突然の出来事だった。放課後、私は同じクラスの柏木トモヒロに告白された。
「以前から好きでした。付き合ってください!」
彼は顔を赤くしてそう言った。それに対して、私は彼の誠意を踏みにじるかのように返事もせずに走り去っていったのだ。なぜ逃げるようなことをしたのかは分からない。ただ、あの時は今すぐにでもその場から立ち去らなければいけない気がしたのだ。
「好き、かぁ」
好き、だなんて家族以外に言われたのは生まれて初めてだった。告白なんて一回もされたことなかったし、逆にしたこともなかった。だから当然、付き合う、という行為は未だかつてしたことがなかった。
私はいまいち恋愛というものがわからない。周りの友人たちはいっぱい恋愛してるのに、私はそれをしていない。できていない。昼休みや放課後によく恋愛の話をするけど、私だけいつも置いてけぼりだった。
正直、私はみんなが羨ましかった。そんな風に自由に恋愛できるみんなが羨ましくて仕方がなかった。
「なんで私、あんなことしたんだろ……彼のこと、傷つけちゃったかな」
柏木トモヒロは私と同じクラスで勉強もスポーツもできて、かつ容姿端麗。性格はみんなを引っ張っていくようなリーダータイプで、真面目。友人からの信頼も厚い。はっきり言って完璧なんだ。
私と比べると、つりあうところが一つもないのだ。顔だって別に可愛いわけでもない。性格だって面倒がりで、大雑把なのに。それに勉強ができるわけでもない。ましてスポーツなんて全くできないし。どうして私のことを好きになったんだろう。
「私なんかより、もっと良い人いると思うのになぁ」
そんなことを呟いた直後に、制服のポケットからメールの受信音が鳴り出した。
「あ、来た来た」
柏木トモヒロに告白されて、私は返事もせずに逃走した。それが今から二時間前の出来事。私がその出来事を親友の磯部恵美にメールで伝えたのがそれから二十分後のことだった。
「意外と遅かったなぁ――どれどれ」
受信したメールを読むと、そこにはこう書いてあった。
『もったいない! 本当にもったいない! もうあんた恋愛しなくていいから私と入れ替われー!(ぷんぷん!)』
「なんだよ、私相談しようと思ってメールしたのに……期待した私が馬鹿だったよ」
ケータイを閉じてまたポケットに入れようとしたそのときだった。ケータイは私の手の中で細かく振動し始める。
「あれ、またメールだ。恵美からか……なんだろ」
『で、あんたはどうしたいわけ? 彼のこと好きなの?』
好き、とかそんなの考えたこともなかった。私にとって柏木トモヒロはただの同級生だったのだから。ただそれだけの存在だったのに、急に好きかなんて聞かれても返答に困るばかりだった。
「好き、ではないかな……」
そもそも、好きってどういう感情のことを言うのだろう。今まで異性のことを好きになることなんてなかったのだから、分かるはずもないのかも。やっぱり、私にとって恋愛は未知なものなのかも知れない。
そうあれこれ考えているうちにすぐにメールが届いた。
『嫌いではないの?』
柏木トモヒロとは関わりがほとんどないし、と言うより会話なんて一回もしたことがないのだ。だから私には彼のことを好きとか嫌いとかそういう特別な感情を抱くことなんてありえないのだ。
だから私は不思議に思う。なぜ彼が私のことを好きになったのか、ということを。
「嫌いじゃないよ、っと」
そう送った後一分も経たないうちに、彼女から返信が来た。
『だったら、付き合っちゃえば? 恋を経験することは良い事だよ』
そのメールを見て、私は「何言ってるんだか」と零す。正直、意味が分からなかった。好きな人と付き合うのが普通なんじゃないのかなぁ、と私は思う。なんで好きでもない人と付き合わなければいけないのだろう。
なんてことを思っていたが、私が思っていたようなことだけが恋愛じゃないというのをこの先身をもって知ることとは思いもしなかった。今日この日の出来事が、私の人生初の恋愛のきっかけである。