Neetel Inside ニートノベル
表紙

T-れっくす
1st Album 20センチェリーボーイズ

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オッス!俺、平野洋一!県立向陽高校に通う高校1年生。桜の咲く季節、高校デビューを果たしたボクはあこがれの軽音楽部に入部!

部活に入ったら「けいおん!」のアニメのように可愛い女の子がいっぱい!もちろん思い出もいっぱい!!ライブの後にバンギャのけいちゃん

と一緒に路地裏を歩く俺。「あれ?こんなとこにホテルが...」「わたし、ライブで汗かいちゃった。ちょっとシャワー浴びてこうよー」

そしてホテルで結ばれる俺とけい。そうなるはずだった。そうなるはずだったんだよォー!!!


「おい、テメー。もう二度と部活にくるんじゃねーぞ」
「次にバンドやりてぇなんて言ったらこのチンポコ写真、屋上からばらまくかんな」

体育館の準備室。ボクは丸ハダカにされ手足を縛られたまま床に転がされていた。1つ先輩の青木田がボクの腹をつまさきでつつく。

「テメーみたいなずんぐりむっくりがバンドやって女喰おうだなんて百年はえーんだよ」
「まーこんな包茎短小チンポコだったら高校卒業まで童貞だろーけどよ」

ミヤタがプリントアウトしたボクの性器が写ってるプリントをぴらぴらさせながら言うとゲラゲラとした笑いが部屋に響いた。後ろにいた

岡崎がボクのサイフから札を抜いてみんなに見せた。

「おい、こいつ2万もってたぞ」
「おー金もってんじゃんお前」
「1パチ行こうぜ、1パチ」

そう言うと3人はドアを閉め準備室から出て行った。ちょっと、ボク、まだ縛られたままなんですけどォー。ピシャリという音を聞くと

視界が暗闇で閉じられた。どうしてこんなことになっちまったんだよ...声を出して助けを求めたいが口はタオルで塞がれておりモゴモゴと

音が漏れるだけだ。ボクはただ純粋に軽音楽部に入ってバンドがしたかっただけだ。なのになんだこの仕打ちは。まるでレイプじゃないか。

レイプという単語を思い浮かべるとなぜかボクのドラムスティックが大きくなり出したので違うことを考えることにした。どれくらいここに

放置されるんだろうか。はー、なんだか泣けてきた。

「いーじゃん。しよーよ。ここでよくない?」
「おまえ、ここはまずいだろ」
「こーゆう所のほうが燃えるじゃん。今日はちゃんとゴムしてよね」

ドアの向こうで2人組の声が聞こえる。おお、神よ。ボクはこの瞬間、自分の人生の終焉を実感した。ガラっとドアが開くと閃光のような

ヒカリがボクの網膜に焼きつく。茶髪でブルーのパンツを履いた雌犬のような女子高生はボクを見下ろすとぴしゃり、とドアを閉めた。

終わった。ちんこ見られたのに助けてもらえなかった。そんなことより明日からどうやってこの学校で生活していけばいいんだ。ボクは

あまりの悔しさで床にうつぶせになった。そしてなぜか自分の下半身を体育マットに擦りつけた。自分で自分を慰める。それ、すなわち、

自慰。ボクの軽音楽部に対する怒りは青パンツの女の子への性的欲望へ変わりやがてそれは快楽へと昇華した。白濁したそれをマットに

ぶちまけるとボクは自分のしたことを大変後悔し、たまたまボクを見つけてくれた用具員の後藤さんにマットを汚したことを涙ながらに謝罪した。


体育館の準備室での緊縛プレイ。それがボクの人生初の「ロックンロール体験」だった。伝説はここから始まっていく(たぶん)。

     

夕暮れ時の公園のベンチ、ボクは大きくため息をついた。

軽音楽部の先輩に丸ハダカにされ体育館の準備室に放置されたボクはたまたま部屋にヤリ目的で訪れた篠岡冥砂(しのおかめいさ)という

女に見つかり、ボクを助けてくれた用具員の後藤さんが誰かに漏らしたのかボクのあだ名は今日から「縛られオナニー野郎」という

最悪のモノになっていた。

「しばおな」

「けいおん!」のように自分のあだ名を復唱すると生暖かい風が鼻先をなでて行った。視界を前に移すと自転車を押す長身の男子と黒髪

の女の子がこちらを見つめている。目が会うと男子が手を振る。

「おーい、ティラノ、ティラノじゃねぇか!」

ティラノというのはボクの中学時代のあだ名だ。英語のおじいちゃん先生がボクに問題を当てるとき「ティラノ」と言ったのがきっかけで

それが卒業まで定着していた。それを思い出した

ボクがにやりとした笑みを返すと2人は入り口を通り公園に入ってきた。この2人は中学からの同級生の鱒浦翔哉(ますうらしょうや)と

坂田三月(さかたみつき)さんだ。三月さんが「ティラノ君、元気?」と首をかしげて聞いたのでボクは立ち上がり

「はい!ゴクウに分けてもまだ余るほど元気です!」と声を裏返すと鱒浦ことマッスが笑いながら言った。

「おまえ昨日は散々だったな。学校の掲示板にも書かれてたよ。おまえ、これからどーすんの?」
「え、昨日何かあったの?」

三月さんがマッスに詳細を聞こうとしたがボクが首を横に激しく振るとマッスは咳払いをして話を切り替えた。

「そんなことよりさー俺ら入学してそろそろ1ヶ月じゃん?学校にはもう慣れた?三月さん」
「うん。最初は緊張したけどみんないいひとばっかりで毎日が楽しいよ」

三月さんがにっこりとステキな笑顔をマッスに返したのでボクは悔しくなり話に乱入した。

「そうだね!ボクと三月さんは小学生の時から知り合いだから仕方ないね!」

なにが仕方ないのか。今思えばなんの脈絡も無いセリフだが三月さんはボクにも笑顔を返してくれた。

「うん。ティラノ君は小さい時から知ってるよ。そりゃもうティラノ君がレックスの時から知ってるよ」
「まー、あっちの方はまだまだレックスのままなんだろうけどな」

マッスが話に加わると三月さんが頭に?マークを浮かべたので「余計な事いうんじゃねぇ。このチャラチャラヘッチャラ男!」とマッスを

なじった。無論、心の中で。気まずくなったのかマッスは本心を切り出した。

「なぁティラノおまえ、このままで悔しくないのかよ」

ボクはどきっとして昨日の事件を思い出した。女の子のパンツを正面から見たのは初めてだった。いや、たぶんマッスが言おうとしているのは

そのことではないだろう。マッスは続けた。

「おまえ高校に入ったら自分のバンド組んで世界を変えたいとか言ってたよな。それなのにヤンキーのおもちゃにされてていいのかよ」

ボクが下を向くと三月さんが心配そうな顔をしているのがなんとなくわかった。ボクは言葉を振り絞った。

「ボクは別に世界を変えようと思ってたわけじゃない。ただけいおん!に出てくるような女の子とウフフキャッキャッとした高校生活を
過ごしたかっただけなんだ。ヤンキー女にちんこ見られて興奮する高校生活。それもまぁありかな、って最近は思ってるんだ」

ボクが前を向くと三月さんが心の底から気持ちが悪いという顔をボクに向けているのがなんとなくわかった。マッスが呆れたように言った。

「おまえ、モテたいんだろ」
「ええ、モテまくりたいです」
「だったらバンドやれよ。バンドやったら女喰いまく、いや、学校のみんなの見る目も変わるぞ。影でお前のことを悪く言うヤツもいなくなる。
ヒーローになる時、Ah、それは?」
「今!」
「そうだ。俺も協力してやっから。あの軽音楽部のヤツらに一泡吹かせてやろうぜ!」
「そうだよ!私も2人が協力してバンドやればいいって前から思ってた!鱒浦君はベースやりなよ」
「え?俺楽器全然出来ないんだけど」
「よし!そうなったら決まりだ!今すぐ退部届出してくる!」

ボクがベンチから駆け出すと「やれやれ」とマッスが小さく言うのが聞こえた。そうだ。あんなクソみたいな部活、辞めてやる。

そして自分のバンドを組むんだ。5時を知らせる鐘と共にボクは向陽高校の入り口をくぐった。

     

ボクが軽音楽部のドアを開けると2年の不良学生岡崎、ミヤタがテーブルに座り、奥の方に青木田が立っていた。ボクは勇気を振り絞って連中に言った。

「ちょ、ちょっと言いたいことがあるんれすけろォオ~」

岡崎が唾を吹きだしてボクを笑う。

「なんだお前。また縛られに来たのか。この変態オナニスト」
「まさかまたバンドやりたいです、なんて言いに来たんじゃねぇだろうな、短小野郎」

ミヤタが岡崎に便乗してボクをからかう。「舐めてんじゃねぇぞ。このゴミカス共!」とは言えずボクは下を向いたまま入り口に立っていた。

部屋の奥にいた青木田が話しかけてきた。

「まぁまぁ。平野君もこの軽音楽部の一員だろ。ここはひとつ、ゆっくり話を聞かせてくれよ」

青木田がテーブルに座るようボクに促した。テーブルに座っていた二人は意外、という顔をしたが青木田の目を見るとすぐにニヤニヤとした

表情に戻った。ボクがイスに座ると青木田が「平野君、ティーはいかがかね?」とボクに飲み物を勧めてきた。いつもとは違う対応の青木田に対して

「はい!お願いします!」とボクは反射的にお茶をオーダーした。この人たち、放課後にお茶会をしてるなんて結構かわいいところあるじゃないか。

もしかしてボクと同じように「けいおん!」とか見てるのかな。お茶の準備が整い、青木田がポットをティーカップにジョボジョボと注ぐと

「ささ、熱いうちにお飲みよ」とボクの前にカップを差し出した。ボクは先輩の好意に甘えお茶を口に運んだ。口の中に正体不明の苦味が

広がる。ん?なんだこれ?岡崎とミヤタがニヤけた顔をボクに向ける。口からカップを放そうとすると

「ほら、一気に飲み干せよ。先輩のいう事が聞けねぇのかよ」

と青木田が煽ってきたので僕は残りのお茶を飲み干した。岡崎が立ち上がりカップの中にお茶が残ってないことを確認すると3人は大きな

声でゲラゲラと笑い始めた。

「こいつ!飲み干しやがった!」
「マジで!ありえねぇ、普通途中で気づくだろ!」
「あーあ、これでこのポットとカップ、使えなくなっちまったよ」

どういうこと?3人を眺めていると岡崎がボクに言った。

「お前が飲んだのは青木田のションベンだよ」

ボクはそれを聞いて目の前が真っ白になった。「どーせならミルクもサービスしてやればよかったのによ!」ミヤタがテーブルを叩きながら

大笑いする。青木田はボクと目が合うと「汚たね。飲尿野郎」と罵ってきた。この野郎ぉ~!お前が注いだんだろうが!ボクは一気に気持ちが

悪くなりえづきだした。その様子を見てまた3人が笑う。ボクの怒りは頂点を超えた。

「たいばん!」

「は?なんじゃそりゃ?気持ち悪ぃアニメかなんかか?」

ボクが立ち上がりテーブルを叩くとミヤタが怖い顔をして言い放った。威圧感に負けないよう、テーブルの端を掴んでボクは続けた。

「ボクは今日かぎりでこの軽音楽部をやめしゃしぇてもらいます!そしてボクもバンドを組んで対バンしてあんた達に一泡吹かせてやる!」

言えた。ちょっと甘噛みだったけど言えたぞ。「一泡吹かされたのはてめぇじゃねえか」ミヤタが立ち上がる。

「調子コイてんじゃねぇぞコラぁ!」岡崎も立ち上がる。あれ?これ、ぼこられコース?殴られる覚悟を決めようとすると「まぁ待て」

とテーブルに足をかけた青木田が2人を諭すように言った。青木田はボクの顔を見るなり続けた。

「お前みたいなチビの短小クズにバンドが出来る訳ねぇだろうが。てめぇみてぇなナヨナヨしたカス野郎には誰も付いてこねぇよ。とっとと家に帰って
お前の好きなけいおんとかいうアニメのキャラでオナってろや」

ブッチーン。ボクの中で何かが切れた。ドアノブに手をかけるとボクは叫んだ。

「お前らみたいなチンピラDQN野郎、オレがバンド組んだら一瞬で蹴散らしてやる!ケツの穴洗って待っとけや!」

暴言を言い放つとボクは音速のスピードでドアを開け、部室を出ると「今日は律っちゃんで抜くからな!」と言い残し全速力で学校を後にした。

言っちまった。とうとう世界に喧嘩売っちまった。帰り道で夕日を見つめながらボクは思った。こうなった以上、本当にバンドを組んであいつらを

見返すしかない。頭の中に色々な考えがぐにゃぐにゃと巡ってきた。いかん。すこし冷静になって考えねば。ボクは家に帰ると部屋にこもり

ネットで落としたけいおん!の田井中律ちゃんのエロ画像を見ながらセンズリをこき、ひとしきり情熱という名のJAMをぶちまけると

疲れてそのまま眠ってしまった。

     

ボクが「けいおん!」に出会ったのは去年の夏の蒸し暑い夜のことだ。受験勉強が夜中まで続き、気分転換がてらにテレビをつけると

ハイテンションな音楽と共に画面がぐるぐる回る女子高生のアニメが始まった。ボクはそれまでアニメは「ドラえもん」とか親戚のアニキ

と一緒に見ていた「ドラゴンボール」の再放送くらいしかまともに見たことがなかった。話はどうやら主人公の女の子サイドの卒業式のようで

しばらく見ていると後輩の女の子が「先輩、卒業しちゃいやです!」と泣き始めた。するとどうしたことだろう。上級生の女の子達はそれぞれ

楽器を持ち後輩の女の子に向かい演奏し始めた。その時ボクに電流が走ったのを覚えている。一見普通の女子高生が奏でる美しいメロディ、

可愛らしい歌声。その曲は受験勉強で荒んでいたボクの心を癒し...あー、なんってゆーかすごく感動したっていうことですよ!おねぇさん!

その後ボクは「けいおん!」のアニメをしかるべき所からダウンロードし(ほんとはやっちゃいけないらしい)アニメの一期から二期の最終回

まで取り付かれたように毎日観賞しつづけた。その結果、志望校より2ランク下の向陽高校にしかうからなかったが「けいおん!」という

自分がのめり込める趣味が見つかったことがたまらなく嬉しかった。お金がないからフィギュアやBDが買えないのが少し残念だけどね。


午前2時すぎ、ボクはベッドの上で目を覚ました。そっか、軽音楽部に喧嘩を売ってその後律っちゃんでオナニーして眠ってしまったのか。

明かりとクーラーが付けっぱなしの部屋でボクは部屋の壁を見つめた。あずにゃんのポスターや雑誌の切り抜きが一面中を埋め尽くしている。

よし、次はあずにゃんだ。ボクはGTOの鬼塚先生のように水着姿のあずにゃんを指さすとおもむろに服を脱ぎ、親指と人差し指で輪をつくり

息子をしごき始めた。ネットで落としたAVを見ると自分よりちんこが大きい男優が多くて少し萎えてしまうことがある。やっぱオナニーは

妄想に限る。「よーいち君!世界を変えるのは想像力だよー」主人公の平沢唯ちゃんの声が脳髄を突き抜ける。ああ、ユイニーもいいなぁ。

そんなことを考えているとボクの息子は今夜2回目のフィニッシュを迎えた。終わり汁をティッシュでふき取ると再び睡魔が襲ってきた。


「よう!おまえ、とうとうやったんだって?」

登校中、マッスが話しかけてきた。他の生徒達が振り返る。誤解されるような言い方すんな。童貞捨てたと思われんだろ。

「掲示板見たけどよ、先輩に喧嘩売った以上、本当にバンド組むしかないぜ。おまえ、楽器弾けんの?」

また掲示板かよ。うちの学校の情報網は一体どうなってんだ。

「いや、なんかあの時は勢いで言っちゃって。適当にごまかして逃げようかなって」

ボクが頭を掻くとマッスがボクの耳に顔を近づけて言った。

「おまえそれはマズいって。軽音楽部のボスの青木田はヤクザの息子なんだぜ。筋の通らない事やったら組織に消されるって」

それを聞いてボクは股間がきゅ、となった。ヤバイヤバイヤバイ。楽器なんて小学校の時にやったトライアングルくらいしか出来ない。

「とりあえず、オレも協力してやっから。メンバー探しとけよ」

そう言うとマッスはボクの肩をたたき他の友達の方へ走っていった。メンバーか。そんな簡単に集まるだろうか。


「ねぇ!キミ、1年の平野洋一くんだよね?」

昼休み。後ろから声を掛けられた。振り返ると同じくらいの身長の男子生徒が立っていた。「はぁ、そうですけど」ボクが答えるとその人は言った。

「おれ、2年の山崎あつし。昨日たまたま第2音楽室の前を通りかかったらアイツらに暴言吐いてるヤツを見かけたからさ。色々調べたら

キミだってことがわかったんだ。なんであんなこと言ったの?」

ボクは頭を抱えながら昨日言ったセリフを思い出した。「今日は律っちゃんで抜くからな!」今日のおかずを報告してどうする。

「とにかくアイツらにケンカ売るなんてスゲェよ!バンドやるんだろ?良かったら元軽音楽部のおれが力を貸してやらないこともないかなー
と思ってさ」

え、何?この人、ボクと一緒にバンドやりたいって言ってるの?ボクは彼の手を握り「ありがとうございます!お願いします!」と大声で言った。

「はは、前々からおれもバンド組みたいと思ってたんだ。それよりさ、おれ、つまぶきさとしに似てねぇ?」
「いや、伊藤あつしに似てますけど...」
「あーあ、やっぱりバンド入るの、やめよーかなー」
「いやいやいや!わ!ここに日本アカデミー賞受賞者がいる!オ・レ・ン・ジ・デイズ!」

B'zのウルトラソウルのように叫ぶと山崎あつし君は満足そうに笑った。

「あ、おれの方が上級生だけど別にタメ語で構わないから。放課後、どっかで会える?」
「じゃ、ここで。先輩、期待してます!」
「はは、タメ語でいいって。昼休み終わるからこの辺で失礼するよ。じゃな」

そう言ってあつし君は走り去っていった。こんな簡単にバンドメンバーが集まるなんて。なんてご都合主義なんだ。とにかくこれで3人

いるからバンドが出来る。ボクはこのことを報告すべくマッスの携帯を鳴らした。

     

「よし!じゃあみんなでカラオケ行くか!」

「はっ?」ボクとあつし君が顔を見合わせる。下校中、マッスがボクらの方を向き直って言った。

「バンドメンバーが集まったからパートを決めるんだよ。一番歌がうまいやつがボーカルな。それに、」

マッスが親指でくいくいと三月さんを指差した。

「私も一緒に行きたいな、って思って。ダメかな?」
「いやいやいや!大歓迎ですっ!おれ、山崎あつしって言います!よろしくです!」

あつし君が三月さんに自己紹介した。「は、はい。私は坂田三月です」三月さんが恥ずかしそうに言い返した。

「よ、よろしく!坂田さん!」
「いや、三月でいいです」
「いやいや、よろしく坂田さん!」
「いやいやいや、三月で」
「いやいやいやいや、坂田...」
「いーかげんにしろ!この豚鼻チビ!」

ブチ切れた三月さんに驚いたあつし君がボクの腕に抱きついた。ボクはあつし君に事情を説明した。

「三月さんは苗字で呼ばれるのが嫌なんだよ。関西に住んでたとき『アホの坂田』って呼ばれて馬鹿にされてたらしいよ」
「アホなのか馬鹿なのかハッキリしろよ」
「私はアホでもバカでもないです!こないだの小テスト100点だったもん!」
「ほらほら、ケンカすんなって。あつし、三月さんに謝れよ」

子競り合いするボク達に収拾をつけるためマッスが仕切った。あつし君がごにょごにょとした口調で話し始めた。

「ご、ごめんな。み、みつ、あ~ダメだ!おれ女子に免疫ないから名前で呼べねぇ!」

三月さんがあぜんとした表情をしたのでボクはあつし君の肩を抱いて慰めた。

「最初は緊張するけどすぐ慣れるよ。ボクも初めて女の子を名前で呼んだ時は緊張したよ。まぁかくゆうボクも童貞だがね」
「そんな...いきなり2人に童貞カミングアウトされるなんて...私、こういう時どういう顔したらいいかわかんないよ...」
「『気持ち悪いんだよ。このカス共』って顔すればいいと思うよ。おら、昼料金4時で終わるからさっさと行くぞ」

マッスがボクらを急がすのでその後をついてボクら商店街にあるカラオケ屋に入った。4人が席に着くとマッスが曲を入れるタッチ式の機械を持って言った。

「さぁ、誰が一番最初に歌う?誰も歌わないんなら俺から入れるけど」
「ちょ、ちょっと待った!」

ボクがマッスを呼び止めた。ここは最初にルールを確認したい。

「みんな歌う時スタンディング派?それともシットダウン派?」

ぼけっとした顔をあつし君が返す。マッスが呆れた様に言った。

「おまえだけ歌う時立ってればいいだろ。それじゃ俺から」

ボクの質問を無視するようにマッスは慣れた手つきで機械を操作して曲番号を入力した。ディスプレイの画面に大きく「HONEY」の文字が浮かぶ。

「あー、知ってる!これラルクアンシエルの曲でしょ?」

三月さんがまだ喋ってる途中なのにマッスは急に歌い始めた。やれやれ。空気の読めないやっちゃ。その後もマッスは自分の世界に入り込んだように

曲を入れ1人で3曲も歌いやがった。我慢しきれなくなり機械を取り上げるとボクは国民的なあのメジャーソングを歌うことにした。

「え?ティラノ君、この曲、アレの歌だよね?」

予約された曲のタイトルを見て三月さんが振り返った。ボクはマッスが歌っている本人出演PVのビジュアル系バンドの曲を演奏中止にすると

マイクを握り立ち上がって言い放った。

「バンドのボーカルはオレに決まってんだろ!魂のこもったオレの歌をきけーい!!」

ボクのシャウトともに曲がスタートした。ボクが入れた曲は「けいおん!!」のオープニングソング、「GO!GO!MANIAC」。

三月さんが悲鳴のような歓声を上げるとボクは力の限り高音を振り絞り歌い始めた。

「やばい!止まれないぃー、とまらないぃー、ごほほ...うへ...ごーまにあっく」

マッスとあつし君が大きく体を揺らしながら笑い転げる。ふん、オレの感性は常人にはわかるまい。途中えづいたりリズムが取れなくなった

りしながら最後まで歌い切った。すると画面が待ちうけの画面に切り替わらずそのまま点数採点のドラムロールが鳴った。マッスに曲の途中で

勝手に設定されたらしい。みんなが画面を注視する。結果は...28点!ぱっぱぱーらっぱーという情けない音が部屋の中に鳴り響く。

「こいつ!マジで!?28点なんて初めて見た!」
「おまえ、まじでこれでバンドのボーカル出来ると思ってんの?やばくねぇ!?青木田に埋められるぞ」
「ティラノ君...来世で頑張ろうね」

全員が口々に笑いながらボクの悪口を言う。なんだこいつら。機械の採点に心を支配されやがって。そんなことだから父ちゃんが機械に仕事を

取られて会社をリストラされるんだ。ぶつぶつ文句を言っていると三月さんが曲を入れた。曲はaikoで「桜の時」。男臭い部屋の空気が

一気に桜色に変わっていく。この表現、意味わかんねぇな。マッスが調子に乗って指笛を吹く。

「いいよー三月ちゃん。女の子っぽいよー」
「ミッツさん歌うまい」

野郎2人が恥ずかしそうに歌う三月さんに声援を送る。喉が疲れたのでボクはドリンクを口に運んだ。まぁ正直言うと三月さんはあまり歌が

うまくなかった。ほらまたキーをひとつぶん外してる。そんなことを考えながら聞いていると採点マシーンは89点を叩き出した。

「おいこれ壊れてるだろォ~ボク店員に文句言っちゃっていい?言っちゃっていい?」

ボクが電話を掴もうとするがみんなボクを無視して勝手に盛り上がっていた。いじめってこうやって始まるのか。

「ミッツさんうまいよ!おれ、すっかり聞きほれちゃったもん!」
「ありがとう。次はあつし君の歌が聞きたいなー」
「え、おれカラオケなんて親としか来たことねぇし...」
「歌えよ、おまえも一応ボーカル候補なんだし」

マッスに言われるとあつし君は機械を操作して曲を入れた。曲はポルノグラフティの「アポロ」。

「あー、これは安牌だわ」
「定番だね。揺ぎ無いわ」

ボクとマッスが冷やかすと曲の途中で「うるせぇ!」とあつし君が言い返した。点数は68点。見た目通り平凡な点数だ。

次にマッスが曲を入れた。ボクはその曲のタイトルに見覚えがあった。マッスが歌いだすとボクはその曲を完全に思い出した。

「ぼぉくはつ~い、み~えもしないものにぃ~たよって、にげるぅ~」

ミスターチルドレンの「NOTFOUND」だ。ドラマの再放送でタイアップ曲として使われていたのでドラマの放送中、毎日この歌を

聞いていた。サビに入ると突然マッスがマイクを下げ「あ~声でねぇわ」と言い携帯を打ちはじめた。三月さんとあつし君も飽きてきたのか

ドリンクの氷をストローで突付いたりしている。なんかもったいねぇな。ボクはマイクを持ち2番から歌い始めた。

「あのおぼつかな~い、子守唄を~ホゥもう一度~ホゥもう一度~」

みんながボクの方をみつめる。いつも無視されているボクが注目されてる。なんだか気味が悪いけど不思議と気持ちがいい。曲が終わると

採点ドラムが鳴り点数が表示された。点数は74点。ボクはおもわず「ホゥ」と裏声を漏らした。マッスが機械を持ってボクに言った。

「なぁティラノ。この曲歌ってみろよ。なんとなく知ってるだろ?」

そういうとマッスは曲を入れた。曲はラルクのDIVE TO BLUE。中学の時お昼の校内放送で放送部だったマッスがこの曲をよくかけていたので

なんとなく知っていた。体をくねくねと揺らしながら歌い始めると「ちゃんとやって」と三月さんにダメだしされたので真面目に歌うことにした。

歌いきると点数が表示された。点数は81点。あつし君が「おお~う」と声をあげる。マッスが「ティラノ、これも歌ってみて」と次の曲を入れた。

3曲目はミスチルの「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」。親戚のアニキが上京する時にこの曲のCDをくれたのでよく聞いていた。

「ねぇ変声期みたぃな吐息でイカせて~野獣と化してあ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~」

下ネタの歌詞に三月さんが目を背ける。やれやれ。ボクは半勃起した。後半が高音の連続でかなり苦しかったがなんとか最後まで歌い切った。

ドラムロールが鳴る。点数は89点だ。おもわずマッスが立ち上がった。

「よし、決まりだ。ティラノ、おまえがバンドのボーカルやれ」
「ええ?こいつでいいのかよ!?」

あつし君も立ち上がる。ボクはマッスに顔を向けた。

「ティラノは高音が伸びるんだ。それに本人は気づいていないだろうけどビブラートをかけるのがうまい。俺達の中で一番可能性があるよ」
「いいの?ルックス的には鱒浦君がボーカルやった方が女の子は喜ぶよ。たぶん」
「いいんだ。それに」

マッスが真剣な顔をして言った。

「おまえが先頭立ってフロントマンやらなきゃ誰が青木田軍団に対抗するんだよ。おまえが売ったケンカ、俺達がななめ後ろからサポートするからよ」

ボクは驚きと嬉しさでどういう反応をみんなに返していいか分からなかった。マッスは親友だけど人にこんなに褒められたのは初めてだった。

ボクはとりあえず電話を取るとカウンターに「バニラシェイクひとつお願いします」と注文した。こんな終わりかた、どう?

     

「おし、それじゃ行こうぜ。2人とも金持ってきたか?」

みんなでカラオケに行った次の日の放課後、マッスがボクとあつし君に聞いた。ボクは制服の胸ポケットから封筒を取り出すと

「イッツオーライ!オレのギターで世界を変えてやるぜ!」

とテンション高めに叫んだ。あつし君がボクを見て「いまから買いにいくんだろ」とつっこむ。そう、今日はみんなで楽器を買いにいくのだ。

昨日のカラオケ屋でボクらはこんな会話をしていた。

「よし、じゃあボーカルはティラノで決まりな。楽器のパートはどうする?」
「私はベースは鱒浦君がいいと思う。背が高いからきっと女の子に人気出るよ」
「えっ、そうかなぁ。じゃあオレ、ベースやるわ」

なんということでしょう。このチャラ男、人に聞いておいてボクらの意見を聞くこともなく勝手に自分のパート決めやがった。取り残されたボクと

あつし君は顔を見合わせた。

「あつし君、なんか楽器やったことある?」

ボクが聞くと意外な答えが返ってきた。

「あ、おれ前のバンドでドラムやってたんだ。とりあえず今回もドラムでいいよ」

え?そうなの?「それじゃ、必然的にギターはティラノ君に決まりだね。ギターボーカル、かっこいいじゃん!」三月さんがボクに言ったので

ボクがなんだか知らんけどバンドのフロントマンでギターボーカルに決まった。わかりやすく「けいおん!」でいうと唯ちゃんのポジションだ。

それを実感するとテンションがアガってきた。これでボクもモテまくりのヤリまくりだ。グッバイトゥバージン、フフーン♪

浮かれた気分で歩道を歩いていると壁際にいた中学生の足をふんずけてしまった。「あ、ごめん」ボクが平謝りすると金髪の少年は言った。

「どこ見て歩いてんだ、クソ野郎。殺すぞ」

えぇ~、ボクの方が高校生で先輩なんですけどォ~。「す、すいません!なんでもしますから!」ボクが頭を下げるとマッスが近づいてきて

「おい、ガキ。うちのダチになに因縁つけてんだ。あんまり調子乗ってるとシメるぞ」

とドスの聞いた声で見下ろしたので少年は舌打ちをし、「覚えてろよ、このずんぐりむっくり」と捨てゼリフをのこして走り去って行った。

マッスが呆れたようにボクに言った。

「おまえさぁ~、すぐになんでもするなんて言ってビビってどうすんだよ。ライブハウスなんかいったらあーいうチンピラ気取りのガキ共が
たくさんいるんだぞ。今のうちからそのヘタレ癖、なんとかしとけよ」

マッスにそう言われると「う、うるせぇな!ごめんね。ありがとう!」と訳のわからない返事を返した。少し歩くと目的地の「たかむら楽器」

が見えてきた。ここは市内でも一番の品揃えの店だとあつし君に教えてもらっていた。入り口を開けると見覚えのあるイラストが目に飛び込んだ。

うおお!「けいおん!」で唯ちゃんや澪ちゃんが弾いていたギターやベースが置いてある!ボクは一目散にその場所まで走るとギターに抱きついた。

「唯ちゃんのギターみっけ!これで心はいつでも一緒だよ、唯にゃん♪」

するとものすごい勢いでマッスと店員が走ってきて「バカ!止めろ!」「お客様!困ります!」と口々に叫びボクとギターを引き離した。

「なんだ!二人の愛を引き裂くつもりか!」ボクがマッスに言うとあつし君がPOPを指差した。ボクがそれをみると値段が250000円と

書かれている。「に、にじゅうごまんえん!?」ボクが飛び上がるとあつし君が説明した。

「このギターはギブソンのレスポールっていってギターの中でも最上クラスのシロモノなんだ。とても俺達には手が出せるモノじゃないよ」
「で、でも唯ちゃんはバイトしてこのギターを...」
「そんなもんはファンタジーの世界だろ。店員さん、初心者向けのヤツ、お願いします」

マッスは店員にそう言うと店の奥の方へ歩いて行った。あずにゃんのギターを眺めているボクに「ほら、行くぞ」とあつし君が襟首を引っ張る。

ボクは愛しの「けいおん!コーナー」にしばしの別れを告げ「初心者向けコーナー」へ歩いて行った。


「こちらはアイバニーズというメーカーのジャズベースです。ボディにはライトアッシュを使っていて軽く、ライブや練習で使いやすいんじゃ
ないかと思いますね」

二つ結びの女の店員は青色のベースを持ちマッスに商品の紹介をした。ためしにベースを持たせてもらったマッスは

「うわ、ベースって重いんだな」と言いながら指でベースを弾く動作をした。「ためし弾きしてみますか?」店員が言うと

「へへ、弾けないんで遠慮しておきます...」と笑いながら肩からベースをさげた。ボクが値段のPOPを見ると¥35000と書かれてある。

「おい、そんなにお金あるのか?」ボクがマッスに聞くと店員さんが言った。

「いまキャンペーン中でしてベース本体とソフトケース、アンプなどの初心者セットがついて30000円で販売してるんですよー。
買うなら今しかないですよ。お客さん」

おお、この店員さんなかなかやりおる。「うーん、昨日じいちゃんから小遣いもらったしな」マッスはそう言うとサイフを取り出し

「これ、ください。現金払いで」とアイバニーズのSR300を指差して言った。「おお~!マッス、太っ腹!!」会計するマッスにボクが

言うと「ほら、おまえもギター買いに来たんだろ。早く目当てのやつ探しとけよ」そう言われたのでボクはギターコーナーでなるべく安い

ギターを目で探した。「ティラノ、予算はどれくらいあるんだよ」あつし君が聞いてきたのでボクは封筒を取り出し、中のお札を見せた。

「はぁ?!3000円しかないってどういうことだよ!?」
「こんなにギターが高いなんて知らなかったんだよ!ついこないだ2万円カツアゲされたばっかりだし!」

ボクとあつし君が小競り合いしてると「ありますよー3000円のギター」さっきの店員が歩いてきた。「え?あるの?」あつし君が

甲高い声をあげると奥のほうからなにやらみすぼらしいギターを男の店員が持ってきた。女の店員がギターの説明をした。

「これは中国メーカーのストラトモデルのギターです。ユーズド商品でペグが1ヶ所壊れてて、ボディの裏に擦り傷が多数ありますが
気にしなければ演奏可能です。いかがでしょうか?」

男の店員がボクにギターを手渡した。雨に濡れた子犬のような臭いがする。「え~、こんなおんぼろギターより唯ちゃんモデルがいいよ~」

ボクがダダをこねていると会計を済ませてベースの入ったケースを担いだマッスが歩いてきてギターを見るなり言った。

「あ!これなんか聞いたことある。キング...クリムゾン?」
「あ、ほんとだ。キングクリムゾンって書いて...あれ、これって...?」

あつし君がギターを見たあと店員に尋ねるとなぜか半笑いで店員は説明し始めた。

「そうなんですよォー、これ、キングクリムゾンじゃなくて、キングクルムゾンなんですよォー。中国製らしいと思いませんか?色んな意味で」

店員が口に手を当てると「なにが可笑しい!」とボクは叫んだ。せっかく楽器を買いに来たのにバッタもんをつかまされるなんてたまったもんじゃない。

マッスがボクをなだめると言った。

「まぁまぁ、このギターでいいじゃねぇか。このギターで練習してうまくなったらいいギター買えばいいんだし。それまでキングクルムゾンで
我慢しとけよ」

そういうとマッスも口に手を当てて笑った。畜生。背に腹は変えられないとはこのことか。ボクは納得できない気持ちを抱え

「キングクルムゾン、ひとつ、お願いします」と手に持ったギターを差し出した。男の店員が「ご購入、ありがとうございます!」と叫ぶと

ここぞとばかりに全店員が「ありがとうございました!」と声をそろえて言った。こうしてボクの初めてのギターは中国生まれの中古ギター

に決まった。人間で例えると初体験の相手がさびれた風俗街の中国ババアみたいなもんだ。ハダカのままのギターを手渡されるとボクらは

たかむら楽器店を出た。てぶらのあつし君に「あれ?あつし、何も買わなかったの?」マッスが聞くと「おれドラムだもん。別になにも必要ないよ」

と答えた。そういうもんなのか。「なんかあつし君、地味キャラがすっかり板についたね」ボクが茶化すと

「お前は会話がかみ合わないキャラだってことがよく分かったよ」と言い返してきた。はぁ~、とりあえずこのキンクルでしばらく我慢する

しかないか。ボクは家に帰るとギターを風呂に入れ石鹸でごしごしと洗い、臭いと汚れをとる仕事にとりかかった。

     

ボク達が楽器屋で楽器を買った次の週の日曜日、いつものようにネットで落とした「けいおん!」のアニメを見ていたボクの携帯電話が鳴った。

電話の先の相手はマッスだ。「もしもし、ティラノ?今出てこれる?」

ボクはちょうどちんこをいじりだした所だったので「あ~きょう無理。いまからおばぁちゃん死ぬから」と適当な理由で断ろうとした。

「不謹慎なこと言ってんじゃねぇよ。1時に駅前のミスドに集合な。ギター、持ってくんの忘れんなよ」

そういうとぶつ、と携帯が切れた。やれやれ。ボクに断る権利はないのか。時計を見ると12時半を指している。ボクはパソコンの停止ボタンを

押し、パンツを穿くと先週買ったギターを物置から引っ張り出した。買ったのはいいものの、弾き方がまるでわからなかったので速攻で

しまってしまったのだった。テレビのギタリストをまねして10円玉で上から下の弦をなぞってみたがじゃら~ん、と音がなるだけで

ボクがイメージしたジャキジャキした音や、ゴリゴリした音が全然でなかったので飽きてギターをベットに放り投げ、

「あ~あの店員にダマされたわ。こんど会ったら公開レイプしてやる」と暴言を吐き、ギターを弾くことをやめてしまったのだった。


1時ちょっとすぎ、ミスドの店内に入るとテーブル席の奥にマッスとあつし君、手前に三月さんが座っていた。ボクは三月さんの隣の座ると

「いやぁ、いい天気ですね。三月さん」と笑顔で挨拶をした。三月さんが苦笑してあつし君が茶化すとマッスは本題を切り出した。

「いまからみんなでスタジオに行こうと思ってるんだ。あつし、部屋の予約の取り方、わかる?」

マッスが聞くと「う、うん。ちょっとまって。今調べるから」と言いあつし君がアイフォンをいじりだした。

「え?なんだよスタジオって。みんなでダンスでもしようってのかい?」

ボクがジンジャエールを飲みながら言うと三月さんが説明した。

「みんなで音楽スタジオで練習したらどうだろう、って鱒浦君が話してたんだよ。ひとりで練習しててもうまくならないだろうからって」
「そう。ティラノおまえ、ギター買ってからちゃんと練習してるのかよ?」

マッスに聞かれるとボクは頭をひねった。練習してるというべきか、本当のことをいうべきか。ボクが答えようとするとあつし君が立ち上がった。

「あった、『スタジオガッチャ』。ここだと学割が使えるしアンプもいい奴が使える。駅からすこし遠いから今からでも予約取れるんじゃないかな」

あつし君がアイフォンの画面をマッスに見せると「決まりだ。あつし、電話してよ」と促した。そうか、あつし君は以前バンドを組んでいたから

スタジオに行ったことあるんだ。ボクがあつし君を見るとあつし君は画面をタッチしてスタジオに電話をかけた。

「あ、あのォ~学生4人で予約したいんですけどォ~、え、時間?...あ、2時間で...え?部屋代が一時間800円だから、ひとり、え?
はい、はい、わかりました。じゃあ2時からで。はいよろしくお願いします~」

あつし君がマッスとやりとりしながら予約を済ませた。あつし君はなぜか勝ち誇った顔をし

「ひとり400円な!ドリンクはスタジオに入る前に買っとけよ!」と急に場を仕切りだした。この地味男、なんなのだ。

「よし、それじゃいまからスタジオに行くぞ。あつし、道案内よろしくな」

マッスが鶴の声をあげるとボクらは楽器を持ちあつし君の後をついて歩いた。ボクがギターを引きずるように歩くとマッスがからかった。

「おい、もっと大事にしろよ。キングクルムゾン」
「えっ、キングクリムゾンじゃないの?」
「あ~どっちでもいいよ。それよりはやく唯にゃんモデル欲し~」

ボクらがそんな会話をしていると「おっかっし~な。この辺なんだけど」とあつし君が立ち止まりきょろきょろしだした。

「迷ったんじゃないの~やっぱり」
「やっぱりってなんだよ。ここだって言ってるんだよ。オレのアイフォンが」

ボクがアイフォンを覗き込むがこの辺にスタジオらしき建物はない。てかスタジオに行ったことがないからどんな建物かよくわからん。

「とりあえずそこのラーメン屋さんで聞いてみたらどう?」

三月さんの提案でボクとあつし君がビルの一階にあるラーメン屋に入った。「へい、らっしゃい!」頭にタオルを撒いた堅物そうな大将が出迎える。

「あ、あのォ~この辺に音楽スタジオ無いですよね?はい、無いですよね、すいませんでした」

ボクが外に出ようとすると「あるよ、ここの地下一階」と言い店の大将は地下に続く階段を教えてくれた。ボクらが地下に降りるとやっと

スタジオガッチャにたどり着くことができた。「もっと分かりやすいところにつくっとけよな」ボクが文句を言うと店員が出迎えた。

「あの、2時から予約している山崎ですけど」マッスが言うと一番手前のAという部屋に店員が招待してくれた。重そうなドアを店員が開けると

ボクらはおお~と声をあげた。鏡が各方面の壁に着き、大きなアンプといわれる機械とドラムが置いてある。

「すご~い。なんだか本格的~」三月さんが目を輝かせながらツマミがたくさんついた機械をいじくる。

「あの~その機械はあまり触らないようにお願いします」店員が言うと「はわっ!ごめんなさい!」と三月さんがぺこぺこと謝りだした。

ボクがその様子をみて勃起していると「ほら、先に飲み物買っておくぞ。なにが良い?」マッスが聞いてきたので「ボクはドクペで!」と

オーダーすると「申し訳ありません。スタジオ内での飲み物は水のみとさせてもらってます」と店員が頭を下げる。はぁ?どんだけ注文が

多いんだよ。ボクらは水を買い、トイレを済ませると楽器を抱え、音を鳴らす準備をした。ボクのバンドがいよいよ始動するのだ。後編へ続く。

     

ボクはイスに座り、ギターを抱えるとひとつ咳払いをし、目の前に座った三月さんに向かって言った。

「それではボクが始めて作った歌を聞いてください。『ボクの童貞をキミに捧ぐ』」

ドラムのイスに座ったあつし君が吹きだすとボクは思いついた歌詞をギターをかきならしながら歌った。

「初めてキミとあった時から~、したいと思ってた~セックス!セックス!セークッス!!」

三月さんが顔を背ける。うほほ、なんだかアガってキター!

「しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのどーていをキミにささぐぅー!」

ゴン!後頭部に激痛が走る。「なに言ってんだ!お前は!!」後ろに座っていたマッスがベースの先の方でボクを殴ったらしい。

三月さんが顔をあげると「ごめんね。気にしなくて良いから」とマッスが三月さんに謝った。「なんだよ!せっかくノってきたのに!」

「マッス、そろそろいいんじゃない?」
「そっか、じゃあ繋いでみるわ」

ちょ、無視すんじゃねェー!マッスはアンプにつないでいたケーブルをベースにつなぎ、アンプのツマミをいじり始めた。そしてイスから

立ち上がるとおもむろにベースを弾き始めた。デュグン、デュグン、デュ。独特の低音が部屋に響く。三月さんが思わず立ち上がる。

「すごーい!鱒浦くんカッコイイ!!」

マッスは調子に乗って横にステップなんかをとりだして弾き始めた。こいつ、1週間でこんなに弾ける様になっていたのか。あつし君が

マッスのリズムに合わせてドラムを叩き始める。下のタイコがドン!ドン!と鳴るとちんこがじーんと痺れはじめた。負けちゃおれん。

ボクもギターをかき鳴らして歌いだした。

「ちーん、ちーんちーんぽこ、しゃぶ、しゃぶれー!」
「ちょっといいかげんに黙れよ。この祖チンギタリスト」

三月さんがボクにヘッドロックを仕掛けてきた。ボクは13秒で意識を失った。


「とにかくすごいよ!鱒浦君!あつし君もドラム叩けるみたいだし、学祭に出たら人気者だよ!」

ボクが意識を取り戻すと三月さんがテンション高めに飛び跳ねていた。

「いや、おれ簡単なリズムしか叩けねぇし」
「そんなことないよ。想像してたより全然叩けてた」
「そうだな。オレも正直口だけだと思ってた」
「あのなぁ...おれよっぽど信頼されてなかったんだな」
「ハーイ!すとっぷ!誰かお忘れじゃないですかミナサン!」
「もうお前帰れよ。KY童貞キモオタ野郎」

ボクの胸倉を掴む三月さんに対し「まあまあ、ティラノもアンプにつないで弾いてみればいいじゃねぇか、ギター」とマッスが呼び止めてきた。

持つべきものは友達だ。三月さんの怪力から解放されると「どうやってギターにつなげばいいか教えろよ」とボクはマッスに聞いた。

「あのなぁ、他に聞き方があるだろ。まぁいいや。あつし、こいつにギターアンプのつなぎ方教えてやってくれよ」

「OK」あつし君はイスから立ち上がるとボクからギターを取り上げた。

「うーん、マーシャルは立ち上がるまで時間がかかるからローランドでいいか」

そういうとボクのギターに黒いケーブルをつっこみ、大きい壁のようなアンプではなく腰くらいの大きさのアンプに反対側のケーブルを

つないだ。「ええ~こっちのかっこいい方のアンプがいいよォ~」ボクの声を無視し、あつし君は真剣そうにつまみを回している。何度か

ギターの音を鳴らすと「よし、これでよし。ティラノ、弾いてみ」あつし君がギターを手渡そうとすると受付に行っていたマッスが戻ってきた。

「ほら、立って弾けるようにストラップレンタルしてきたぞ。次からは自分で用意しろよな」マッスはギターにつけるストラップとギターを

弾くピックというモノを借りてきてくれた。ボクは「2人ともありがとう」とお礼を言うと立ち上がって思い切りギターをかき鳴らした。

デュワーン、じゃなくてジャギーン。なんていうかその時ボクに電流が走ったのを覚えている。もちろん漏電していたわけじゃない。

なんだこれ?ボクは衝動に駆られギターを何度もかき鳴らした。うおお!心臓が大きく脈を打ち始める!これが、これがエレキギターか!!

この時ボクは初めてこのギターの「声」を聞いた。中国製のバッタもんだってバカにしてごめんな。右手が止まらないなんて初めておな、

いや、今回は下ネタは止めよう。ボクは感情の高ぶるかぎりギターをかき鳴らした。

「ちょっと、ティラノ君。うるさい。ボリューム下げてよ」
「いや、もうちょっと聞いてよう。こいつ、なにかを掴みかけてる気がする」

三月さんとマッスがそんなことを言ってた気がする。うにゃにゃ!ボクは屈みこんでギターをじゃかじゃか弾き始めた。うほー!たのしー!

その時、ピン!という音と共にボクの額に鋭い痛みが走った。へ?突然の攻撃にボクは背中から倒れた。床に落ちたギターがドジャーンと

いうノイズを叫ぶ。

「ティラノ君、だいじょぶ?ちょっと興奮しすぎだよ」
「こいつ、デコから血ぃ出てるよ。大丈夫かな」

あつし君がギターを拾い上げるとボディを指差して言った。

「ほら、ここ。力入れて弾きすぎたせいで弦が切れたんだ。ツバでもつけとけば直るよ」

ボクは床に倒れたまま天井を見上げた。イっちまった。こんな衝撃を受けたのはけいおん以来、いや、初めてだ!これがボクのロックギター

との出会いだ。永遠の射精感。ギターを弾いている時はそれを体感することが出来る。自由になれる気がした15の夜。なんつってね。

     

「立ち上がれ大日本!勃ちあがれ!オレのチンポコ!」

ボクがギターをかき鳴らして叫ぶ。今日で三日連続でスタジオに来てる。ボクはアンプにつないだ時のギターの音に衝撃を受け、家に帰ると

けいおんのアニメそっちのけで「ギター 弾き方」「ギター 練習法」などの項目をググりまくった。すこしでも早くうまくなりたい。

もっとギターのいろんな「声」を聞いてみたい。そんな気持ちで衝動的にボクはページを読みあさった。ボクがCコードを8ビートでかき鳴らし

ていると急に音色が尖ったジャキジャキした音に変わった。マッスがアンプの設定をいじったのだ。へぇ、ギターってこんな音も出せるんだ。

「もっと色々やってみてよ」ボクがマッスにあごでサインを出すと今度は深みのあるシブい音色に切り替わった。ほほう、おもしろ!


「ポゥ!」マイケルジャクソンのように叫ぶとボクはギターをスタンドに立てかけ、水を喉に流し込んだ。2時間も歌うと喉がカラカラだ。

部屋の隅にあったランプがピカピカと点滅しだす。これは利用終了時間10分前を客に告げる合図だってことを昨日あつし君から聞いた。

ぼんやりとした感じでマッスが言った。「なぁ、バンド名、何にする?」それを聞いてボクははっとした。そういえばまだこのバンドの名前を決めて

いなかった。ボクはなんとなく思いついていたバンド名を発表することにした。

「チェリーボーイズ・レボリューション、っていうのはどうかな?童貞達の革命、って意味なんだけど」
「却下。あつし、なんかいいのある?」
「うーん。ありがちだけどバンドメンバーの名前を一文字ずつとってつけるのはどうかな?」
「さっすが。地味男は考えることも平凡だな!」
「うっせ、だまれ!」
「とりあえずあつしの意見をとりいれよう。オレが鱒浦、こいつがティラノ。なんか良い感じにならないかな」

その時ボクに名案が閃いた。

「そうだ!痴漢車T-Massっていうのはどうかな!?」
「ティーマス...いいな、それ。痴漢車っていうのはいらないけど」
「ちょ、ちょっと!おれの名前が入ってないんだけど!」

あつし君が慌てて立ち上がる。ボクは哀れみの目を向けて言った。

「まぁ、あつし君はハイフンでいいじゃん。なんか地味だし、脱退しそうだし」
「そ、そんな...」
「あつし泣くなって。そんなことより残り時間があとちょっとだ。最後にみんな合わせてやってみっか」

マッスの呼びかけでボクらは今日最後の合同練習(ジャムセッションというらしい)をすることにした。合わせるといってもそれぞれ

みんな自分のパートで精一杯なので適当に思いつく発想で楽器を演奏するだけって感じだ。でもこのジャムをすると不思議と

「ああ、オレバンドやってる」という実感が沸いてきて充実感と満足感が得られるのだった。

あつし君がドラムを叩き始めるとボクはスタンドマイクに向かって話し出した。

「最後の曲になりました。武道館にお集まりの皆さん、聞いてください。『ボクの童貞をキミにささぐぅー』!!」

マッスが「またその曲かよ」という顔をしてベースを弾き始める。ボクはじゃかじゃかとギターを弾きながら歌い始めた。


初めてキミと会った時からしたいと思ってた、SEX SEX SEX

花に誘われるミツバチのように 迷い込むよ AN KNOWN ZONE

ボクの気持ち キミのめしべに ぶちまけちゃっても 問題ないよね? 訴えないよね~?

したい!見たい!痛い?SEX!

やりた~い そうさボクらお年頃だろ いまや小学生でもヤってる世の中

しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのどーていをキミにささぐぅー!


じゃ~ん!じゃかじゃかじゃかじゃかじゃか、じゃ~ん!!ボクとマッスがタイミング良くジャンプするとあつし君が力強くシンバルを

叩く。ボクらは「フゥ~」とテンション高くハイタッチをするとドアが開き「お時間になりました。退出お願いします」と店員が勝手に

部屋に入ってきた。ボクが店員に抱きついて腰を振りながら「セックス!」と叫ぶと店員さんもちいさな声で「せっくす」と言い返してくれた。

「次からは時間内で機材を片付けてくださいね」という嫌みも忘れずに。ボクらが「いや~スッキリしたわ~」と言いながら部屋を出ると

見覚えのある三人組が待合室に座っていた。青木田軍団だった。

     

青木田はボクらの顔をそれぞれ見渡すと含み笑いをしながら話し始めた。

「どっかで聞いたことのあるイヌ声がすると思ったらお前だったのか。俺達に感化されて本当にバンド始めやがったか。それにしても酷いな、おまえら」

青木田が言うとお付きのふたりがゲラゲラと笑い始めた。「なんだったっけ、岡崎」「ぼくのぼくのぼくの童貞をきみにささぐぅ~」

岡崎が変な顔をして歌うと3人が机を叩きながら笑う。くそ、聞かれていたのか。ボクはすこし恥ずかしくなった。笑いの収まった青木田が言う。

「大口叩いてどんなメンツ集めて来たかと思ったら去年辞めた山崎じゃねぇか。ケツの穴は直ったのかよ」

岡崎が思い出し笑いをしながら言う。

「こいつのケツにホースで水突っ込んだら、死にかけてやんの。おかげでウザい先輩連中に責任押し付けて退学に追い込めたからスカッとしたけどよ」

あつし君が伏し目がちに視線を落す。ひどい。そんなことされてたのか。青木田がマッスを見上げて言った。

「おまえはどうやらこいつらと毛色が違うみたいだな。こんなガキみたいなやつらと一緒にいて恥ずかしくないのかよ。幼児退行ってやつか?」

馬鹿にされたマッスが青木田を睨み返した。

「こいつらはオレの友達だ。これ以上こいつらを馬鹿にしたら先輩だろうがただじゃおかない」

マッスがそういうのを聞いてボクは胸が震えた。おーかっけー!今のお前ならボクのアナル童貞、捧げても構わないぜ!後ろから店員さんが

「部屋の準備できました!」というと「おせぇんだよ」とわめきながらミヤタがベースの入ったケースを抱えてボクらの前を横切った。

岡崎もボクとあつし君に顔を近づけてきて2人はボクらがさっきまで使っていた部屋に入って行った。ひとり残った青木田が言った。

「おまえらに関わっても時間の無駄だけどよ。今度の学祭のライブ、エントリーしといてやるよ。ステージに立たせてもう二度とバンドやりたい、なんて思えないようにしてやる」

ほう、怖い顔して親切な所があるじゃないか。いや!だまされるな洋一!ついこのあいだこいつにションベンを飲まされたばかりじゃないか。

ボクは勇気を振り絞って叫んだ。

「ボク達のバンドはT-Mass!てぃー、ハイフン、エム、エー、エス、エスだ!あんた達のバンドを蹴散らして、逆に恥かかせてやる!」

いうだけいうとボクはマッスのおおきな背中に隠れた。マッスの背中、あったかい。「俺達にケンカ売ったこと、後悔すんなよ」青木田が

立ち上がるとギターケースを持ちボクらの前を通り過ぎてAのスタジオに入って行った。


スタジオの帰り道、ボク達は無言で歩いていた。となりにいたあつし君が急に歩みを止め、話始めた。

「おれ、1年の時、あいつらにイジめを受けてたんだ」
「もういい、あつし言うなよ」

マッスが制止した。ボクもあいつらにイジめを受けていた身、あつし君の気持ちは痛いくらいわかった。

「おれ、悔しかった。ずっとあいつらに復讐したい、その気持ちだけで毎日過ごしてた。だから今度の学祭、絶対にあいつらを見返してやりたいんだ」

あつし君が初めて自分の本音をボクとマッスにぶつけた。半泣きのあつし君の肩に手を置くと夕日をバックにマッスは言った。

「そうだな。オレもお前達と一緒にバンドを組めて本当に楽しいよ。学祭のライブ、絶対成功させような。ティラノ、おまえはちゃんとした曲作れよ」

マッスにそう言われるとボクは波止場にあったでっぱりに片足を上げ、太平洋を見つめながら叫んだ。

「青木田のチンカス野郎ども、調子に乗ってんじゃねー!!ステージで失禁させてホースで丸洗いしてやる!おまえのアナル処女、オレが奪ってやる!」

ボクがあごを突き出し、中指を立てるとあつし君が笑い、「思い出してケツがうずくからやめてよ」と言うと「あ、おまえそういう性癖に
目覚めたんだろ」

と珍しくマッスが下ネタを言った。そんなわけでこの出来事をきっかけにボクらは団結した。そして3日後の朝、悲劇は起こった。


ボクが登校中に落ちているプリントを見つめるとその紙にはちんこの絵がプリントされていた。女の子達がきゃー、きゃー、と声をあげている。

ぶっそうな世の中になりましたな。本当に。ボクが校庭に入るとそのちんこのプリントが無数に散らばっていた。風に舞い踊るたくさんの

ちんこ。異様な光景にボクは目を疑った。ばす、突然視界が真っ暗になる。ボクが顔についたプリントを剥がすとそのプリントを見て

心臓が飛び出そうになった。

「はいはい~学祭ライブの発表バンドの紹介だよ~」
「プリントに写っているのは1年C組の平野洋一くんのチンポコだよー」

ボクが声のする方を見上げると屋上で拡声器を使って喋る2人組の姿が見える。おそらく軽音楽部のミヤタと岡崎だろう。畜生!

やられた!以前体育館の準備室にハダカにされて閉じ込められた時撮った写真を使われたのだ。ナントカふじこ!!終わった。全校生徒にちんこ見られた。

ボクが膝を折って倒れると後ろから声がし、「ティラノ君、ティラノ君のだよね!?これ?!」と三月さんが聞いてきた。ボクが三月さん

に顔を向けると「キモ」「てか高校生になってムケてないってどういうこと?」「ありえね。指輪入るんじゃねこれ」とギャルの集団が

ボクとプリントを見比べながら笑った。頼む、だれか、いますぐオレを殺してくれ。ビッチで有名な篠岡冥砂が

「メイサ、こんなのじゃまんぞくできな~い」とニヤけながらボクのちんこの写真を舐めた。ボクの下半身が勃ち上がる。ロッキーのテーマが

頭に流れるとボクは上半身を上げプリントをばらまいている2人を睨んだ。

「屋上のてめぇら!いい加減にしやがれ!この腐れ脳みそが!頭おかしいんじゃないか!こんなことやって!
おまえらは生まれ変わったら一生北朝鮮人だからな!覚えとけよ!この基地害野郎共!」

ボクが叫ぶとちょうど体育の先生が屋上に駆けつけプリントをばらまくのをやめさせた。マッスとあつし君が走ってこっちへやってくる。

「おい、おまえ、大変なことになったな」マッスが息を切らせて言う。あつし君がプリントを指差す。

「おれたちのバンドの名前も載ってる。青木田のやつ、ほんとにおれ達をエントリーさせてくれたんだ」

ボクは目の前に落ちていたプリントを拾い上げて見つめた。パソコンで編集してあるのか勃起しているように見える。ボクがT-massの文字を

探すと「あった。ここじゃない...?」と隣にいた三月さんがプリントをちょんちょん、とつついた。ちんこの先にエロ漫画の規制のように

黒く線が入っており、その中に白く「T-mass」と書いてあった。「まるで文庫本のドグラ・マグラだな」マッスが感心したように言う。

あいつら、絶対殺してやる。ただし!ステージの上でな!!ボクは決意を新たにすると床に落ちたプリントを全部拾い上げ焼却炉へ持って行った。


そしてその夜、ボクは篠岡冥砂に間接的にフェラチオされたことを思い出し、抜いた。

     

放課後、ボクらT-Massの3人は駅前のミスドに集まっていた。2週間後の学祭のライブに向けての作戦会議だ。マッスがボクらを代表したように言う。

「俺達の目標は学祭のライブを成功させてバカにしてたヤツらを見返すことだ。やってやろうぜ!」
「おう!オレなんかちんこ写真バラ撒かれたんだ!あいつら、絶対に殺害してやる!」
「おれもこういう時のためにずっと家で個人練習してきたんだ。練習の成果をみせつけてやる!」

ボクが2人の間に手を出すとマッスが笑い、あつし君がボクの手に手を重ねた。最後にマッスが手を重ねると言った。

「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

ボクらは満員の店内で叫んだことを店員に注意されるとおもむろに席に座りドリンクを飲み始めた。外は小雨がちらついてる。

「で、ライブでやる曲のことなんだけど」
「ん?」
「カバーの曲をやるか、オリジナルの曲をやるかだよ。本番まで時間がない。ティラノ、おまえ曲書いてるのかよ」

マッスに聞かれボクは答えた。

「そんな簡単にホイホイ名曲が浮かんできたら苦労はしませんよ。『ぼくどう』を三回歌えばいいんじゃ、ねぇの?」

マッスが頭を抱え「それじゃカバー曲で決まりだな」と呟いた。


今日の昼休みに学祭の実行員がボクの元に訪れてライブのきまりについて説明してくれた。

「バンドの持ち時間、つまり演奏時間は10分でお願いします。ステージでの下半身の露出、放尿、脱糞などの行為をした場合、
すぐさまライブを中止にしますからね」

女の実行員が恥ずかしそうに言うとボクは「そんなことするやついるのかよ。なぁマッス」と隣のクラスから来たマッスに言った。

「おまえがやりそうなことをあげて言ってくれたんだろ。おまえの写真のせいで掲示板どころか、学校のHPも炎上してんだぞ」
「あれはオレのせいじゃねぇ!勝手にあいつらがバラ撒いたんだろうが!」
「でも平野さんは学校での評判があまりよくありませんからね。とにかく警察沙汰だけはカンベンしてくださいね」

実行員がボクらの元を去るとマッスがボクを指差して笑う。ネットの驚異って怖いね。ボクは自分の悪口が書かれている掲示板を一度も

覗いたことがない。見たらたぶんショックで死んでしまうだろう。


「カバー曲だったらピロウズとかバンプとかがいいんじゃない?定番だし」
「いいね~。でも他のバンドとカブりそうだな」

ミスドの店内でマッスとあつし君がどのカバー曲をやるか話し合っていた。みかねたボクは話に加わった。

「あのさぁ、せっかく年に一度の晴れ舞台なのに人の曲をやるってなんなの?個性無いの?日本人かよ」
「いや、日本人だろ。俺達。右にならえの義務教育。それを9年間受け続けてきたんだろ」
「それがダメなんだよ、あつし君。優れた才能が生まれる可能性を殺してる。岡本太郎をごらんよ。散々他人に
バカにされても猛然と立ち向かって行っただろ?」
「おお、ティラノにしては良い事いうじゃねぇか!」

マッスにほめられ鼻の下を人差し指でさするとボクはカッコよく言い放った。

「演奏する曲は全部オリジナルだ!あつし君の地味だけど堅実なドラミング。マッスの良くわかんないけど華麗なベース。そしてボクの
熱い魂のシャウト。最強じゃないか。モノマネ高校生なんか一発で妊娠確実の特濃精液。それをやつらに、ぶちまけてやろうぜブラザー!!」

「あ~あ、最後の下ネタがなければ完璧だったのにな!」あつし君が冷やかした。マッスがボクを見て微笑む。

「じゃあ、ティラノ。おまえ、今週中にもう一曲くらいまともな歌作ってこいよ。オレとあつしはスタジオでリズム練習してくるから。
雨が強くなりそうだから、そろそろいくぞ、あつし」

そういうとマッスはベースの入ったケースを肩にかけあつし君と外に出る準備をした。カバンからノートを出すボクにあつし君が言う。

「今度の曲はロッカバラードみたいな曲調がいいな。『ぼくどう』がパンク系だし」
「そういえば『ぼくどう』って何の略だっけ。オレ、練習のせいで耳が少し遠くなってんだよ。大きな声で言ってもらえるか?」

マッスがボクに聞いてきた。やれやれ。同じバンドメンバーのクセに忘れたのか。あの名曲を。ボクは耳をほじっているマッスに向かって叫んだ。

「いいか、一回しか言わないからよく聞いとけよ。『ボクの童貞をキミにささぐぅ~』!!!」

するとどうだろう。店の空気が一気に凍りついたではないか。まるでエベレストから降り注ぐブリザードを受けたように他の客の動きが止まる。

マッスが両手で口を塞ぐと近くにいた女子高生のグループが「ちょ、いまの聞いた?」「え?なに?なんなの?」
「よくわかんないけど警察に通報したほうがよくない?」

と口々に言い、ひとりがきゃーという悲鳴を叫ぶと店員がこっちに向かってやってきた。入り口に走り出したマッスとあつし君が言う。

「みなさーん、1年C組の平野洋一くんをよろしくお願いしまーす」
「じゃな、ティラノ。そういうタイトルつけるからこういうことになるんだよ。新曲では下ネタはやめてくれよ」

カラン、カラン、入り口のドアが閉まるとボクはひとり店内に取り残された。マッスのやつ、やってくれるじゃねぇか。その後、ボクは

店員から事情徴収を受け、学校にボクが公共の場で暴言を吐いたと連絡された。はは、また今日も激しく燃え上がるぜ。掲示板が。

家に帰るとボクはひさしぶりにパソコンの「けいおん!」の二次創作画像を集めたフォルダをクリックした。澪ちゃんと律っちゃんが

ハダカで抱き合っている絵を拡大するとボクは机の前で激しく萌え上がった。2話連続でオナニーエンドってどういうことなんだよォーっ!!

     

「だからだからだからボクの精液をキミにそそぐぅー!!!」

ボクがシャウトするとマッスが頭とベースを振りながらアウトロのリズムを奏でる。あつし君のフィルインが終わるとボクはギターをじゃーん、

と弾き下ろした。音色の余韻が終わると、ボクら3人は顔を合わせて笑い「うえーい」とハイタッチをした。練習のかいあってか、

メチャクチャだった『ボクの童貞をキミに捧ぐ』という曲はちゃんと音楽理論にそった曲になり、なおかつ男子高校生のアツイ想いをぶつけた

青春パンクに仕上がっていた。自分で言うのも恥ずかしいけど結構いい曲になったと思う。一息つくとスタジオのランプがピカピカ光り

出したのでボクらは機材の片付けに入った。ベースのコードをぐるぐる巻きにしているマッスが感慨深げにつぶやいた。

「とうとう明日だな」
「うん。色々あったけどライブ前日に辿り着けたね」
「は、今回で終わりみたいな言い方するなよ」

ボクがしんみりしだす2人に振り返って言った。

「明日はオレ達T-Massがロックという子宮を突き破って誕生する日だ!ライブを成功させたら、女子高生との甘いセックスライフが待ってるんだぜ!
成功して、性交。あつし君が死んだらラッパーに転向しようかな」
「勝手に殺さないでくれよ」

あつし君がドラムスティックをカバンにしまいながら言う。

「それにしてもティラノってほんと、面の皮が厚いっていうか、緊張とか全然しないのな。おれ、たぶん今日はほとんど眠れないと思う」
「そうだよな。オレだったらハダカで体育館の準備室に放置されるあたりで自殺してるかもしれねぇし。良く考えるとおまえ、メンタル最強だよな」
「おまえら...今さらホメたって何にもでねぇぞ」

ガラにもなく2人がボクをほめるので恥ずかしかったけど正直嬉しかった。「時間です。退室お願いします」店員が呼びにくるとボクらは

スタジオを出て上の階のらーめん屋で晩飯を食べることにした。注文を頼むとマッスがおやじさんに言った。

「オレ達、明日ライブなんすよ」
「そうかい」

おやじさんが麺を湯切りながら返事を返した。すると思い出したようにボク達に言った。

「そういえばキミ達くらいの3人組も明日学校でライブがあるって言ってたな。キラキラした目をしてどんな曲をやるか話してたよ」

それを聞いてあつし君が「青木田達かな」と言うと「あんなやつらがキラキラした目でバンドやるかよ。他の出演バンドだろ」と

不機嫌そうにマッスは割り箸を割った。出来上がったラーメンが並べられるとそれをボクらは速攻でたいらげた。金を払い店の外に出ると

辺りはすっかり暗くなっていた。交差点に差し掛かるとあつし君が言った。

「じゃ、おれ、こっちだから。明日頑張ろうな」
「おう、突然盲腸になったりすんなよ」
「盲腸はもう済ませたって。ティラノも遅くまでオナってないで早く休めよ」

そういうとあつし君は暗闇に消えて行った。前の方を歩いているマッスが言う。

「いや、本当にここまでやってこれると思わなかったよ」
「らしくないよ。マッス。悪いモンでも食った?」

ボクが言うとマッスは突然振り返った。そして急にボクの体を抱きしめた。アッー!!ちょ、ちょっとォー!!おまえ、最初からボクの体が目当て

だったのかよォー!!あいにく周りには人気がない。ボクが覚悟を決めてくちびるを突き出すと「いや、そうじゃないんだ」マッスがボクの耳元で言う。

「ライブ前に先に言っとく。おまえ、本当頑張ったよ。あいつらにずっとイジめられてたもんな。助けてやれなくて本当悪かった。
本当は怖かったんだよ。あいつらブチのめしても後で復讐されるんじゃないかって。なのにおまえはあいつらに正面から立ち向かってる。
おまえはオレのヒーローだ。心から尊敬してるよ」

マッスがそう言うのをボクはぽかん、とした気持ちで聞いていた。「おいおい、やめてくれよ」介抱を解くとボクは石ころを蹴飛ばした。

これまでの数週間、色んな気持ちが頭をよぎった。でも終わりじゃない。始まりなんだ。ボクはマッスの方を振り返ると言った。

「か、勘違いしないでよね!そんなこと言われても好きになったりしないんだから!」ボクが萌えアニメのキャラクターのマネをすると

マッスが微笑む。「じゃあ、この辺で。今日はムギちゃんで抜いてみよっかな~」「ほんっと、おまえは緊張感ねぇな」ボクはマッスに

手を振ると家に向かって猛ダッシュで帰宅した。


深夜2時、ボクはベッドから立ち上がった。寝れねぇ。薄暗い部屋の真ん中でボクは壁に貼っている「けいおん!」のポスターを見つめた。

ボクはこの「けいおん!」のアニメに影響されてバンドを始めようと思った。中学の時は受験勉強で忙しかったから高校に入ったらギターを

買い、気の会う仲間と一緒に楽しくバンドをやりたいと思っていた。目の前のポスターには唯ちゃん、律っちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん。

そして紬ちゃんの5人が仲良さそうに楽器を抱えて写っている。みんな聞いてくれ。ボクの夢は叶ったんだよ。ボクはポスターに近づいて

彼女達を見つめた。そして本当のことに気づいた。いや、そのことをずっと気づきたくなかったのかもしれない。これはただの絵だ。

ボクはあー、と叫ぶとポスターをまっぷたつに引き裂いた。現実のバンドはこんなに甘くない。長い間続ければ絶対メンバーとの衝突があるだろうし、

売れなかったら解散、売れたら売れたで金や異性トラブルで大揉め。破滅に向かってまっしぐらだ。マッスやあつし君はボクのことをすごい、

ってほめてたけどそんなことは全然ない。逃げ出したいって気持ちでいっぱいだ。紙をくしゃくしゃに丸めると窓を開けそれを放り投げた。

「あー!アー!!亜-!!!」ボクが叫ぶと下の階から「うるさい!何時だと思ってるの!早く寝なさい!」とかぁちゃんが怒鳴る声がした。

いつもなら「うるせぇ!くそばばあ!」と言い返すところだが、ボクは一呼吸置くと部屋のドアを開け階段の下にいるかぁちゃんに言った。

「かぁちゃん、いままで育ててくれてありがとな」思いもかけなかったという顔をしてかぁちゃんは「なに言ってんだい!」と顔を背けた。

ボクは続けた。

「明日、学祭でライブやるんだ。失敗して先輩に殺されるかもしれないけどやっと自分が命がけで出来るモノを見つけたんだ。
こんな馬鹿なオレを誇りに思って欲しい」

ドアを開くと「ごめん、もう寝るから」と言い部屋に戻った。「ほんっと、寝ぼけてんじゃないよ!」涙声でかぁちゃんが言うのが聞こえた。

ボクはベッドに横になると目を瞑った。いままでは「けいおん!」に憧れてバンドを続けてきた。でも今日からは違う。

こっからはボクだけの物語だ。ライブで演奏する自分の姿を想像するといつの間にか眠りに落ちていた。火星が地球に限りなく近づいていた。

     

ライブの当日、ボクは相棒のキングクルムゾンを引きずりながら通学路を歩くと、木に止まったセミを見つめた。するとソイツは何を血迷ったのかボクに

ションベンを引っ掛けてきた。「チクショー」ボクは顔にぶちまけられた精液をぬぐりながら校門をくぐった。

校庭に向かうとグラウンドに特設ライブステージが設置してあった。ここがボク達T-Massの戦場になるのか。感慨深けにステージを眺めていると

例のポスターが目に飛び込んできたのでボクはそれを引き剥がし、くしゃくしゃと丸めた。「ああっ!やめてくださいよぅ」メガネの実行員

が止めに入る。「やめるのはそっちだ!なんで人様のちんこを勝手にさらしてんだ!」ボクが辺りのポスターを剥がし始めると

「おお、ティラノ、ちょうどよかった」といいながらマッスがやってきた。「ちょうどライブのステージングで呼ばれてたんだよ」後ろにいた

あつし君も言った。ステージング?ボクが聞き直すと実行員が口を開いた。「T-Massの人達でしたか。ライブでの演出はどうしますか?」

そうか、そういう集まりだったのか。すると衝撃の事実が実行員の口から発表された。

「T-Massはライブの一発目ですから開会式が終わったらすぐに来てくださいね。機材チェックとかありますから」
「はぁ!?ライブ初心者のボク達が先頭バッターかよ!?なにこれ?電通の嫌がらせかよ!」
「電通は関係ないだろ。昨日の夜にメールで連絡あったぞ。ティラノには届かなかったのかよ?」

ボクはポケットから携帯電話を取り出した。そうだった。3日前に料金滞納で携帯は止まっていたのだった。ボクは携帯を床に叩き付けて叫んだ。

「畜生!なんでオレ達が一発目なんだよ!小説的にも大トリに決まってんだろうが、クソ作者め!!」

あつし君が携帯電話を拾って言う。

「もう決まってしまったもんは仕方ないよ。腹くくってやるしかねぇよ」

マッスが携帯のフタと電池をボクに渡して言う。

「あつしの言う通りだぜ。順番なんて関係ない。俺達の全部をオーディエンスにぶつけてやろうぜ」

2人の説得を聞いてボクは正気を取り戻した。そして手を差し出してボクは叫んだ。

「T-Mass、一本入ります!いよ~」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」「...あの~はやく決めて欲しいんですけど~」いつもの掛け声を掛けると実行員が

空気を読まずに話に入ってきたのでボク達はライブでの立会いを説明した。まずはSEを流して、あとは流れでお願いします。そんな平凡な冗談を

あつし君がほざいているとチャイムがなり体育館にボク達は集められた。校長のくだらない話を聞いている間もボクは緊張で震えが止まらなかった。

ライブが始まる時間は9時半。あと30分たらずでボクらは処刑台に上げられるのか。いいぜ、その台に続く道をレッドカーペットに変えてやるぜ。

意味わかんねぇだろ?本当に。何言ってんだか自分でもわかんねぇよ。スポーツマン精神にもっこり、と定番の下ネタギャグを織り込んだ

開会宣言が終わるとボクらT-Massは急いでステージ裏に直行した。

「いいか?演奏曲は2曲。アレとアレを演る。全身全霊で行くぜ?」

マッスがおどけると「余裕あんね、マッス」とあつし君が驚く。「ここまで来たらやるしかねぇだろ。まぁ失敗したらお前のせいだからな。ティラノ」

意地の悪いマッスの笑顔を見てボクも静かに笑った。これがマッスの最期の笑顔になるなんて。勝手に殺すな、とツッコまれそうだったので

ボク達T-Massはライブ前最後の打ち合わせを始めた。

     

「えー、いまから『気分が向陽祭』のライブステージが始まります。観覧希望の方はグラウンドに集まってください」

スピーカーから放送が流れると生徒達がぞろぞろとステージの前に集まった。「どうしよう、あんなに人が来てる!」あつし君がステージ裾

から覗きこんで言った。マッスは目を瞑って指を動かしながら精神を集中させている。ボクはビョークという歌手が出てる「ダンサーインザダーク」

という暗くて陰湿な、今で言う「ブラックスワン」みたいな映画で、自称映画通が「この映画見てるオレってセンスいいでしょ、ハハハッ」

って腕をついて笑うであろう映画のラストシーンを思い出した。ステージにかかる階段は地獄に繋がる13階段か、はたまた天国への階段か。

ボクが空想を広げていると「時間です。T-Massのみなさん、お願いします」と実行員の声が聞こえた。ボク達は立ち上がると「セックス!!!」

と最後の掛け声を入れ、ステージ裏から勢い良くステージに上がった。

入場の時に実行員の人にSEとしてけいおん!の「Cagayake!GIRLS」を流して欲しいと言ったのに流れなかった。

「うわぁ、なんだこれ」あつし君がドラムセットの椅子に座りながらつぶやくのが聞こえた。観客の顔が良く見える。地上より1m高いだけの

ステージがこんなにも崇高なものに感じるなんて。ボクは遠く外れたところにいた三月さんを見つけ、歩きながら「おーい」と手を振った。すると足元の

ケーブルに蹴つまづいたのか、思い切り顔から転んだ。ズテーン。観客が嘲笑をあげる。「おらー、早くやれよー」「たらたらしてんじゃねーよ」

「あれ?あいつ、ポスターのヤツじゃね?」「おーい、右のやつ、ちんこだせやー」

観客の罵声に「気にすんな」とマッスがマイクごしにボクに言う。そうだ、この罵声を歓声に変えてやるぜ。ボクがギターを抱えてピックで

弦を弾くがなかなかアンプから音が出ない。刻々と時間が経過する。「おらー、ちゃんとやれやー」「ちんこだせや、ちんこー」

ボクがボリュームを調整するのに手こずっていると観客から「ちんこコール」が起こった。「チンコー、チンコー」なんだこいつら。小学生かよ。

ボクはムカついてギターを放り投げた。

「うるせー、みたけりゃみせてやるよ!うおりゃー」

ボクは2秒足らずでシャツを脱ぎ、ズボンとパンツを下ろし、客席に投げ入れた。パンツをよけた篠岡冥砂が「あー、あの小ちんこだー」と

ボクのしんぼるを指差して笑う。「下半身を露出したな!中止ィ~、今すぐ中止ィ~!」教頭先生がステージに向かって走ってきたので

ボクはギターを抱えて前を隠した。「あ、ちんこを隠したみたいですよ、先生!」女の実行員が言うと「なら良し!」と教頭先生は腕組を

して元の場所に戻った。ギターの音が出たので「よし、始めるぜ!記念すべき向陽祭の一発目を飾るのはこの曲だ!『ボクの童貞を君にささぐぅー!!』」

ボクがギターのイントロをかき鳴らすとオーディエンスが一気に飛び退いた。ギターのボリュームがでか過ぎたのだけどそんなの関係ねぇよ!

ボクはマイクに下唇をくっつけて最初の歌詞を歌いだした。

     

「初めてキミと会った時からしたいと思ってた、せっくす、せっくす、せーくす!」

ボクのギターと歌声によって向陽祭のライブはスタートした。狂った事を言っているのに心は異常に落ち着いていた。

「花に誘われるミツバチのように 迷い込むよ 『AN KNOWN ZONE』!」

三人のコーラスがキマるとボクはBメロに向かうカッティングを始めた。

「ボクの気持ち キミのめしべに ぶちまけちゃっても 問題ないよね? 訴えないよね~?」

急にブレイクが入る。「したい!見たい!痛い?SEX!」叫ぶと同時にボクはエフェクターを踏み込む。

「やり、た~い! そうさボクらお年頃だろ いまや小学生でもヤってる世界さ

しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのどーていをキミにささぐぅー!」

「ぼくどう」の一番が終わった。薄めを開いて観客を覗くと笑い転げてるやつら、リズムに合わせてうなづいている人達が半々くらいで存在していた。

これはイケんじゃね?ヤレんじゃね?デキんじゃね?本邦初公開、ボクはエフェクターを切ると2番の歌詞を歌った。

「キミと2回目会った時から奪いたかった、バージン、バージン、バージン!」

「もしも子供が出来たって 堕ろせば良いから 『BABY SUCIDE』!」

「キミの気持ち ボクの菊門に ぶちこんじゃったら 問題あるよね! 入院するよね~?」

「いぇい!うぇい!AWAY?SEX!」観客が拳を振り上げる。

「いき、た~い!そうさボクらケダモノ集団 そうさ警察なんてピストルでドーン!(DONE!)

しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのせーえきをキミにそそぐぅー!」

盛り上がる観客を見てボクはギターを下ろし、「EAT! and SLEEP! and SEX!」とアドリブでオーディエンスをあおった。これは人間の3大欲求、

食事、睡眠、セックスを英語で言っただけなんだけどね。初めてこれをバラエティ番組で言ったさまぁ~ずの三村マサカズは偉大だと思う。

「イート!アンド、スリープ!アンド、セックス!」ボクが拳を振り上げるとステージの後ろからホースで水が撒かれた。よかった。この

演出はちゃんとやってくれたんだ。これは2番のサビが終わったらボクが何かするから、そうしたらホースで観客に向かって放水してくれと

実行員の人に頼んで置いたのだ。フルチンでステージを飛び回るボクを見て体育教師の夏木安太郎が「なんなんすか、なんなんすかこれ」と呆れる。

「ひゃあ、つめたーい」ボクが客席を見つめるとなんと、女子の夏服が透け、下着のブラジャーやシャツが透け透けになっている!

急転直下、90度。ボクはとっさに自分のドラムスティックを握りしごき始めた。「おいおい、パート交換するか?」あつし君がおどけてドラムを叩きながら言う。

「あ~ん、もっと~、みずほしぃ~」冥砂がステージにかぶりつきでボクが陰茎をしごく様を飛び跳ねながら見つめていた。ボクは夏服

からのぞく褐色の山と谷を眺めながら腕のスピードを速めた。どぴゅ。ステージの時間が止まる。冥砂は顔についた精液を人差し指ですくい、

ちゅぱ、と口に入れると「あんたの精子、苦くて、臭くて、とってもおいしぃ」と笑った。うわ、なにこいつ。すでに賢者モードに達して

いたボクは「気持ち悪ぃんだよメス豚」と暴言を吐くとギターを拾い上げて、かき鳴らし、大サビを歌った。

「やり、た~い! そうさボクらお年頃だろ いまや小学生でもヤってる世界さ

しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのどーていをキミにささぐぅー!」

「したい!見たい!痛い?SEX!」「A B C D E F G SEX!!」

「いき、た~い!そうさボクらケダモノ集団 そうさ警察なんてピストルでドーン!(DONE!DONE!)

しまくり、しまくれ、ヤリまくれ!そしてそしてそしてボクのせーえきはめいさにそそがれたぁー!サンキューめいさ!フゥー!」

じゃかじゃかじゃかじゃか、じゃ~ん!ボクとマッスがステージ上でタイミングばっちりで飛び上がるとあつし君のだかだかだかだか、ば~ん!と

いうドラミングで「ボクの童貞をキミに捧ぐ」というモンスターチューンはこうして世に放たれた。はぁはぁ、と息を切らしながらマイクを握り締め、ボクは語った。

「次で最後の曲です。聞いてください、『 Moning Stand 』」

夏木先生が時計を睨みながら「もう演奏時間の10分を過ぎてるよ。ふざけたロスタイムだ」とほざいたが気にしなかった。

ボクはエフェクターを踏み変えてアルペジオを弾き始めた。

     

「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」

マジメな歌詞に観客が静まり返る。遠くにいた三月さんが近づいてくるのが見えた。この曲はミスドでマッスに「ちゃんとした曲作ってこいよ」

と言われ苦心して作った曲だ。弦の表面を左手で押さえながらボクは歌った。

「差し込む日差しが孤独を照らすけど~」客が上下に、静かに頭を振り始める。

「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

恥ずかしいだろ?言っちゃってイイよ。キモイって。でもラブソングの歌詞って大概こんなんじゃん?それにメロディに乗っかると自然と

普通に言えちゃうんだよな。あ、ちなみに今の所がこの曲のサビです。「うゥ~」ボクが呻き、間奏が始まるとマッスのベースソロが始まった。

デュデュデュデュ~デュデュデュデュディ、デュデュデュッデュ、デュ。文章に起こすとこんな感じ。仕方ないだろ。ベース詳しくないんだから。

女どもがフゥー、と溜声を漏らす。いかれたメンバーを紹介するぜ。

コイツがT-Massのベーシストでボクの親友でイケメンでチャラチャラしてて海賊王になるのが夢で奈美という女の子に告白して家で初体験に及んだところ一部始終を親に見られ勃起不全になり小学生の遠足の時にバスに酔ってゲロ吐いてゲロゲロけろっぴというあだ名をつけられ友達に誘われて始めたミニバスで他校のガキ大将に右腕を折られて辞めて中学の時卓球部に入ったけど練習が地味にきつかったのでまたドロップアウトし最終的に敵のいない放送部で自分の好きな曲をお昼の校内放送で好き勝手に流していた鱒浦翔哉だ!

間奏が終わるともう一度、サビをボクは歌い始めた。

「わずかに残るキミの髪の匂い~ 思い出そうともわからない 雨のように打ち付けていく。そばにいてよ~もうすぐキミを抱きしめる~」

観客から小さく歓声があがる。次はボクのギターソロパートだ。しかしボクはピックを客に投げ込みドラムを指差した。

演奏がドラムとベースのリズム隊だけになる。あつし君のボクの意図を汲んだのか彼なりに派手に(しかし地味だったが)勇ましくドラムを叩き始めた。

ドン!どがらったん!ドスン!ババスン、スタンスタン、じゃらじゃらじゃらじゃーん。文章に起こすt)ry ギターソロが弾けなかった

わけじゃない。あつし君とは青木田集団に対する復讐がきっかけで出会った。でもいま彼はこのステージで鈍く輝き、自分の居場所を証明

している。この表現、すこし、バンプっぽくて良くないスか?読者がウザく感じていることを悟りボクはエフェクターを踏み込んだ。

「紙くず、ゴムきれ、スポンジの筒。幻想(りそう)は右手で具現化(うつしだ)して~」

察しの良い読者ならもうすでにお分かりだろう。この「 Moning Stand 」という曲は「朝勃ち」の歌だ。オレはこの曲を「もに☆すた」と呼んでる。

「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」
「(わずかに残る)キミの髪の匂い~ 思い出そうともわからない 雨のように打ち付けていく。そばにいてよ~もうすぐキミを抱きしめる~」

最後のサビを歌い終わるとわぁー、と歓声が巻き上がった。アウトロでベースが鳴り止み、ドラムが止まるとボクのギターのアルペジオで

名バラードは呼吸をし終えた。「かっけー!」「ちゃんとした曲、できんじゃん!」冥砂を始めとしたギャル達が手を繋いで飛び跳ねる。

「しっとりした曲でいいんじゃないですか、中で。へへ」夏木安太郎も意味不明に鼻をすする。でも、なんかものたりねぇんだよなぁ。

ボクはギターをスタッフに手渡すと拍手が鳴る中、別れの挨拶をした。

「え~どうも、すみませんでした。T-Massでした!」観客からよかったよ~と声が飛ぶ。「唐突ですが、」ボクはマイクを握った。

「いまから、ここでうんこします」そう言うとボクは観客にケツを向けキバみ始めた。「おい、やめろ!」「バカじゃねぇの、お前!」

観客が大いに盛り上がる。これが見たかったんだろ、といわんばかりにボクは腹に力を入れた。ぶりぃうりゅ。軟便がステージの上に生まれ落ちる。

「もう、いい加減にして!」三月さんが銀テープのようにトイレットペーパーをステージに投げ入れる。マッスとあつし君がボクに近づいて来て耳打ち。

「なぁ、お前、本当、止めてくれ」「女にモテたいとか言ってたヤツが脱糞とかありかよ」ボクはCSで打たれたサイトウカズミ投手のように

リズム隊2人に抱えられてステージを後にした。退場のSE、中居正広の歌う「トイレットペッパーマン」がグラウンドに雄大に響き渡っていた。

     

ボクたちT-Massのメンバーはライブを終えると学祭の他の出し物を見て周った。ボクは客席に投げ入れた制服が戻ってこなかったので

全裸で周ろうとしたが「ちょっと!それはいかんでしょ!」と保健室の先生に呼び止められたので先生からもらった「田中」と名前の

書かれたブリーフ一枚を穿いて廊下を歩いた。もちろんひとりで。普通ライブが終わったらバンギャの女の子とかが群がってくるものじゃ

ないのか。窓の外からステージを眺めると他のバンドがオーディエンスを盛り上げている。まるでボク達の演奏など無かったように。

もっとうんこ、出しとくべきだったかな。そんなことを考えていたらムカついてきた。ボクは目の前にあった公衆電話のボタンをプッシュした。


学祭ライブも終わりが近づき始め、グラウンドのステージの周りには「デビルヘッドカーネーションズ」のライブを見るためにたくさんの

観客が集まっていた。もちろん演奏するメンバーは青木田集団だ。「デビルヘッドて。厨ニ病乙」ボクが毒を吐いてステージを見上げると

「おう、ティラノ!こんなところにいたのか!」とマッスとあつし君がやってきた。キスマークだらけでマッスが言う。

「いや~ライブの後に女の子に囲まれて大変だったよ~」あっそう、ボクがそっけない言葉を返すと「平野くん、例のモノ渡しとくよ」

と後ろから理科部の田辺くんの野太い声が聞こえたのでそれを受け取り、「次が学祭最後のバンドだ。これ、投げ入れてやろうぜ」と

マッスとあつし君にそれを手渡した。「これは...ペットボトル?」「そう。よくライブで演奏者が客席にペットボトル投げるじゃん。

その逆バージョン」ボクは田辺君に目で合図をするとそれをあとからやって来た三月さんにも手渡し、ライブが一番盛り上がる

所でこれを投げようぜ、と打ち合わせた。そして開演の時間がやって来た。

「おまたせー!学祭最後になりました!精一杯楽しんで行って下さい、ヨロシクー!!」

マイクを持った青木田が上半身裸でオーディエンスをあおり始めた。けっ、いまのウチに粋がっているといい。あんたらみたいなチンピラが

ライブやったところで上手くいくわけねぇよ。しかし現実は残酷...!青木田バンドはメロコアを主体とした盛り上がる選曲をし、カバー曲

の演奏ながらもオーディエンスを大いに熱狂させていた。畜生。軽音部なだけあって上手ぇよお前ら。だかだかだかだか、じゃーん!岡崎のドラム

の音が鳴り止むと歓声が暗くなりかけた空に響く。「アリガトゥー!それじゃ、最後の曲、聞いてくれ『This is a my Girl』!」

ミヤタのベースのイントロが流れると青木田が低い声で英語の歌詞を歌いだした。「なんだか、あの人達、キラキラしてるね」

三月さんが目を輝かせる。「あいつら、ああ見えてちゃんと練習しててんだな」マッスが携帯の電話帳を整理しながら言う。

ああ、お前らの努力は認めるよ。でも俺にはお前らにずっとオモチャにさせてた恨みがある。大嫌いだ、大嫌いだ。復讐の言葉をもっと、

上手に伝えたいけど、やっぱ、『ブッ殺す』しか出てこない。「なあ、これいつ使うんだよ」あつし君がペットボトルを取り出したので

「じゃあそろそろ逝こうか」とボクはペットボトルの先端についた線香に火をつけた。スモークの炊かれたステージ周りを見つめ、

「3、2、1でみんなイクぞ!」とみんなにペットボトルを投げ入れるよう呼びかけた。そしてステージに向かってペットボトルを投げると

ありえないことが起こった。


ス テ ー ジ が 爆 発 し た 。


ボクが子供の頃「くれよんしんちゃん」を見ていたらなぜか野原家がきんたま臭荘みたいな名前の団地に引っ越していた。次の日友達にそれを話したらしんちゃんの

家は爆発したという。いやいや、そんなことありえないっしょ。「くれしん」は結構リアルな設定が多くてそんな馬鹿みたいなこと起こる

わけない、と思っていた。検証するために本屋に立ち寄りコミックスを立ち読みするとボクは度肝を抜かれた。臼井先生。ご冥福をお祈り

します。


「うおーい!誰だ!今なんか投げ入れたのー!発炎筒か!?」悲鳴が飛び交う中、夏木先生の声が聞こえる。メラメラと燃える炎を見て三月さんがぺたん、

と座り込む。「ティラノ、おまえ...」あつし君が言葉を失う。「おまえ、やっちまったな」マッスが口元に笑みを浮かべながらボクに言う。

こうなった以上、後戻りはできない。理科部から電動メガホンを受け取ると瓦礫から起き上がる青木田達をみてボクは叫んだ。

「ざまあみやがれ!普段の行いが悪いからこうなるんだ!みんな、だまされんな!こいつらは俺にションベン飲ませたり、カツアゲしたり
裸の写真バラまいたりする最低のヤツらなんだ!てめぇらはそこに立っちゃいけない人間なんだよ!わかるかこの野郎!」

メガホンを地面に叩きつけると青木田のとりまきのヤンキー集団が僕たちに向かって罵声を吐きながら走り寄ってきた。

ヤバし。ボクは急いでメガホンを拾うと後ろの文化部連中に向かって叫んだ。

「いけー!お前ら!お前らだって散々あいつらにムカついてたんだろ!対して才能も無いくせに女喰いまくりやがってよォー!!
今こそ立ち上がるべきなんだ!童貞の意地、奴らに見せ付けてやれ!」

「そうだ、そうだ!俺達だって女にモテたいんだ!」
「将棋部だからってネクラ扱いすんじゃねーよ、腐れマンカス共!」

普段は大人しい奴らが声を震わせながらボクの声に反応する。青木田達のせいで腐女子の前でオナニーさせられた経歴を持つ田辺の口が開く。

「時は来たれり。」

そんなこんなでリア充ヤンキー集団と根暗文化部の殴り合いが始まった。2011年、6月、ボクはこの暴動を「童貞達の戦争」、つまり

「チェリーウォーズ」と名づけようと思う。筆で戦おうとする美術部がバールのようなもので殴られ、釘バットを振り回す元野球部の額に理科部の作った

花火ロケットが命中する。「おおー!盛り上がってきましたね~!園芸部の内田もいけぇ~!」体育教師の夏木安太郎が実況を始める。

ボクはまだ倒れている三月さんを引き上げるとマッス達を見てこう言った。


「逃げよっか」


全員が静かにうなづいた。

そしてボクたちはグラウンドから全速力で走り出した。こうしてボク達の初ライブが終了した。グッバイ。おれたちが夢見た伝説。

ボクはその後3週間の停学処分になり、「なぜ学祭のステージを爆破したのか」というテーマで反省文を200枚書かされた。

読書感想文にはまだ早いぜ、ベイベ☆ 部屋でパソコンを開こうとすると窓に小石がぶつかる音がする。窓を開けるとあつし君と

ベースを抱えたマッスが立っていた。

「おーい、ティラノ、スタジオいこうぜー」あつし君がボクに手を振る。「いつまでも部屋でシコシコやってないで外に出ようぜー」

マッスがボクに笑みを向ける。そうだ、ボクには一緒にライブをやる仲間がいるんだ。神様ありがとう。ボクはギターを持ち、

急いで階段を降りると、無職の親父に「働け」と言い放ち、母親のサイフから2000円抜き取って仲間達の元へ走った。もちろん全裸で。

突き抜けるような青空の下、ボクたちは肩をくんでぐるぐる回りだした。これが性春。一生懸命って素敵じゃん?ボクは回りながらも

焦りが込み上げてきた。話を終わらせたいのだかオチが見当たらない。マッスとあつし君に聞いてもわからない、という。ボクらは意味も無く

2時間ぐるぐる回ったので気持ちが悪くなって倒れた。太陽を見上げながらボクはこの二ヶ月を振り返った。色んなことがあったなぁ。

そしてボクは心の中で思った。最低でクズといわれてもこれが俺の生き方なんだ。It's my tule life !

女も抱かねぇで このまま死ねねぇえぞゥー。

まあ、こんなカンジでおわりです。作者の精神が持つなら2部も始まるかもしれません。

       

表紙

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Neetsha