子校を選びました。
 もともと勉強は好きだったので、高校生活は私にとって楽園でした。
 その楽園を出ると、私は大学へ進学しました。
 もちろん共学でしたが、小中学校などとは違い、女性と強制的に接しなくてはいけない機会は少なく、それほどつらいものではありませんでした。
 私は大学生活に、それなりの幸福を見いだしていました。

 しかしその頃、私の症状は悪化の一途をたどっていました。
 笑い声だけでなく、笑顔にすら嫌悪感をいだくようになっていたのです。
 町中にあふれるアイドルや女優のポスターは、私にはたんなる毒でしかなく、テレビを見ることもやめました。
 それでも女の笑みは、私の生活から消えはしませんでした。

 そんなある日のこと、私は何を間違ったのか、ある女性に恋をしたのです。
 女性自体はもとより嫌いではなかったのですが、好意を抱いたことはあまりありませんでしたし、ましてや恋愛感情を抱いたことなど初めてのことでした。
 彼女は明るく、どんな時でも笑みを絶やさぬような、そんな活発な女性でした。
 彼女はどういうわけか私に興味を持ったようで、何かと話しかけてきました。
 もちろん私は吐き気を覚え、彼女を避けました。
 しかし彼女は私をしつこく追い回しました。
 そのうち私も根負けして、彼女と付き合うようになったのです。
 後に聞いたところによると、私は頭が良く器量も良い男として、それなりに女性の注目を集めていたそうです。
 ただ私のこの病気のことは誰も知らなかったので、女嫌いとされていたようです。
 彼女は私をよく愛してくれました。
 私は自分のこの病気のことを彼女には言わないでいました。
 しかし治ったわけでは無いのですが、彼女に感じるそれは、不思議と我慢できました。
 彼女は私にとって初めての恋人だったのですから。
 こうして、私たちの仲は深まっていったのです。

 そして、付き合い始めてから一年の月日が経ちました。
 私は、彼女にこの病気の事を打ち明けてしまおうかと思いました。
 それを知ったら彼女は絶対に傷ついてしまうでしょう。
 しかし、私は黙っていることがつらくなっていました。
 彼女を騙しているように気持ちになったのです。
 ただ、女性の笑みは私にとって毒でしかありませんでしたが、彼女のそれは麻薬でした。
 私だけに向けられた笑顔は、何にもかえ難いほどに美しく、愛しいものだったのです。
 私は、それを、ただそのことを伝えたかったのです。

 そしてある日、私は彼女にすべてを打ち明けました。
 彼女はとても驚いていました。
 無理もありません、この一年間、彼女はほぼ毎日のように私にほほえんでいたのですから。
 私は彼女にかける言葉が見つかりませんでした。
 彼女はうつむいたきり、何も言いませんでした。
 私がごめんと一言言うと、彼女は無表情なまま首を横に振りました。
 その日はそれで別れました。
 夜、私は彼女に電話をしました。
 私にとって彼女の笑みは毒なんかでは無いのだと、私は必死に伝えようとしました。
 しかし彼女はただ「ありがとう」と繰り返すだけでした。
 電話を切った後、私はベッドへ潜り込みました。
 そして自分を責めました。
 言う必要など無かったのではないのか?
 何故自ら彼女を苦しませる?
 何故我慢できなかったんだ……
 自問自答は朝まで続きました。

 あくる日、私はまるで幽鬼のようにふらふらと学校へ行きました。
 彼女はきていませんでした。
 私は心配になり、また電話をかけました。
 ……つながりません。
 私は学校を飛び出すと彼女の家へと急ぎました。
 大学から彼女の家までは車で三十分程なのですが、その時は何時間もかかったような気がしました。
 ようやく彼女の家に着き、私は急いで呼び鈴を鳴らしました。
 しかし何の反応もありません。
 私は玄関の扉へ手をかけました。
 鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開きました。
 私は一瞬入るのをためらいましたが、気持ちとは裏腹に、体はもう家の中に入っていました。
 家の中は昼間というのに薄暗く、どうやらカーテンがすべて閉められているようでした。
 私は彼女の名前を呼びました。
 しかし返事はありません。
 私は不安な気持ちを抑えながら、一つ一つ、部屋の中を確認していきました。
 そして寝室に入った時、私は目を疑いました。
 なんと彼女が床の上に倒れているではありませんか。
 私は焦って抱きかかえましたが、彼女はすでに冷たくなっていました。
 その近くには、何かの薬の小瓶が転がっていました。
 私は彼女の体を抱き上げ、ベッドの上に横たえると、そっと唇にキスをしました。
 彼女が少しほほえんだような気がしましたが、不思議と吐き気は感じませんでした。

       

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