Neetel Inside ニートノベル
表紙

レイプレイプレイプ!
eps2. かくて敗走知らずが得たものは・前

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 カイの弟分にコウという妖魔がいる。少年のような外見で、言動もそれに倣う若さが目立つ。円角寺に施された隠れ身の結界を知る数少ない妖魔の一人でもあった。辺りに式者、妖魔の気配がないことを確かめ、彼はそろりとその結界の内に入り込んだ。

 円角寺の一室には、黒地に蜻蛉模様の着物を暗紅色の腰帯で留めた一人の青年が居た。青年と言ってもあくまで外見上の話で、妖魔である彼は実際には四十年以上を生きている。無造作に切られた黒い髪は野生的な印象を与えるが、凛とした鋭利な眼光が彼をかえって理性的に見せた。体は全体的に細く、ほお骨はほんのわずかに浮いている。どことなく不健康そうな雰囲気に、危うげな色気が漂っている。湯飲みを両手に持ち、上品に茶を啜る姿勢がなんとも様になる。円角寺に住まう妖魔、カイとはおよそそんな風貌であった。
 彼の穏やかな空気を壊すように、コウはがらりと襖を開け放った。
「カイの旦那!」
「おぅ、コウか。どうした?」
 普段は比較的静けさを好むカイだが、コウの闖入を咎めることはなかった。慣れてもいたし、また自分を何かと慕う彼を可愛がってもいた。
「昨日から釜倉の妖魔が妙な殺され方をしててさぁ。一応旦那の耳にね!」
「……ふむ。まァちと声を落とせ。それで妙ってのは?」
 窘められ、コウは耳打ちすように話を続ける。
「所詮は下級の妖魔なんだけど、十匹とか二十匹とか、まとめて殺されてるんだ。全員氷付けだよ、脳までカッチコチで即死状態。いくら雑魚だって、十、二十の妖魔相手に真正面から勝つってのは普通の式者じゃないっしょ?」
「そらまァ確かに。で、なんでわざわざそんなことを報告しにきた? どうせあたりは式者がうろうろしてるっつーのに」
「もともと氷付けの死体が出たところが葛原丘宮なんだ。たしか三十近く。そこの式者二人は死んでるんだけど、そっから徐々に北上してこっちに近づいてる。このまま行けば旦那の円角寺だ。どうも足跡を辿るようにゆっくり来てるのが気になってね。旦那、その式者に心あたりは?」
「……なるほどな。なァ、コウよ。最初にあったのは葛原丘つったか? 実はな、そこの巫女さんがこちらにいらっしゃる」
「はぁ!? 旦那、そりゃないぜ! 人間の式者を結界の中に入れたのかよ!? 人間の呪術の痕跡を辿られたら、この結界で途切れてることが丸わかりじゃねぇか! 悪いことは言わないぜ、今すぐそいつを殺して、どこぞに捨てちまおう」
「わかってはいるんだがなァ……」
 珍しく歯切れの悪いカイをコウは不審に見る。
「コウ、ちょいと奥の襖を覗いてみろ。そっとだぞ、気取られるなよ?」
 言われるままに気配を殺して襖に近寄る。手を添えほんの微かに開いた隙間から見えた光景に、思わずコウは唾を飲んだ。
 まず目に入ったのは華奢な体の少女だった。巫女の白衣ははだけられ、小ぶりの胸と白い肌が曝されている。桃色の頂点はピンと突き立ち、上気して仄かに赤みが差した肌は汗でしっとり濡れていた。下半身を覆うはずの緋袴は脱がされ、引き締まった小さな臀部が見えた。正座したように膝をたたんだキョウに向かい合って巫女は跨り、腰をくねらせ幾度も上下に揺すっている。よく見ればキョウの股間からは雄々しいペニスがそそり立ち、少女の秘所を貫いていた。キョウは背面に手を突き、少女の括れた腰に手を回して、その陰裂に剛直を打ち付けている。嗜虐的な笑みを浮かべたまま、何度も何度もペニスで膣内を扱きあげ、その度に少女は体を反らせて震えていた。だらしなく開かれた口に手をあて、瞳をぎゅっと閉じてその快楽に耐えている。キョウは胸の蕾に口付け、あるいはその陰核に手を添え、堪えきれずに漏れる甘い悲鳴を楽しんでいた。
 我を忘れて覗き込んでいたコウは、はっとカイを振り返った。
「一昨日までロリコンだのなんだの言ってたキョウも、いざ抱き始めればあの様だ。もう三時間は弄んでやがる。手放すのを躊躇うのも分かるだろう?」
「こりゃあ旦那、捨て置けないのも頷けるってなもんだ。あんなぺっぴんの巫女を好き放題犯れるなんて、十年に一度あるかもわからねぇ!」
「だろう? つーわけでだ、一応今から外を見回ってみるかァ。件の式者を見っけたら、それなり戦闘して北東に逃走しよう。横濱まで駆ければホウキの親方の縄張りだしなァ」
「あいよー! お供するぜ。旦那」
「助かる、コウ」
「旦那は俺の命の恩人だ。そんなつまらんことを言うなんて水くさいぜ」
「かっ! お前も生意気なことを言う」
 快活に一笑してみせて、カイは重そうに腰をあげた。

◆◆◆

 円角寺に張られた隠れ身の結界は、カイの知る呪術の中で最も複雑な構造をしていた。煩雑に位相ずれが繰り返され、結界の外と内で空間がねじ曲げられている、それがカイの直感的な理解であり、それ以上のことは彼にも分からなかった。これはカイが編んだ術ではなく、元からここにあったものだ。だれが何時どのような目的で張ったものかは分からなかったが、式者だけではなく妖魔からも見つけることは叶わない結界を彼は重宝している。
 そこからカイはぬっと身を出した。
 妖魔は普通いくつかの『あざな』を持つ。あざなの多さはつまるところ妖魔としての強さであり、あざなが多ければ多いほど格上の存在となる。基本的にあざなは長命になるほど増えていき、あざなに対応した性質あるいは能力を得る。あざなが四つ程度は下級と呼ばれる知能の低い妖魔。八つくらいまでは中級。それ以上は「キ」即ち「鬼」の号を与えられ、一帯の妖魔を率いるような別格の存在になる。
 カイのあざなは「戒」の他に五つあり、その一つが「改」であった。これはカイに妖力を偽る能力を与え、普段はカイの妖力を小さく見せている。結界を出たところをいずれかの存在に気付かれないようにするためだ。妖力は小さければ小さいほど見逃しやすく、従って隠れ身の結界もその存在を知られずに済む。また、結衣のように妖魔の実力を計りかねた式者を返り討ちにすることもできた。
 結界を出た途端、カイは身を竦ませるほどのピンと張り詰めた空気を感じとった。式者が辺りの様子を探っているのだ。場所は結界の張られた円角寺の最奥より南西におよそ三○○メートル。ちょうど北釜倉駅であった。まだ動く様子のない敵に一安心し、カイは跳躍してその場を離れた。家々の屋根を飛び移り、美術館の屋上に降り立つと、『改』の妖術を用いて、僅かに妖力を上昇させてみせる。自分の反応をあえて突然出すことで、結界の在処を欺くのが目的だった。本来ならば結界の存在そのものを秘匿すべきだったが、もしも敵が結衣を辿ってきているのなら、その痕跡が消える円角寺周辺が疑われるのは必至だ。なんとしても本丸の結界だけは守り抜きたいカイの苦渋の策であった。
 が、ここに来てカイの誤算は二つあった。
 一つはカイの妖力をほんの少し強くしただけで、式者がカイの存在に気付いたこと。もう一つはその式者の力を計り損ねたこと。
 カイは式者を戦闘により円角寺から意識を逸らし、後から来る予定のコウの援護を受けすぐさま離脱、北東の横濱へと逃げ延びる予定であった。もしも円角寺まで辿ってきているのなら、その周辺で現れた妖魔の後を追ってくるはずだ。その場合はカイは強力な味方と共闘できるし、そうでなければ円角寺から目を背けられるであろうという目算だった。
 問題だったのはカイの思惑に、「敵と適当に戦闘して意識を逸らす」ことが組み込まれていたのである。ある程度の対等な戦闘を行えることが前提にあった。ところが走り出した式者を――制服姿の少女を、美術館の屋上から遠目に見とめた瞬間、カイはくるりと身を翻した。
(おいおい……斬り合えば一合で殺されるなァ)
 かつてないほど明確な直感だった。
 力の限り屋根を蹴ろうと視界の下、色鮮やかに展開された青の呪文陣。多重円とその円周を繋ぐ幾多の多角形、円弧の間隙に紡がれた異国の言葉。其れは魔女術が編む告死の方陣だ。
 カイの背筋が恐怖に震えた。つんのめるように東へと体を跳ね飛ばす。
 次の瞬間、その背後に軋むような痛烈な音が響いた。
(詠唱一工程でなんてものを撃ちやがる……!?)
 背後で冷気の塊が爆ぜた。背中が零下の突風に爛れるのを感じながら、地面へと転がる。着物に付いた泥も払わず、一目散に駆け出した。飛び損ねたせいで、背後の気配との距離はすでに一○○メートルもない。追いつかれたら死ぬものと思って良い。
 振り返った。少女がまっすぐこちらに迫ってくる。無駄のない洗練された動きが、どこにでもいる女子高生の身成に酷く不釣り合いだった。
 式者に思わず目を留める。遠目に見ても分かるほど秀麗な容姿。同じ式者であった結衣よりも色っぽい体つきをしているが、全身に纏う冷たく澄んだ殺気がカイの理性を底冷えさせる。
(洗練された魔女術に戦い慣れた式者の空気。五百蔵の娘か……湘難の式者がこんなところまで遠征とはなァ……!)
 五百蔵菊里(いろおい くくり)の左手には藍色の光が揺らめいている。次第に大きくなる魔力の気配は、彼女が何らか魔術を撃つ兆しに他ならない。
(まずいな……あちらさんに全力詠唱なんぞされたら打つ手がない)
 どうすっかなァと振り向きざま、馴染んだ妖魔の気配が現れる。コウが結界から姿を出したのだ。
 ぴくりと式者が気を逸らした。その瞬間を逃すカイではない。ありったけの力で宙へと跳躍し、前転でもするように身を半回転させた。
「六のカイが一は『潰』」
 飛び跳ね、天地の逆返った視界。妖術で編まれた弓の弦を引き延ばし、添えた右手の指を離す。放たれたスミレ色の矢は直線を描いて式者へと疾駆した。
 少女は最小限に身をかわし、さらにカイへと追走する。その後ろで地面に突き刺さった矢が轟音を響かせ土煙をあげた。
(ちっ……! 結界で防御してくれれば多少は足止めできたものを。目も良いのかよ)
 さらに半回転して着地し、そのまま北の六国美山へと駆け入った。木々の間を縫うように最速で走り抜けても、いっこうに式者が引きはがされる様子はない。しかし山頂に先周りしたコウが待っていた。合流が果たせたのは都合が良い。各個撃破される危険がなくなった。
「カイの旦那!」
「コウ! 走れ! すぐ後ろだ!!」
「合点承知!」
 駆け出すが、やはり後ろの気配はひたりと付いてくる。むしろその差は徐々に縮まりつつあった。試しにばらまいた蜂蟲も、全て凍結の魔術の餌食になった。
「旦那、こいつはまずいぜ。あの式者、とんでもない手練れだ」
「知ってるよ。五百蔵のご息女だ。対抗しようものならお前があと三人はいる。俺なら十人いても敵わねぇ」
「でもこのままじゃあじり貧だ」
「近くにだだっ広い校庭の中学がある。そこでやり合おう。最低でも、」
「旦那だけは逃がすよ」
「生意気なヤツだなァ……!」
「旦那」
 それまで軽い調子だったコウの声が、急に深刻さを帯びた。
「真面目な話だ。俺は確かに旦那よりかは腕っ節に自信あるが、生き残ってもそれだけの戦力にしかならねぇ。だが旦那は違う。俺と違って旦那には旦那にしかできないことがある。旦那にしか見えてないものがあるはずだ。今は非常時だぜ? 神奈河のそこかしこで俺たちの同胞が八つ裂きにされてる。鶴陵の巫女がいる以上、妖鬼様達だって簡単に動けねぇんだ。旦那が死んじまったら釜倉の妖魔はどうすりゃあ良い? なぁ、旦那。どうしてあざなを六つしか持たない妖魔が、旦那旦那って慕われてるんだよ? あんたにそれがわからねぇはずはない。だから、旦那、俺の言いたいこと分かるよな? 旦那の役に立ちてぇんだ」
 一瞬、返す言葉に詰まった。その事実だけで、言いたい言葉が全て断ち切られた気がした。
 中学校の校庭をカイは通り抜け、そして一人、コウが残った。
「旦那、また後でな」
「……おう」
 別れの挨拶は、信じられないほど呆気なかった。
 追いついてきた式者はここにきて初めてその速度を緩め、コウと二○メートルほどあけて歩みをとめた。睨み合い、両者は真っ向から対峙する。
「妖魔コウと申す。俺の持つ七のあざなにかけて、あんたと死合願いたい!」
「……葛原丘宮の巫女、木乃峰結衣を知ってる?」
 ぽつりと零された問いに大声で返す。
「知るか!」
「そう。じゃあ用はないか」
 式者、五百蔵菊里は藍の光を湛えるその左手をかざした。

     


     

◆◆◆

 矢部彦麻呂(やべ ひこまろ)は俗に言う陰陽師である。脂ぎった顔には無精ひげを生やし、中年太りで脂肪がまとわりついた腹は式服から盛り上がっていた。黒の狩衣に紅の細帯が通る礼装、その外見こそ勇ましいものの、彼の持つ空気には式者の発する緊張感に著しく欠けていた。
 妖魔と式者の距離は一般人とのそれよりずっと近い、故に式者はほぼ常に死と隣合う。腕に覚えのある式者でも、数に勝る妖魔に囲まれたら苦戦を強いられるのは必至だからだ。だからこそ式者は位相のずれた空間では常に神経を研ぎ澄まし、妖魔の気配を辿る。戦いの中に身を置く者の精悍さは顔つきや空気にすぐ現れる。ところがこの陰陽師、そう言ったものがまるでない。品のない笑みを浮かべるその表情が、醜悪とそしりを受けるのも頷けるほど。当然にして矢部彦麻呂は式者達に疎まれる存在であった。妖魔を狩るところをほとんど目撃されない彼は、「エセ陰陽師」と陰口をたたかれている。見かける所は雀荘かパチンコ、競馬くらいだった。人生を舐めきったダメ人間というのが、周囲の一致した評価である。

 神奈河は織田原、ここでも位相のずれた空間では妖魔が跳梁跋扈し、式者は虎視眈々と刃を研ぎ澄ませている。他の地域とやや情勢が異なるのは、織田原の妖鬼、ゴウキが獅子奮迅の振る舞いをみせ、この地域では妖魔が優勢であることだ。閉鎖された神奈河にあって、織田原はまさに激戦区と言えた。
 その織田原の端、ちょうど結界の境に矢部はいた。相も変わらず緊張感はなく、どころか赤みが差した顔は酒気帯びの証でもあった。最前線での飲酒になど、他の式者に見つかれば叱責ものの愚行だが、彼にとっては幸運なことに、辺りには式者妖魔いずれの気配もなかった。
 矢部の節くれ立った太い指が結界を這い、ぺたりと手の平を押しつける。じぃっとその結界を睨み、矢部はにやと醜悪な笑みを浮かべた。
「複雑怪奇な結界だ。妖魔を封ずるだけのものではないな。しかもなにやら陰惨な思惑を感ずる。ぐふ、ぐふふふ……。鶴陵の巫女、どうも風聞通りの純粋無垢なオンナではないらしい。……しても恐ろしや恐ろしや、神奈河を覆うこのバカでかい結界に、俺すら読み解けぬ幾重の呪術、一ヶ月にわたり結界を維持する精神力、どちらが化け物か分からんなどと生易しいことは言えんな。化け物を飼うは我ら人間の側であったか」
 矢部は結界から手を離し、くるりと織田原に気配を向けた。
「……まァ良いわ。いずれにせよこの箱庭を妖魔は逃げ出せんのだ。待っておれよ雌の妖魔ども、犯し嬲り骨の髄までしゃぶり尽くしてやるでのう……!」
 漆黒の狩衣揺らし、中年陰陽師はのそりと闇夜に歩を進めた。

       

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Neetsha